11-04-どうして藤間くんが弓を担ぐの?

 高校生になるまで、女子との思い出にはろくなものがなかった。


 席替えで俺の近くになっただけで泣かれ「藤間が吉田さん泣かせた。吉田さんかわいそう」と言われたし、学校のキャンプでやったフォークダンスでは手を繋いでもらえず、俺だけ〝ひとりオクラホマミキサー〟に興じた。


 そんなつらい過去を持つ健全な男子。それが俺。


「藤間くんー、せっかくだから今日、採取教えてほしいなー」

「お、おう。俺でいいなら」

「やったー、ありがとうー」


 隣を歩く鈴原は、俺の隣に並んで街中まちなかを歩いても、いやがる様子など微塵も見せない。

 いや、鈴原から俺に同行してくるって言ったんだ。これでいやがられたら数年は残る棘を胸に残すことになってしまう。


 これは何回でも問いたい。

 モテない男子が憧れる女子とは、どんな女子だと思う?


 何回でも声を大にして言いたい。

 自分を不必要にきらわないでいてくれる女子だ。


 それをわかったうえでこういった態度をとっているのなら、鈴原はとんだ小悪魔だ。

 きっと将来、


 さすがですねー!

 しらなかったー!

 すごーい!

 センスいいー!

 そうなんですかー!


 みたいな小悪魔さしすせそで大学のサークルをクラッシャーするに違いない。偏見ひどいな俺。


 しかし短い期間ではあるが、俺が知った鈴原という女の子は、良い意味でそこまで器用ではない。


 他者に合わせることができる柔軟さがありながら、媚びに転じない強さも持っている。

 誰かの意見に頷きながらも、時折ざくりと刺す鋭さも持っている。


「あ、そうだー。藤間くん、さっき持ってもらった弓なんだけど、やっぱりウチに持たせてー」

「んあ? 急になんだよ」

「ウチ【☆アイテムボックス】のスキルを覚えたいんだけど、適性がなくってー。でも【運搬】のスキルを習得していけば適性が上がって、いつか【☆アイテムボックス】も覚えられるかも、って聞いたんだー」


 そのうえ、頑張り屋だ。

 努力していますアピールではなく、俺は鈴原が『みんなの役に立ちたい』と悩み、実際に努力していることを知っている。


 まあつまりなにが言いたいのかというと。


 鈴原の行動があざとさからきているのではないか、という猜疑心は、俺の心には残っていないということだ。


 アイテムボックスから鈴原のレア弓『☆とり落とし』とえびらを取り出して渡す。

 鈴原はすでにメインの弓『☆三散華さざんか』を背に担いでいるため、それらの矢がなくなるまでは邪魔になるサブの弓を預かっていたのだ。


 鈴原は『☆三散華』の上から『☆鳥落とし』を背に担ぐが……


「それ、あんまりよくないんじゃねえの。背中の弓を取るとき、どっちがどっちかわかんなくなったり、焦って背負い紐がからんじゃったりするんじゃねえのか」

「あっ、そっかー」


 ならー、と背負いかたを変える鈴原。


「これでどうかなー?」


 俺から見て左側に三散華を、右側に鳥落としを担ぎ直す。

 これなら手に取るほうを間違えることはないだろうが……。


「や、ちょ、それはそれで困る」

「えー?」


 背負い紐がXの字になって、鈴原の胸を左右に分けていた。

 ……いやほら、一本でも大きさが目立つとは思っていたけど、二本だと……なんというか、露骨だ。


 胸当てを装備してくれれば気にならないんだが、鈴原はいつも、街の外に出るまではコモンシャツにグリーンローブという出で立ちで、門をくぐるあたりでこっそり「装備」と口にして胸当てを装着している。


 ちらっと耳に入った話では「最近、ちょっと苦しくてー」ということらしい。

 いや、盗み聞いたわけじゃない。高木の質問に答える鈴原の答えが耳に入っただけだ。……本当だ。


 ちなみにその答えを聞いたとき、灯里の肩がぴくりと震えたことと、七々扇の「買い替えなさい」という沈んだ声が怖かった。


 街の外で胸当てをつけるのならべつにいいんじゃないか、とも思ったが、そういう視線を送ってくる相手はモンスターではなく人間だ。街中まちなかのほうが怖い。


「いま渡した弓をくれ。荷物がほしいならこれでも担いだらどうだ」


 鈴原は首を傾げながらも俺に『☆鳥落とし』と箙を手渡し、俺が担いでいた『☆マジックバッグ』を受け取った。


 俺は受け取った弓を背に担ぐ。視界の左端に《装備不可》のウィンドウが現れたが、担ぐことくらいはできるらしい。

 右腰に提げていた水が入った袋を左腰に移し、空いた右腰に箙をくくりつけた。


「どうして藤間くんが弓を担ぐのー? アイテムボックスに入れておけばいいんじゃないー?」

「……まあ、俺もスキルの関係でな」


 顔を背け、歩を速める。

 女子にたくさん荷物を持たせておいて、男子の俺が手ぶらなのはいやだから──とは、さすがに言えなかった。



─────



 俺は昨晩、二回目の転生を果たし、晴れて三度目のLV1を迎えた。

 転生の効果で全ステータスにプラス補正が掛かっているものの、LV10からLV1へのダウンによるMPの減少が痛い。

 街の外でコボたろうとコボじろうを召喚すると、膝をついてしまいそうなほどの立ちくらみが襲ってきた。


「藤間くん、だいじょうぶ……?」

「なんともねえ。……うっかりしてたわ」


 屈んで俺の顔を覗き込み心配してくれる鈴原。

 やはりいつのまにか焦げ茶色の胸当てを装備していて、ぐらつく視界のなか、どうでもいいところで安心してしまう。


 コボたろうとコボじろうが俺の両肩を支えてくれたが、それに苦笑を返して辞退した。

 ……久しぶりに逢えた気がするのに、俺だっさ。


 今朝確認したステータスモノリスでは、30以上あった最大MPはレベルダウンにより20まで減少していた。

 コボたろうとコボじろうを召喚する際に消費するMPはそれぞれ8。

 ダンベンジリのオッサンから貰った『☆ワンポイント』のスキルレベル上昇の効果を【☆召喚MP節約】から【☆アイテムボックス】に変更したことも大きい。

 これはシュウマツの報酬で得た、容量20で召喚モンスターが獲得する経験値を倍にしてくれるヒュージ・チャーム『◆◆サモナーズ・トリビュート』をアイテムボックス内で持つためだ。

 ともかく、20MPのうち16MPを一気に使っちまったわけなんだから、ふらつくのも当然だった。


 リソース不足で何度もぶっ倒れた、ほんの一、二週間前のことを思い出す。

 アッシマーに怒られて、リディアに叱られて……それでも強くなりたくて、金を稼ぎたくて……。


「藤間くん?」

「ああ、悪ぃ、死なねえ程度にやるから心配すんな」


 強くなりたいという想いは日に日に強くなっている。

 以前のただ強くなりたいというものではなく、コボたろうたち全員を同時に召喚したいとか、次のシュウマツに備えるとか、ある程度は具体的な目標もできた。

 リディアがいなくてもマンドレイクを採取できるようになったし、鈴原とふたりでサシャ雑木林に行こうと思えるくらいに強くなった。


 さすがにもう、死ぬほどの無茶はしない。

 それに、あのときはよくひとりで外にいたけど、いまは鈴原がいる。俺が死んじまったら、ひとりになった鈴原も……。


 ひとりだったころの俺は、背負うものができるとそのぶん背が重くなり、身軽な行動ができなくなると思っていた。

 しかしたぶん、軽率に死んでしまっていた俺にとっては、そのほうがよかったんだ。

 きっと、背負うものができて重くなったのは、背ではなく、俺自身のいのちだったのだ。


『もうすこし自分を大切にして』


 リディアやアッシマーをはじめ、みんなにくどくどと言われたこと。

 俺はようやく、その意味を噛みしめることができたのだった。



─────



《戦闘終了》

《1経験値を獲得》


 視界の端にメッセージウィンドウが現れて、それがゆっくりと消えていくと同時、鈴原が残心の構えを解いて弛緩したようにはにかんだ。


 サシャ雑木林へ向かう道すがら、これで五回目の戦闘だ。


「ぐるぅ……」

「くぅん……」


 コボたろうとコボじろうはふたり揃って仲良く肩を落としている。


「ご、ごめんねー。次、ウチたないほうがいいかなー?」

「ぐ、ぐるぐる」

「きゃんきゃん!」


 戸惑う鈴原にふたりは首を横に振って応える。


 まあ、あれだ。


 コボたろうとコボじろうが敵を発見すると、ふたりが接近する前に鈴原の矢がモンスターを緑の光に変えてしまうのだ。

 コボたろうたちからすると、久しぶりの召喚、早く闘いたい! 役に立ちたい! といったところなのだろう。


「でも、コボたろうとコボじろうがいるから安心なんだよー?」


 鈴原はふたりのあいだに入り、彼らの頭を撫で回す。


「ウチと藤間くんじゃ、モンスターに気づけないからー。いつも教えてくれてありがとうー」


 そう。

 俺と鈴原だけじゃなく、灯里やアッシマー、高木や七々扇、きっと祁答院あたりよりも、モンスターの気配に敏感だ。

 それはコボたろうたちが、というよりも、コボルト全般に言えることだろう。コボたろうを召喚する前は、必ずと言っていいほどモンスターに先制攻撃を許していたのだから。


 現実と同じように、嗅覚が優れているのだろうか……定かではないが、ともかくコボルト系は俺たちよりも先に相手を認知する。

 鈴原が言うには、祁答院たちと組んでいたころは、街の外ではモンスターの奇襲がおっかなくて仕方なかったらしい。

 急に飛び出してくるのも怖いが、なによりも認識外から急に飛んでくる矢が恐ろしかったそうだ。


 しかしレベルが高いからだろうか、コボたろうとコボじろうはほぼ確実と言っていい精度で相手のコボルトよりも早く敵を発見して教えてくれる。

 これも定かではないが、犬が人間よりも嗅覚に優れるのなら、人間は犬よりも視力に優れる。

 つまり、弓の射程はコボルトよりも長いわけだ。

 コボたろうたちとオーラを使う高木は非常に相性がよかったが、射撃による先制攻撃ができる鈴原とも好相性だった。


「ぐ、ぐるるぅ」

「わふん……」


 頭を撫でられて照れながらもまんざらではないコボたろうと、素直に目を細めるコボじろう。

 鈴原はふたりを解放し、木箱の開錠をはじめた。


 なんとなくだけど、ふたりともすこし緊張しているように見える。

 なぜだろうと思ったが、コボたろうの「ご主君の緊張が移ったんだ」とでも言いたげな視線を受け、すこし忘れかけていた青くさい熱をふたたび感じた。





──────────


たびたびすみません!

『召喚士が陰キャで何が悪い』第三巻

HJ文庫さまより12/01に発売されます! 明日です!


挿絵のご紹介など、近況ノートに投稿しましたので、ぜひそちらもご確認いただきまして、ぜひぜひお手にとっていただけますと嬉しいです!(*´ω`*)


あとがきにて宣伝失礼いたしました!


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