10-38-言ノ葉──後編

 いただきます、とふたりで手を合わせる。

 ラーメンが冷めないようにあらかじめ温められた黒いどんぶりは、チャーシュー二枚、ほうれん草、味玉、そして花びらのようにふちに添えられたのりが六枚、といかにも家系の佇まいだ。

 地元でよく食べた家系は茶色みが濃いスープが多かったが、やや白が強い。


 白濁した海にレンゲを浮かべ、スープを一口すする。


「おぉ……」


 色から想像したとおり、醤油のしょっぱさよりも豚骨と鶏油チーユのまろやかな甘みが強い。

 そのくせパンチがしっかりと効いていて、立体的なコクが深い旨味を運んできた。


 もうひと口スープを、とレンゲを構えたとき、向かいで戸惑っている灯里の姿が目に入った。

 どうやら湖面に浮かぶ油に躊躇しているようだった。


「あー悪ぃ。油少なめにしとけばよかったか。……でもマジでうまいから」

「ぁ、うん、ごめんね」


 油は旨味だ。そうじゃなかったら、どんなラーメンにもわざわざ入れたりしないだろう。

 とはいえ、初家系どころか初ラーメンの灯里には厳しかったか、と申しわけない気持ちになったとき、彼女は勇気を出した様子でレンゲからゆっくりとスープをすすった。


 灯里が声をあげる前にわかった。


「おいしい……!」


 なぜならその前に、灯里の大きな瞳が驚くように輝いたからだ。

 俺は胸をなで下ろし、スープを口に運んでからストレートの麺に挑むことにしたところで、じーっとした視線に気づいた。

 もしかして、どう食べるのかわからないから、俺から学ぼうとしているのだろうか。


 いつもならダイ○ンも驚きの吸引力を発揮してずるずるとすするわけだが、灯里にとってはハードルが高いかもしれない。

 少量の麺をレンゲで軽く受け止めながらするするとすすった。


 うん、うまい。

 すこし硬めのストレート太麺。食べ応えがあり、しょっぱうまのスープとの相性は抜群だ。

 これはラーメンの形をした、店主の魂だ。


 向かいを見ると、灯里は俺と同じようにレンゲに麺をのせ──いや、俺よりも断然丁寧に、レンゲのなかに具なしのミニラーメンをつくり、恐るおそる口に運んだ。


 また灯里の目が煌めいたことを確認し、安堵とともに不思議と胸があたたかくなったことを自覚した。

 それが俺の好きなものを灯里もおいしいと感じてくれたことに対する喜びであることは間違いない。


 相手が灯里だからだろうか。

 それとも、人間はもともと自分の好みを理解してもらえると喜びを感じる生きものなのだろうか。


「……よかったな」

「えっ? ぁ、う、うん……っ」


 俺と目が合った灯里は照れるようにラーメンへ視線を落としてしまう。

 同じように俺もふたたび麺を口に入れようとしたとき、自分の頬が緩んでいることに気がついた。



 とくに会話もなく、ふたりで麺をすすりあう。

 やっぱり家系ってすげえ。大体の食いもんって途中で飽きるものだけど、さっぱりしたほうれん草や、下半分はひたひた、上半分はぱりぱりののりがラーメンの味わいを一本調子にせず、少食の俺でもずっと食べていられる。

 よく沁みた味玉も、口のなかでとろけてゆく炙りチャーシューもすげえいい。

 なによりこのまろやかなスープ。だれか自販機で売ってくれ。健康とかどうでもいいから毎日飲みたくなる悪魔的なコクだ。


 ラーメンに一生懸命取り掛かっていたら、丁寧に食べる灯里よりも随分と早く食べ終わってしまうことに気がつき、ペースを落とす。


 普段の食事に鑑みれば、明らかにこのラーメンは俺にとって多いはずなのに、まだまだ入る気がした。大盛りでも食えたかもしれない。


 その理由を探し、そういや最近毎朝ジョギングしてるし、今日はスクエアテンで身体を動かしたからだと気づいた。


 俺の交友関係が大きく変化したように、俺の身体も変わってきたのかもしれない。


 いつだったか、己の変化を成長と呼ぶべきかと自問した。

 そのときは明確な答えを出せぬまま学校へ向かう坂道をゆっくりと歩いた。


 いまなら言える。

 これは俺の成長だと。


 そして成長の根源は決して自らの力だけではなく、みんなのおかげなのだと胸を張って言える。


 中学三年の一年間で1ミリも伸びなかった身長も、もしかするといまなら伸びているかもしれない。

 そんな都合のいい妄想に胸を膨らませながら、ふたり同時にラーメンを食べ終えた。



──



「藤間くん、だめだよっ……!」

「あーいいって。俺の好みに合わせてくれたんだから」


 ふたりぶんの会計をギアで済ませると、灯里は抗議じみた視線と声を投げかけながら俺の背についてきた。


「藤間くんっ……!」


 ラーメン屋を出て夜風に身をさらしても、彼女は上質そうな財布から取り出した紙幣を俺に押しつけてくる。


 見かけによらず灯里が頑固なことはとうに知っている。受け取ることもできたが、ちっぽけな矜持きょうじがそれを許さなかった。


「いいんだって。男ってそういうふうにできてんだよ」

「違うよ、そんなことないよ」


 灯里を納得させるために紡いだそれらしい言葉は一蹴されてしまった。

 撤回する。頑固じゃなくてめちゃくちゃ頑固だわ。


「俺から夕飯に誘った。なら俺が払うのは当然じゃねえか」

「ううん、以前スタバでお茶したとき、誘ったのは私たちだったけど、藤間くんは自分のぶんを払っていたよ」


 ……あと、ちょっと面倒くさいの忘れてた。


「じゃあこんど、なんか甘いもんでもご馳走してくれ。それでいいだろ」


 コンビニのスイーツとかアイスならさすがにラーメンの金額を超えることはないだろう。そう思って発した言葉だったが、灯里は目をぱちくりさせたあと、うつむいてしまう。


「ぅ、ぅん、わかっ、た。ご馳走してくれてありがとう。……約束、ね」


 顔も声もしぐさもこのうえなく可憐なのに、胸の前に置かれた手が雄々しい握りこぶしに変わった。


 ……俺、目玉が飛び出るほど高級なあんみつでも奢られてしまうのではないだろうか。


 ともあれ灯里は納得してくれたようで、ふたり歩を進める。

 駅前の喧騒を抜け、街灯が等間隔に配置された住宅街へと戻ってしばらくすると、登校時にいつも灯里と出くわす十字路にさしかかった。

 灯里もそれに気づいたのだろう、先導すべく俺に半歩先んじる。


「……」

「……」


 言葉はない。

 地元だとこの時間になるとキリギリスの合唱がジージーと耳を打ったものだが、ここではふたりぶんの足音と、俺の持つ紙袋が時折脚を掠める音だけ。


 灯里の左頬は照れくさそうに笑んでいて、どこか笑いをこらえているように見える。


「……ぁ、あはは、ごめんね。藤間くんって……全然変わらないな、って思って」


 その言葉は、自分の変化に気づいて前向きに捉えようとした俺からしてみると、夜道のように寂しく感じられそうなものだったが、灯里の笑顔が照らしているからか、不思議とそうは思わなかった。

 だから俺の口からは皮肉や悪態ではなく、単純な疑問が漏れて出た。


「どのへんが変わらないって思うんだ?」

「言葉じゃなくて、行動で語るところ」


 即答にすこし驚く。

 返す言葉を決めていたというよりも、灯里の胸には常にそういった思いがあるとでもいうように響いた。


「私ね、中学生くらいからずっと言葉が信じられなかったの。言葉は外面そとづらだから……。相手に自分を大きく見せようとする外面」


 可憐な声色に寂しさのようなものが混ざる。


「でも藤間くんは、出会ったころから逆だった。いまだって、私にご馳走してくれたのに『男はそういうふうにできてるんだ』なんて言って、ひとつも誇らない。私が知るかぎり、男の人はそういうふうにできていないよ」


 灯里は表情をつくりなおし、くすくすと俺に笑いかけた。


「それがちょっと、羨ましいんだ。私も、自分をよく見せようって思っちゃうから」


 出会う前の灯里は、どんな少女だったのだろうか。

 綺麗で清らかなお嬢様で、いつも可憐な光を放ち続ける──ずっとそんな女の子だったのだと、勝手に思っていた。


 いまの灯里の言葉を聞くかぎり、灯里の過去に他人の言葉を信じられなくなるようなことがあったことが窺える。


 俺がそうだったからよくわかる。

 これまで散々誰かの言葉の裏を探して、他人の腹を探って、疑いに疑いを重ねた俺にはよくわかる。

 言葉が信じられないということは、他人が信じられないということではないのか。


 きっと人は誰しも、白いままではいられない。

 生まれたときは真っ白でも、黒く汚れた世間に身を置くうちにどうしても汚れていってしまう。

 それは相当なお嬢様として生きてきたであろう灯里だって例外ではない。


 言葉ってのは残酷だ。

 その人間の人物像を探るのに一番手っ取り早い手がかりでありながら──だからこそというべきか、発言者のさじ加減で簡単に嘘が混ざる。

 これまで灯里はきっと、見栄や虚偽といった言葉の黒いすみに汚されてきたのだろう。


 だとしても、俺の胸にいる灯里の煌めきはなにひとつ曇らない。

 灯里から仄暗い言葉を耳にしても、胸に宿った太陽はむしろさらに輝きを増すばかりだ。


 ああ、そうか。

 俺は灯里に憧れのような感情を持っているけれど。

 それは、いまいる灯里の白さや清らかさに対してのものじゃなかったんだ。


 白いものは汚れるとわかっていても、白くいよう、清くいようとする純粋な姿勢に憧れているのだ。


「いいよ、お前は。そのままで」

「……ぇ?」

「自分をよく見せようとしてもいい。それって間違ったことだと思わないし、すくなくとも灯里なら自分の言葉に責任を持って、言ったことは守ろうと努力するだろ」


 灯里は足を止めて首だけで俺を振り返る。きょとんとした瞳と目が合った。


「あと、灯里は言葉が信じられないって言ったけど、俺は言葉に救われたこともある。……その、お前の言葉にも。だから、言葉そのものが信じられないってのには賛同できねえ」


 そうだ。

 言葉が信用できないというのは、男はこう、女はこうという既成概念にも似た大雑把な決めつけに近しい。

 その考えは、陽キャはこう、陰キャはこうと決めつけていた以前の俺のようだった。


 価値観は人それぞれで、陽キャの価値観はこう、と簡略化して考えるのではなく、一人ひとり考えが違うことを認めなければならない。


 思い出す。夜の市場で、獅子王と対峙したあのときを。


『私は私の強さを、藤間くんからもらったから!』


 俺はあの言葉に救われた。

 立ち上がる力をたしかにもらった。

 どこまででも強くなれる気がした。

 

 言ノ葉に力が宿るのは、きっと、言葉の持つパワーだけじゃだめなんだと思う。


 灯里が獅子王に立ち向かうあの姿勢が、身を呈して俺を庇ってくれるあの背中が、勇気を奮い立たせるためのあの握りこぶしが、言葉に力を持たせ、俺を信じさせてくれたんだ。


「灯里の言葉は俺の胸のなかでずっと眩しく光ってる。だから、お前はそのままのお前でいいんだよ」


 灯里は俺と向かい合って、唇をきゅっと結び、うつむいて、上目をこちらに送ったあと、また頭を下げてしまった。


 余計なことを言ってしまったかな、という思いと、自分がどんなことを口走ったかという恥ずかしさで「あ、いや……」と間抜けな声を出しながら、さして興味もない夜空に視線を逃がす。


 濃い墨色のなかに、星がそれぞれにまたたいている。


 きっと恒星は自らがどんな光を放っているかを知らないし、衛星は自身に反射した恒星の光がここまで届いていることを知らない。

 星々は、自らの美しさを気にもとめないだろう。


「たぶん人間も、相手がいないと自分の輝きに気づけない」


 それなのに、地上から見上げる満天の星は一斉に輝き、こんなにも綺麗だ。


「灯里は、こんな俺のちっぽけに光ったところを見つけてくれて、それを言葉と行動で伝えてくれた。だからその……感謝、してる」


 灯里はうつむいて表情を隠したまま、長い黒髪を小さく揺らす。


「伝え……られたかな。ちゃんと、届いてた、かな」

「ああ」


 灯里の声はすこし潤みを帯びているようで、なにかを我慢するように短く区切りながら言葉を紡いでゆく。


「あと、ちっぽけじゃ、ない、よ」

「……ああ」


 いつもの捻くれも、誤魔化しも茶化しもしなかった。それらは俺にとって、恥ずかしさや照れで熱くなった身体を冷ますために溢れ出す汗だ。


 夜の住宅街に吹く風は、体温調整が必要ないほど心地よい涼風を運んでくれる。だから、汗も捻くれも必要ないのだ。


 ……しかしまあこんなことを考えている時点で盛大に動揺しているわけで……。


「ごめん……えへへ、もう無理、かも……」


 灯里は視線をおとしたまま、ほんのすこしだけ俺に歩み寄る。

 ほんのすこしというのは、もとより俺たちの距離があまりなかったからであり、こうなってしまうと向かい合うふたりは30センチものさしでじゅうぶんに距離を測れてしまうほどに近い。


 ……と、こういった追撃が来ると、もういろいろと崩壊してゆく。


「む、無理ってなにが……むおおおおお……」


 灯里は両手でバッグを持ったまま、俺の胸に顔を近づけてくる、


 その動作は非常にゆっくりだったにもかかわらず、避けられなかった。避けようともしなかった。


 いやがられたらどうしよう、嫌われたらどうしよう──そんな灯里の逡巡しゅんじゅんが鮮明に伝わったからだった。


 灯里の額を胸に受け止めた。

 優しい感触だった。

 昼から一緒に運動して、ラーメンも食べたというのに、どうしてこんないい匂いがするのか。

 それは俺が男子で灯里が女子であることを再認識させ、強烈な鼓動をもたらした。


 人通りのない住宅街。

 足音の消えた静寂は、どこかの家から子どもの声やバラエティ番組の音をわずかに運んでくる。

 それだけでは痛いほど響く心音しんおんをかき消せない。俺の心悸しんきは灯里に届いているだろう。


 この世はバランスで成り立っているようで、俺がテンパったぶん、灯里は若干冷静を取り戻した声をそっと零した。


「私ね、藤間くんに焦らなくていい、って言ったけど、じつは私のための言葉だったの」


 灯里がなんの話をしているのか、理解するためにわずかな時間を擁した。 


「私、欲張りな悪い子だから……怖いんだ」


 ……と思ったら、すぐに理解が追いつかなくなる。


「私、亜沙美ちゃんも香菜ちゃんも、しーちゃんも綾音ちゃんも大好きだから……いま、みんなでいるのが大好きだから」


 悪い子という単語に納得できぬまま、新たに紡がれる言葉を受け入れてゆく。

 みんなのことが大好き、というのは普段の灯里やみんなを見ているとよくわかる。


「藤間くんのことがこんなにも好きで、我慢できずにこんなこともしているのに、藤間くんからお返事をもらったら、それがどっちだとしても、きっといまの関係は崩れちゃう。……それが、怖いの」


 ──ドグン。

 高鳴る鼓動が、一際激しく響いた。


「その不安を、藤間くんに押しつける形にしていただけなの。本当にごめん、ね」


 ……そうか。

 俺も、同じなのだ。


 離れれば気まずさが残り、やがて解散、ということになるかもしれない。

 一緒になれば気遣いがうまれる。とくに俺と同室で寝泊まりしているアッシマーは部屋の移動を申し出るだろう。

 そうやっていまのあたたかな関係は変わってゆく。俺もきっと、それが怖かったのだ。


「だからどうか──返事をしないで」


 灯里は小さなバッグを地面に落とし、俺の両袖に手を伸ばしてすがりつく。

 あまりにもいじらしい哀願にたまらなくなって、俺はふたたび空を仰ぐ。


 やはり言葉は、残酷だ。

 相手に自分を強く見せる言葉は疑ってしまうのに、自分を弱く見せる感情の吐露は、本心であるとなんの疑いもなく信じてしまう。


 本音を語るって、勇気がいることだ。

 自分の暗い感情をぶつけたとき、相手にきらわれてしまう可能性があるからだ。


 それでも、灯里は俺に本心を語ってくれた。

 ならば、俺も嘘偽りない俺をさらけ出すべきだ、と思った。


「……俺は、愛だの恋だのってよくわかんねえけど」


 恋愛どころか友達ってのもよくわからねえし、なんなら人間関係ってのもまだわからねえ。


 ──それでも。


「お前を、大事にしたいと、思ってる」


 空を仰いだまま、胸の感触で灯里の身体が揺れたことを知る。


 これは、言葉だ。

 だから、なにか裏があると思われても仕方がない。


 あたたかい夢をもうすこしみていたい俺と灯里の利害は互いに一致している。


 しかしここで「じゃあそうしましょう」で終わらせてしまうと、きっと灯里は誤魔化し続けることで、己のことをどんどん嫌いになってしまうだろう。


 俺には、それが耐えられなかった。


「ありがとう……。嘘でも、いい。いまは、その言葉で、私を騙して」


 大事にしたいと思う。

 もしかすると灯里はこんな言葉に裏切られたことがあるのかもしれない。


 どうすればいいのか。

 たとえば俺がここで灯里の背に手を回せば、信じてくれるのだろうか。

 しかしそれは俺の知らぬ愛だの恋だのな話を経てからすべきことじゃないのか。


 灯里の気持ちを知っておいて、恋愛がなにかわからないと言う俺がそんなことをするのは不義理なのではないだろうか。


 誰から見た不義理なのだろうか。

 クラスメイト? 世間?


 しかし、はるか頭上にまたたく星たちはそんなことを気にとめない。


 そうだ。

 結局、俺たちの関係の善悪を決めるのは──



「……俺だ」



 いろんなことがあった。

 はじめての出会いと、再会して最初にした会話は最悪だった。主に俺が。


 ──それでも。



『罰ゲームなら他所よそでやれ』

『藤間くんお願い、信じて……!』

『私、藤間くんと一緒にいたいっ……!』

『私が藤間くんの、あかりになるから』



 億千の煌めく星々にも負けないくらい、灯里との幾千の思い出が、夜空を焦がしているから。



「あと、お前だ」

「……ぇ?」


 袖を掴まれたままの左手で、右の袖を掴む灯里の手をそっとほどくと、寂しそうな呟きが耳を打つ。

 俺を見上げる少女の両目は赤く腫れていた。



 俺はあいた右手を──



 灯里の背に回し、抱き寄せた。



「大事に、思ってる」



 腕のなかが、びくんと大きく跳ねた。


 俺に力を与えてくれる太陽は、こんなにも細く小さく華奢だったのかと驚かされる。

 引き寄せるとき一緒に抱いた黒髪の繊細さも相まって、背徳感が半端ない。


 届くだろうか。

 伝わるだろうか。


 いや、伝われ、と細い身体が折れてしまわないよう気をつけながら、腕に力を込める。


 届け。

 伝われ。


 いったいどれほどそうしていただろうか。

 すくなくとも、痛いほどの鼓動が収まる程度の時間が経過したころ、肩と胸を濡らす感触が気になった。


 はじめは灯里の涙だと思った。

 だから泣きやむまで待とうと決めた。


 しかし身体にかかる重みが増してゆくにつれ、これはおかしいと気がついた。


「お、おい、灯里……?」


 返事はない。

 灯里の肩を掴んで身体を離すと──



「え……なん、だよ……これ……」



 灯里の顔の下半分にはべっとりと赤い液体がついていて、真っ白のワンピースと俺のシャツをくれないに染めていた。


「お、おい! 灯里! 灯里っ……!」


 崩れ落ちようとする灯里の身体を抱きとめる。


 もしかして灯里は、なにか大きな病気にかかっているんじゃ……!


「灯里っ……! ぇ……これ……」


 顔をよく見ると、どうやら鼻から血を出しているようで……


 血を吐いたわけではないとわかり多少は安堵したが、鼻から出血する重篤じゅうとくな病気があるかもしれない。



 ともかく、病院へ行くため灯里を背負おうとしたが──



 街灯と星に照らされた闇夜を、車のエンジン音と眩しい光がつんざいた。



 路地の暗闇に溶け込むようにひっそりと駐車していたらしい黒塗りの高級車二台。

 タイヤをけたたましく回転させながら、俺たちを挟むように向かってくる。

 俺たちはあっさりと囲まれてしまった。


 ライトの眩しさに目を細めながら灯里を背負い、ふたりの荷物を置き去りにしてどこか細い路地に逃げ込もうとしたとき──



 ガチャリと音がして──



 二台の車、八つのドアが同時に開き──



 それぞれのドアからサングラスをかけた八人の黒服が一斉に躍り出た。




────────────────────


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