08-02-The Belief Will Never Die

 正面の黒板にはシュウマツのルールが表示されていて、黒板に向かって左にあったはずの壁や窓は崩れ、深い紫の空間──防衛ラインが現れた。教室後部にはいくつものモニターが出現し、戦場──紫の森の各所とエシュメルデの中央広場にひしめいている街の住人を映し出している。


 そして、教室の前後のドア──そのあいだの窓もいつの間にかモニターになっていて、渦内の簡易マップと情報が記されていた。


 この教室が一番南に位置していて、教室前後のドアからはアルファベットのHの形をしたフィールドの西と東の南端に繋がっている。

 戦場は七部屋に分かれており、西側と東側には縦に三部屋ならんでいて、二部屋目同士を繋げるようにもう一部屋が中央に存在していて、西と東のパイプになっている。



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《簡易マップ》

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  □(教室)

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防衛ライン


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《Wave1》22:20~

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《Vortex1》

4:59(西中央)


ロウアーコボルト×3

マイナーコボルト×3


15 Costs


──


《Vortex2》

4:59(東中央)


ロウアーコボルト×3

マイナーコボルト×3


15 Costs


──────────



「「「ひっ……!」」」


 悲鳴をあげる兼六高校の女子ふたり、三好姉弟、そして国見さん。


「うっわ多すぎだろ。ウェーブって進むことに難しくなっていくんだろ? 最初のウェーブからこれなら無理じゃね?」


 海野は早くも諦めムードだった。


 簡易マップにはどこからどんなモンスターが現れるかがご丁寧に表示されていて、モンスターが出現する時間のカウントが一秒ごとに減ってゆく。


「藤間くん、どう見る?」


 祁答院は海野を諌めることも慰めることもせず、俺に声をかけてきた。なんで俺なんだよ。


「まあ少なくともこのウェーブは、よほど油断しなきゃ負けねえだろ」

「ははっ、心強いね」


「それより問題は──」


 油断しなきゃ負けない相手。しかしさっき海野が言ったように、ウェーブが進むにつれ、敵は強くなってゆくのだ。


 ここには13人の人間がいる。

 しかしそのうち、三好姉弟と兼六高校のふたり──薙刀の小山田と弓の小金井、そして両手盾の国見さんは戦闘に慣れていない。

 ならば、ここにはステータスモノリスが存在しないため、レベルアップこそできなくても、戦闘に慣れておく必要があるのではないか。

 後ろを振り返ると、小山田と小金井は「ひっ」と身をよじらせた。目つき悪くてごめんね?


「七々扇、それと小山田……さんと小金井さん、出るか」


 ガラじゃねえ。

 まったくもって、ガラじゃねえ。


 話したことのない相手に、俺から声をかけるなんて。


 でも、ここで俺が小さな勇気を震えなかったせいで、後から後悔するなんて、もっとねえ。


「っ……。ええ。構わないわよ」

「え、アタシ? うぅ……」

「わたし……? だ、大丈夫かな……」


 七々扇がなぜか嬉しそうな、小山田と小金井は不安げな顔をした。

 祁答院はきっと俺の意図を読み取って、要らないことに勇気まで汲み取って、小さく笑顔を浮かべてから海野と三好姉弟に声をかけている。



「藤間くん、四人で行くのー? ウチらはー?」


 鈴原がどことなく不満げに問うてくる。

 ぶっちゃけ、灯里も高木も鈴原も来たんじゃ、火力オーバーで兼六高校ふたりの訓練にならない。


「一応、拠点にも人を残しておいたほうがいいんじゃねえかなと思って。……あー、それならアッシマー、来てくれるか」

「はいですっ」


 せっかくモンスターを倒すのなら、報酬は多いほうがいい。もっとも、シュウマツ内のモンスターが木箱を落とすならの話だが。



「あ、待ってくれないか。祁答院くんと藤間くん」


 出撃メンバーも決まり、いざ出陣、というところで俺たちを呼び止めたのは国見さんだ。


「私のユニークスキルは【メデューサ・チェイン】といってね。30分のあいだ、ある程度離れたところにいる誰かと念話ができる、というものなんだ」


 なんだよその使い道が限られたユニークスキル。


「私はこのスキルで、採取中、仲間と連絡を取り合って、モンスターから逃げていたんだけど……ここなら役に立てると思うんだ」


 要するに、国見さんは拠点に残り、渦内にばらまかれたカメラを確認し、ユニークスキルを利用して、戦場にいる俺たちへ情報を流すオペレーターのような役割を自ら名乗り出た。


「もちろん俺は構いません。藤間くんは?」


「いいけどなんで俺なんだよ……。そもそも念話ってどうやってやるんだよ。国見さんに脳内覗かれたりしないっすよね?」


「そんなことはできないよ。『念話』と口にしてから、10秒ほど私にふたりの声が届くだけ。私も『念話』と口にすれば、それ以降10秒ほど、きみたちにも私の声が届くようになるだけだよ」


 国見さんはそう言うが、自分で見たものを信じると決めた俺からすれば、若干の……かなりの抵抗がある。しかし人を相手にしている以上、あなたのことが信じられませんから嫌です、なんてこの状況下で言えるはずもなく、俺が拒否したせいで、女子が中年男性と念話をすることにも気が引けた。



「【メデューサ・チェイン】起動。念話リンク。──ふたりとも、手、いいかい?」


 祁答院は無警戒な様子で、俺は警戒しつつ、国見さんの差し出したそれぞれの手に自らの手を重ねていく。


「うん。これでいいはずだよ。試してみようか。念話。聴こえるかい?」


『聴こえるかい?』


 少し遅れて国見さんの声がした──というよりも、脳がそういう声がした、と認識している感じだ。


「聴こえる。変な感じっすね」

「──念話。………………俺も聴こえます」

『俺も聴こえます』


 脳に祁答院の声。これって国見さんだけじゃなくて、三人いっぺんに繋がっているのかよ。


「脳内で思っていることは届かないみたいだね」

『脳内で思っていることは届かな』


 なるほど、国見さんの言うとおり、口にしたことのみ通じるようだ。電話みたいなもんだな。祁答院の念話がプツリと途切れたのは、念話と口にしてから10秒が経過したからだろう。


「じゃあ今度こそ行こうか。藤間くん、西は頼んだよ」

「おう」


 祁答院は長身をひるがえし、海野と三好姉弟を連れ、四人で教室後方のドアから東の戦場へと消えていった。



『うぉぉぉおおおおーーっ!』

『がんばれーーーーっ!』


 モニターに映る街が、拳を突き上げて祁答院たちを見送る。



「んー……。ねえ、あたしら留守番?」


 高木がつまらなそうに、カッパーステッキを取り出した俺に口を尖らせる。


「ああ。全員が来ちゃったら訓練にならねえだろ」

「……ま、そうだよね。だって────」


 高木の言葉を待たず、俺は杖を床につけ、その名前を呼ぶ。


「召喚、コボたろう、はねたろう」


 現れたのは、俺が一番頼りにする召喚モンスター、コボたろう。

 ☆クルーエルティ・ピアースというカッパーパイクのユニークを握った状態で、俺の前に跪いている。


 そして──



「きいっ!」


 コラプスを解放して得た金の一部を使って今朝購入した『☆ジャイアントバットの意思』から生まれた、コウモリの『はねたろう』だ。


「きいきいっ!」


 はねたろうは「退屈だったよー!」と言わんばかりに、片翼1mほどあるグレーの翼をひろげて教室内を飛び回ったあと、俺の肩の上で翼を休める。それを見たコボたろうが「ぐぬぬ……」と悔しそうな顔をした。


 はねたろうは野生のコウモリやフォレストバットのように獰猛な表情をしておらず、マイナーコボルトとコボたろうの顔が違うように、まるで少女漫画のような縦長の瞳をしている。伸びた片方の牙が八重歯のように見えて、まるでマスコットのように愛らしい。


「はいはい、仲良くな。んじゃ行くか」


 はねたろうとコボたろうの頭を撫でて振り返ると、小山田、小金井、国見さんが召喚モンスターを見るのははじめてなのだろうか、目を丸くしている。

 歩みを進めるとアッシマーと七々扇が俺に付いてきて、その後ろからふたりぶんの慌てたような足音が続いた。


「藤間くん、召喚に使ったMPをスフィアさんで回復しておくですか?」

「いや、まだ余裕だからいい」


 「わかりましたぁ」とアッシマーがリジェネレイト・スフィアを仕舞った後、思い出したように高木のつぶやき──その続きが背中にかけられる。


「──だって、この相手なら、藤木ひとりでも余裕だもんね」 

「余裕ではねえけどな」


 ついでに俺の名前も藤間だけどな。いまさらそんなことを言っても高木は直さないだろうし、口に出すこともせず、ドアから伸びる暗い通路に入ってゆく。


 今日、どれだけレベル上げをしたと思ってるんだ。

 今日、どれだけ金を使ったと思ってるんだ。


 背中に聴こえる、灯里や鈴原、国見さんの声援。

 天に向かって吼える、エシュメルデの声。



 ──負けねえ。

 ──絶対に、負けねえ。


 哀しみも絶望も、終末も要らねえ。



 誓った信念は、飛び交う矢なんかより、繰り出される槍なんかよりもずっと長く、太く、俺の胸を貫いて、汗ばむほどに拳を握らせている。

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