09-26‐街の外へ
ココナさんのお店を辞し、私たちが住まわせてもらっている邸宅に一旦戻ると、
「あれ? 早かったじゃないか。お昼ごはんはまだまだだよ」
私たちの部屋の前──円形のホールにある机の上でなにやら作業をしていたベンテローネさんが額の汗を拭いながら振り向いた。
ベンテローネさんの瞳は「もう帰ってきたのかい?」とでも言うように
「あ、いや、ちがうんだ母ちゃん。外に出るから、念のため勇者さまのお金を置いていったほうがいいかと思って」
「そうかい。さっきふたりの部屋にストレージを置いておいたから。しばらくはLV1の箱でも構いやしないだろ?」
ベンテローネさんが私と秘密さんに顔をむけるが、ストレージとかLV1とか言われても私にはなんのことだかわからず、視線を
部屋に入ると、ベッドの
軽く触れると木箱はキイッと音をたて、上半分がぱっくりと開き、箱の上部──私の目の前にウィンドウが表示された。
──────────
《ストレージボックス》
LV1 容量0/50 金銭0/50000
──
《アイテムなし》
──────────
イングローネさんに言われるがまま 腰元の小銭袋を箱に入れると、
「えっ?」
袋は木箱に吸われるように消えてしまった。
「あ、あのっ」
「大丈夫ですよ月乃さま。ウィンドウにはちゃあんと──」
──────────
《ストレージボックス》
LV1 容量1/50 金銭100/10000
──
小銭袋
──────────
箱の中には何もないのに、ウィンドウには入れたばかりの小銭袋と、その中に入っていた1シルバー……100カッパーが表示されていた。
「──ね?」
自慢げに胸を張るイングローネさん。
なるほどこれはすごいシステムだ。
箱の中は異次元にでも繋がっているのだろうか、中身はどう見ても
小銀貨──1シルバーを預け入れたはずなのに、たとえば56カッパーを選択すると、大銅貨五枚と小銅貨六枚で引き出すことができる。
「どうしてこの一瞬で物質が変化するのでしょうか……。質量も数量も……。いえ、それ以前に、いまたしかに存在したものが消滅してウィンドウの文字列になって、また戻って……」
ウィンドウやステータス、ココナさんの店でスキルモノリスを見て理解していたことだが、私にはやはり、この不可思議な現象を受け入れられずにいる。
ニュースでもWikiでも、アルカディアはゲームのような世界だと言っている。
ゲームのような世界なら、このようなこともゲームだからと割り切れる。
しかし、歩き続けた足の痛みも、イングローネさんから香る爽やかな匂いも、秘密さんのたどたどしい喋りかたも、なにもかもが生々しい。
だからまるでここは現実で、外国か遊園地にいるような気分。ステータスやウィンドウ、そしてこのストレージもアトラクションの一部に感じてしまう。
アンリアルな摩訶不思議と、恐ろしいほどリアルに五感へと訴えかけてくる生々しさが
しかしイングローネさんは私の疑問こそ不思議だ、とでもいう様子で、
「そりゃあお金も魔力物質ですから、ストレージに仕舞えるわけです。勇者さまの世界にある魔力物質は、ストレージに仕舞えないんだか?」
私は秘密さんと顔を見合わせる。
「そもそも魔力、という概念がありませんので……」
「ほえー……。魔力がない……。それでよく生活できるもんだなぁ……」
すごく上から感心されてしまった。
この世界の文明が発展しないのは、モンスターに壊されるから……そういった
水道やコンロがなくても料理はつくれるし、パソコンがなくても在庫管理はウィンドウにより、このように完璧。
車が走れば事故の危険性はぐっと上昇するし、もしかすると、電話がなくても遠くの人と会話する魔法なんていうのもあるのかもしれない。
いまだ魔力の存在を
もしかしたらこの違いが、私たちふたりを”戦士”と”魔法使い”に分けた理由なのかもしれない。
──
この世界に
なぜなら、いまアルカディアにある身体は”現実にある身体を似せてつくったニセモノだから”。
”夢”の力を利用して、ニセモノの身体に現実の魂だけを憑依させる──それがアルカディア・システム。
なんでも、異世界側がトラック転移や通り魔転移など、乱暴すぎる異世界転移を繰り返したため、なんらかの勢力が動いていまの仕組みになったとか。
詳しいことはなにひとつ解説されていないが、ともかく、私たちは死んでも死なない。
120分後、拠点──住まわせてもらっている邸宅のベッドで復活する。
そうとはわかっていても、石で出来た大きな西門のアーチを
「気をつけられよ」
私たちが新顔だからか、あるいはルーキー丸出しの装備だからか、それとも全員に言っているのか……。背に、西門を守るように立つドラゴニュートの警備兵さんから声がかけられた。
三人で振り返って一礼し、エシュメルデ平原へと足を向けた。
壁のように
左手にはエシュメルデに沿うように幅10メートルほどの堀ができている。浅く水が張られていて、きっとモンスターの侵入を防ぐためのものなのだろうと考えると私は余計に怖くなり、頬を撫でる
自らが死地に足を踏み入れたことを意識しつつも、幸いなことに一定の視野は確保されていた。
右手は前述の通り高い壁のような山。この上からモンスターが飛び降りて私たちを襲うことはきっと不可能だし、左手は水堀と街。背後はいま歩いてきた道で、モンスターがいないことは確認済み。
つまり私たちは、正面──南の脅威にだけ気をつければよく、そちらの見通しはこのうえなくよかった。モンスターが現れることがあっても、きっと遠くから発見できるだろう。
「イングローネさん、モンスターはどのような姿をしているのですか?」
「えと……このあたりならコボルトかジェリーだけしか出ないはずなんですが……」
コボルトは二足歩行する犬の頭をしたモンスター、ジェリーは緑色のスライムのようなモンスターらしい。
どちらにせよ、一見して人間と区別がつくのなら、遠くにモンスターの姿を確認し次第、すぐに逃げることができる。
そうして警戒しつつ200メートルほど、まだ街を左手に臨みながら歩いているとき、イングローネさんがふと立ち止まり、私たちを振り返った。
「さて勇者さま、このあたりに白く光るポイントは見えますですか?」
イングローネさんは周囲の草むらを指さす。
しかし私にはイングローネさんが言うような白い光などは発見できず、ただ背の低い緑の草が茂っているだけに見える。
「ある」
「秘密さんには見えるのですか?」
「あれ。あの木のねっこのところ」
秘密さんが細い指で示したのは5メートルほど先にある
「私にはなにも見えませんが……」
「そんなことない。たしかにひかってる」
「月乃さま。秘密さまのおっしゃる通り、”あの木の根はたしかに光っております”」
ふたりがさし示す先をどれだけまじまじと眺めても、やはり私には緑の草と茶色の木の根にしか見えない。
「採取ポイントっていうのはいわば”魔力の溜まり場”ですので、発見するのにも魔力が必要になってくるのです」
「あの、それでは私は魔力がないから発見できないということですか?」
それは困る。採取ポイントを発見できないのでは、私はホビットのみなさんのお力になれないということになる。
「いいえ、魔力がまったく存在しない、というのは逆に不可能です。おらにも、秘密さまにも、月乃さまにも魔力が含まれています。街にも、草にも、木にも」
そういえばステータスモノリスに触れたとき、その人のもつ魔力量を測定するものだ、とイングローネさんは言っていた。
「月乃さま、秘密さま。先ほどお渡しした『採取用手袋』を装備してください」
イングローネさんに言われるがまま、私たちは革袋から白い手袋を取り出し、両手に装着した。
するとどうだろう、いままではなんの変哲もなかった木の根が、薄く光り輝いているではないか。
「見えました」
「おー……。ひかってる場所がふえた」
「秘密さんは”魔力を知覚する能力”が長けているようです。普通は手袋をしないと発見しづらい採取ポイントまではっきり見えていましたので」
「わあ……秘密さん、すごいです!」
「おー……」
周囲を見わたしても、私には目の前の根にしか採取ポイントが見えない。しかし秘密さんには、草が深くなっている場所、堀のふち、切り立った山肌にも採取ポイントが見えているようなのだ。
「【歩行】と同じく、【採取】のスキルブックもあります。採取に慣れることで、また【採取】のスキルを習得することで、月乃さまも多くの採取ポイントが発見できるようになりますよ」
秘密さんに感嘆の声をあげた私に、イングローネさんがそう教えてくれた。
……才能の差に、ほんの少しだけ嫉妬が混ざっていたことを感じ取られたのだろうか。
「採取、やってみたい」
「わ、私も……!」
「やってみるだか? じゃあおひとりずつ順番に」
「みんなでできないの」
「みんなで採取をすると、モンスターが近づいても気づけないんで……。ふたりで見張りをして、ひとりで順番に採取をしましょう」
まったくもって、そのとおりだった。
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