02-06-この革袋に詰まった砂の半分は

 じゃあ藤間くん、またね!

 藤間くん、その、あ、ありがとう。また、ね。

 えーと……藤…………田? また学校でね。


 わからない。

 本当にわからない。


 あいつらが信じられない。

 あいつらが悪いのか、俺が悪いのか、全然わからない。

 ちなみに俺は藤田ではなく藤間である。考えた末に間違えるとかどうなってんの自称天才。


 やめろよ俺。弱気になるなよ。いつもそうだったじゃないか。

 いつも弱気になったりへこたれたところを狙い撃ちにされてきたじゃないか。

 小学校、中学校。

 二度あることは三度ある。高校でもそうに決まってるじゃないか。



 ……でも。


 …………でも。



 この革袋に詰まった砂の半分は、あいつらの汗でできている。



「おっも……」


 どうにか階段を上がると、廊下をいい匂いが埋め尽くしていた。そういや玄関からほのかにこの匂いが香っていたような……。


「たでーまぁ……」


「あ、おかえりなさいですっ!」


 アッシマーは作業台の前に立っていた。甘く爽やかな匂いの元はアッシマーのベッドに座っていた。


「おじゃま、してる」


「うす、リディア。あれ、もう十二時か?」


「ちがう。まだ十一時。予定がはやくおわったから、遊びにきた。めいわく、だった」


 相変わらず整いまくった顔面パーツに、ぬぼーっとしたアイスブルーに煌めく瞳。そして相変わらず抑揚のない話し口は、それが俺に対する質問であることを一瞬躊躇わせる。


「べつに迷惑じゃねぇよ。アッシマーが調合すんのに邪魔だとさえおもわなけりゃ」


「迷惑なわけないじゃないですかぁー。わたしリディアさんのこと大好きですしっ」


「わたしも。アッシマーだいすき」


「えへへへへへへへぇぇぇぇ……リディアさーん♡」


「アッシマー」


 抱きつくアッシマーと受け止めるリディア。なんなのこれ。


「はいはいゆるゆりすんなら俺の居ないときにやれ。ガチ百合すんなら他所よそでやれ。あとアッシマー、顔がとろけてバイオハザードみたいになってる」


「がびーん!? それどういう意味ですかぁ!? 藤間くんだってゾンビみたいにやる気ない顔をしてるくせにぃ!」


「変なこと言うんじゃねぇよ。ゾンビに失礼だろ」


「ここでまさかの自虐!? メンタルつよ!」


 アホな会話をしていたら腕を酷使していることを忘れていて『オルフェの砂』が三十単位詰まった革袋をずしぃん……と床に降ろす。いや重かったわマジで。


「ふー……」


「透は、はたらきもの」


 ようやく壁際にある自分のベッドに座って腰を落ちつけると、向こうの壁につけられたベッドの上からリディアが俺に視線を向けていた。


「ほしいものがあるからな。それ以前に働かねぇと食っていけねぇし」


「わたしはあげるって言ってるのに」


「それじゃ俺が納得できねぇんだよ。召喚できるまでマンドレイクをとりに行けなくて迷惑かけてるのは悪いけどな」


「ん。いまでもじゅうぶんに助かってる。だからこれ、うけとって」


 結構疲れていたから「んあー……?」と情けない顔を上げると、リディアは思ったより近くに歩み寄っていて、いつの間にか美しい手に革袋を持っていた。


「わたしは、つかわないから」


──────────

☆???????LV1

 ??50まで??????袋。

 重さは???の?分になる。

──────────


 手をかざせばそんなウィンドウが表示された。


「え、なにこれ、普通の革袋じゃないのか? なんかめっちゃクエスチョンマークなんだけど」


「マジックバッグ。見ためよりたくさん入る」


 リディアの声を聞くと、どういう仕組みかウィンドウが更新された。


──────────

☆マジックバッグLV1

 容量50まで収納できる革袋。

 重さは内容物の半分になる。

──────────


「おー……。マジかこれ、もらっていいのか? なんか頭に☆ってついてるんだが、レアアイテムじゃないのか?」


「そう。でもいい、つかわないから。売るよりも透につかってもらったほうが、わたしにはありがたい」


「マジでいいのか、もらうぞ? さんきゅ、俺結構死ぬことあるから、ロストしたら悪いな」


「藤間くんは物をもらうときも後ろ向きなんですね……」


 パッと見いつも使ってる革袋よりも小さい。でもこっちのほうが入るだなんて不思議だよな……。


「ほっ……こっちはうけとってくれた。コボルトの意思といっしょで、うけとってもらえないかと思ってた」


「俺にもポリシーっつーか信念があるんだよ。やっぱり召喚は自分の力でしたい」


「ん。きのう帰ってからずっと考えてた。どうして透がそんなにもったいないことを言うのか」


「昨日言ったろ。貰うだけの力じゃいやなんだよ」


「ん。でもそんなふうに考える人はめずらしい。だから『透だからしょうがない』って思うことにした」


「なんだそれ……」


 ぬぼっとしたままのリディアの隣で、ふふっと笑うアッシマー。そうしながら立ち上がり、


「じゃあ今からビンをつくりますっ。リディアさん、薬湯やくとうが九本完成してますので、持っていってくださいっ」


「わかった。透、これお金」


「おう、計算早いな……」


 薬草とオルフェのビンを調合してできる薬湯は24カッパーでリディアに買い取ってもらうことになっている。


 銀貨二枚、大銅貨一枚、銅貨六枚。

 計2シルバー16カッパーを受け取った。


 これでストレージの86カッパーと合わせ、全財産は3シルバー2カッパーになった。生活費の2シルバーと端数の2カッパーをストレージに戻し、1シルバーだけ持ってアッシマーを振り返る。


「アッシマー、九本のビンから九本の薬湯ってことは、ミスなしか」


「はいっ、藤間くんが【調合LV3】のスキルブックを買ってくれたおかげ──」

「いつもありがとな」


 アッシマーをさえぎるように慣れない礼を口にして、なにも見ず逃げるように部屋を出た。


「オルフェの砂をガラスに錬金すんの、ちょっとだけ待ってろ。錬金のスキルブック、いま買ってくるから」


 自ら閉めたドアに声をかけ、階段を降りる。


 ついさっきアッシマーが言いかけた、しかし俺が遮った言葉を反芻はんすうする。


 ここに来て、アッシマーは何回言った?


 俺のおかげだ、と。


 たしかに俺は行き倒れ同然のアッシマーに寝床を与えた。タオルも買ったし、シャワーも浴びさせてやった。


 でも、それだけ。


 なんだかんだ調合、錬金、加工で得られる利益は大きい。だから俺は俺よりもアッシマーを優先させているつもりなんてないし、むしろあいつも採取はできるんだから、どう考えたって俺のほうが無能だ。


 ただ、出会って最初のマウントを、いまだにとり続けているだけ。



 俺のおかげでいまのアッシマーがいる……?



 違うだろ。



 むしろ。



 …………だろ。



 でもそんなこと、口に出して言えるはずもなく、醜くマウントをとり続ける。


 俺があれだけ嫌ったマウントをとって、ようやく対等。


 そんな俺が、自分以外の誰を馬鹿にできるというのか。



 ……面倒くせぇ性格。


 礼くらい堂々と言えないもんかね。


 俺が面倒くせぇのかな。

 陰キャが面倒くせぇのかな。



 カランカランとコーヒーの香りが楽しめそうなドアを開けると、店番のゴレグリウスが先ほどと微塵も変わらぬ位置に立っている。

 俺はそれにどことなく安心し、未だざわめく己の心を慰めるように苦笑した。

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