11-03-アンカーの来訪

 生きた心地がしない朝食を終え、


「藤間くん、香菜ちゃん、変なことしちゃだめ……だよ? 私、あとでイメージスフィアで確認するから」


 いよいよ灯里に恐怖を覚えたとき、ちりりんと宿のチャイムが鳴った。


「お、珍しいね。はーーーい!」


 女将が元気よくエントランスに向かってゆく。目が金貨の形をしていた。


 ココナはすでにスキルブックショップのオープン作業に向かい、俺を含めた他のメンバーは外出の準備を終え、マントやクロースアーマーを羽織ってふたたび食堂に集まっていた。


 アッシマーたちはシャワーを浴びに行ったリディア待ち、俺と鈴原は出る準備万端なんだけど、灯里と七々扇に謎の念押しを食らっている。


「破廉恥なことはしないように。鈴原さん、モンスターにも藤間くんにも気をつけるのよ。いいこと?」

「お前らのなかで俺はどんな獣なんだよ……」

「あははー、藤間くんがそんなことできるわけないよー。伶奈も綾音も知ってるじゃんー」

「「たしかに……」」

「なあ、いま俺馬鹿にされた?」


 紳士な俺がそんなことをするはずがない、という意味ではなく、ヘタレな俺にそんなことができるわけないじゃん草。と言われた気がする。否定はできない。

 でもそれが彼女たちの安心に繋がるのなら、甘んじてヘタレの称号を受け入れようと思う。


 これまでは俺の自意識の低さから気にもとめなかったが、俺たちはそもそも女五人男一人のパーティだ。男女のペアで組む、なんてことは起こって当たりまえなのだ。いちいち気にしていたらなにもできなくなっちまう。

 そもそもこんな大所帯になる前は、ずっとアッシマーとふたりきりだったのだ。それを考えると、こんな話題はいまさらな気がした。


 ふと部屋の隅に目をやると、高木が頭を抱えてうずくまっていた。

 ぶつぶつとしたひとりごとが途切れとぎれに聞こえる。


「伶奈を……したいけど香菜も応援……。あたしはどーしたら……」


 なにを悩んでいるんだと背中に視線を流していたら、高木が振り向いて「あんたが悪いんだかんね」みたいな目でキッと睨んできた。解せぬ。



 来訪者は、知った顔だった。


「邪魔するぜー。……おー、いたいた」


 食堂に姿を現したのは、銀に煌めく鎧に身を包んだ茶髪の男性。年齢は三〇くらいだろうか。無精髭は剃られており、昨日より若く見える。


「よう、透! おはよーさん!」

「ランディさん。えと……その、おはようございます」


 食堂の入口で気さくに手を挙げるランディに対し、俺は盛大にキョドってみせた。さすがだな俺。悲しいな俺。

 ランディの背には、名前は忘れたが魔法使いっぽいとんがり帽子を被った女性と、胸元に白い十字があしらわれた水色のローブを羽織るヒーラーっぽい女性もいる。


「ん? 藤木知りあい?」

「あ……えっとだな。昨日、サシャ雑木林のコラプスで──」


 三人のことをみんなに紹介する。

 彼らは昨日、サシャ・カタコンベからほうほうの体で逃げ帰った俺達の代わりに同コラプスを攻略してくれたパーティだ。


「灯里伶奈と申します。昨日はありがとうございました」

「七々扇です。私からもお礼を──本当にありがとうございました」

「エレナよ。うふふ、みんな可愛い子ばっかりねー♪ あたしたちもシュウマツを見ていたけれど、みんなカッコよかったわよー♪」

「チャコと申します。お気になさらないでくださいね。みなさんが発見してくださらなければ、早期攻略はできませんでしたから」


 食堂は和やかな空気に包まれた。

 いまにも出かけようとしていた俺たちだが、すっかりそんなタイミングではなくなってしまった。


 次々と述べられる感謝の声にランディは「ははは、よしてくれよ、ははは」なんてまんざらでもない様子だったが、俺の耳に顔を寄せてきて、真面目な顔でささやく。


「おい、マジでみんなレベル高ぇな。声をかけてもいい子っているか?」

「なんで俺に訊くんすか……」


 まだ出かけてすらないのに、いまのひとことで一気に疲れが出た。


「沁子ちゃんに香菜ちゃんに亜沙美ちゃんねー♪ みんな若くってうらやましいわー♪ たくさん妹ができたみたい♪」


 みんなときゃいきゃいやっているエレナの手元に炎のように赤い杖が現れて、杖の先端がランディの股間、その直前でぴたりと制止した。

 ……だというのに、エレナはこちらを振り返らぬまま、その横顔は笑みを崩さない。

 対しランディの顔はみるみる青ざめた。俺も思わず漏らしそうだった。


 震え上がりそうなほどの恐怖を感じながらも、女性に偏ったパーティバランスに、俺はどこか親近感と安堵を覚えた。



「……ところで、なにか用事があって来たんじゃ」

「ああ、そうだった!」


 ランディはぽんと手を打って、アイテムボックスから数枚の硬貨といくつかの石ころを取り出し、テーブルに並べた。


「これは?」

「なにって昨日、サシャ・カタコンべで透たちが倒したモンスターの報酬だよ。入ってちょっと進んだところに木箱がいくつか落ちてたからな」


 そういえば昨日、ゾンビやらゴーストやらを倒したあと、急ぎだったから木箱を開けずに帰還したんだった。


「こんなの、わざわざ……言わなきゃ俺たちも忘れてたのに」

「まあな。普通なら開けられなかったやつが悪いってことで、俺たちも放っておくんだけどよ……。透、お前昨日、ギルドに報告するときぼろぼろだったろ」


 昨日は傷らしい傷は負っていなかったが、召喚疲労とギルドに急いで戻った疲れ、そして己の無力感でメンタルがやられていたから、たしかにぼろぼろに見えたかもしれない。


「急いで報告しなきゃいけねえって思っても、木箱くらい開けるだろ。ぼろぼろになって倒した相手だぜ? 開けたくて仕方なかっただろ?」


 開けたかった。

 しかしランディの言う通り、急いで帰還しないといけなかったことや、これ以上アンデッドに囲まれたらこんどこそ全滅してしまう状況だったから、涙を呑んで撤退した。


「お前らは自分の利益より、コラプスの早期攻略を選んだ。昨日も言ったけど、俺たちは透たちの選択を評価してる。だからせめてこれくらい渡さねえと、不義理になると思ったんだよ」


 目の前にいる、チャラ男が大人になったような……と思っていた人間は、思いのほか律儀な性格のようだ。


「ありがとうございます。そういうことなら遠慮なく……高木、鈴原」


 一緒にコラプスへ入ったふたりを呼んで説明すると、ふたりは驚いたあと目を輝かせた。

 高木はランディに向かって、


「マジ? いいの? チャラそうに見えるのにやるじゃん! ありがと!」


 なんて俺が思ったことと同じことを言い放つ。


「チャラく見えるは余計だろ。…………え、うそ。俺、チャラく見える……のか?」


 どうやら高木の言葉が深々と刺さったようで、救いを求めるように鈴原へと顔を向ける。


「うぇ!? ウチ? ……あははー、どうでしょうー。藤間くん、どう思うー?」

「え、俺かよ。……えっと……中身さえしっかりしてりゃいいんじゃないかって思う」

「ここまでフォローなし!」


 ランディは叫んだあと、がっくりと肩を落とす。

 とはいえ、ランディは現実では別の奥さんがいるのに、アルカディアではエレナとチャコ、同時につきあっているみたいなことを言っていた気が……。中身はしっかり、までちょっと崩れてきた。


 ともかく、テーブルに載せられた報酬は──


──────────

9シルバー90カッパー

水の魔石 LV1

土の魔石 LV1

火の魔石片 9/10

水の魔石片 1/10

風の魔石片 4/10

氷の魔石片 7/10

──────────


 俺たちが倒したモンスターは、

 マイナーゾンビが四。

 マイナースケルトンが二。

 マイナーゴーストが二。

 この合計八体だけだったはず。

 強烈な増収効果のユニークスキルを持つアッシマーがいないにしては、報酬が多すぎる気がした。


「アンデッドは普通のモンスターとつくりかたが違うみたいで、コボルトの槍みたいな固有素材や装備をドロップしない。その代わり金を多く持ってたり、魔石片ませきへんをドロップしたりするんだ」


 魔石片。これらの色とりどりの石ころのことか。

 入手したのははじめてだが、ある程度の知識くらいならある。


 人々の生活を便利にする魔石。

 基本的に『〇〇の魔石』と頭に言葉がついていて、使用することで◯◯の効果が発動するマジックアイテムのことだ。


 火の魔石なら火起こしができる。ガスコンロのないこの世界では料理に火の魔石か、使用できる者はファイアリィという生活魔法を使うらしい。

 水の魔石ならその名の通り水が出る。質の悪い魔石ならトイレ用排水や撒き水に使用し、質の良い魔石は料理や飲料水に使用する。

 シャワーのお湯は火の魔石と水の魔石の併せ技なんだとか。

 水道が通っていないこの世界では水の魔石が一番貴重らしい。

 ほかにも風の魔石なら扇風機やドライヤー代わりに使えるし、土の魔石なら地面に埋めることで地質を上げることができるようだ。

 風の魔石と火の魔石や氷の魔石を組み合わせてエアコン代わりにすることもある。


 とまあいろいろと便利な魔石だが、同種の魔石片を一〇個集めて合成することで、ようやくひとつの魔石になるらしい。

 今回の報酬では水の魔石片が一一個、土の魔石片が一〇個ドロップし、それらはランディたちの手により魔石LV1に合成され、すでに淡い光を放っている。

 とはいえ──


「えっとー。あははー、どうするー?」

「ぶっちゃけあたしらに必要なさそうだしね」


 そう。

 生活に必要な環境はこんなボロ宿でも揃ってるし──


「あんちゃん、いま失礼なこと思わなかった?」


 地獄の釜が開いた。

 声に振り返ると、片手にバゲットの皿、もう片手にフィッシュフライのかごを持った女将が、新たな客──ランディたちの前だからだろう、ひきつった笑顔を浮かべていた。


「い、いや、なにも」


 こわっ! こっっっっわ!

 いまランディたちがいなければ、女将の理解不能な殺人体術により、俺は緑の光に包まれていたに違いない。

 というかマジで心を読むのやめてください。俺は表情で考えていることがばれるらしいけど、角度的に俺の顔を見ることはできなかったはずなんだけど。


「ふーん……? あ、お客さん、お待たせー!」


 ランディたちは朝食をここでとることにしたようで、三人は嬉々として壁際の席につく。


「おや、魔石じゃないか。あんたら、もうアンデッドまで倒せるようになったのかい?」


 大テーブルに残された魔石に女将が興味を示した。

 高木と鈴原は顔を見合わせたあと、俺に視線を送ってくる。その意味に気づかないほど俺は鈍感ではなかった。

 ……まあ、なんでわざわざ俺に言わせるのかはわからないけど。


「あ……その。女将さん、よかったらこの魔石、使いませんか。俺たち使わないんで」

「えっ……いやいや、いいよ。ギルドで売ってきなよ。そこそこの値段で売れるはずだからさ」


 女将は両手を突き出して遠慮する。……唐紅からくれないの隙間から、猫耳がひょこひょこと揺れている。

 あ、ほしいけど遠慮してるんだ。と気づいたが、俺の感情はそれよりも女将の機嫌が直ったことに対する安堵で満ちていた。


「そんなこと言わずに受け取ってよ女将ー。……って、役にたたなかったあたしが言っていいのかわかんないけど……」

「いつもおいしいごはんをつくってくれるお礼だと思ってくださいー」


 鈴原がいいことを言った。

 女将は照れた様子で両手を振る。同時に猫耳の動きも激しくなった。

 そのあとすこし逡巡した様子を見せ、


「あんたら……。う、うーん、じゃ、じゃあ遠慮なく……。ありがとうね。お礼はなんか考えておくよ」


 そう言ってエプロンのポケットに魔石と魔石片を仕舞い込んだ。

 チャコさんが「魔石片の状態でも、魔石に使用することで魔力の補充ができるんですよ」と教えてくれた。


 で、残り9シルバー90カッパーの報酬は高木と鈴原、俺で3シルバー30カッパーずつ分けることにしたんだが……


「マジで受け取れないって。あたし、あんたらの足を引っ張っただけだし……」


 めっちゃ引きずってるやつがいた。


 このなかには「なにもできなかったけど、報酬もらえたラッキー」なんて思うやつはいない。

 それぞれの戦闘でそれぞれが自分の仕事と役割を探している。


 とくに高木は初めてパーティを組んだころからそれが顕著で、自分の立ち位置を見つけるのがうまい。


 近接ではハンマーを担いで、遠隔では洋弓を持って走り回る。

 しかも闇雲に動き回っているんじゃなくて、オーラの効果範囲を確認し、オーラ範囲に味方を巻き込みながらモンスターに対しても有利な位置取りをしている。

 これは簡単なことじゃないと思うし、俺にできるかと訊かれたらたぶんできない。

 きっと、頭をフル回転させて戦闘に臨んでいるのだろう。


 それは言い換えれば、誰よりも〝役に立ちたい〟という思いが強いことの証左だ。

 だからこそ悔しがるし、報酬を受け取りたくないと言い張るのだろう。


 たぶん俺も高木と同じ立場なら、受け取らないと言うだろう。

 忸怩じくじたる思いがあるし、みんなにも申しわけなくて素直に受け取れない。


 だからこそ・・・・・


「なら、なおのこと受け取れ。で、次は胸を張れるように頑張れよ」


 高木には、この言いかたのほうが、きく・・のだ。


「っ……言うようになったじゃん……」


 高木は銀貨三枚と大銅貨三枚をしぶしぶといった様子で手に取った。

 その手を拳に変え、


「次はうまくやる。覚えとけっつーの」


 俺を睨んでから身を翻した。


 ちょっと前の俺ならば、そんな高木の様子を陽キャ怖ぇとかギャル勘弁してくれとか一歩引いて感じていただろうが……


「それでいい」


 いまは、高木の勝ち気と負けん気は彼女の魅力のひとつだと思うことができる。


「あはは、藤間くん、やるねー」

「報酬を渡すのも一苦労だな……」


 でも、鈴原に声をかけられて、いちいちひねくれた返しかたしかできないあたりはまるで成長していないようだった。


「へぇ、やるじゃねえか」


 ランディの声だった。

 彼は俺に笑みを向けていて、目が合うと「べつに、なんでもねえよ」と食事に視線を落とした。


「そういえばあなたたち、チーム名は? なにかあったら声をかけさせてもらうから、教えてくれると嬉しいわ」


 エレナに問われ、俺たちは顔を見合わせる。

 全員が「考えたこともなかった」という顔をしていた。


「私たちは『トワイライトニング』というチーム名なんです」

「リーダーは俺。チーム名、あると便利だぜ」


 チャコのあとをランディが継いだ。


 そんなもの必要ないって思ったが、もしもチーム名があれば、たとえばコラプスでソウルケージを回収した際、救出者欄には個人名ではなく、チーム名で書いてもらえるらしい。

 以前、メイオ砦で救出したソウルケージすべてに俺の名前が書かれていたことを思い出し、それならばぜひつけておくべきでは、と思い直した。


「まあいますぐじゃなくてもいいし、考えておいてくれよ。お前らに連絡を取りたいときに便利だしな」


 名前……名前か……。



 そんなとき、食堂の扉が開いて、


「おまたせ。そろそろいく」


 リディアがシャワーから帰ってきた。

 ……シャワー後のリディアはいつもそうなんだけど、拭きかたが雑って次元じゃないくらい、長い銀髪が濡れたままだ。

 面倒なのか下手くそなのかは知らないが、ともかく、白い服の胸元に濡れた髪が張りついて、その、すこし目のやり場に困る。


「……ひゅぅ……」


 壁沿いのテーブルに座るランディが、レタスにフォークを刺したままフリーズして、リディアの美貌に目を見張る。

 その向かいでにこにこと笑顔をたたえたままのエレナとチャコの背から、黒い瘴気のようなものがまろびでて宿の空気を凍てつかせた。


 ……この宿、いつか死人が出るのでは。



 俺たちは彼らから逃げるように宿をあとにして、リディアたちと中央広場で別れた。


 残される鈴原と俺。


「藤間くん、いこー♪」

「お、お、おう」


 冗談だろうけど、さっき鈴原が言った〝デート〟という言葉が、俺に変な緊張をもたらしていた。

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