02-07-いちばん、あまやかなことばを

 カラン、と最近聞き慣れた涼やかな鈴の音色を引き連れてココナの店に入ると、主人は不在で、代わりにストーンゴーレムのゴレグリウスが店の一隅に鎮座していた。……そういえば、外に出るとか言ってたもんな。


 彼は俺に頭を下げ、スキルモノリスを手渡してくる。ぶきっちょな感じがなんとも可愛らしい。


 ゴレグリウスから30カッパーで【錬金LV1】、50カッパーで【砂浜採取LV1】を購入して店を出た。


 一旦宿に戻って【錬金LV1】をこそこそとアッシマーに渡したあと、リディアから貰った『☆マジックバッグLV1』と空いた革袋を担いで喧騒のある街を東へと進む。


 現在ダントツで不足しているのはオルフェの砂。現在宿にある在庫は、


 エペ草38

 ライフハーブ35

 オルフェの砂30である。


 オルフェの砂はオルフェのガラスへ錬金する際に数が半分になるので、まったく足りないということになる。加えてアッシマーは調合スキルをLV3まで習得しているが、錬金と加工はLV1。調合よりも失敗する可能性だって高い。ならば俺の戦場は砂浜である。


 本当に効率を考えるなら、現在所持している素材を担保にしてアッシマーに【錬金LV2】と【加工LV2】を購入するべきなんだが、それだとアッシマーがさらに恐れいって卑屈になってしまうかもしれないからやめておいた。



 ……。



 陰キャってのは気をつかいすぎるもんなんだよ。



 ……。



 …………。



 本当に、どうかしてる。


─────

《採取結果》

─────

41回

採取LV2→×1.2

砂浜採取LV1→×1.1

54ポイント

─────

判定→B

オルフェの砂×3

オルフェの白い砂を獲得

─────


 【砂浜採取LV1】すげぇ。あっさりとB判定だ。


「なんだこれ」


 見たことのない素材『オルフェの白い砂』に手をかざすと、ホモモ草やマジックバッグのときと違い、情報が表示された。


──────────

オルフェの白い砂

 オルフェ海に面する砂浜で

 採取できる良質な砂。

──────────


「えぇ……? オルフェの砂とどう違うんだよ」


 そういえばじっくり見たことはなかったな、とオルフェの砂にも手をのばす。


──────────

オルフェの砂

 オルフェ海に面する砂浜で

 採取できる砂。

──────────


 どうやら『オルフェの白い砂』は『オルフェの砂』の質が良いものらしい。


 ……って、違うんだよ。俺が欲しい情報はそうじゃないんだよ。使いみちが知りたいんだよ。


「……まぁいまは言っててもしょうがねぇか」


─────

《採取結果》

─────

46回

採取LV2→×1.2

砂浜採取LV1→×1.1

60ポイント

─────

判定→A

オルフェの砂×3

オルフェのガラス

オルフェの白い砂を獲得

─────


「よっしゃっ……! はあっ……! はあっ……!」


 五回目の採取。これが終わったら一旦休憩だと全力で励んだら、なんとA判定。

 まじかよ、オルフェのガラスってオルフェの砂ふたつを合わせて錬金した素材だよな? ってことはこれ、オルフェの砂ふたつぶんか……! むしろ錬金の必要がないぶん、価値はもっと高い。


 すこし休んでまた採取。

 ひたすら採取。


「も、もう限界……!」


 マジックバッグにはオルフェの砂×50、革袋にはオルフェの白い砂×12とオルフェのガラス×3を痛まないように詰めこんで、一旦宿へ戻ることにした。


 重い。

 でもリディアのくれた魔法の革袋のおかげで荷物ほどは重くない。……はずなんだけど、よく考えたら結局、革袋ひとつぶん以上の重量を背負ってるんだから重いに決まってる。

 中央広場の時計は午後三時五十分を指していて、喧騒のなか、足を引きずるようにして宿へと戻った。


──


「うぃす」


 アッシマーの返事はなかった。その代わりに、作業台に立つ彼女の背が、いまなにをしているかを語っている。


─────

《加工結果》

─────

オルフェのガラス

オルフェのビン

─────

加工成功率 64%

アトリエ・ド・リュミエール→×1.1

加工LV1→×1.1

加工成功率 77%

失敗

─────


「ああぁぁああーーーーっ!」


 アッシマーがかなり大きい悲鳴をあげた。後ろでウィンドウを覗きこんでいなければ、俺はきっとその声にひっくり返っていただろう。

 アッシマーの背に声をかける。


「あんまり気にすんなよ」


「はああああああああああああああ!?」


「うわびっくりした」


 こんどこそ驚いて、思わずのけぞった。


「びっくりしたのはこっちですよぅ! いつの間に帰ってきたんですかっ」


「いやいま来たんだけど。ちょっと荷物が重くてノックをする余裕はなかったんだけど、いちおう声はかけたぞ」


「ぁ……そうでしたか……」


 アッシマーはしょぼくれている。加工を失敗したことが、そんなにも悔しいのだろうか。


「藤間くん、本当にごめんなさいっ。わたしいまから採取に行ってきますっ」

「はい待てストップ。いやマジで待てや、っておいお前力強いな!? 俺いま荷物置いたばっかりで力が入らねえっつーの!」


 俺の制止を聞かず部屋を飛び出ようとするアッシマーを後ろから羽交い締めにしてなんとか引き止めた。


「だって……だってだって……! ふぇ……ふぇぇぇ……!」


「あ、おい、な、泣くなよ……」


 アッシマーを両腕で後ろから抱え込むようにして抑えておきながら、作業台の上に目をやると、


「……あー、そういうことか」


 理解した。錬金のために置いてあった革袋には、さっき、オルフェの砂×30が入っていた。しかし作業台の上に置かれた革袋はから

 対し、作業台の上に載っているオルフェのビンは四本。オルフェのガラスは見当たらない。


 つまり、三十単位あったオルフェの砂は、錬金と加工で失敗が重なったため、全て成功なら十五本になるはずのオルフェのビンが、四本分しか成功しなかった……ということらしかった。


「お前いま加工は77%だったよな。錬金は?」


「80%ですぅ……」


 なるほど。ならオルフェの砂三十単位をオルフェのガラス十五枚に錬金する時点で、期待値で言うと十二枚。十二枚のオルフェのガラスをオルフェのビンへ加工する場合、期待値は九本。そして作業台の上に載ったオルフェのビンは四本。


「お前、盛大にやらかしたんだな」


「う……ごめんなさいぃぃ……。でも集中してなかったわけじゃないんです……なんだかついていなくて……」


「あほ。そんなことはわかってる」


「……えっ?」


 あの背中を見て、テキトーにやってたんだろうな、なんて思うやつはきっと、この世にいない。


「お前のなかでは特別な頑張りがあるんだろう。それを俺は否定する気はねぇ。だがいいか。はたから見れば加工とか錬金ってぶっちゃけ確率だ。だからこればっかりはしょうがねぇ。だけどな、すこしずつ作業成功率は上がってきてるんだろ? 昨日はスキルなしで59%だったのに、いまは64%になってるし」


「はいぃ……すこしずつですけど……」


「ならいいって。確率が期待値に届かなかったからって、べつにお前が悪いわけじゃねえ。いいか、陰キャは基本的に後ろ向きだが、確率に関しちゃ前向きなんだよ」


「……どういうことですか?」


「確率は長いスパンでやりゃその数字に収束していく。だから、いま失敗しといてよかった、ってな」


「ええーっ!? 失敗してよかった、なんてありえませんよぅ……」


「まあ聞け。成功してりゃどっかで失敗する。逆に、失敗が多けりゃどっかで成功が多くなる。だから今のうちに失敗しとくんだよ。ちなみにこれを乱数調整と呼ぶ」


 ここまで言うとアッシマーはぽかんとして、その後「あはっ」と白い歯を見せて笑った。


「乱数調整ですかぁ……」


「そうだ。むしろキモである薬湯の調合ではほぼミスなしなんだろ? そのツケがきたんだよ。つーか採取が簡単なオルフェの砂で失敗して、大量の素材を使う薬湯で成功してんだからむしろ理想的じゃねえか」


 そうだ。

 確率があって、成功があって、失敗があるんなら、リスクの小さいところで失敗し、リターンが大きいところで成功した方がいいに決まってる。


「ふふっ……全部成功がいちばんに決まってるじゃないですかぁ」


「陰キャは控えめなんだよ。木に果実が実っていても、毒があるかもしれないから手を伸ばさない。毒が無いとわかっても、自分のものかわからないから手を伸ばさない。自分のものと知ってなお、自分の身に余る幸福だと手を伸ばさないんだよ」


「ぷっ……なんですかそれぇ……ふふっ」


 陰キャの原動力は基本的に自家発電だ。急に現れた目の前の果実が力になることなんてあんまりない。

 だから『ん? 今の俺ちょっとかっこよくね?』という自画自賛や『よっしゃG級ティガソロ零分針、天鱗キタぁ!』みたいな自己満足で己を保っている。


 陰キャは自分に優しい。世間が自分に冷たくて苦いぶん、己には温かくて甘やかなスイーツを用意する。そうしなきゃ、バランス崩壊で訪れた氷河期に心が凍えてしまうから。


 そうだ、だから期待値に届かなかったときこそ褒めてやるんだよ。物欲センサー! とか俺だけ確率おかしくね? とか愚痴りながらも『乱数調整乱数調整、次に二個ゲットするための布石』みたいにどこかで前向きになってるもんなんだよ。



 だから、俺の知る限り、いちばん。




 あまやかなことばをいってやるんだ。



「べつにいいんだ、無理しなくて。お前のペースでいいんだよ」



 俺が自分にいつも言い聞かせる、この世でいちばん甘やかな言葉。


 ずっとほしいけど、誰にも言ってもらえなくて、自分で言い聞かせる言葉を。



 いいんだよ、お前のペースでいいんだよ、藤間透。


 アッシマーに向けた言葉はしかし自分にも向けたもので、角砂糖のようにゆっくりと、苦くて仕方ないコーヒーのように真っ黒な俺の胸に溶けていった。

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