09-18-集いし暗躍

 透たちがギルドの二階にある第一会議室でアイテムの分配を開始したころ、三階にある特別室には歴々たる顔が揃っていた。


 石造りの壁に、コの字に並んだ木の机。一見、会議室と変わらぬ様相の部屋において、ゆったりとした背もたれに肘掛けのついた豪奢ごうしゃな椅子が、席に座す十人の面々がこの街のVIPであることをもの語っている。


「まずはみなさま、おめでとうございます」


 冒険者ギルドの副長であるエヴァが深々と頭を下げ、自慢の長い紫の髪を艶やかに垂らした。


 椅子に座る数人は彼女に見惚みとれることもなく、素直に喜んでいいものか、と視線を巡らせる。

 そんななか、白髪に長い白ひげを蓄えた小太りの人間──いや、ホビットが立ち上がり、


「まずはめでたい! おめでとうござりまする!」


 ガッハッハ、と豪快に笑ってみせた。

 名をダンガンコブシという、エシュメルデに住むホビットたちのおさである。


 モンスターとの戦火激しいこの街で、戦闘に向かぬホビットの扱いは低いと言わざるをえない。しかしこのダンガンコブシは温厚篤実おんこうとくじつにして剛毅果断ごうきかだん、齢七十六とここにいる誰よりも年長者であり、ものごとに精通しており、エシュメルデの上層部からは厚い信頼を受け、大きな発言力を持っていた。


「おめでとうございます」

「おめでとうござる」


 エシュメルデ随一の豪商ルドラ、そして街に住む屈強な緑の鱗肌を持つ、ドラゴニュートと呼ばれる亜人を統べるヌールディンがダンガンコブシに続くと、残りのメンバーも次々と祝辞を述べ、華美な装飾が施された器に満たされた葡萄酒ネクタルにそれぞれ口をつけてゆく。


 ここに集まっているのはこの街を取りしきる者たち。

 君主をいただかず、決められたひとりのトップを持たぬ制限民主性のエシュメルデにいて、彼らはまつりごとを担う、いわゆる政務者である。


「七年ぶりのシュウマツは大勝利に終わった。アスティアやディアレイクは勝利こそしたものの、被害が大きかったと聞く」


 エヴァの隣に座す冒険者ギルド長のランスロットは長い金髪を一度掻きあげながらそう言って、美しく整った顔立ちに笑顔をつくった。


「復興の必要は?」

「ディアレイクは軽微だが、アスティアは城内に出現したモンスターに内側から破壊の限りを尽くされたらしい」

「フン! 金をかけて城を建てても、シュウマツの前ではなんの意味もないわい!」


 屋内だというのに鉄兜を被り、口元をぐるりと覆う濃茶のひげを触りながら悪態をついたのはドワーフのリーダー、オブライアン。


「しかしこれは、アスティアに貸しをつくるチャンスでは?」

「カーッ! きゃつらに恩を着せても無駄だ! それにな、街の復興ならば儂らも手伝おうが、ただ王の権力を見せつけるための城なんぞ直したくもないわい!」


 豪商ルドラの発言を、オブライアンは勢いよく否定した。


「外交の話は後回しでよかろう。それよりも、異世界勇者に対して我らがどうすべきかだ」


 声量こそ小さいものの、威厳と清涼感が入り交じった声。声の主は絹糸のような銀髪を持ち、長い両耳がピンと尖っていた。


「アンドリュー卿の言う通りだ。この場では、多大なる功績を残した異世界勇者たちにどのような謝礼を振る舞うか、そしてこの後どのように接するべきかを協議したい」

「放置か、恭順か、懐柔か」

「あいや、その前に」


 流れを断ち切るように手を挙げてゆらりと立ち上がったのは、黒の短髪、痩せぎすの身体に黒のジャケットを羽織った目つきの悪い男。


「もうがあったってのは本当っスか?」


 場はざわついた。彼が気だるそうな、ひとりひとりをなめ回すような視線をぐるりと巡らせると、喧騒のなかで落ち着き払った三名の人物を濁った瞳で捉えた。


「あー、やっぱり噂はホントっスか。シュウマツ翌日である今日──それも朝早くにがあったって聞いたんスよ。えらく準備がいいように思えるんスけど、どういうコトっスか、アンドリュー卿」


 彼は耳の尖った銀髪のハイエルフを名指しして、にっと口角を上げた。そうしながら、蛇のような眼差しは質問をはぐらかすことを許さない。


から準備ができたとギルド長に報告が入り、私はそれに従って召喚したまでだ」


 落ちついていたのはギルド長であるランスロット、ハイエルフのアンドリュー、そしてもうひとり──


「なんでも、こっちが用意した異世界勇者の仮宿舎だけじゃなく、なぜかホビットの集落にも召喚されたらしいっスね」

「むん?」


 ホビットのおさ、ダンガンコブシである。

 ダンガンコブシは彼の皮肉に満ちた言葉を緑に光るまなこでまっすぐと見つめ返し、


「間違いない。明け方にギルド長のランスロット殿から連絡があり、急遽、家の離れを空けさせた」

れは一部の異世界勇者の取り込み、及び占有をホビットが行なっていると考えて相違ないか」


 堂々と言い放つ姿に、ドラゴニュートのヌールディンが声を低くした。


「そんなことを思ったりはせん。ただ、今回の功績を認めてもらったまでよ」

「功績だと? ホビットになんの功績があったというのだ」


 今度はルドラに続く大商人、ラカシュが脂ぎった身体と声でダンガンコブシに噛みついた。ランスロットは美しい口元を僅かに歪め、諭すように口を開く。


「ラカシュ卿、言葉を慎みたまえ。……シュウマツの直前、異世界勇者たちはホビットからエピックアイテムであるリジェネレイト・スフィアを借り受けた。あれだけギリギリの勝利だ。アイテムがなければ勇者たちは敗れていたに違いない」

「そのアイテムのやり取りこそがホビットによる懐柔行為だとなぜわからんのだ」


「懐柔ではない。先にホビットが勇者に助けられ、恩を返しただけのことだ。ホビットは受けた恩を必ず返すという種族意識と、人情あつい性格がさせたものであろう。……私はそう思う」

「ならばダンガンコブシ殿に申し上げる!」


 ランスロットと言い合っていたラカシュはダンガンコブシにふたたび狙いを定め、


「アイテムのやり取りが懐柔ではなく、仁義によるものだったと証明してみせよ!」

「そんなこと──」


 そんなこと、できるわけがない。仁義とは、目に見えぬものなのだから。

 そう言いながら立ち上がろうとしたランスロットを、ダンガンコブシが遠くから手で制した。


「ホビットの仁義を疑われるなど、露ほども思っておらなんだ」


 そして立ち上がる。

 深いしわに、ぐつぐつとした憤りと寒々とした寂寥せきりょうを刻んで。


「汚いのう。人情も仁愛も仁義も打算だと決めてかかるお主は、この世で一番汚い」

「なっ……なんだとっ……! ホビット風情が人間に……! 聞き捨てならん!」


 ラカシュの細い目は釣り上がり、憤懣ふんまんやるかたない様子で机を叩く。


「ほれほれ、そのことよ。儂は人間全員が汚いとは言っとらん。お主が汚いといっただけじゃよ。現に儂はランスロット殿や、お主の隣に座るルドラ殿のことを尊敬しておる。……が、お主は人間とホビットの争いに持ち込もうとしておる。浅はかで、惨めで、汚いの」

「貴様ッ……! 御託はよい! 早く証明してみせよダンガンコブシッ!」


 ラカシュは唾を飛ばす勢いで吠え、肥え太った身体をダンガンコブシへ前のめりにすると、腹の乗った机がギシッと歪んだ音を立てた。


「証明? はて、果たして儂にそんな義務があろうかの」

「な、なにっ……!」

「よいかの。噛みついたのは儂ではない、お主じゃ」


 緑の瞳が魔力を含んだ翡翠石ひすいせきのように煌めいた。それは妖しくも眩しくもない、長年の雨風に晒されても決して風化することのない、どっしりとした輝き。


 ラカシュはダンガンコブシの瞳に気圧されて、一歩後ずさる。


「……ならば我らホビットの想いが仁義ではなく、お主の言うとおり醜い懐柔だったと、お主が早く証明してみせよラカシュッ!」


 ダンガンコブシに一喝されたラカシュは自らの椅子に膝を折られ、巨大な尻を椅子へと乱暴に着地させ、歯ぎしりする。

 ──勝者と敗者が決まった瞬間だった。



「成程、ホビットは報酬に金子や権利ではなく、"ホビットのつるぎ"を所望したか」


 ヌールディンはラカシュを一瞥いちべつもせず、ひとりごとのように呟く。


「モンスターに対抗しうる力のないホビットにとって、彼女らは"希望"じゃよ」


 ダンガンコブシもヌールディンへひとりごとを装って返すと、ランスロットに向き直って、


「さて、脱線したが、ホビットに対する報酬の話ではなく、週末をもたらしてくださった異世界勇者さまに対する報酬の話であったの」


 さも何事もなかったかのように話の軸を修正した。


「そもそもオレらから報酬を渡す必要なんてあるんスか?」

「渡さねば、街の危機を彼らだけで救ったと、民心は異世界勇者に傾こう。我らの面目丸つぶれじゃ」

「……まったく、何百人もの傭兵を雇った我らの顔が立たんわ」

「そうさな。

「……やはり、金子がよかろうかの」

「たわけめ。金を渡してみよ。きゃつらはたちまち異世界の金に両替してしまうわ。こちらへの見返りがない」

「なら強力な武器っスか。んー、情報が足りないっスね。オレたちはシュウマツでの彼らのことしか知らないんで」

「過去には報酬で渡した装備を売却し、異世界の金に替えた勇者もおった」

「余所者、それも年端もいかぬ若造に頼らねばならんとは、なんとも情けないことよ……」


 侃侃諤諤かんかんがくがくの、ランスロットやアンドリュー、ダンガンコブシなど一部から見れば喧喧囂囂けんけんごうごうの話しあいは午後になっても終わらず、昼食を挟んで夜まで続いた。

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