09-27-在りし日の落月

 採取とは、次々と地面に現れては消えてゆく白い光をタッチする、モグラたたきのような、あるいはリズムゲームのような作業だった。


 一分ほどだろうか、延々と白い光を探し、右手を左手を地面に叩きつけてゆく。


 タッチするころには光は消え失せ、ほかの場所に現れている──そんなことが多く、私は終始、白い光に翻弄ほんろうされ続けた。



──────────

《採取結果》

─────

10回

10ポイント

─────

判定→X

獲得なし

──────────



「はっ、はっ……はっ…………!」


 四度目の挑戦も虚しく、エペそうという素材を獲得できるライン──20ポイントの半分しか獲得できなかった。


「月乃、こうたい」

「はっ、はっ……はひっ……」


 秘密さんが腕まくりをして、私とは違う採取ポイントに屈みこむ。

 私には見えない場所で秘密さんが採取に成功してしまえば、この白い光を放つポイントはしばらく消えてしまうからだ。


 立ち上がり、袖で汗をぬぐう。


「月乃さま、だいじょうぶだか?」


 イングローネさんがモンスターを警戒しながら、ちらちらとこちらに視線を送り心配してくれる。


「はっ……はひっ……む、難しい、です。ね」


 私も身体を南に向け、モンスターが来ないかと視線を巡らせてはいるが、片手は膝、もう片手は激しく波打つ胸にあて、満身創痍だった。

 はたから見れば、うずくまって地面を叩いているだけなのに大げさな、と思われるかもしれない。


 普段からの運動不足は否めないが、採取とは魔力物質を収集する行為ゆえ、体力のみならず、己の魔力も使用して行なうそうだ。

 慣れない採取をして急激に魔力──SPを消費したことによる魔力疲労も相まって、これだけの作業が、私の呼吸を苦しめる。


「父ちゃんの話では、透さまも最初のころはずーっと採取で、それも失敗だらけだったそうです。だから、気にしちゃだめです」


 イングローネさんが慰めるように背中をさすってくれる。


 ──トオル、さん。


『おにーちゃんは、フジキっていうにゃー♪』

『えっ……!?』


 フジキという苗字を耳にしたとき、隣りにいた秘密さんが飛び上がるほど、私は驚いてしまった。


 フジキ、トオルさん。


『やめろっ、やめてくれッ! うさたろう、うさたろうっ!』


 己の背を焼かれながらも、うさたろうのために叫んでいた男の子。

 彼の名前は藤間で、男子のファーストネームはあまり覚えていない私だが、クラス委員名簿──飼育委員で私の隣に並んでいた名前は透、ではなかっただろうか。


 フジキ、トオル。

 藤間、透。


 結果的に、英雄視されている少年は彼ではなかったわけだが、もしも、彼だったとしたなら──


「月乃さま?」

「あっ、いえ、なんでも」


 合わせる顔なんて、あるはずがない。

 私のことを、恨んでいるに違いない。

 ──なぜなら、獅子王に脅されてあっさりと鍵を渡した私が、うさたろうを死なせてしまったようなものなのだから。


 ごめん、なさい。

 ごめんなさい。


「ぅ……」

「月乃さま?」


 許せる、わけがない。

 ゆるされる、わけがない。


 左手首の傷が、ない。

 私をゆるしてくれる、傷痕がない。


 ──脳裏に焼き付いて離れない、少年の哀願する声──

 人を傷つけることが、怖い。


 ──私に向かって伸びてくる、幾多いくたの手──

 人に傷つけられるのが、怖い。



『あァそうだ藤間ァ……。いまここでそのブス女をれ。そうすりゃ助けてやっても──』

『できるわけねぇだろっ!』

『あ、そ。……悪く思うなよ? 藤間がみーんな悪いんだからなァ! そうだろみんな!』



 私さえ、いなければ。 


「ごめんなさい……」

「月乃さま!」


 泥濘ぬかるみに堕ちてゆく私を、イングローネさんの大きく慌てたような私が引きとめた。

 泥土でいどのようにこびりついたあの日の鮮血から、視界が草原へと切り替わる。


「ぁ……私……」

「勇者さまとはいえ、はじめての採取だから疲れても仕方ねえだ。次、おらの採取が終わったら一旦戻りましょう」

「い、いえっ、大丈夫です」


 まさか私が過去を思い出しているなんて、イングローネさんはつゆにも思わないだろう。

 こんな私を心配してくれるイングローネさんの優しさが、少しだけつらかった。



──────────

《採取結果》(秘密)

─────

7回

7ポイント

─────

判定→X

獲得なし

──────────



「うー……むず、か、し、い」


 秘密さんが息も絶え絶えの様子でよろよろと立ちあがる。

 SPが私の半分しかない秘密さんは、私よりもずっと苦しいはずだ。


「大丈夫ですか?」

「おらの採取が終わったら戻りましょう。おふたりは休みながらモンスターが来ないか見張っていてください」


 ふたりで秘密さんに駆け寄って肩を貸し、イングローネさんは私に秘密さんの身体を預けると、その場にかがみ込み、私には見えない採取ポイントらしき草むらに手を伸ばした。


「ほっ、ほっ……」


 この採取ポイントの光を探知できない私からは見えないが、イングローネさんはよいしょよいしょと言いながら、次々と両手で地面をタッチする。

 落ち着いた所作……とは言えないが、明らかに私よりも慌てていないし、秘密さんよりも動きが俊敏だ。


 そうしてイングローネさんの動きと南からの脅威に何度も視線をやっているうちに、イングローネさんの採取が完了した。


──────────

《採取結果》(イングローネ)

─────

20回

採取LV3→×1.3

草原採取LV1→×1.1

エペ草採取LV1→×1.1

31ポイント

─────

判定→D

エペ草×2を獲得

──────────


「おー……」


 私に肩をあずけたまま、感嘆の声をあげる秘密さん。イングローネさんは「お、おらは一年前からやってますから」と汗を飛ばしながら照れくさそうに立ちあがる。


 スキルの力って、すごい。

 もちろん地力で二十回も白い光をタッチしたイングローネさんもすごいが、スキルブックにより獲得した上昇補正に驚かされる。


「私たちもいつか【採取】スキルを習得できるでしょうか」

「もちろんだ! ……あ、いや、もちろんです。おらなんかよりずっと早く習得可能になりますよきっと」


「……もういっかい、する」


 そう言って私の肩から離れて屈もうとする秘密さんの足は震え、がくっと草に膝をついた。


「秘密さんっ」

「無理はしちゃだめです。いちど戻って、休憩してからまたやりましょう」


 秘密さんは下唇を噛み、弱々しい声で呟いた。


「はやく、じょうずに、なりたい」


 秘密さんの気持ちは私にも痛いほどわかる。

 私だって早くお金を稼げるようになって、ホビットのみなさんのお役に立ちたいし、スキルだって習得したい。

 しかし秘密さんの足腰はふらふらで、頬と首元にはちょっとおかしいくらいの汗が滲んでいる。


「秘密さま、戻りましょう」

「うー……。わかった」


 イングローネさんが秘密さんの両脇に腕を差し入れて、後ろから抱きしめるようにして立たせる。

 秘密さんが小柄とはいえ、イングローネさんは力持ちだ。


 暢気のんきにそんなことを思い、手を貸そうとしたとき──


「んぎゃあぁーー!?」


 急にイングローネさんが目と口を大きく開けて叫んだ。


 イングローネさんの視線の先を見るべく振り返ると──


 遠くに見える姿がふたつ。



 ギャウギャウと恐ろしい声をあげながら、二体の犬頭のモンスターが槍を掲げ、草原を猛然と駆けてきていた。

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