11-05-仲間のかたち
エシュメルデ付近の採取スポットは貧民、ホビット、ドラゴニュートでごった返していたが、南下するにつれちらほらと見かけるだけになった。
彼らを横目に南へと足を進めると、やがて広葉樹だけでなく針葉樹が姿を見せるようになり、ここまで来るとあまり人影自体を見なくなってきた。
そりゃそうだ。彼らは採取や伐採をしているわけだが、その目的は素材調達というよりも、貧民たちへの教育指導なのだ。
この辺まで来るとマンドレイクが採取できるようになるが、そのぶん採取難度が上がってしまう。
俺たちが散々世話になったオルフェ海岸はいま、俺が知る限り採取がいちばん簡単なオルフェの砂で経験を積むため、貧民たちがひしめいているらしい。
……と、ここで、昨晩ダンベンジリのオッサンが大量のオルフェの砂を持ってきてくれたのは、俺たちが砂を調達できないことに対する詫びのようなものだったのかもしれないと気がついた。
ここで時折見かけるのはレザーやカッパー装備の現地民らしいパーティと、金や銀の鎧に身を包み白馬を駆る騎士たち。
「わー、いまの人たち、すごく強そうだったねー」
「馬はっや……。この道の先ってなにがあるんだろうな」
レザー装備はともかく、シルバーやゴールドシリーズを装備した騎士たちがコボルト討伐やマンドレイク採取をしているとは思えない。
俺たちはサシャ雑木林よりも南へ進んだことがない。
どんなモンスターが生息しているのかとか、じつは南にも街があるのかもとか、そういうことも全然知らない。
鈴原に「ちょっとぶらりと行ってみるか?」なんて提案をしようものなら、鈴原は蔑むことも態度に出すこともないだろうが、もしかすると「あれ、デートって本気にしたー?(笑)」みたいなことを内心で思うかもしれない。
まあ、それ以前に──
「ふ、ふたりだと、危ない、かなー?」
「そ、そうだな」
「そ、そうだよねー」
少人数で未知の場所を拓いてゆくのは危険が過ぎた。
それにしても、なんだろう。
なんだかいちいち緊張する。
─────
なんだかんだでサシャ雑木林に到着した。
昨日、ラーメン屋がいいと言ってくれた灯里もそうだが、採取の練習がしたいと言ってくれた鈴原には頭が上がらない。
そういうことを俺に期待してはいけないのである。
「ふっ……!」
鈴原の矢が青い光を纏い三本に分かれると、それぞれマイナーコボルトの額とフォレストバット二体の胴を貫き、一瞬で木箱に変えた。
《戦闘終了》
《4経験値を獲得》
《レベルアップ可能》
ようやく出番! と言わんばかりに猛然とモンスターへ駆けていったコボたろうとコボじろうが、眼前に広がる緑を見て……
「が、がうっ!」
「ぐ、ぐるっ!」
槍をぶつけ合い、向かいあって互いが互いに石突を繰り出した。
あー……わかる。わかるぞ。
教室で俺が呼ばれたと思って手を挙げたけど、そいつらが呼んだのは当然ながら俺ではなく、後ろの席の
お前らは俺だもんな。
こ、これは訓練なんだ! って誤魔化したくなるよな。わかるぞ、わかる。
「藤間くん、顔が急に暗くなったけど……だいじょうぶー?」
「だ、大丈夫だ。……それにしても鈴原、マジで強くなったよな……」
「そ、そうかなー?」
鈴原は照れたように顔を赤らめて、いそいそと木箱の開錠に取りかかる。
コボたろうとコボじろうはさすがに訓練のフリをやめ、開錠中は無防備な鈴原の護衛と周囲の警戒をはじめた。
俺のレベルは1。いまレベルアップ可能って出たけど、ステータスモノリスに触れなければレベルアップできない世界。街に戻るまで、俺はLV1のままだ。
鈴原のレベルは9。二回転生した俺と違い、一回だけ転生しているわけだが……。
レベル差があるとはいえ、これほどの力量差があるとさすがに同じ量の報酬を得ていることが申しわけなくなってくる。
開錠が終わり、歩を進めながら鈴原に声をかける。
「鈴原ってもしかして、弓道の大会とかでめっちゃ活躍してるんじゃねえのか」
「ううんー、全然そんなことないよー。どうして?」
「や、百発百中じゃねえか。……あ、弓道では
鈴原は「んー」と人差し指を顎に当て、その格好のまま応える。
「藤間くんって、コボたろうたちを召喚できるでしょ?」
いまさらなんだよ、と首を傾げる。
「でも現実だとそうじゃないよね。それと同じだよー。ウチも現実だとこんな上手に
魔法と物理でなんとなく勝手に分けて考えていたけど、そうだよな。
鈴原の驚異的な命中率も、ハンマーを軽々と担ぐ高木も、モンスターとモンスターのあいだを一瞬で駆け抜ける七々扇の瞬発力も、魔法みたいなものなんだな。
「そうか、同じなんだな」
「うん。
俺に笑顔を向ける鈴原にどきりとしてしまう。
中学生までは、女子だけでなく男子だって、ことごとく俺と〝同じ〟であることをいやがった。
使っている文房具、スマホの機種……なんなら席が〝近く〟であるというだけで泣かれたこともある。
それなのに鈴原は、俺と〝同じ〟であることが嬉しい、とでも言うように花開くように笑ってくれる。
……これは、どういうことなのだろうか。
周りの人間が変化した、ということだろうか。
小学校、中学校のクラスメイトよりも、鳳学園高校で出会ったこいつらがいいやつだった、という話なのか。
あるいは、高校生にもなるとある程度人間性が成熟され、みな子どもじみたイジメみたいなことをしなくなったのだろうか。
……それとも、俺が成長したから、なのか。
すなわち、以前の俺はハブにされても仕方ないような人間だったけど、いまの俺は多少マシになったと考えてもいいのだろうか。
そんな三択を脳内で生み出しておいて、きっと全部だ、とかき消した。
自分の成長だ、と言い切れば傲慢だ。
みんなのおかげだ、と自分を省けば卑屈だ。
だから、その全部がうまいこと噛み合って、いまの俺たちの関係がある。
自分だけじゃない。相手だけじゃない。みんな、成長しているのだ。
いまの俺たちは、誰かがいっとき成長の輪から外れてしまっても、それを待つことも、その手を引き上げることもできる。
そして、誰も自らの成長の手を休めようとはしない。
俺も鈴原も、リディアと魔法の特訓をしているあいつらも。
これはきっと、ひとりぼっちだった俺が思い描いていた、理想の〝仲間〟のかたちだ。
アニメやゲーム、ラノベなんかで憧れた、なりたかった俺の姿だ。
「……サンキュな」
「んー?」
鈴原はなんのことかわからない様子で首をかしげる。
灯里にせよ鈴原にせよ、ラノベ主人公になる才能があると思う。
─────
サシャ雑木林をさらに進む。
コボたろうとコボじろうが警戒しながら前を進んでいるから、俺たちはふたりの後ろをついていくだけでいいんだけど、なんだか悪くて鈴原と揃って木々のあいだや茂みの奥に視線を彷徨わせながらの行軍だ。
これは高木たちが揃った六人とコボたろうたち、というパーティのときでも変わらなかった。
「がうっ♪」
しかし、コボたろうの「偵察は僕たちにまかせて!」とでも言うような頼りがいのある笑みを受け、いつもならやがて女子同士のお喋りがはじまる。おもに高木から。
「藤間くんって、普段どんな音楽聴くのー?」
今回はふたりしかいないから、鈴原からの切り出しになった。
音楽。……音楽か。
俺が聴くのはヘヴィメタルだ。ギターソロがかっちょいい曲と疾走感がある曲が好きだ。
……でもなんだか、メタルって答えづらい。とくに女子からすると、真っ白な化粧をして舌を出しながらギターを弾きまくるイメージがあるかもしれない。
「洋楽」
だから、すこしぼかして、背伸びした答えになってしまった。
「ふ、ふーん……? な、なんだかすごいねー……あはは……」
鈴原の声と表情は混乱──というよりも、困惑だった。
洋楽という答えに困っているというか、話を広げられないことに困っているようにも見える。
まるで俺が背伸びをするために立てたつま先ぶん、鈴原との距離が開いてしまったような気がした。
昨日、スクエアテンに行く前、高木と鈴原とした、アニメについての会話を思い出す。
そうだ。ふたりはどのキャラがいいとか展開がいいとかそういう話をしていたのに、俺は制作陣がこうだ声優がどうだと言って、ふたりを困らせてしまったじゃないか。
しかし今回の場合、表現をマイルドにするとか、正直に答える、なんてことはなおさらできない。
フィンランドの〇〇ってバンドが、とか、スウェーデンで期待の超新星が、とか話してしまえば、余計困らせてしまうだろうと簡単に想像がつく。
「鈴原はどんな音楽を聴くんだ」
そこで、最近俺が習得した必殺技『相手にも同じことを訊き返す』を発動させる。
こうすることでトークの舞台は相手のフィールドになり、俺が相手をドン引きさせないで済むのだ。
「うぇ、う、ウチ? あ、あははー、最近の曲とか-」
鈴原から質問したくせに、いざ自分が問われると、彼女は大いに狼狽した。
しまった。今度は俺が鈴原と同じ状態だ。
最近の曲、まったく知らない。
「……あと……ボカロの曲、とか……」
こっそりとつけ加えられた、風に消えそうな忍び声は、だからこそ鈴原が本当に好きなのはそちらだ、と言っているように感じた。
「そっちなら半年前くらいまでの曲ならわかるぞ」
「ぇ……そ、そうなんだー! 藤間くんはどんな曲聴くの? ウチはウチはー……!」
急に早口になった。
わかる。わかるぞ。好きなことを語るときは、なんか早口になっちゃうよな。
ボーカロイドについて語る鈴原は楽しそうで、なんというか……いきいきとしていた。
俺も興味がある話題だったから、なんとなくじゃなく、ちゃんと相づちをうち、自分の好きな曲について語ることもできた。
「鈴原は音ゲーの曲も聴くだろ」
「えー!? どうしてわかるのー?」
「や、昨日のスクエアテンで凄かったろ」
ドラムを体験できるゲームで、鈴原がツーバスを踏みながら複雑なパターンのライドシンバルを刻んでいる姿は印象深かった。
あそこまでうまいやつは、ゲームだけではなく曲にも興味を持っているもんだ。ソースは澪。
「藤間くんも音ゲーやるのー?」
「中学生まではな。ゲーセンでやるときは妹の付き添いみたいなもんだったけど」
「そういえば澪ちゃん、プロゲーマー目指してるんだよねー。やっぱり上手なのー?」
「人だかりができるから、他人のフリするのが大変な程度にはうまかったな」
「よ、よくわかんないよー」
……俺と鈴原は別次元の人間だと思っていたけど、以前、宿で鈴原が「いまいち役に立ててなくてー……」と吐露したとき、なんだ、俺と変わらないじゃないか、と感じたことがある。
やっぱり、あんまり変わらない。
好きなことの話題になると饒舌になるところなんかは、親近感すら覚える。
それがわかっただけでも、〝デート〟という言葉なんか関係なく、鈴原が同行してくれてよかった。
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