08-03-A 1st Wave

 トンネルのような通路は真っ暗かと思えば、途中から壁に松明が等間隔で設置されていて、手探りで通路を進む心配はなくなった。


 煌々と焚かれただいだいの先は、紫の森だった。

 紫の空が、緑を気味悪く染めている。


『ふたりとも、聴こえるかい? きみたちのいるそれぞれの部屋──その先の通路を歩いた先に、紫の渦があるよ』

『あとどれくらいでモンスターは現れますか?』


 国見さんに続き、祁答院の声がした。

 立ち止まった俺にみなが振り返り、ああ、念話か、と理解したような顔をする。


『あと1分10秒だよ』

『ならばこのまま進んで中央で迎え撃ちます』


「念話。こっちもそうする」

『了解。みんな、気をつけて』


 念話を終え、25平方メートルほどだろうか、木々に囲まれた『部屋』を突っ切って、同じく木々でつくられた通路を進んでゆく。



「ね、ねぇ、七々扇さん、アタシたち勝てるの……?」


 不安げについてくる小山田が薙刀を抱え、七々扇に弱々しげに問う。それは和弓を持つ小金井も同じで「六匹もいるんでしょ……? 大丈夫なのかな……」と暗い声をあげる。


「大丈夫よ。さっきも聞いたでしょう? 藤間くんひとりでもじゅうぶんだもの」

「それじゃ、あの人ひとりで闘ったほうがいいんじゃ……」


 たしかに、コボたろうとはねたろうがいれば俺ひとりでもじゅうぶんだ。でも──


「あら。この先のウェーブも藤間くんや足柄山さんや私に任せるつもり? ……そうなると、あなたたちは追放されてしまうわよ」


 七々扇はわかっている。

 この渦のなかにおいて、役立たずは追放されるのだ。


「敵が弱いうちにあなたたちも攻撃しておきなさい。数いるメンバーからわざわざ選んでくれたのも、同じ高校で気心の知れた私を同行させてくれたのも、あなたたちのためよ」


「余計なことまで言わんでいいっつの……」

「あら、ふふっ……。ごめんなさい。あなたは誤解されやすいから」


 首だけで振り向いて七々扇を振り向くと、こんな状況でも彼女はくすくすと笑みをかみ殺していた。


 もちろんこいつらを連れてきたことに、下心はある。

 ウェーブが深くなってモンスターが強く、多くなったとき、こいつらがモンスターが怖いなんて言ってたら、役立たずもいいところじゃねえか。

 だから、いまのうちに戦闘に慣れさせておいたほうがいい──そんな下心が。


 俺は小山田と小金井がどんな女子かなんて知らない。

 ふたりとも背が低くて、小柄で、おどおどしていて──恐怖に放り込まれる際の表情しか知らない。


 俺は祁答院みたいに、なんでもかんでも助けたいとか思わない。

 俺は、俺が知り合った、狭い範囲の世界をどうにかしたいとは思っても、世界を救おうなんて大志もない。



 だけど、こいつらは、七々扇のクラスメイトだから。


 ずっと暗い思いを抱え、自分に嘘をついてまで、妹の澪を守ってくれた七々扇のクラスメイトだから。


 こいつらが勝手に死んで、七々扇が悲しむのは、なんか違うだろ。



 そうこうして歩いているうちに、100mほどだったろうか、木々に囲まれた通路を抜け、二番目の部屋に到着した。

 一部屋目との違いは、奥だけでなく、右側──東にも通路があるということだけだった。


『あと20秒だよ』

『了解』


「念話、了解。……あと20秒だとよ」


 10秒間、念話は続くんだっけか。俺の言葉は全部国見さんと祁答院に伝わっているだろう。が、10秒を待つ余裕なんてなかった。


「アタシたちどうすれば……」


「小金井は弓を構えて、モンスターが出てきたらってくれ。できれば弓持ちを狙ってほしいけど、狙い易いやつでいい。無理すんな。小山田はコボたろうと七々扇の後ろから敵にぶつかってほしい。攻撃は相手に隙ができたときでいい。お前も無理すんな。武器をもって注意をひいてくれるだけでも全然違う」


「うっ……うんっ」

「わ、わかった」


 小金井と小山田は緊張した様子で俺の背中に応える。


 ……柄にもなくたくさん喋って、すこし疲れちまった。



 五人と二体で渦の出現を待ち受ける。

 あ、そういや呼び捨てにしちまったな。まあ、いいか──そんなどうでもいいことを考えたとき、それは現れた。


 ゴォォ……と音をたてて、部屋の中央に鎮座する紫の渦を巻いた空間が揺らめいたかと思えば、その空間の裂け目に手をかけて、二体ずつのコボルトが三回に分けてわらわらと飛び出してきた。


「小金井」

「はいっ! ……えいっ……!」


 小柄な身体から放たれた矢は、弓を持つコボルトの膝を射抜いた。


「脚っ……ごめんなさいっ!」

「脚ならじゅうぶんだ。コボたろう、はねたろう!」


「がうっ!」

「ぴいっ!」


 渦へと駆けてゆくコボたろう、七々扇、小山田。

 相手のロウアーコボルトは二体とも弓を構えるが──


「きいっ!」


 至近距離にいた二体は誰よりも早く宙から吶喊とっかんしたはねたろうの翼に中央を滑空され、矢を放つこともできず、少し遅れて右にいたコボルトは左腕から、左にいたコボルトは右腕から鮮血が舞い、それぞれの腕を押さえながら呻く。


 小金井の矢とはねたろうの急襲で負傷した三体のロウアーコボルトを守るように、槍を持つマイナーコボルト三体が前に出る。


「がうっ!」

「はああああっ!」


 コボたろうと七々扇がそれらに勢いよくぶつかっていった。

 小山田を除けば二対三。コボルトの槍二本を防いだのは、七々扇の盾。


 あっという間だった。


 二合だけ槍を交えた後、コボたろうの槍がコボルトの喉をあっさりと貫く。

 二本の槍を受け止めた七々扇は、片方のコボルトの隣を駆け抜けて、コボルトは首から大量の血を噴き出させる。

 残ったマイナーコボルトは、コボたろうと七々扇のどちらを相手取ればいいのか困惑の表情を彷徨わせたまま、コボたろうに貫かれてあっさりと緑の光に変わった。


「ごめんなさい……! え、えいっ!」


 そのあいだに、小金井に脚を射られてうずくまるコボルトの後ろ首を小山田が突き斃す。

 残った二体のロウアーコボルトは、はねたろうの翼により首元がぱっかりと裂かれ、大量の血を撒き散らしながら紫の草の上に伏していった。

 緑の光が次々と木箱に変わり、それが六つになったとき、



《戦闘終了》

《3経験値を獲得》



 メッセージウィンドウが初戦の終わりを告げた。同時に小山田と小金井が両膝をへなへなと地面につける。


「よかったぁ……!」

「こ、怖かった……!」

「ふふっ、おつかれさま」


 七々扇が両手を差し伸べてふたりを起こしてやると、弱々しい声は歓声へと変わった。


「七々扇さんかっこよかった!」

「コボたろうとはねたろう、すごいね……!」


 小山田はきらきらした視線を送って七々扇を戸惑わせ、小金井は一仕事終えたとばかりに俺の肩で休まるはねたろうに興味を示して近づいてきた。いやちょっとまて、それって俺に近づいてるんだけど。


 ちなみにコボたろうは灯里や高木、鈴原で懲りているのか、俺の背中にそそくさと隠れた。


「ぁ……撫でて、いい?」


 小金井は至近距離で、俺とはねたろうに眼鏡の奥の瞳を往復させる。


「ま、まあ、いいけど、よ……」

「きぃ!」


 はねたろうは「ご主人さまがいいならいいよ!」と自ら頭を差し出してみせる。


 嬉々としてそれを撫でり撫でりする小金井。いやまあ、それはいいんだけど、俺とも距離が近いんだよなあ……。なんで女子っていい匂いすんのかな……。


 できるだけ見ないように、はねたろうが乗っていない方へ首を向けると、せっせと木箱を開けているアッシマーが目に入った。

 よく知らない女子が至近距離にいるという気まずさを誤魔化すように声をかける。


「レア出たかー」

「しけてますねぇ……。やっぱり鈴原さんがいてくださったほうがいいものがでますよぅ」


 どうやらハズレらしい。「悪ぃ」と小金井に断り、木箱に近づいてコボルトの槍やらの素材を☆マジックバッグに仕舞ってゆく。


 そんなとき、脳内に国見さんの声が響いた。


『おつかれさま! 両方終わったよ。みんな強いんだねえ……! すごいよ、街じゅうが沸き返ってる』


 そう言う国見さんも興奮冷めやらぬ様子だった。しかしそう言われても、まだ第一ウェーブが終わったばかり。敵の攻撃が苛烈になることを知っている俺は、喜ぶ気になどなれない。


『次の渦の表示はありますか?』


 それは祁答院も同じようで、普段と変わらぬ声だった。国見さんはすこしの間をあけて答える。


『まだなにもないよ』

『それなら一旦戻ります』


 俺たちにも戦場に残る理由はない。念話で戻る旨を伝え、五人と二体で教室へと帰還した。

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