07-21-渇望の宵
シュウマツって、なんなんだよ。
シュウマツの渦って、なんなんだよ。
どれだけ訊きたくても、女将もココナも話ができる状態ではなかった。
リディアは渦が閉じた後、夜だというのにどこかへ出かけてしまった。
誰に訊けばわかるんだよ。街全体が哀しみで溢れていて、誰にも訊けそうになかった。
そして、夜が更けてゆく。
自室。ベッドから這い出て、アッシマーがすぅすぅと寝息をたてていることを確認すると、☆マジックバッグを担いで部屋を出た。
「ようやく来たし」
エントランスへ降りると、ランタンの下で勝ち気そうな長い金髪が揺れ、階段まで伸びた影がゆっくりと立ち上がった。
「……高木。なにしてんのお前」
「言わなくてもわかるっしょ。あんたと一緒」
「俺と一緒……?」
思わず
「トイレか」
「んなわけないっしょ。あんたはトイレにわざわざそんなものを持ってくわけ?」
革袋を肩にかけた高木が指差すのは、俺の担いだマジックバッグ。
じゃあなにか。
高木は俺の心を読んで、マジで俺と一緒なことをしようとしてるってのか。
俺は、強くなりたかった。
アッシマーを守れるように。
灯里を守れるように。
鈴原を、高木を、七々扇を守れるように。
ココナを、女将を、ダンベンジリを。
ホビットを含む、この街のいのちを。
シュウマツの慟哭から。
──いや。
俺は否定したかったのかもしれない。
俺の成長の証は、
もっとレベルを上げて、さらに新しいスキルを習得し、罪深いスキルの上塗りをしたかったのかもしれない。
そうすることで、コボたろうとコボじろうを、守り──
「あたしも、守られるんじゃなくて、守りたいから」
「ん……」
高木の口調にも、切れ長の目にも、俺に否定の言葉を紡ぐ余裕を与えない。
夜だから女子は危ないとか、そもそもモンスターとふたりで戦ったら死ぬかもとか、脳をよぎるフレーズはいくつもあるのに、言葉にならない。
──なら、仕方ない。
「……死んでもしらねえぞ」
「っ……。上等!」
エントランスの扉を開け、夜空の下、冷気を浴びる。高木は笑顔を見せ、俺の横に並んだ。
──
いまいち納得できないが、俺と高木は非常に相性がいい。
高木のオーラ【
バフとデバフによるシナジー効果により、コボたろうとコボじろうの槍が直接的、そして間接的に強化されていて、敵がコボルトだけならば、数と弓にさえ気をつければ負けることはなかった。
《コボたろうが【槍LV1】【パイクLV1】【攻撃LV1】をセット》
《コボじろうが【槍LV1】【スピアLV1】【盾LV1】をセット》
続いて現れたのはマイナーコボルト二体、ロウアーコボルト一体、マイナージェリーが一体。
夜とはいえ、マナフライのおかげで見通しがよく、なによりもコボたろうとコボじろうが敵に気づいてくれるため、戦闘の主導権は毎回こちらにあった。
「高木、敵だ。
「あいよ。……うらっ」
今夜何度目の戦闘だろうか。盾を構え、高木を狙うロウアーコボルトの矢を防ぎ、己の放った矢とすれ違いになった高木の一矢により、相手は胸を押さえて
「装備変更」
ウッドワンドとレザーシールドをアイテムボックスに仕舞い、代わりに『コモンアーツ』というブレスレットを空いた手首に装備してモンスターへ駆け出した。
アーツと呼ばれる武器種。なんの変哲もないブレスレットに見えるが、これを装着することで、敵を殴る、あるいは蹴ったときに生じる、拳や
コボたろうとコボじろうはマイナーコボルト二体と戦闘中。なら俺の相手はっ……!
「おらっ……!」
コボじろうの側面を狙うマイナージェリーを、左脚で蹴り抜いた。左脚に柔らかく、しかし重い感触。ジェリーは俺に蹴られてバウンドしながら跳んでいき、俺もジェリーの圧倒的弾力により、反発して後ろに下がる左脚に引きずられるように吹っ飛んだ。
「いっ……てぇっ……!」
コモンアーツのおかげで蹴った脚は痛まないが、したたかに地面へ打ち付けられた身体が悲鳴をあげる。
でも、負けねえっ……!
蹴られてはじめて俺の存在に気づいたかのように、ジェリーがうつ伏せで倒れる俺に猛然と跳び跳ねてくる。
立ち上がり、俺もジェリーへと駆け出す。
ジェリーに腹をえぐられて、ゲロ吐いて、涙まで流した、あの頃の俺じゃねえっ……!
今度は俺が防ぐ番じゃねえ。
──俺が攻める番だッ!
俺の腹めがけて突っ込んでくるジェリーに、右脚を左へ振り抜く。
「があああぁぁああっ……!」
また、相打ち。
さっきよりもはっきりとした手応えはあったが、俺のほうもさっきより勢いよく飛ばされる。
「るぁぁあああああっ!」
ジェリーにも痛覚はあるのだろうか、俺に蹴られてバウンドしたあと、もぞもぞと
《戦闘終了》
《6経験値を獲得》
「あんた無茶しすぎなんじゃない? 空手やってたんなら人型のコボルトのほうがやりやすいっしょ」
倒れた俺に差し伸べられる高木の手。掴んで良いものか
「ぐあ……わ、わりぃ。……つってもコボたろうだってコボじろうだってコボルトのほうがやりやすいだろうし、なにより刺突耐性持ちだから相性最悪だろ」
「そりゃそうだけどさ。んー、ジェリー出てきたら逃げる?」
「いや、それはあんまりうまくねえ。あんまり逃げ回ってると、新しいモンスターの群れを巻き込んで手がつけられなくなっちまう」
実際、俺はマイナーコボルト二体から逃げ、十体ちかくのロウアーコボルトを引き連れてしまったこともある。
……そういやあのとき、はじめてこいつらに助けてもらったんだっけか。たしか砂浜だったな。まあ俺は死んじゃったけど。
──祁答院はいま、どうしているのだろうか。
あのときはあいつもいたな、と思い出し、ふとそんなことを思う。
望月や
「……あれ、亜沙美じゃないか。藤間くんも。どうしたんだい、こんな時間に。……ふたり、かい?」
この世に偶然っていうのがあるのなら、こんな偶然はない。
あんまり思い出すこともないのに、思い出したとき、ちょうどそこにいたのは、お洒落にパーマされた茶髪、銅製の鎧に身を包んだ
「ぁ……悠真…………」
友人との
「大変なことになったね。ふたりもレベル上げだろ?」
「ぅ……うん。そんなとこ。……ところでその、悠真、だれ?」
高木の珍しくしおらしい質問の矛先こそ祁答院だが、もちろん祁答院にあんただれ? と訊いているわけではない。
十歳ほどの少女がココナと同じ猫耳を揺らし、祁答院の背に隠れ、腰に手を回し、こちらを警戒しながら瞳に涙を溜めていた。
「ああ。この子はミーナ。……ミーナ、怖くないよ。ふたりは俺の友達だから」
友達よばわりはどうなのかと思ったが、ミーナと呼ばれた猫耳の少女は祁答院の言葉にいささか安心したようで、祁答院の背中から横にずれて俺たちに小さな姿を晒し、頭を深々と下げる。
高木も俺も、言葉が出なかった。
べつに少女がすごい格好をしているとかそんなことじゃない。猫耳がついていること以外はコモンシャツを着た普通のロリっ子だ。
薄い赤のショートヘア。普段はお転婆なのだろうか、大きな瞳は不安げに揺れている。
俺も……きっと高木も、彼女の首元にあるものを見て、言葉を失ったのだ。
「ミーナと申しましゅ。ユーマしゃまの奴隷でしゅ」
少女の首には、奴隷の象徴ともいうべき黒く禍々しい首輪がつけられていたからだった。
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