11-02-古傷を抉るのは犯罪です
いつもの朝。
いつもの食卓。
ココナ、リディア、アッシマー、灯里、鈴原、高木、七々扇に俺といういつものメンバー。
キッチンから女将がやってきて、いつものように長いフィッシュフライがたくさん入ったカゴをテーブルの中央に置いた。
卓上に鎮座する大量の揚げもの。
これもいつも通りで、ココナ、アッシマー、鈴原の三人は喜んで自分の皿に取り分けるが、他のメンバーは冷や汗を流す。
こんな光景もいつも通り。
そして俺はいつも通り食いきれない。
二本のバゲットと二本のフィッシュフライ。
半分を朝食で食べ、残った半分を弁当にするっていうのがいつもの流れなんだが、朝食ぶんの一本ずつだって苦しい。
灯里と七々扇はもう慣れたもので、早々に諦めて一本の三分の一だけを自分の皿に移し、残った一本と三分の二を弁当用の紙にいそいそと包んでいる。
ふたりは昼食もあまり食べないが、弁当にしておけば休憩中にアッシマーや鈴原、あとは俺とリディアの召喚モンスターが食べてくれるだろうと当てにしているのだ。
現実での昨晩のように食が太くなったのでは、と期待したが、あれは夜だったことと好物の家系ラーメンだったからなのかもしれない。俺朝よわ。揚げものきつい。
……と、ここで昨晩、現実でのことを思い出した。
灯里が鼻血を出して倒れたこと。……三船さんは問題ないって言ってたけど……。
「藤間くん、どうかした?」
「あ、いや、なんでもねえ」
向かいに座る灯里と目があった。
みんながいるこの場で「昨日、あのあと大丈夫だったか?」なんて訊けるはずがない。
まあ、いつもの朝、いつもの食卓で、灯里もいつも通りなんだから、きっと大丈夫なんだろう。
いまのやりとりで、灯里の隣に座る高木がなにかを思い出したような顔で、俺に声をかけてきた。
「悪いんだけどさ、今日あたしらも別行動すっから」
あたし〝ら〟って誰だよ、と思ったら、高木のさらに隣にいる鈴原が、フィッシュサンドを頬張りながら、それを照れるように手を挙げた。
それに続いて、
「藤間くん、ごめん、ね。私たちも……」
灯里も挙手すると、俺の両隣にいる七々扇とアッシマーがさらに続いて手を挙げる。
気づけば手を挙げていないのは女将、ココナ、リディア、俺だけ。
「にゃにゃ? おにーちゃん、ハブかにゃ?」
「古傷を抉るのやめてくれよ……犯罪だからなそれ」
ココナがぷにぷにの手を口元に当て、からかってくる。
高木はひとしきり笑ったあと、おおかた残った朝食を紙で包みながら口を開いた。
「そーゆーんじゃなくってさ。あたしらもリディアから魔法、教えてもらえないかなってさっきお願いしたんだって」
「うんー。ウチも弓が通用しない敵と会ったときとか、矢精製が間にあわないときとか、できることないかなーってー」
……ってことは、今日は五人全員リディアのところで修行するってことか。
俺を含め、みんなの視線がリディアに集まる。彼女はそれに気づいたのか、眠そうな顔のまま、
「モテ期とうらい。がんばる」
俺にピースサインを向けた。
美しい口の端に、タルタルソースがひっついていた。
「藤間くん、ひとりでだいじょうぶですか?」
アッシマーが心配そうに俺を覗き込んでくる。
「大丈夫だ。ひとりはプロ級に慣れてる」
「藤間くんが悲しい! 大丈夫だよ、みんないるからね! ……でもごめんね、今日はいない、けど……」
灯里がフォローを入れたあと、気まずそうに視線を落とした。フォローするなら最後まで責任を持ってほしい。
……ひとりは慣れてるって言ったものの、アルカディアで単独行動をするのは久しぶりな気がする。
「でも、困ったわね。開錠する人がいないと、戦闘しても報酬が得られないわ」
「あーそうだな。今日は採取でも……っつってもなあ……」
じつは、週末の風の影響で、昨日からエシュメルデ付近の採取スポットには貧民とホビット、護衛のドラゴニュートが溢れかえっている。
それがいやとかじゃなくて、純粋に混雑がいやなのと、シュウマツが終わってからというもの、変に有名になってしまって、人が多いところだと囲まれるようになってしまい、なんかもういろいろといやだった。
貧民たちが採取したものは、買い手がつきづらいという悲しい事情がある。
だからホビットたちが貧民たちからそれらを買い、調合やら加工やらをしてからギルドに売りつけるというプロセスにしたわけだが……
昨日の晩、ダンベンジリたちが宿にやってきて、
『ガハハハハ! 採取した素材が多すぎて、ワシらも調合の手が回らなくてな! だからやる! ガハハハハ!』
オルフェの砂を一五袋ぶん置いていった。
単位にして四五〇である。
そんなわけで、俺とアッシマーの部屋には砂がぱんぱんに詰まった革袋がところ狭しと置いてある。
「ごめんなさい、わたし、魔法の練習のほかに、錬金やらなにやらたくさんしないといけなくて……」
あれらを錬金してガラスにしないかぎり、俺たちの部屋は一生、甲子園で敗退した野球部の控室みたいな状態だ。
というわけでどちらにせよアッシマーは身動きがとれない。
でも、まあ……
「よかったじゃねえか」
「よかった……? どうしてですか?」
「だって、夢だったんだろ」
もちろん、オルフェの砂を錬金することではない。
あれは俺とアッシマーがアルカディアではじめて出会ったとき。
「エシュメルデでいちばんのアイテムショップをつくりたい、って前に言ってただろ」
仕入れたアイテムを加工して販売する──モンスターを倒すより、そっちのほうがよっぽどアイテムショップに近い。
思えば、アッシマーと出会ったころは、俺が採取して持ち帰ったアイテムをアッシマーが調合やらをしてリディアに買い取ってもらい、それで生計を立てていた。
いまよりもよっぽどアッシマーの夢に寄り添った生活をしていたのではないか。
アッシマーは俺に顔を向けたまま、ぽかんと口を開ける。
「覚えてて、くれたんですか……」
「忘れるわけねえだろ。というか俺、手が空いてるんだから錬金しとくぞ。最初だけやりかたを教えて──」
「いえっ、いえいえっ、そういうわけにはいきませんっ、わたしの仕事を取らないでくださいっ」
両手をぶんぶんと振り、全力で否定されてしまった。
となると、どうすっかな……。
ひとりでサシャ雑木林まで遠出するか。
コボたろうたちがいれば安心してマンドレイクの採取もできるし、ひとりならあいつらに入る経験値も多くなる。
でも木箱が開錠できないんじゃつまらないよな……。
そんなとき、鈴原の手が挙がる。
「よかったらウチ、藤間くんと一緒に行こうかー?」
俺には彼女が天使に見えた。
しかし他のメンツからするとそうでもないようで、ぎょっとしたような視線が鈴原に集まる。
「か、香菜ちゃん……!?」
「だって、しーちゃんかウチがいないと、箱を開けられないからー」
……あれ、鈴原ってこんなやつだったっけ、と脳内で首を傾げる。
いつもは周りを驚かせてしまったり自分に耳目が集まったりすると「なんでもないー」なんて誤魔化すのが俺の知る彼女だ。
しかしいま、鈴原は周りの視線にも灯里の声にもたじろぐ様子など露も見せず、素知らぬ顔でバゲットの最後のひと欠片を口の中に放り込む。
「俺としちゃありがたいんだけど……いいのか?」
「もちろんいいよー。リディアさんごめんなさい、また教えてくださいー」
「わたしはかまわない」
高木が「香菜、あんた……」と驚いた顔を鈴原に向ける。
鈴原は高木に笑顔で返した。
なんだろう、昨日一日で鈴原や高木になにか変化があったのだろうか。
アルカディアで? それとも現実で?
そのどちらにせよ、鈴原が堂々たる態度をとることができるようになったのは良いことだ。
よかったよかった。
食後のコーヒーに口をつける。
「藤間くん、今日はデートしよー♪」
「ぶほぉ!?」
それを飲んだ端から勢いよく噴き出した。
向かいの灯里と左隣りの七々扇も同じように口からコーヒーを噴射していた。
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