07-18-いのちの価値

 

 ふたたびギルドの二階。

 相変わらずソウルケージのまわりはごったがえしていた。

 きっとサンダンバラのオッサンは復活したのだろう。ぶっちゃけダンベンジリ以外は誰が誰だかよくわからないが、それっぽいオッサンが胴上げされていた。


 俺たちが用事があるのはリジェネレイト・スフィアを返すべきダンベンジリのオッサンなわけだが、あの人だかりに向かってゆくのは憚られた。より正直に言えば、喧噪に巻き込まれそうで近づきたくない。

 きっと七々扇もそうなのだろう、足を止めて声を潜めた。


「……あの辺りにいるのは、ホビットたちだけではないわね」

「じゃあやっぱあたしら、六人の命を救ったってことっしょ? すごくね?」


 ギャルギャルしい高木にはそのようなためらいはないのか、むしろ誇るように声を大にする。

 だからだろうか、胴上げに参加していたダンベンジリが俺たちの姿を見つけると、十人以上が一斉にこちらへ駈けてきて、


「おお、透! みなの衆! 勇者さまがたが来られたぞ!」


 俺たちはまたもやあっさり囲まれてしまった。


 何回でも言うが、俺は目立つのが好きじゃない。大袈裟にしないでくれとでも言うように、両手で制した。


「もうマジで勘弁してくれ……。これ、返しに来ただけなんだけど。その、助かった。ありがとな。まだ結構減ってて申しわけないんだけど」


 アイテムボックスから★リジェネレイト・スフィアLV2をダンベンジリに返す。

 めちゃくちゃ便利なアイテムだった。コラプス内でHPやSP、MPを回復できたからこそ、コボたろうやコボじろうも回復できたし、鈴原や七々扇もスキルを気兼ねなく連発できた。MPの回復がなかったら俺は全部の戦闘で【損害増幅アンプリファイ・ダメージ】を使用できなかったし、ピピン戦でコボたろうを守ることもできなかった。


 本来ならフル充電で返却すべきなのだろうが、そんなこんなで回復能力をフルに利用させてもらったため、スフィアの自動回復が追いつかず、SPとMPが少し減った状態で返すことになってしまった。

 ダンベンジリは嫌な顔ひとつせず快活にスフィアを受け取り、後ろにいるホビットを振り返った。



「勇者さまがた。サンダンバラと申す。この度はなんとお礼を申し上げていいか……」


 周りと見分けがつかない白髭で小太りのホビットが俺たちに頭を下げてきた。思わず腹を確認するが、べつに三段腹な感じもしない。

 そんなサンダンバラ氏は清潔そうな小銭袋を俺の手のひらに載せてくる。


「わずかではありますが、ほんのお礼ですじゃ。受け取ってくだされ」


 もちろん袋を開けて中身を確認するなんて失礼なことはしないが、手に袋が載った瞬間、ウィンドウが表示され、そこには『1ゴールド5シルバー』という高額な、しかし中途半端な金額が表示されていた。


「げえっ……いやこんなの貰えねえって」


 現実換算で105,000円という額に目が眩みかけたが、いつもエペ草とかライフハーブの採取をしているこいつらが、こんな金をポンと出せるほど金持ちとも思えなかった。


 小銭袋を押し返すが、サンダンバラは「そう言わずに受け取ってくだされ……!」と引く様子はない。


「透、前にも言ったろ。ワシらホビットは必ず恩を返す。これはサンダンバラだけじゃねえ、ワシの気持ちも入ってるんだ」


「それって全員からかき集めた金ってことだろ? 余計受け取れないっつの……!」


 ダンベンジリやほかのホビットも引かない。


「そうまでいうなら、せめてこれを受け取ってくれ」


「これいま返したリジェネレイト・スフィアじゃねえか! LV2は2ゴールドの価値があるんだろ? 高くしてどうすんだよ! それにコラプスで同じの手に入れたっつーの……って」


 ここでふと思い出す。

 ダンベンジリは★リジェネレイト・スフィアLV1を80シルバーで購入し、LV2にエンチャントして2ゴールドの価値になったと言っていた。

 その差額、1ゴールド20シルバー。


「……なあ、そのエンチャントっての、どこかに頼んだのか?」


「おうとも。なにを隠そう、サンダンバラはエンチャントが得意でな。やってもらったわけよ」


 ──ならば、とサンダンバラに向き直る。


「さっき拾ったスフィアのLV1。これをLV2にエンチャントしてくんねえか。差額があるなら払うから、それでチャラってことになんねえかな」


「……っ! それは……ぐむむ、ワシにとってはありがたい申し出じゃが。……いや、やはりいかんですじゃ。ワシが得をしすぎる」


「得をしすぎるの意味が俺たちにゃ分かんねえ。でもぶっちゃけ、俺たちはいま金に困ってねえ……わけじゃねえけど、未曾有の収入があったばかりだから、金じゃないもののほうがありがたい」


 ついさっき、合計12ゴールドの臨時収入が入ったばかり。1ゴールドは大金だが、いま受け取ってもありがたみがないというのも事実なのだ。


「そうね。私も藤間くんと同意見よ。高校生が持つべきお金ではないわ」

「そうだよー。金銭感覚狂っちゃうよー」

「わ、わたしはすでになにがなにやらですぅ……」


 じつに真面目な七々扇、鈴原、アッシマーの意見に、灯里や高木も頷いて同調する。


「ぐむむ……これは困ったの、皆の衆。どうしたらいいかの」


 サンダンバラはホビットたちに困った顔を向け、相談をはじめてしまった。


「強化だけだと我らホビットに有利すぎんか。エンチャントの経験値も大量に入るぞ」

「おうとも。これは礼なんだ。我らが得をするのはおかしい」

「しかし勇者さまは受け取ってくれんぞ」

「あいだをとって、金を受け取ってもらって、そのうえで強化してやったらどうだ」

「「「「「それがいい!」」」」」

「いやよくねーし! あんたらどんだけお人好しなわけ!?」


 ホビットたちの摩訶不思議な結論に、高木が全身でツッコんでいた。


 そして再開するやりとり。レストランで「私が払う!」と張り合うマダムのようだ。

 不毛な言い合いの着地点は結局、リジェネレイト・スフィアの強化というところに落ち着いた。


 ホビットたちが折れたわけではない。

 なんでも、エピックアイテムの強化は難易度が高いらしく、失敗すると強化素材だけでなく、アイテムそのものをロストしてしまうこともあるそうだ。


 そこで、万が一サンダンバラが失敗した場合は、ダンベンジリの所持しているリジェネレイト・スフィアLV2を俺たちが貰う、ということで手打ちとなった。ようするに、成功率など関係なく、どう転んでも俺たちの手元にはLV2のスフィアが転がりこむってことだ。



「じゃあ透、明日までそのスフィアは貸しておくぞ! 明日には強化は終わるからな!」

「ありがたやありがたや……勇者さまがたは強く、謙虚であらせられる……」

「なんとしても成功してみせますぞい!」

「おうとも! さあ行こうぞ皆の衆! ……その前に一階でサンダンバラ快気祝いの酒盛りじゃあ!」

「「「「「ガハハハハ!」」」」」


 十人を超えるホビットたちはもう一度俺たちに礼を告げ、ガハガハと階段を降りていった。


「……陽気な人たちね」


 彼らの姿が階下へと消えていくのを見つめながら、七々扇が苦笑気味に呟いた。そしてやはりいい匂いがするからだろう、その隣で灯里が自信を喪失したようにため息をついた。



「……なにやってんだ」


 そんなふたりの奥で、受付横の壁をじっと見つめているアッシマーに声をかける。


「……藤間くん、このソウルケージ……」


 総合受付の隣には無数のソウルケージが並んでいて、そのうち五つだけは壁に縫い付けられるようにして掛けられていた。


──────────

アラン・ヴァイカート

救出者→藤間透

40シルバー

─────

テオ・ヴァイカート

救出者→藤間透

15シルバー

─────

テレーゼ・ハンセン

救出者→藤間透

5シルバー

─────

ヴィルヘルム・シュヒテンバーグ

救出者→藤間透

1ゴールド90シルバー

─────

マーク・グロスコフ

救出者→藤間透

5シルバー

──────────


「たっか……つーか俺の名前かよ……」


 そこにはソウルケージに囚われている人物の名前と、救出したパーティの代表者として、なぜか俺の名前が記入してあった。ダンベンジリのオッサンが俺の名前しか知らないから、俺の名前で登録してしまったんだろう。


 それにしてもひとりだけめちゃくちゃ高いな……。しかも、ヴィルヘルムってアルカディアのどこかで聞いたことがある気がする名前なんだよなぁ……。しかしたぶん、かなり前のことだから思い出せない。


「ソウルケージがどうかしたのか?」


 アッシマーは壁から目を逸らさぬまま、


「こうして"いのち"がお金でやりとりされていることが、どうしようもなく悲しいです」


 まるで、俺のほうを向けば泣いてしまいそうだから、と言わんばかりに大きな瞳を見開いて、なにかをこらえるように握った拳を震わせている。


「病院だって治療費を取るだろ。……でもまあそうだな。値段の差があるのはなんでなんだろうな。命に価値を決めつけて、これだけの差額があるのはすこし──」

「藤間くん」


 アッシマーが俺を遮るように、ふたたび口を開いた。普段ならしないアッシマーの素振りにすこし慌てつつ、次の言葉を待つ。


「わたしたちがギルドに渡したソウルケージは合計三十九個。そのうち三十三個にはソウルが入っていませんでした。そのなかには、ソウルなんて、はじめから入っていなかったのでしょうか」


 ぎくりとした。

 それはすこし怖くて、エヴァに訊けなかったことだったから。そしてエヴァもわざわざ言ってこなかったことだったから。


「それとも──」

「やめろよ」


 そんなこと言っても、どうしようもないだろ。

 俺たちには、どうしようもなかっただろ。



「それとも、33個のソウルケージは、わたしたちが間にあわず、救えなかったいのち、なのでしょうか」



 俺に振り向いた彼女はやはり大粒の涙を零していて、俺の瞳に映る己の姿にはたと気づいたように、アッシマーは慌てて両手で顔を隠した。

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