07-12-臆病のピピン──コラプス・メイオ砦

《30秒》



 戦闘開始まで残り30秒を告げるメッセージウィンドウとともに、紫の空の下、この屋上にみっつの魔法陣が現れた。


 扉の奥にあったのは屋上に続く階段。そして、紫の空。

 さっきまで普通に青空だったのに、趣味悪い演出してくるじゃねえか。



「藤間くん、ウチら勝てるかなー……?」


 俺に訊いても仕方のないことを鈴原は訊いてくる。

 その気持ちはわからなくもない。人は縋るものがないとき、同じ境遇の人間にも縋ろうとするいきものなのだから。


「敵の強さをイマイチわかってないからな。編成は最善で組んだつもりだけど」

「うぅー……。あんたこんなときくらい、きっと勝てるよとか前向きなこと言えないわけ?」


 よほど怖いのだろう、高木のツッコミにもいつもの勢いがない。


「前向きか……。そうだな、相手は未知のユニークモンスターを含んでいるとはいえ三体。こっちはコボたろうとコボじろう入れて五人。数の暴力で押せばきっとなんとかなる……かもしれねえ」

「にじみ出る不安! 最後まで安心させてほしかったし!」


 泣きそうな顔になる高木だが、とりあえず勢いだけは戻った。


「ま、ぶっちゃけ戦闘の相性は最高にいい三人だろ。ふたりの前衛がいて、俺の呪い、高木のオーラ、そんで鈴原の超火力があればなんとかなるんじゃねえかって気もしてる」

「…………へー。割とマトモなこと言うじゃん」



《20秒》



「ちょ、超火力? ウチがー……?」


「そうにきまってんだろ。呪いをかけたコボルトはいつも一撃でたおしてる。それに今日からは高木のオーラ付きだ。だから俺は勝てるんじゃねえかなって……軽々しく言えねえけど、そう思ってる」


「うぅー、責任重大だねー……。外したらどうしようー……」


 鈴原は高木と違ってどんどん落ちこんでゆく。 


「べつになにも気負うことねえだろ。的なんて意識しないでいいんだろ?」

「……え?」


「アーチェリーは的に命中させる競技だけど、弓道は違うだろ。いかに的にてるかじゃなくて、どれだけいい射ができるかを突き詰めていく武道なんだろ。だから外すとヤバいとか気にしないでいい」


 鈴原の瞳が困惑したように揺れた。


「あ、あれー? 藤間くんどうして知ってるのー? 弓道やってたのー?」

「やってねえよ。昨日ネットで調べただけだ」


 もう一度、しかし今度は鈴原のショートヘアまで揺らめいた。



「……わざわざ、調べて、くれたんだ…………」


 うおやばい。俺が洋弓を扱えなかったから、悔しくてすこしネットで調べてて、そこにあった弓道との違いって項目を読んだだけなんだけど、これって俺、鈴原のストーカーみたいでやばくね?


「ぅ……や、やばいー……」


 ほらやばいって言った! 顔を覆って向こうむいた!

 急いで弁解しねえと……



《10秒前》



「がうっ!」


 そんな暇はないと、メッセージウィンドウとコボたろうが同時に告げる。


「藤間くんっ」


 足を突き出して弓を下向きに構えながら、俺を呼ぶ鈴原。


「んあ?」


 振り向いた俺に対し、しかし鈴原はこちらを向きもせず身体を打ち起こし、番えた矢を正面に向けてゆく。

 

 こんなときにアレなんだが──


 その構えが、その姿が、



 ──素直に、美しいと思った。



「ウチは、ウチのペースでいいんだよね?」



 気味悪い空の下、声だけで問うてくる鈴原に、


「ああ。前もそういったろ」


 そう答えると、先ほどからすこし赤いように見える横顔がこちらを向き、



「あはっ」



 鈴原は俺に、照れくさそうにはにかんだ。


 えっ、ちょっと待てちょっと待て。

 なんだこれなんだこれ。


 いま、たしかに聞こえた、自分の胸から鳴った音はなんなんだ。


 す、鈴原って、こんなに────



「あーあ。あたし知ーらね。力の円陣マイティーパワー!」


 まーた始まったよ、みたいな高木の声。

 そして、緊張感ゼロのなか──



《……1……0》 



 魔法陣から、三体のモンスターが現れた。

 ワンドでもステッキでもまとめて呪いがかからない程度に間隔を開け、二体のコボルトに挟まれる形で現れた、身長が1メートル80センチほどありそうなコボルト。



「ギャァァァアアアアアウッ!!」


 なにが臆病のピピンだよ。


 暴力的で巨大な体躯。

 血走った真紅の眼光。

 心胆寒からしめる咆哮。


 丸太のような腕で巨大な槍を頭上に掲げ振り回し、こちらを威嚇している……。


 なんだよこれ、どこが臆病なんだよ。

 勇猛な三国志の武将みたいに槍をぶんぶんしてるじゃねえか。


「グルァアァァアアアアッッッッ!!」


 臆病のピピンがもう一度吼えると、紫の空も地も揺れた気がした。


 ほら、ゲームとかでさ。モンスターがするだろ? 咆哮。バインドボイスみたいなかっこいい名前がついたやつ。

 あれをされると、プレイヤーの分身であるハンターはたまらず両手で耳を塞ぐ。俺はそれに対して、厄介な行動だなーとか思いつつ、ハンターの行動になにも疑問をもたなかった。


 でもあれ、嘘だわ。


 暴力の塊みたいなやつが大声で吼えたてたら、耳を塞ぐ余裕なんてない。


 足がすくんで、耳を塞ぐ手も動かず、なにもできない。


 なんだよ、あれ。ガチでやばいやつじゃねえか。


 しかし俺が震えあがるなか、コボたろうとコボじろうは勇敢にピピンへと駆けてゆく。


 そしてもうひとり──


「ふっ……!」


 気味悪い紫の空を、渦巻く恐怖を切り裂くように、一本の矢が一筋の光となって一体のロウアーコボルトを吹き飛ばし、緑の光に変えた。


「まずひとつ」


 矢を射た姿──残心のまま鈴原はそう呟くと、えびらから二本目の矢を取り出す。


「ビビってんじゃねーよ藤間ァ!」

「っ……! わかってる!」


 鈴原は呪いのかかっていないコボルトを、高木のバフオーラだけで討ち取ってみせた。

 なら、俺の役割は……!


損害増幅アンプリファイ・ダメージ!」


 臆病のピピンに呪いをかけ、自分の喉へ飛来する矢を盾で防いだ。きっとあのコボルトがもう矢を放つことはないだろう。俺はコモンワンドとコモンシールドをアイテムボックスに仕舞いこんだ。


 そしてコボたろうとコボじろうを追いかけるように駆け出す。


 俺がモンスターと対峙するには、空手これしかねえっ……!


 いち早くピピンに吶喊とっかんしたコボじろうが弾き飛ばされ、こちらに転がってくる。


「無理すんな! 隙を狙ってろ!」


 コボじろうを跳び越えて、激しい応酬を繰り広げるピピンとコボたろうのもとへ。


「うらっ!」


 コボたろうと槍を絡ませながらも、高木の援護射撃を難なくかわすピピン。


「なら……これはどうだっ!」


 渾身の力でピピンの側面からすねを蹴り抜いた。


「ガッ……!」


 手応えあり……!

 しかし綺麗に入ったわりには大したダメージになっていないのか、膝を崩すには至らない。


「ガアァァアアッ!」


 うっとうしげに振り回したピピンの槍を、俺の元まで到達する前にコボたろうが槍を縦に構え、己の全体重で防いでくれた。


 今度は左足で逆側から膝裏を蹴りつける。膝カックンの要領で膝をつけさせれば──!

 しかしやはり、膝裏に的中したはずなのに、太い脚の膝を折るには至らない。


 コボたろうは槍の向きを変えてピピンに穂先を繰り出すが、獣のような咆哮とともに後ろへ飛び跳ねたピピンに避けられてしまう。


「ガラ空きだっつーの!」


 高木の射た矢がピピンの後ろ首に突き刺さる。しかしピピンは顔を歪めることもなく、ふたたびこちらへ槍を繰り出してくる。くそっ、マジでバケモンかよ……!


「うおっ……! あぶねえっ!」


 それを間一髪でかわすが、かわすのに精一杯でカウンターを浴びせる余裕なんてなかった。そんな俺の代わりに、コボたろうとコボじろうが仕掛けてゆく。


 ここで一度辺りを見回す。二体目のロウアーコボルトも鈴原の矢を受け、木箱へと変わっていた。


 雑魚一掃までは最高の流れだ。高木と鈴原が全部やってくれた。


「グルアアァァアアッッ!!」


 しかしやはり問題はこいつだ。


 コボたろうとコボじろう、ふたりでかかってもピピンのほうが強いのは明らか。俺の攻撃も高木の射撃もあんまり効いてねえ。


 高木も鈴原もすげえと思う。

 高木は援護射撃をしながらも互いの位置関係を把握し、コボたろうやコボじろう、そして鈴原をも自身のバフオーラ【力の円陣マイティーパワー】の範囲内に入るよう立ち回っている。


 鈴原は二体のコボルトを一撃で葬り去り、いまはピピンに向けて矢を番えている。

 ──が、ピピンが戦上手というべきか、自分が射られないよう、鈴原と自身の斜線上にコボたろうとコボじろうを配置するように闘っているのだ。


 それなのに、くそっ……押してるんだけど、押し切れそうにねえっ……!


 俺がもっと攻めこめば、もしかしたら事態は好転するかもしれない。──でも、俺が死んだらコボたろうとコボじろうも消える。そうしたら高木と鈴原は……!


 そして、もうひとつの部屋に向かった灯里、アッシマー、七々扇は……!



 くそっ、どうする……!



 そうしているうちに、ピピンが槍を大きく上に振り上げた。

 コボたろうとコボじろうのふたりともが槍を跳ね上げられ、万歳の態勢になった。


 その隙にピピンが槍の向きを変えてコボたろうの喉に凶悪な槍の穂先を向け、ついにその表情に獰猛な笑みを浮かべた。

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