02-08-ふさわしくなってから──そう、決めたから

 エシュメルデに今日もマナフライがやってきた。

 暗くなった世界を明るく灯すこの生命体は、暗くなれば街にやってくるのか。それとも常に街で光っていて、明るいうちはそれを視認できないだけなのか。


「くっそ、また寝かされちまった……」


 砂浜から宿に帰ってきたあと、またしてもアッシマーのマッサージを受け、気だるい痛みを訴える身体を徹底的にほぐされ、ほとばしるような快感が過ぎ去ったあとの脱力感で、俺はあっさりと眠りに落ちた。


躊躇ちゅうちょなく足の裏まで揉みまくりやがって……」


 男の足の裏とか触りたくないだろうに。俺は絶対にいやだ。


 目が覚めたとき、アッシマーは部屋に居なかった。作業台の上は綺麗に片づけられており、それは俺が寝ているあいだにアッシマーの作業が完了したことを意味していた。


 部屋を出て階下へ。


「あらおはよう。ずいぶん寝ていたみたいだね」


 俺が階段を降りきる前に、ハスキーがかった声が向けられた。


「女将さん……おはようございます」


 時計を確認すると、午後八時。俺、四時間くらい寝てたってことか……。


「アッシマー……だっけ? あの子なら二十分くらい前にシャワーに行ったよ。あら、噂をすれば」


 宿の扉が開き「ほえほえ……」と幸せそうに頭を拭きながら、アッシマーが現れた。


「ふにゃ? 藤間くん起きてたんですかぁ?」


「悪いな結構寝ちまって……。そのあざといの、その……やめてもらえると助かるんだが……」


「低いテンションのまま言うのやめてもらえませんか!? 現実味帯びてて余計傷つく!」


 場が一気に騒がしくなる。女将はとくになにも咎めたりしない……っつーか、この安宿って俺たちのほかに客いるの?


「お前さ、危ないだろ。夜ひとりで出歩くなよ」


「わっ、身に余るお言葉ですぅ……でもぶっちゃけわたしなんか狙う人いないでしょうし……」


「馬鹿、ステーキとかフォアグラとか『〇〇の〇〇風、~〇〇を添えて~』みたいな呪文料理が好きなやつばっかりじゃねえんだよ。素朴な煮物が一番だってやつもいるんだよ」


「また視点が完全におでん!」


 アッシマーは「がびーん!」と俺に抗議の顔を向け、


「……いいですよーだ。どうせわたしなんておでんですよ……。みになりすぎて廃棄されるコンビニのおでんですよ……」


「知ってる? コンビニのおでんって廃棄が多すぎて赤字なんだって。それでも出さねぇと他のコンビニに客取られるから続けてるんだとよ。世知辛いよな……」


「そろそろフォロー入ると思ってたんですけど!? なに傷をえぐってきてるんですか!?」


 俺たちの様子に女将は笑いを噛み殺しながら、


「そういや聞いたよ。あんたら明日までに5シルバー貯めるんだって? 集まりそうなわけ?」


「……ちなみにどこから聞いたんですか?」


「どこからってあんたら、今朝『絶対明日までに5シルバー貯めましょうねっ』ってエントランスで騒いでたじゃないのさ」


 アッシマーだった。睨みつけてやると、わざとらしく視線を外して口笛を吹きはじめた。ぜんっぜん吹けてないけど。


「……まぁぼちぼちですよ。俺としてはいけるって思ってるんですけど」


「へー、すごいじゃない。ついこないだまで食うか生きるかしてたのにねぇ」


「今だってそうですよ。生活水準はあまり変わってないですし」


「ま、ほどほどにしておきなよ? 住んでる人が偉くなるのはあたしもうれしいけどさ。焦って失敗した人もたくさん見てきてるから」


 女将は手をひらひらと振りながら部屋に戻っていった。



 部屋に戻るなりアッシマーは自分のストレージボックスを開いて、


「さっきリディアさんが来て薬湯やくとうを買っていったんですけど、わたしが勝手に売っちゃってよかったですか?」


 俺に向かって小銭袋を差し出した。


「いいに決まってるだろ。ふたりで生活してるんだから。うお、なんかめっちゃ入ってるぞ。……どうしたんだこれ」


 3シルバー98カッパー。それは俺たちが見たことも無いような金額だった。えっ? と驚きつつ自分のストレージボックスを開くと、食費や水代、宿代を抜いた1シルバー10カッパーがたしかに残っている。


「ちょ、ちょっとぉ! わたしが生活費から盗むわけないじゃないですかぁ!」


「いやそれはいっさい疑ってない。金が多すぎて、生活費を預けていたんじゃないかって勘違いしただけだ。……どうしたんだこれ」


「えへへぇ……。薬湯十七本を売って4シルバー8カッパー。勝手に使うのは気が引けましたけど、シャワーをさせてもらうために10カッパーだけ抜いたので、3シルバー98カッパーですぅ」


 十七本。素材の残量上、全ての確率を乗り越えても、つくることのできる薬湯の数はMAXでも三十二本だったはずだ。


 エペ草とライフハーブを薬草に調合する時点で失敗する。

 オルフェの砂二単位をオルフェのガラスに錬金する時点でも失敗する。

 オルフェのガラスをオルフェのビンに加工する時点でも失敗する。


 そして最後、薬草とオルフェのビンを薬湯にする肝の調合でも失敗する可能性はあるのだ。


 十七本。4シルバー8カッパー。

 じゅうぶんじゃないか。


「悪いなアッシマー。俺がぐーすか寝てるあいだに頑張ってもらって」


「いえ、いいんですよぅ。どう考えても藤間くんのほうが過酷で危険な労働してますしっ。それよりもどうします? 目標の5シルバー、貯まっちゃいましたけど」


 たしかにアッシマーの言う通り、ここにある3シルバー98カッパーと、俺のストレージに入っている生活費の残り1シルバー12カッパーを合わせれば5シルバー10カッパー。目標の5シルバーは到達した。


「生活費は生活費だ。2シルバーは残しておきたい。それよりも残り3シルバー10カッパーを使ってふたりのスキルを習得するべきだろ」


「ええーっ、使っちゃうんですかぁ⁉」


「使っちゃうんだよ。この世界でスキルがめちゃくちゃ強いってことは、いやって言うほどわかったからな。ふたりの強化に使って明日一気に5シルバー稼ぐぞ」


 今日の稼ぎは、俺が寝ている間にアッシマーがリディアに売却した薬湯十七本と昼に売却した九本を合わせて二十六本、一本24カッパーだから6シルバー24カッパーだ。


 ……まだ、足りない。


 生活費2シルバーとコボルトの意思の5シルバーを足した7シルバーを稼げるようになんねえと、俺が召喚モンスターを持つことはできない。


 荷が勝ちすぎる。

 身の丈に合わない。

 俺は相応しくなってから、あの青い輝きを手に入れる。


 そう、決めたから。


「相変わらず面倒くさいですねぇ。……ふふっ」


「笑ってんじゃねえよ。……行くぞ」


「はいっ」


 アッシマーに心のうちを覗かれたような気がして、話を無理やり打ち切りながらふたりで宿を出た。

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