08-1st Vortex of Someend

08-01-Welcome to the Vortex of Someend

 シュウマツの渦へようこそ──



 己の腕のなかで、意識の覚醒を自認した。

 俺はどうやら、なにか椅子のようなものに腰掛けて、なにか机のようなものに両腕を組んで乗せ、その腕のなかで眠っていたらしい。


 んあー……。いま何時だよ。あと五分──


 そう思って顔を上げると、最近見慣れた天井も、ギアも、スティックパンもなく、ストレージボックスも、作業台も、ステータスモノリスも、そしてアッシマーのビブラートもそこには無いことに気がついた。


 紫の、教室。

 まるでまんべんなく紫のペンキで塗られたかのような鳳学園高校1-Aクラスが、ここにあった。


 違うところは、前述したとおり紫にそまっていること。

 教卓がないこと。

 席が13しかないこと。

 13の席には、シュウマツの参加者が座っていること。

 鞄の代わりに持っていた☆マジックバッグや革袋がそれぞれの鞄掛けから吊り下げられていること。


 そして──



──────────


《シュウマツの渦へようこそ》


──────────



 紫だった黒板がスクリーンに切り替わり、悪趣味な文字で、ここがシュウマツの渦のなかであると示していることだった。


「もしかして、この教室が……シュウマツの拠点なの?」


 俺の後ろに座る三好伊織みよしいおりが不安げに呟いた。


 それを皮切りにみなが顔を上げ、うれわしげな視線を不気味な教室に巡らせる。


 黒板に向かって左は教室と同じく外を映す窓がある。しかし窓の外には濃い紫が揺らめいていて、どことなく宇宙空間を思わせた。

 逆に右側の窓は本来廊下に繋がっているのだが、そちらには窓はなく、無機質な紫の壁。教室の前後に設置されたドアは開いていて、ただ深淵のみを湛えている。


「ふむ……ははっ、この歳になって、学生の机に座るとは思っていなかったよ」


 どうにかして明るい気分に変えようとでもしたのか、13名のなかで唯一成人している参加者──国見正くにみただしと名乗った──が、自嘲気味に呟いた。


 成人していると言えば二十歳から幅広いが、国見さんは51歳の、頭髪が薄くなった中肉中背のオッサンだった。脱サラし、車でカレーの路上販売をしているとか。


 国見さん以外の12名は全員高校一年生。彼は自分だけ大人であるにも関わらず、採取ばかりしていたから戦闘はからっきしで、渦のなかでは役に立てないかもしれないと頭を下げた。


「いざとなれば盾くらいにはなるよ。本当に申しわけない」


 国見さんは文字通り両手に盾を構える。随分な腰の低さに、灯里や祁答院が「気にしないでください」と声をかける。



「さっき簡単に自己紹介をしたけど、なんらかの指示もないから、いまのうちに本当の自己紹介をしておこうか。──俺は祁答院悠真。鳳学園高校一年。剣と盾を使う。レベルは9。みんな、今日はよろしく」


 祁答院の言う本当の自己紹介とは、アルカディアにおける役割を内包した紹介のことだ。モンスターと戦闘するときの役割を決めておくのだろう。


 海野直人は前衛。カッパーブレイド──大剣を扱うガチ前衛だ。


 ロッドと盾を持つ三好清十郎はヒーラー。回復魔法は使えるが、火力はからっきしだ。対して姉の三好伊織は同じくロッドと盾を持っているものの、こちらは攻撃魔法専門で、灯里も扱うサンダーボルト──光魔法を得意とするらしい。


 兼六高校の小山田葉月おやまだはづきは、なんと薙刀なぎなただ。幼い頃から修練していたらしいが、アルカディアでは命のやり取りが怖く、うだつが上がらないと自己を評価し、黒のショートヘアを申し訳なさそうに下げた。


 もうひとり兼六高校の小金井こがねいあさひは弓。鈴原と同じく和弓を装備している。こちらも幼少より弓道を嗜むが、小山田と同じく命を奪うことに抵抗があるらしく、いまだふたりともLV2だと言って、眼鏡の奥の眼を不安げに彷徨わせ、セミロングの黒髪を深々と下げた。



──────────

《キャラクターLV表》

──────────


・祁答院悠真 LV9 前衛・剣盾、後衛・光魔法

・藤間透 LV6 召喚、前衛・格闘、後衛・呪い

・高木亜沙美 LV6 前衛・ハンマー、後衛・弓、オーラ

・七々扇綾音 LV6 前衛・剣盾、後衛・氷魔法、回復、解析

・灯里伶奈 LV5 後衛・炎、光魔法、回復。鑑定

・鈴原香菜 LV5 後衛・弓、開錠◎

・足柄山沁子 LV5 前衛・槌盾、増収、アイテム効果倍化、開錠☆

・海野直人 LV3 前衛・大剣

・三好清十郎 LV3 後衛・ヒーラー、開錠〇

・三好伊織 LV3 後衛・光魔法

・小山田葉月 LV2 前衛・薙刀、開錠〇

・小金井あさひ LV2 後衛・弓

・国見正 LV1 盾×2、開錠〇


──────────



 全員の自己紹介がつつがなく終了した。俺の差し障りのない自己紹介のときに兼六高校の女子ふたりが震えていたこと以外は平和的に終わった。目付きが悪くてすまんって。


 昨日の様子からなんとなくわかってはいたが、祁答院が強ぇ。こないだまでつるんでいた海野とのレベル差がありすぎるだろ。もうすぐで二回目の転生じゃねえか。しかもなんだよ魔法まで使えるって。しかも光魔法かよ。マジもんの勇者かよ。勇者ってレベルアップが遅いんじゃないのかよ。


 しかしいまは祁答院の強さに嫉妬する場面じゃない。強いことをありがたがるべきなのだ。



 そうしてすこししたころ、シュウマツの渦へようこそと気味悪く描かれたスクリーンが色を変えた。



──────────

《第一次シュウマツの渦》

《1st Vortex of Someend》

──────────


─────

《基本概要》

─────


・モンスターは渦から段階を踏んで現れ、防衛ラインの突破を目指して進行する。防衛ラインを越えたモンスターは対応する街に急襲し、殺戮を行なう。


・シュウマツの渦の最中に戦闘不能になった者は、翌朝現実で目覚める。



─────

《追放》

─────


・シュウマツの渦に不参加、或いは途中放棄をした者はアルカディアから追放される。


・途中放棄の意志を口にすることで放棄とみなす。


・シュウマツの渦に『積極的に参加』していない者も放棄とみなし、追放処分とする。


・『参加』とは、戦闘に限ったことではなく、斥候、回復、補給等のサポートや、または作戦を立案し、これが成功した場合も参加したと認める。



─────

《インフォメーション》

─────


・7 Wave

・7 Max Vortices

・700~1000 Cost

・Unique Monsters ON

・First Wave 22:20

・7th Wave 23:25


─────

《勝利条件》

─────


・敵モンスターの全滅

・無事に24:00を迎える


─────

《敗北条件》

─────


・参加者の全滅

・商業都市エシュメルデの崩壊


──────────



 スクリーンには、シュウマツの情報が載せられている。


「ちっ……なんでところどころ英語なんだっつの……ちっ」


 舌打ちする高木はともかく、たしかにところどころが英語だ。


 第一次シュウマツの渦が1st Vortex of Someend……。

 なんだよSomeendって。そんな単語知らねえって。


「つまり、どちらかはまだ決まっていない、ってことだよ」


 名門・鳳学園高校1-Aクラストップの優等生、灯里がスクリーンを見つめたまま口を開いた。


「Some……なんらかの、終わり。やはりシュウマツは、ダブルミーニングだった、というわけね」


「ああ。そして、シュウマツが終末Endになるか週末Weekendになるのかは、俺たちにかかっているんだ」


 七々扇、祁答院へと言葉が引き継がれてゆく。


 つまりは、こういうことだ。

 モンスターを撃退し、街に被害がなければ週末Weekend

 モンスターを通し、街が崩壊すれば終末End


 心のどこかで意識していたシュウマツという言葉の二重の意味を、英語にされてまで、こうしていま突きつけられている。


 週末にできるものなら、してみろと。

 Someというあいまいな単語を、消すのではなく、Weekに変えてみろと。



 ──ナメやがって。



 ……ともあれ、俺たちには担任の西郷から聞いた知識と現実で見たイメージスフィアの知識しかないのだ。

 上から順番に、それこそなめ回すように読んでいく。


 《基本概要》は問題ない。


 《追放》に関しては、西郷の曖昧な回答よりも明確に書き記されている。


 シュウマツを口に出して否定しないこと。

 そして、不参加について──戦闘を行なわなくても、回復、斥候、補給等のサポートをするだけで『約立たず』の烙印は押されなくていい。


 つまり、国見さんが見張りをしたり、ヒーラーである三好清十郎は拠点で回復をすれば、口に出してシュウマツを否定しないかぎり、追放されることはないのだ。


 《インフォメーション》。

 なぜかここだけフルで英語だ。


「ヴォ……Vorticesってなんですかぁ?」

「足柄山さん。ヴォーティスィーズ。Vortex……渦の複数系よ。最大七つの渦、ということになるわね」

「七々扇お前よくそんな単語知ってるよな……」


 最大七つの渦。

 ……現実でバイト帰りに発見したウェブ掲示板を思い出す。


 アルカディアのいたる拠点に、渦。


 渦が複数ってことは、アルカディアの七ヶ所に渦が出現した、ってことか……?

 いや、西郷はアルカディアには無数の拠点があると言っていて、掲示板ではいたるところに、とある。七つだけのはずがない。


 と、ここで俺は首を横に振る。


 なにやってんだ、俺は。



 信用する情報は自分で選べって西郷が言っていて、俺はそれを正しいと思った。


 西郷も、掲示板も、なんで無条件に信じようとしてるんだよ、俺は。


 掲示板なんて複数人の書き込みがあるとはいえ、全員で適当なことを書いているだけかもしれない。担任の西郷は顔を突き合わせていて、教師という責任ある立場であるとはいえ、生意気な言い方ではあるが、さっきの広場に見送りにも来なかったし、そもそもアルカディアで出くわしたことさえない。


 教師だからとか、複数人だからなんてつまらない理由で、誰かを信じようとするな、藤間透。


 ここで見て、触れて、聞いたことが真実なんだ。


 ──もっとも、ここに書いてある情報すら信じられない可能性もある。

 しかし、アルカディアにおいて、不親切や理不尽はあっても、これまでシステム上の嘘はなかった。


 メッセージウィンドウが表示されればその内容は事実と合致しているし、原理のわからないスキルブックシステムも、スキルを習得するたびに自身の強化を実感できた。


 システムを疑っていては、システムのなかに生きる俺たちはどうしようもない。だから、スクリーンやシステム、メッセージは嘘をついていない、と前提づけるしかないのだ。



 意識をスクリーンに戻し、意味不明なコストや開始時間の確認をする。その際ちらと見た備え付けの時計は、第一ウェーブ開始まであと二分を指していた。


 《勝利条件》と《敗北条件》の欄で、違和感を覚えた。


 シュウマツとは、まず異世界勇者が渦のなかでモンスターを食い止め、通過したモンスターを街にいる人間が倒せばそれで終了する──そんなルールだったはずだ。


 西郷も、掲示板の連中も言う。

 渦のなかにいるやつらは、全滅前提だと。

 これまでのシュウマツは、ほぼすべて、渦のなかにいるやつらは全滅してきたと。


 ならば、敗北条件にある『参加者の全滅』というのはどういったことなのだろうか。


 それに──



 思い出せ、藤間透。



──────────


【勝利条件】

渦より出現するモンスターの全滅

防衛ラインを突破したモンスターの全滅


【敗北条件】

商業都市エシュメルデの壊滅


──────────



 …………そうだ。

 昨晩、エシュメルデで見上げた紫空しくうには、たしかにそう明記してあった。


 対し、紫の教室に映されている条件はこれ。



──────────


─────

《勝利条件》

─────


・敵モンスターの全滅

・無事24:00を迎える


─────

《敗北条件》

─────


・参加者の全滅

・商業都市エシュメルデの崩壊


──────────



 俺が言いたいのは、渦のなかのモンスターとエシュメルデに降り立ったモンスターの全滅がまとめられているとか、商業都市エシュメルでの壊滅が崩壊にニュアンスが変わっているとか、そういったことじゃない。



──────────


《敗北条件》

・参加者の全滅


──────────



 なんだよ、これ。

 こんなの、あったかよ。


 敗北ってなんだよ。

 これまでの異世界勇者は、渦のなかで全滅してきたんじゃないのかよ。全滅前提のバランスでモンスターがおしよせてきて、俺たちは全滅前提で、できるだけ街になだれ込むモンスターを減らして、現れたモンスターを街のヤツらが倒せば勝利じゃなかったのかよ。


 敗北したらどうなるんだよ。

 俺達が全滅したら終末End──そんなことになるんじゃねえだろうな。


 俺達が全滅した瞬間、渦が回転して、街じゅうの人間を吸い込んで、バラバラにするんじゃねえだろうな。



 スクリーンをどれだけ睨みつけても、誰かが応えてくれるはずもなかった。



 そして──



──────────

《Wave1開始》

──────────



 黒板にそのメッセージが表示されたとき、


「きゃぁあああぁっ!」

「ほわああああああ!?」

「うおぁああああ!」


 窓際にいた灯里、アッシマー、海野が悲鳴をあげた。その声に驚いて、共鳴するように俺も跳び上がる。

 黒板に向かって左──現実ならばグラウンドを見下ろす窓がすべて割れ、壁も音をたてて崩れてゆく。窓のあった一面が、消えてゆく。


 ──残ったのは、紫よりも濃い紫。

 不気味に揺らめく深紫ふかむらさきが、まるでこの先は地獄だとでも言わんばかりに、あるいはなにかを待ち受けるように、その存在を誇示している。


『それは防衛ラインだ! 頼むぜルーキー!』


 どこからか音量を下げたような叫びが聞こえ、振り返ると──


 黒板の反対側──教室の後ろはいくつものモニターになっていて、渦内の戦場なのだろうか、紫の森が数ヶ所、そして天に向かって拳を突き上げるエシュメルデ中央広場が映し出されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る