08-04-A Challenger Brings……
シュウマツの渦に表示されていたコストは700~1000。
第一ウェーブで俺たちが撃破したモンスターのコストは合計30。
ウェーブ数が20とか30あるのならいい。俺たちは今のようなモンスターの群れを何度も何度も相手取ればいいだけなのだから。
しかし黒板には全7ウェーブと明記されている。100コストずつに分けてくれりゃいいのに、第一ウェーブで30コストしか放出しないシュウマツの意地の悪さに腹が立つ。俺なんかよりよっぽど陰キャじゃねえか。
紫の教室で、小山田と小金井、三好兄弟や海野なんかはこの先を楽観視したり、己の活躍を誇ったり、モニターに映るエシュメルデの熱気に手を振り返したりと忙しない。
前向きに考えるなら、シュウマツに怯える民衆を元気づけていると捉えられなくもない。俺みたいに陰気くさい顔をして、この先を不安がっているよりもよっぽどいい。
それでも、やっぱり陰キャな俺は、後ろ向きにしか考えることができず、ただ、のんきな奴らだと脳内で吐き捨てることしかできない。
「シュウマツの渦のなかに、モンスターが現れる渦……Vorticesの意味がわかったわね」
モニターを眺めながら机に座って肩肘付いていた俺に、緊張の
「んあ……渦の複数形のことだったよな。……まあな」
MAX 7 Vorticesとはきっと、ひとつのウェーブで同時に出現する渦の数のことを言っているのだろう。
すなわち、アルファベットのH状に並んだ七つの部屋──そのすべてに、しかも同時に、モンスターが出現する渦が現れる可能性があるのだ。
「なんとか渦から飛び出てくるところを討ち取って、有利を取りたいものだけどね」
モニターの近くにいた祁答院が口を開いた。
「渦が七つ同時に出てきたらそういうわけにもいかねえしな」
第一ウェーブではひとつの渦から六体のモンスターが現れた。しかしそれはドバっと一気に出現したわけではなく、二体ずつ渦の隙間をかき分けるようにして現れた。
俺たちは律儀な悪役でもないから、相手の登場シーンや変身シーンを待ったりしない。その間も絶えず攻撃する。遠慮なく先制攻撃する。
要するに、渦からモンスターが現れるところを十全の構えで待ち受けるのがベストなのだ。
だから、七つの渦から合計70体のモンスターが現れるより、ひとつの渦から70体のモンスターが現れてくれたほうがよっぽどいい。
まあそんなことをいっても、俺たちには選択権がない。与えられた状況下で闘うしかないのだ。
そう諦めて、曲げた両腕に自らの頭を載せようとしたとき──
「あっ、そういえば忘れてました!」
俺の隣で灯里たちと机を囲んで座っていたアッシマーが立ち上がる。
「リディアさんから預かっていたんですよぅ」
きょろきょろと教室を見回して、マップモニターの下──教室前後の扉のあいだに、アイテムボックスから取り出したオブジェを並べてゆく。
「おいアッシマー、これって──」
見慣れた石板と、見慣れた大きな木箱。
「はいっ。ステータスモノリスと、ストレージボックスですっ」
リディアが「きっとやくにたつ」と言っていたものは、本当に役にたつものだった。
ストレージボックスはかさばるコボルトの槍などの素材を含めた戦利品を仕舞っておくのに役に立つし、ステータスモノリスはステータスの確認だけじゃなく、渦のなかでのレベルアップが可能になるのだ。
早速手に入れたコボルトの槍をストレージボックスに仕舞うと、素材を持っていた人間はこぞってストレージの周りに集まりはじめた。
「あとは……じゃーん」
アッシマーが教卓のあるべき場所に設置したのは、作業台。
「これで調合ができますっ」
「いやでもそれなにに使うんだよ」
調合ができても調合素材が無いんじゃ意味がない。
「いまみたいに余裕があるときに採取して調合すれば、素材によってはポーションがつくれますっ」
たしかにポーションがあればありがたい。
──というのも、シュウマツの渦に参加する俺たちは今日、街でポーションを探したのだが、どこも売り切れだったのだ。
それもそのはず、俺たちがモンスターを通せばエシュメルデにモンスターが現れる。殺されれば終わりの住民たちが、速効回復薬であるポーションを買い漁るのも当然だ。
だから俺たちは、今日レベル上げに赴いたサシャ雑木林でついでのように採取したマンドレイク分のポーション六個しか所持していない。ポーションが増えるにこしたことはないんだが……。
「渦のなかで採取できればの話だろ?」
「? できますよ? いくつか採取ポイントがありましたよね?」
アッシマーが教卓で首を傾げる。
俺も首を傾げる。
「アンタが採取用手袋を装備してなかっただけなんじゃないの? アタシには見えたわよ」
三好伊織が手袋をつけた手をひらひらと振る。となりで弟の清十郎もこくこくと首を縦に振っていた。
──そういや、採取用の装備を身に着けていないと、採取ポイントは光って見えないんだったか。拳で殴るときに邪魔だから外してたわ。
「じゃあ第一ウェーブみたいに余裕があったら、余裕がある人は国見さんから合図があるまで採取をしようか。みんな、手袋は持っているかい?」
「……俺、もってねーわ」
爽やかな祁答院の問いかけに、ただひとり海野だけが首を横に振った。
……そういやこいつ、というかこいつと望月のふたり、採取を思いっきり馬鹿にしてたもんな。
「あ、あの、私、予備有りますので」
小金井が眼鏡の奥の瞳をおどおどと揺らめかせ、海野に一双手渡す。
「おっ、やるじゃん。なんてったっけ」
「小金井です……」
「小金井ちゃん、せんきゅー」
手袋が海野の手に渡ると、小金井はそそくさと後ずさる。そんな姿に海野は二本指を立て、ウインクを決めてみせた。
おげええええ……。チャッレぇぇぇぇぇぇ……。
そんなとき、パッとマップモニターが切り替わった。
──────────
《簡易マップ》
─────
■ ■
│ │
■─■─■
│ │
■ ■
\ /
□
──────────
──────────
《Wave2》22:30~
─────
《Vortex1》
3:59(西-中央)
フォレストバット×3
ロウアーコボルト
マイナーコボルト×4
20 Costs
──
《Vortex2》
4:59(中央)
マイナージェリー×5
ロウアーコボルト×5
35 Costs
──
《Vortex3》
3:59(東-中央)
マイナージェリー×5
20 Costs
──────────
渦はみっつ。
四分後、東西の中央に渦が出て、その一分後にど真ん中にもうひとつの渦か。
「ぅ……多い……」
弱々しい誰かの悲鳴が聞こえた。
──なに言ってんだよ。
足りねえよ、全然。
これで75コスト。第一ウェーブと合わせて105コスト。むしろもっと出てきてくれないと、あとで困るだろ。
「灯里、七々扇」
「うんっ」
「ええ。──三好くんと三好さんも一緒のほうが良いのではないかしら?」
教室の後ろ扉──ジェリーの出現する東口への扉に向かいながら七々扇に頷くと、三好姉弟は立ち上がっていそいそとついてきた。
一度後ろを振り返って、
「高木、鈴原、アッシマー。気をつけろよ」
「余裕」
「任せてー」
「藤間くんたちも気をつけてくださいっ」
三人の声とモニターに映るエシュメルデの咆哮、そして祁答院の「俺たちも行こう」という言葉を背に聞いて、100mほどの通路を歩く。
俺、灯里、七々扇、三好姉弟の五人。
東側のひとつめの部屋は、西側とまったく同じ風景──紫に染まった木々に囲まれていて、記憶が飛べば今俺は東にいるのか西にいるのかわからなくなってしまうんじゃないかと思うほどだった。
部屋を抜け、東中央へ向かう通路──
「ねえ。アンタって強いの?」
歩きながら振り返ると、似たような、片目を隠すような前髪を持つ人間がふたり。
「アタシよアタシ」
その片方が俺を睨むように眼を細めた。反してもう片方はおどおどと汗を飛ばす。
「だ、駄目だよイオ……そんな失礼なこと言っちゃ……」
「セイは黙ってなさいよ。……で、どうなの?」
漠然とした質問にどう返すか、むしろ返すべきなのかためらっていると、
「よくわかんないのよ。アンタ、学校でアタシの前の席でしょ。べつに話したりもしないし、休憩時間はずっと寝てるし、変な噂とかあるし、でも祁答院とは仲いいみたいだし、鈴原さんに庇われるくらい──ふがふふ」
「も、もう、イオ……! ご、ごめんね藤間くん……」
三好伊織は弟の清十郎に口を塞がれ、魚介類一家の長女のようなうめき声を洩らした。
つーかなんだよ鈴原に庇われるって。あと変な噂ってなんなんだよ。
「ぷはっ……。アンタ、足柄山さんと仲いいし、高木さんともよく喋ってるし、……いまも、灯里さんと、えっと……七々扇さんだっけ? と、仲いいし」
三好伊織の声で、俺の左右にいた灯里と七々扇が慌てて半歩ずつ俺から離れた。……じつは、なんかふたりとも近くねえか? って思ってた。たまにローブの裾が触れたりしてたしね。
「だから、なにか女子の弱みでも握ってるんじゃないかとか、アルカディアで強いからハーレムみたいになってるんじゃないかって噂があるのよ」
「なんだよその噂……。俺の風評被害半端なさすぎるだろ」
心からげんなりとした顔と声を返す。
なにこれ、ってことは、強いの? って訊かれて、強いって答えたらイキってハーレムをつくってるってことになって、弱いって答えたら女子の弱みを握ってる最低野郎になるってことだろ? なにこの誘導尋問。どっちの答えもハズレじゃねえか。怖いわ。
「ふふっ……。予想に違わず誤解されているのね、あなた」
俺の右側で七々扇がくすくすと笑う。
「うっせ。まあ、いろいろあんだよ、いろいろ」
いろいろ、と繰り返しながら、七々扇と三好伊織に返した。七々扇はともかく、三好伊織はそんな答えじゃ納得できないらしく、なおのこと前のめりで声をあげる。
「アンタ、よくわかんないのよ。学校じゃ全然喋らないくせに、こっちじゃ仕切ってるっていうか……。みんなもそれに従ってるし……」
しかし勢いに反し、三好の言葉は次第にもにょもにょと消えてゆく。自分でそれが気に食わなかったのか、首を横に振って、
「あーもうめんどくさい! 単刀直入に訊くわ。アンタ、このシュウマツ、アタシたち生きて帰れると思う?」
「当たり前だろ。そのために俺はここに立っているんだ」
そんな問いに、思わず即答した。
だって、そうだろ?
これは死ぬことを前提とした防衛戦なんかじゃなく、俺の挑戦なんだから。
……それにしても。
なんだよ、高圧的でちょっと怖い女子かと思ってたけど、それは本人の性根でも、俺に喧嘩を売っているわけでもなく、単純にシュウマツが怖かったからなんじゃねえか。
こわばっていた口の
「っ……」
三好伊織は清十郎と一緒になって、俺の答えに唖然としている。そうこうしているうちに、渦の出現する東中央の部屋にたどり着いた。
なぜか先ほどと違い、渦の姿は見えない。
「念話。……国見さん、渦ってこの場所で合ってます? 渦出現まであとどれくらいっすか?」
『うん、その部屋。あと1分30秒だよ』
「了解。……あと1分半だってよ。一回しかできねえけど採取しておこうぜ」
七々扇と灯里、そしてコボたろうが頷いて、それぞれに散ってゆく。
今回は採取用手袋を装備しているから、アッシマーの言うとおり、紫の草がところどころ白く煌めいている。
適当に採取ポイントを見繕い、はねたろうを肩に乗せたまま屈み込むと、三好姉弟が俺を挟んで俺と同じようにしゃがみこんだ。
「え、な、なに。金なら持ってねえけど」
「そんなことしないわよバカ! ……その、さっきの言葉、信じていいの……よ、ね?」
三好伊織は怒ったり不安げにこちらを窺ったりと忙しない。
もしも祁答院ならば力強く頷いて、三好の心に立ち込める暗雲を払ってやるのかもしれない。
しかし三好にとって残念なことに、俺は祁答院じゃない。
三好の不安を取り除いたり、なにかを背負ってやることなんてできない。
「信じるか信じないかは俺に訊くことじゃねえだろ。俺は絶対に負けねえって覚悟でここにいるってだけなんだからな」
だから、そう応えるしかない。
そうしてはねたろうを肩に乗せたまま、白い光に視線を落とす。
納得したのか納得できずに唖然としたのかは知らないが、三好はもう、声をかけてはこなかった。
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