07-11-救済の天使──コラプス・メイオ砦
あの日、三船さんの言う通り、藤間くんは夜の市場へやってきた。
『七々扇さん、いつまでそっちにいるの?』
灯里伶奈は──
イメージスフィアのなかで
私だけは知っている。
あのとき、灯里伶奈の肩が、恐怖に震えていたことを。
彼女の行動が、彼女の本質でも見せかけでもなく、心の底から絞りだした勇気であることを。
「灯里さん」
趣味の悪い紫の空間で、横に並び立つ救済の天使に声をかける。
「どうしたの?」
あの日の勇気など微塵も匂わせないあどけなさが私に応えてくれた。
「ありがとう。あなたのおかげよ」
「えっ……なに?」
昨日、私の人生は180度変わった。
闇から光へと、絶望から希望へと。
そして、過去から未来へと。
「足柄山さん、あなたにも負けないわ」
「ふえっ!? わ、わたしですかぁ?」
藤間くんと同じ部屋に住む足柄山さん。ふたりのあいだに強い絆が生まれていることは、昨晩と今朝だけですぐにわかった。
口を引き結ぶ。
藤間くん、あなた────周囲、女の子だらけじゃない。
──────────
《2……1……0》
──────────
視界端の、カウントダウンが表示されたウィンドウが消えると同時に現れた四体のモンスター。
「光の精霊よ、我が声に応えよ……!」
「氷の精霊よ、我が声に応えよ」
そのうちの一体が矢を番える姿が視界の端に映りこんだ。私も灯里さんも、それに意識を取られることはない。
「どすこーいっ!」
足柄山さんが私の喉を穿とうとする矢を、奇妙な色の盾で受け止めてくれた──そう、聴覚だけで確認する。
「
「
一筋の雷と氷の矢が一体のジェリーをまたたく間に緑の光へと変える。もう一筋の雷光は槍を構えて走り寄ってくるマイナーコボルトを強く打ち据えた。
「炎の精霊よ、我が声に応えよ──」
すぐさま次の詠唱を開始した灯里さんの隣で、私は瞬時にカッパーロッドをカッパーソードに持ち替え、
「足柄山さん、灯里さんを頼んだわ」
「はいですっ!」
私のユニークスキルは【
どんな場面にもある程度は対応できるけれど、尖っていないぶん、専門的に長じた相手には勝てない。
攻撃魔法では灯里さんに劣る。
私が弓を習熟しても、鈴原さんに劣る。
オーラを会得したとしても、高木さんに劣る。
召喚魔法では藤間くんに劣る。
アイテム使用や開錠などの戦後処理、調合などのスキルは足柄山さんに劣る。
獅子王にも朝比奈さんにも、劣等感を感じてきた。
どうして私は、こんなに中途半端なユニークスキルなのだろうと。
でも、闇が光に変わり、絶望が希望に転じ、過去を憂いていた私が未来を見据えることができたのなら──
同じように中途半端から反転し、いまの私は一点に長じずとも『なんでもできる』。
飛来する矢を左手の盾で弾き飛ばすと、灯里さんの落雷を受け、
「
駆け抜けながら、頭に剣を叩きこんだ。
頭蓋を切り裂くことはできなかったが、脳天にカッパーソードが食い込んだ。
私はその剣を手放し、緑の光に変わるであろうマイナーコボルトを捨て置いて、失速せずに盾のみを構えてロウアーコボルトへと駆けてゆく。
「ギャウッ!」
コボルトはもう一度私に矢を放つ。再び左手の盾で防ぎ、盾をもアイテムボックスに仕舞った。
代わりに取り出したのは、二本のカッパーソード。
「
左手の剣でコボルトの頭から股下までを斬りつけ、同じように剣を持つ右腕を大きく開きながら、コボルトの胴を切り裂いて駆け抜けた。
そうして振り返ると、ロウアーコボルトは弓から槍に持ち替えていて、しかし万歳の体勢で揺らめいている。
「
無防備なコボルトの脇をもう一度駆け抜け、今度こそ緑の光に変えた。
視線をずらすと、残った最後のモンスター、ジェリーがどろどろに溶けながらも灯里さんに向かっているところだった。
「どすこーーーーーーい!」
灯里さんのファイアボルトにより致命傷を負ったジェリーに、足柄山さんがメイスを振り下ろす。
ジェリーは斬撃耐性と刺突耐性を持つが、殴打への耐性には特化していない。
それが幸いして、最後のジェリーも木箱へと変化した。
──────────
《Congratulations!》
──────────
視界の端にメッセージウィンドウが表示されると同時に、部屋を覆う紫の霧は晴れていった。
「やった……! 足柄山さんありがとう! クールタイムがあと20秒くらいあったから、危なかった……!」
「ふぇぇ……よかったですぅ……! 七々扇さんっ、すごいですっ、かっこよかったですっ!」
「あ、ありが……いえ、その……大したことはしていないわ」
剥き出しの感情を受け止めるのが少し照れくさくて、誤魔化すように両手の剣を仕舞い、マイナーコボルトが木箱に変わったことで床に転がるカッパーソードを拾い上げた。
──こちらは無事、勝ったわよ。藤間くん、高木さん、鈴原さん。
きっと屋上で激戦を繰り広げているであろう三人を想い、透けて見えるわけでもないのに天井を見上げる。
気づけば、灯里さんも足柄山さんも同じように、見えぬ屋上を仰いでいた。
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