08-08-No Hesitation in their Choice

「いまっしょ! 行けっ、藤木ッ!」


 大きく振りかぶった高木のスイングが、入り口を塞ぐマイナージェリーを大きく吹き飛ばした。飛び込むようにして身体を滑り込ませ、通路に躍り出た。


「くそっ……死ぬなよっ!」


 一度振り返り、吼えるように声をかける。


「あたしらが誰だと思ってるわけ!? 早く行けっつの!」

「……すまねえっ……!」


 半分ほどのモンスターを残したまま、俺はみなに背を向けて南へと駆け出した。


「藤間くん、おねがいしますっ!」

「お、お願いしますっ……!」


 アッシマーと小金井。


「ウチらも負けないから!」

「悔しいけど、大勢をひとりで相手にできるの、あんたしかいないっしょ!」


 鈴原、高木。


「私たちは死なないから! ……藤間くんも!」


 灯里。



 仲間の声を背に浴びながら、全速力で駆ける。


 間にあえっ…………!


 一つ目の通路を抜け、中央西の部屋に入ったとき、視界の端にメッセージウィンドウが現れた。



─────

《召喚距離限界》

《ぷりたろう召喚解除》

《コボたろう召喚解除》

《コボさぶろう召喚解除》

─────



 紫の草を踏みならして駆けながら、俺の胸に召喚モンスターたちが戻ってきたことを体感する。


 ……知っていた。

 今日、全員がいるときに、召喚モンスターが俺からどれくらい離れても平気なのか、試したから。


 だいたい100メートルくらいだった。だから俺が南へ向かえば、あの部屋に閉じ込められたコボたろうたちが消えるのは当然だ。


 モンスターに囲まれたあの部屋で、前衛三体が一気に消えた。


 ……知っていた。

 そしてあいつらも、このことを知っている。

 知っていてなお、俺が南へ向かうことに誰も反対しなかった。


 ──アッシマーは俺が守るから。

 ──灯里は俺が守るから。


 己の誓いが脳を掠めては消えてゆく。


 アッシマーや灯里が載った器より、エシュメルデの人命が載った器に、天秤が傾いた?


 ──違う。


 俺は祁答院と違って、いいやつでもなんでもないから、俺が関わらない生命がうしなわれても、心を痛めることはない。


 でも。


『あんちゃん、何時だと思ってるんだい!』

『いらっしゃいにゃせー♪』

『透だけは違ったな。透みたいなやつにこそ強くなってほしい。心から、そう思う』

『やぁまぁーをみーればぁ採取をし~♪』


 万が一、俺の知ってるやつが居なくなっちまったら。


 ……。



 それに。


 それに、なにより。



 あいつらなら、あんなモンスターごときに負けやしないから。



「ぴいっ!」


 背後からパタパタと翼の音が聞こえる。

 一度鋭く鳴いてから、はねたろうが走り続ける俺に追いついた。


 はねたろうのひろげた翼刃よくじんに残る血が、背後ではまだ激しい戦闘が行われていることを教えてくれている。


「お前どうやってあそこから抜けて──」


 そこまで言って、馬鹿げた疑問は霧散していった。

 飛行できるはねたろうならば、いくら囲まれていても突破できる。

 それなのにたったいま俺に追いついたということは、ぎりぎりまでコボたろうたちと一緒に闘ってくれていたということなのだ。


「はっ……はっ……! かしこいな、はねたろう……!」

「きぃきぃ♪」


 全力で駆け、息も絶え絶えの俺とは違い、はねたろうは余裕そうに俺の目の前でくるりんこ、と可愛く回転してみせた。


 ようやく南西の部屋に辿り着くと、中央には禍々しい紫の渦が鎮座していた。

 モンスターはまだ出てきていない様子で、俺はすぐに祁答院と国見さんに念話を送る。


「念話っ……! はぁっ、はあっ……! まに……あったっ……!」


 そうして渦を横切ろうとしたとき、ギチギチと音を立てながら、渦が形を変えた。


「嘘だろ……っ!」


 渦から飛び出すコボルトたち。

 南西に現れたってことは、もう南東の渦からもモンスターが……!


 ここで足止めを食らっちまったら、ここ──西は防いでも、東のモンスターは教室になだれ込んじまう。


 そうなっちまったら……!


「うぉぉぉぉおおおおおおっ!」


 槍を構えるコボルトを、そして部屋の中央に居座る渦を横切るようにして駆け抜けた。


 教室へ向かう通路に飛び込んで、なおも走る。

 後ろではコボルトの威嚇するような声と、はねたろうの鳴き声が響いている。


「はねたろう、構うなっ! 戦場は教室だっ!」


 いまから俺たちは、防衛ラインぎりぎりの教室で、二方向からのモンスターを相手にする。

 ほかに選択肢なんてない。

 だから、それだけ叫んで、一心不乱に走った。

 途中、祁答院の謝るような声が聞こえたが、こっちはそれどころじゃない。


 やっとの思いで教室に飛び込むと、国見さんが駆け寄ってきた。



「ふ、藤間くんっ……! ありがとう……! ありがとう……!」


 国見さんはむせび泣いて俺に感謝の言葉を繰り返すが、いくつものモンスターの足音は、国見さんに構う余裕なんてなにひとつ与えない。

 アイテムボックスからカッパーステッキを取り出して、


「召喚、コボたろう!」


 いちばん頼れる相棒をふたたび召喚し、モンスターの情報が記入されたモニターを見る。


 たったいま俺が通過した南西の渦からは10体のマイナーコボルト。

 そして南東の渦からは、10体のロウアーコボルト。


 ばさばさと翼を羽ばたかせ、はねたろうも教室へ戻ってきた。

 と、ここで。


「国見さん、あれは?」


 教室後方の扉──南東へ続く通路に、俺の胸くらいまでの高さににいくつもの机が積み上げられていて、東からのモンスターを塞ぐバリケードになっていた。


「モニターを見るかぎり、祁答院くんたちの東は間に合わないと思って。あまり意味はないかもしれないけど……」


 バリケードですこしでも足止めできれば、そのあいだ、西から来るモンスターに集中できる。これで少しでも数を減らすことができれば……!


「でかしたっ……! 召喚、ぷりたろう!」


 ぷりたろうの召喚と引き換えに、連続召喚による急激なMP消費。視界が歪み、たまらず膝をつく。


 当然だが、俺に休んでいる暇なんてない。教室前──左側の扉からはついに10体のマイナーコボルトが教室にやってきて、はねたろう、コボたろう、ぷりたろうの三人が迎えうつ。


 教室後方──右の扉では二段積みにされて並んだ机──国見さんお手製の簡易バリケードを破壊しようとする音が通路の先からガンガンと鳴り響いている。国見さんはバリケードが突破されないよう身体全体を使って、逆さに積まれて並んだ机をこちら側から支えてくれている。


 くそっ……頑張るじゃねえかおっさん……!


 北西の部屋でアッシマーにMPを回復してもらったが、呪いを一回使用した。そして教室でコボたろう、ぷりたろうを召喚したことで、これ以上召喚するMPなんて俺には残っていない。


 残っているのは……!


損害増幅アンプリファイ・ダメージ……!」


 呪いを一度発動するだけのMP。左の扉に向かって仕掛け、マイナーコボルトの群れがまとめて茶色のもやを纏うと、


「国見さん悪ぃ……! 少し辛抱しててくれっ……!」


 俺もマイナーコボルトへとふらふらの脚を向けてゆく。


 まだ第四ウェーブ。

 背中には、エシュメルデの鬼気迫る声援が浴びせられている。



 だいじょうぶ。



 だいじょうぶだよ。



 絶望になんて、させやしないから。

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