08-09-Wings of Sorrow

 モンスターには自我がない、なんて言ったの、誰だよ。


 俺はなにも命令なんてしていない。


「…………(ぽよんぽよん)」


 それなのに、マイナージェリーのぷりたろうは巧みに通路を塞ぎ、教室になだれ込むマイナーコボルトを最小限に抑え、通過したコボルトをコボたろうとはねたろうが討ち取る。


 そして教室内のコボルトがいなくなると、通路の向こうにいるコボルトの槍を受け止めているぷりたろうは『一~二体だけ』を器用にわざと通過させ、コボたろうとはねたろうに討ち取らせてゆく……。


 なんだよ、コボたろうやはねたろうだけじゃなくて、ぷりたろうもかしこすぎかよ。

 誰だよモンスターに自我がないなんて言ったやつ。俺が指示したわけじゃない、こいつらの戦闘は、立派な戦略じゃねえか。

 これが自我じゃなくてなんなんだよ。


 そんなことを考えながら、俺もマイナーコボルトに突き、蹴りを浴びせてゆく。足腰はふらふらだが、動けないほどじゃない。


 コボたろうが持つユニークスキル【マイナーコボルト】【コボルトボックス】と同じように、ぷりたろうは【マイナージェリー】【ジェリーボディ】というスキルを持っている。


 【マイナージェリー】は体当たりの威力を上昇させ、わずかではあるが、HPの自動回復能力を得る。

 【ジェリーボディ】はご存じ、斬撃と刺突に耐性を得るスキルだ。


 これらの効果により、かつて敵のジェリーに相対したコボたろうのように、マイナーコボルトはぷりたろうを攻めあぐねていた。


 はねたろうは【ジャイアントバット】と【ヴァンパイア】というスキルで、飛行して相手の側面から、あるいは背後から縦横無尽に敵をその翼刃で切り裂いてゆく。

 そのうえ吸血──攻撃を与えると、己のHPが微量回復するスキルを持っていて、ちょっとやそっとの被害を被っても、攻撃量が上回っているかぎり、やられることはない。

 敵の攻撃が届かない場所まで即撤退できる飛行との相乗効果で、はねたろうは相当の無理をしても戦闘不能になったことがない。


 コボたろうは転生し、レベルアップ──そしてカッパーパイクのユニーク槍【クルーエルティ・ピアース】を装備したことで、圧倒的な火力を叩き出す。


「がうっ」

「ギャアアアアアッ!」


 たった一突きでマイナーコボルトを緑の光に変え、またあらたな獲物を探してゆく。

 コボルト相手に生き死にを彷徨っていた、あのころとは違う。


 そして召喚モンスターの強さは、召喚士のレベル──強さで補正がかかる。

 一度の転生を経てレベル6になった俺だって、あのころとは違う。


 多数のモンスターを相手取るなら、俺は高木にも灯里にも鈴原にも負けねえ。

 いまの俺たちなら、コボルトの10体程度、絶対に通さねえ……!



 ちらと右の扉をみやると、通路側に押し込まれていた机の大半が教室に押し戻されていた。


「左側はもうぷりたろうだけで頼む! コボたろう、はねたろう、右側だっ!」


 左側の残りは、マイナーコボルト二体。相性の良いぷりたろうならひとりでも問題ない。


「がうっ!」

「ぴいっ!」


 俺の指示でふたりが身を翻すと同時に、机がバリケードの役割を果たし終えた。すべての机が教室側に入り込んだのだ。

 コボたろうとはねたろうが現れたロウアーコボルトに突撃すると、ずっと机を押さえていてくれた国見さんがズルリと机にもたれるようにして膝をつき、身体を横たえた。


「国見さん、すいません無理させちまって……! ……ぇ……くに……み……さん……?」


 俺もコボたろうたちの手助けをしようと拳を握ったとき、国見さんの異変に気がついた。


 なん、だよ…………これ。



 横たわる国見さんの胸には、矢が三本も突き立っていて、コモンシャツをべっとりと紅く染めていた。


「国見さん!? 国見さん!」


 戦闘のさなか、慌てて国見さんに駆け寄り、仰向けにする。


 国見さんはゆっくりと目を開く。

 焦点は既に定まっておらず、虚ろな視線が揺らめいている……。


「国見さん!」

「は……は。積み上げた机の脚と脚のあいだ、から、やられ、たよ」

「国見さん!」


 おどおどしたバーコードハゲの中年おっさん。

 やめろよ、そんな安らかな顔すんなよ。やり遂げたような顔をしてるんじゃねえよ。


「私は……げぼっ……や、役に、立てた、かな? ……冴えない、50過ぎのおっさん、だけど……役に、た……て……」


 なん、だよ、これ。

 なんで、これから死ぬみたいなこと、言うんだよ。


 ──させねえよ。



「……残念っすけど」


 俺はそう言って首を横に振る。


「それ……は、残念……だ、ね…………」


 国見さんは自嘲ぎみに笑って、目を閉じる。


「ええ。残念っすけど、まだ死んでもらっちゃ困るんで」


 アイテムボックスから取り出したのは、マイナーヒーリングポーション。

 国見さんの頭を抱え上げ、赤い液体が入ったビンの飲み口を近づけてゆく。


「ごほっ……! ごほっ!」

「吐くな、飲んでくれっ……! なにが役に立ったか、だよっ……!」


 内臓が破損しているから飲めないのかとか、詳しいことは俺にはわからない。吐き出したのがポーションだったのか、国見さんの血なのかもわからない。


「あんたがいなかったら、大量のモンスターは全部、防衛ラインを突破してた! あんたが教えてくれなかったら……! 国見さんはMVPじゃねえかよっ……!」


 シュウマツに参加しなければ、国見さんは渦に巻き込まれてバラバラになっていた。

 シュウマツに参加しても、役に立てなければバラバラになる。


 ここでこのまま国見さんが死ねば、国見さんはまたアルカディアに来ることができるのだろう。


 ──でも。



「この先っ……! 第五も第六も第七ウェーブも! あんたの力が必要なんだよっ……!」



 ここで国見さんを死なせてやれば、国見さんはある種シュウマツの渦から抜け出せていただろう。


 それでも、死なれちゃ困るから。

 俺が、必要だと思ったから。


 致死量の痛みを、身体が震えて泣きわめくほどの恐怖を味わっても、



「すまねえ。まだ、死なせてやれねえっ……!」



 ──俺は、きっと、悪魔だ。


 むせる国見さん。

 しかし、たしかに、はっきりと。


 ごくり、と喉がなった。


 刺さった三本の矢が、ゆっくりと色を消し、半透明に薄れ、消えてゆく。

 同時に傷も塞がったのか、血が噴き出すこともなかった。


「はぁっ……! はぁっ……!」


 肩で息をする俺の腕のなかで、国見さんは一度は開いた目を、ふたたびゆっくりと閉じる。

 血の消えたコモンシャツが上下していて、死んだのではなく眠ったのだと教えてくれていた。


 慣れないことを言って、無駄に疲れちまった。しかしやはり、休んでいるひまなんてあろうはずもない。


「国見さん、起きろっ! 殺されるぞっ!」


 大きな声をかけながら国見さんを無理矢理引っ張り起こすと、


「あ……わ、私は?」

「盾を構えてろっ!」


 国見さんは自らのコモンシャツに手をやって不思議そうな顔をしたあと、ようやくはっとして両手に盾を構えた。


「うぉぉぉおおおおっ!」


 そうして俺はロウアーコボルトの群れに突っ込んでゆく。


 コボたろうが槍で突きたおす。

 はねたろうが弓を構えるコボルトを撹乱し、射撃を未然に防ぐ。

 左の扉のマイナーコボルトを倒したぷりたろうが、ロウアーコボルトの横っ腹に痛烈な体当たりを浴びせる。


 教室はひん曲がった机と乱暴に捨て置かれた木箱と緑の光、むせ返るような血のにおい、そして咆哮であふれかえっていた。


 ロウアーコボルトは弓をも扱いながら、槍を持たせてもマイナーコボルトより強い。

 教室の入り口で数の不利を最小限に抑えながら闘っていることもあって、マイナーコボルトほど数を減らせない。


 それに──


「…………(ぷよぷよ)」

「グルァゥ!」


 ぷりたろうがやはり入り口に陣どって、教室になだれ込もうとするモンスターを抑えてくれているが、相手は弓持ち。通路の奥から弓を構えてこちらを狙ってくる。


「ぴ、ぴいぃ……」

「は、はねたろうっ! いったんこっちに戻れ!」


 教室のコボルトを、そして通路奥のコボルトの射撃を一生懸命妨害してくれているはねたろうの右翼に一本の矢が刺さっていて、つぶらな瞳を痛々しく歪めながら、ふらふらと力なく、こちらへと戻ってくる。


 戦線をコボたろうとぷりたろうに任せ、教室の中央まで退いてポーションをもうひとつ取り出すと、飲み口をはねたろうの口にあてがう。


「あぶないっ!」


 俺たちを狙った一矢を、国見さんの盾が受け止めた。俺は首だけで一礼し、はねたろうへと視線を戻す。



「……ぴぃ、ぴぃ」


 恐る恐る舌先を赤い液体に触れさせていくはねたろう。



 ……やめてくれよ。



 死なないで、くれよ。



 我慢して、飲んでくれよ。



 マイナーヒーリングポーション──赤い液体の入った透明な小瓶が、床に落ちた。



 カシャンとつまらない音をたて、ビンの破片がちらばり、ほとんど減っていないポーションが、小さな赤い水たまりを床につくってゆく。



「う、うわぁっ、大変だっ! こ、コウモリがっ!」



 なんの冗談だよ。



 右の扉では、ロウアーコボルトの群れと死闘を繰り広げるコボたろうとぷりたろう。

 教室の真ん中には、割れたビンと赤いシミ、そして膝立ちになったままの俺。


 ──そして、敵を殲滅せんめつしたはずの左扉から、勢いよく教室に飛び込んで、防衛ラインを突破しようとするフォレストバットの群れ。


 ポーションのビンを叩き落とし、矢が刺さったままの翼で飛び上がったはねたろう。



 はねたろうは、まるで俺に別れを告げるように、



「ぴぃぴぃっ♪」



 可愛く一回転し、可愛く笑顔をみせて、可愛い声で鳴いて──



吸血の翼ブラッディ・ウイング



 一丸となって防衛ラインへと向かうフォレストバットの群れ──その先頭に、横からぶつかっていった。



「あ、あっ……!」



 先頭の一羽の命と引き換えに、はねたろうの両翼はコウモリの群れに切り刻まれ、宙で両断される。



 なにも、できなかった。



「ばっ……! はねっ……! しょ、召喚かいじょ」



 俺が言い終わる前に、はねたろうはゆっくりと床に墜落していきながら──



召喚爆破サーモニック・エクスプロード》 



 この世で一番見たくなかったウィンドウが、はねたろうと一緒に床へ落ちて──



 目も眩むような閃光。



 でも、なにもできない俺は、目を閉じることすらできなくて──



 教室を揺るがす爆破音も、爆発によりたちまち灰燼かいじんすフォレストバットの群れも、なにも俺には入ってこなくて。



 閃光のなか、はねたろうが内側からバラバラになってゆく残虐ざんぎゃくだけが…………。



 緑の光が教室に充満する。



「あ……ぁ…………」



 この光に、はねたろうが含まれているなんて、信じたくなくて。



「は、はねたろう、はねたろうっ!」



 右の扉では激しい戦闘が行われているというのに、宙からどかどかと乱暴に落下する木箱の隙間に、はねたろうが潰されていないか、隠れているんじゃないかって探してしまう。



 ほ、ほら、はねたろうって少しおちゃめなところがあるからな。じつはここにいましたー! って感じで元気よく飛び出てくるに決まってるんだよ。



「お、おい。どこだよ……はねたろう……」



 どれだけ木箱をどかしても、はねたろうの姿がみつからない。



 つぶらな瞳も、愛くるしいフォルムも、可愛らしい八重歯も、みつからない。



「はねたろう……はねたろう……はね、た……う……ぅ…………」



 なんでだよ。



 だれだよ、召喚モンスターに自我がないなんて言ったやつ。



 俺、こんな命令してねえよ。



 なあ、はねたろう。おまえに自我があるのなら、出てきてくれよ。



 ぴぃぴぃとか、きぃきぃとかいって、俺の肩に乗ってくれよ。



 なんで、だよ。


 

 おまえのすがたは、どこにもないのに。




「うわあああぁぁぁああああぁぁああああああああああぁぁァァァァアアアアァァアアアアアッッッッ!!!!」




 俺の胸に、はねたろうが帰ってこない。

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