08-07-Creeping Evil

 ジェリーのタックルを盾で受け止め、足腰に全力を込めて弾き返し、横から迫りくるコボルトの槍を掻い潜るようにして一閃。


「ギャッ」


 上空から聞こえる首だけとなった短い悲鳴を振り切って、新たな敵と相対する。


氷矢アイスボルト

落雷サンダーボルトっ!」


 七々扇さんと三好さんの魔法が、一体のジェリーを木箱に変えた。残るジェリーはあと四体。


「「ギャアアアウッ!」」

「くっ……!」


 モンスターに囲まれるのは慣れている。しかしあまりにも数が多すぎる……!


「きゃあああああっ!」

「うわあああああっ!」


 小山田さんと三好くんは戦闘慣れしておらず、


「くっそ、この野郎ッ!」


 格上や多くのモンスターを相手取ることになれていない直人は、腕や胸を浅く突かれ、我を忘れて大剣をがむしゃらに振り回している。


 国見さんから連絡を受け、いますぐにでも南下しなければならないのに、南へ向かう唯一の通路には紫の渦が俺たちの進行を塞ぐように陣どっていて、いまもなおモンスターが飛び出してくる。


 藤間くんは、念話で俺に「そっちは戻れそうか」と訊いてきた。それはつまり、彼らも簡単には戻れないことを示唆しさしているのだ。


『灯里を守るのは、祁答院、お前じゃない。────俺だッ‼』


 そして彼が、怜奈や足柄山さんを危険に晒して、教室に戻ることはきっとないだろう。

 ならば、俺たちが戻るしかない。


「七々扇さん、前を頼む!」

「任されたわ」


 目の前のコボルトを浅く斬りつけ、その隙に後方へ下がる、それと同時に前に出た七々扇さんが二本の剣で、よろめいたコボルトを討ち取った。


「光の精霊よ、我が声に応えよ……!」


 地面に剣を突き立てて詠唱を開始する。


 残る敵はロウアージェリー、マイナージェリーが三体、ロウアーコボルトが四体、マイナーコボルトが五体。ようやく半分になろうかというところだ。


 早く教室へ戻らなければ、大変なことになってしまう。

 ……しかしいま俺が戻れば、コボルトやジェリーの攻撃を防ぐ盾も、ジェリーを討ち取る魔法も足りなくなり、ここにいるメンバーは全滅するだろう。


「我が力にいて顕現せよ、それは敵を穿うがつ二筋のいかづちなり……!」


 ならば、モンスターを討ち取って突破口を開き、全員が一丸となって教室まで撤退するしかない……!


落雷サンダーボルト!」


 足元に現れた魔法陣が輝く。

 雨雲無き二筋の雷が降り注ぎ、マイナージェリーを光に変えた。


『あ、あ、あと30秒!』


 国見さんの声。

 南東の部屋まで、200メートルはある。これ以上の停滞は許されない。


 入り口にある渦からのモンスターの排出は止まったものの、入り口ではいまだにジェリーが陣取って、俺達の突破を防いでいる。



 ……俺ひとりならば、ジェリーを跳び越えて、教室へ向かえるのに。



 心の奥底にいる、仮面を脱いだ俺が、邪悪に囁きかける。



 即座に地面に突き立った剣を抜き、己に巣食うなにかをふりきるようにコボルトの群れへと突っ込んだ。


 魔法を使えるのは俺と七々扇さんと三好さんの三人だけ。そしていまは全員が魔法のクールタイム待ち。あと一分、魔法は使えない。

 ジェリーが、倒せない。


 このままでは、30秒後に現れるモンスターが教室へ、そして街へ到達する。

 俺が南へ向かえば、ここにいるみんなは全滅する。



 どちらを守るか。



 ──そして、どちらを捨てるか。



 多くの人を守る。

 それが俺の願いだったはずだ。


 追放されない限り、俺たちに死は訪れない。

 ならば、人命を優先し、街の人々を守るべきなのだ。



 ──しかし。



「祁答院くん、早く行きなさい!」

「ちょま、ふざけんな七々扇! ここで悠真が行っちまったら俺らはどーなるんだよ!」

「この部屋にもさらにモンスターが出てくるんでしょ? 抑えきれるわけないじゃない!」


「海野くん、三好さん、それでも街の人たちを見捨てることなんてできないわ。悔しいけれど、私が教室に戻ってもひとりでは抑えきれない。あなたしかいないのよ、祁答院くん! 早く行きなさい!」

「じゃあなんだよ! 俺たちは見殺しかよ!」


 敵の攻撃をかわしながら叫ぶみんなの声を、剣で裂きながら噛み砕く。


 これが最後のウェーブならば、俺は七々扇さんの言うように、すべてを捨てて拠点へ戻っていただろう。


 しかしまだ第四ウェーブ。モンスターの猛攻は続く。

 ここで七々扇さん、直人、三好姉弟、小山田さんの五人を失ってしまっては、残る第五、第六、第七ウェーブを八人で守りきらなければならなくなる。


 そうなれば結局、俺たちは全滅。

 モンスターは悠々と防衛ラインを突破し、街で殺戮を行なうだろう。



 仲間を見捨てるという悪を己にいても、誰かが犠牲になる。

 誰かに犠牲を強いても、いつかどこかで命は散ってゆく。


 俺という個人の矮小わいしょうさに嫌気がさし、斬り捨てるコボルトに己の幻影をほのかに映し、念話で藤間くんたちの様子を訊く直前、



『はぁっ、はあっ……! まに……あったっ……!』



 肩で息をする姿がありありと思い描けるような声が脳内に響いた。


 俺には、なにが足りないのか。

 俺は、こんなにも手を伸ばしているのに。



「念話。……すまない、こちらは間に合わない」




 俺はまた、きみに勝てなかったのか。

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