09-17-報酬【チャーム編】

 戦利品がなくなり、みながほくほくの顔になったあとは、人数ぶん入手した◇タイニーチャームの分配になった。


◇【HP】チャーム×5

◇【SP】チャーム×3

◇【MP】チャーム×5


 チャームとは、たとえば【HP】チャームならば、☆アイテムボックスや革袋、あるいは身につける等、所持しているだけでスキル【HP】のLVが1上昇するという便利なアイテムらしい。


 HPチャームはハート型の、

 SPチャームは翼の形の、

 そしてMPチャームは五芒星を形どった、さすがはタイニーちっぽけなといったところか、手のひらサイズのミニチュアだった。


「MPチャームが欲しい人は?」


 祁答院の言葉に俺、三好伊織、鈴原の手が上がった。祁答院が意外そうな顔をして灯里に顔を向ける。


「伶奈はいいのか?」

「うん。私、MPだけはたくさんあるから……。それより、HPチャームのほうが欲しくて」


 以前、灯里のステータスモノリスを見せてもらったとき、灯里は俺の約三倍のMPを持っていた。

 灯里のユニークスキル黄昏の賢者トワイライト・フォースがMPの適性を得、なおかつ灯里の基本ステータスがMPに傾倒しているためだ。

 灯里も順当に、俺と同じペースで成長しているとすれば、いまのMPは100近いはずだ。


「贅沢な悩みね」


 右手を挙げ、左手で机に肘をついて座る三好伊織がなんの気もなさそうに呟いた。


「あっ……ごめんなさい、そんなつもりじゃ」


 灯里は胸元で杖を両手で握りしめ、深々と頭を下げるのと、清十郎が「イオ……!」とたしなめるのは同時だった。三好伊織は慌てて立ち上がり、


「ちっ、違うのよ、ごめんね灯里さん。アタシ、MPがすぐ切れちゃうから灯里さんが羨ましいなって……イヤな言いかたになっちゃってごめん」


 今度は三好伊織がぺこぺこと頭を下げる番だった。灯里は「気にしないで」と首と手を横に振る。


 三好伊織の言いかたはともかく、灯里の潤沢じゅんたくなMPが羨ましいのは俺も同じだ。

 灯里くらいMPがあれば、きっと全員を召喚でき、召喚疲労をものともせず、呪いだってリソースを気にせずがんがん使える。


 それは誰のせいでもないし、愚痴をこぼしてもなにかが変わるわけじゃない。


 なりたい自分はいつだって、未来にしかないのだ。



「鈴原がMPってなんか意外だな」


 灯里と三好のやりとりが平和的解決を迎えたからだろう、俺の隣で胸を撫でおろす鈴原に声をかける。


「うんー。ウチ、散矢マルチプルショットってスキルが使えるんだけど、けっこうMP使っちゃうからー」

「あー、空中で青い矢が三本に増えるスキルだろ。あれ強いよな」

「そ、そうかなー? 一回のしゃで三箇所も狙いを定めないといけないから、そのせいですぐMPが切れちゃうんだー」


 謙遜なのか自意識が低いのか、鈴原は照れたように笑ってみせる。


 鈴原はシュウマツにおいて、くだんの散矢マルチプルショットで多くのコウモリ、そしてコボルトを討ち取っていた。

 昨日、澪とイメージスフィアを確認した感じだと、撃墜数がいちばん多いのは彼女だったかもしれない。


 ……と、脱線したが、チャームの分配は先ほどの件を除いてすんなりと終わった。

 祁答院や七々扇のオールマイティ組や、アッシマーは調合、高木はオーラを扱うため、数人がどのチャームでも構わないというスタンスだったからだ。


 次にエンデはアイテムボックスからMVP報酬を床に置いた。

 身長よりも大きなオブジェが俺の前にそびえたつ。



──────────

◆◆サモナーズ・トリビュート

(ヒュージ・チャーム)

容量20 重量20

─────

召喚モンスターが獲得する経験値が100%増加する。

所持しているだけで効果がある。

────​──────



 今回獲得したスキルブックでアイテムボックスのレベルを2にしたことにより、俺が収納できる容量、重量ともに20になった。

 いまならばこの馬鹿でかいチャームを所持することができる。


 しかし俺はステッキ、ワンドと盾、そしてアーツと武器を切り替えている。

 アイテムボックスがパンパンに埋まってしまえば、戦闘中に武器や盾をわざわざ革袋から取り出す必要がある。アイテムボックスから直接装備を変更できる利便性を味わってしまった俺は、どうにもやりにくくなってしまう。


 とはいえ、召喚モンスターの経験値が二倍になるこのチャームはどうしても使いたい。


 ……ならやっぱり、これしかないか。


 ダンベンジリのオッサンから貰った☆ワンポイントを巻いた右手首に左手を重ねて念じた。



​──────────

《☆ワンポイント スキル変更》

──

【☆召喚MP節約】LV2→LV1

【☆アイテムボックス】LV2→LV3

──

※次回変更時間→十二時間後


​──────────



 視界の端に映るメッセージウィンドウ。これで召喚のコストは増えたが、アイテムボックスは拡張されたはずだ。



──────────

《アイテムボックス》 LV3

容量 35 重量 35 距離 3

──────────



 LV1で10、LV2で20、LV3で35の容量。これでチャームを持ち歩いてもアイテムボックスをこれまで以上に利用できる。


 ◆◆サモナーズ・トリビュートに右手首をかざしてアイテムボックスに収納すると、胸にずしりと重みが加わった。


 アイテムボックス内にものが増えれば増えるたび、MPの消費は激しくなる。

 ☆ワンポイントのスキル変更をしたことも手伝って、同時に召喚できるのはふたりだけになってしまったかもしれない。


 でも、しょうがない。

 これがいまの、全身全霊、ありったけなんだから。


 でも俺は、まだまだ強くなる。


 レベルを上げる。

 スキルブックを買って、MPを増やす。

 もっともっと闘って、闘いに慣れる。

 この世界において数字……ステータスも大事だけど、それだけじゃないことを、俺はもうとっくに知っている。



 最後に金の分配だ。

 シュウマツの報酬39ゴールド、

 モンスターの木箱から出た金が合計で約3ゴールド。

 約42ゴールドを全員で割り、一人あたり3ゴールド23シルバーが行き渡った。


「これ、三万円ってこと?」

「違うよ葉月、三十二万三千円だよ!」

「うそ……」


 小山田は小金井に困惑の視線で向き直る。


 メイオ砦を攻略した際、ギルドから金貨を一枚ずつ受け取ったが、あのときも金銭感覚が狂う、と俺たちは盛大に困惑した。

 中学を卒業したての高校生が……それも一晩で稼ぐ金額ではない。


「どうしましょう……ストレージに入りませんよぅ……」

「本当だ……どうしよう」


 アッシマーと灯里が困ったように呟く。

 俺たちが利用している安宿『とまり木の翡翠亭ひすいてい』は、安さを売りにしているからか、それぞれの部屋にあるストレージボックスや作業台のレベルが低い、と女将自らが口にしていた。


 ストレージボックスのレベルは2。

 容量100、重量100を収納でき、先日までは不便を感じたことはなかったんだが、


「あー、そうだよー……。お金は1ゴールドまでしか預けられないよー……」


 鈴原が言う通り、容量のほかにも金を預けられる上限が決まっていて、レベル2の場合、それが1ゴールドなのだ。メイオ砦での報酬を預けるときに気づいたが、すぐに買いものをするからと、とくに気にもとめなかった。


「報酬金額がわかったときにこうなると思って、昨日のうちに女将さんに相談はしておいたのだけれど……」


 さすが七々扇、聡明だ。

 ……なんて思ったが、昨日の女将はべろんべろんに酔っ払っていた。女将の記憶に残っているかも怪しい。

 七々扇は覚えていないでしょうね、とでも言うように顔を伏せてしまった。


 ということは、大きな買いものをしない限り、俺たちは少なくとも2ゴールド以上を持ち歩かなければならないことになり、万が一死んでしまうようなことがあれば、1ゴールド以上……十万円をロストすることになる。



「公平に行き渡ったな」


 分配がすべて終わり、授業後の教室にも似た弛緩しかんした空気、そして控えめな喧騒が部屋を満たすと、重く低い声がこの部屋にやけに大きく響いた。



「アイテムを運んだ代わりに……というわけじゃないんだが、俺の頼みをひとつきいてほしい」


 やはり来たか、と部屋にいる大半が身構える。


 おそらく圧倒的な力を持つであろうエンデが俺たちに親切にしてくれる……そこにはなにか意図があるに違いなかったのだ。

 しかしエンデは、彼から見ればきっと塵芥ちりあくたの力しか持たない俺たちが警戒する様子に困ったような顔をして、


「ぐむん……やはり虫がよすぎたか。ならば追加で、俺に答えられることならきみたちの質問に答えよう。……どうだろうか」


 たったひとことの文句も言わぬ俺たちに対し、自分から弱々しく折れてみせた。

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