10-10-縛め、繋いだ手

 太陽がエシュメルデを祝福している。


 普段よりも暑く感じるのは、陽射しの強さや石畳の照り返しだけではないのだろうと、行き交う人々の喧噪が教えてくれる。


「ユーマしゃまぁー! ねえしゃまぁー!」


 すぐ側にいたはずのミーナの声が、ずいぶんと背中のほうで聞こえた。

 隣を歩くオルハと顔を見あわせて、慌てて人混みを逆走すると、幸いミーナはすぐに見つかった。


「ぐしゅ、ぐしゅっ……」

「ごめん、ミーナ」


 膝を折ってミーナと視線を合わせながら頭を撫でてやると、ミーナは俺の胸に飛び込んで泣きじゃくる。


「ミーナ、いけませんよ、甘えては」

「オルハ、いいんだ。ごめん、俺の不注意だったよ」


 祭りのためだろう、今日は街中まちなかの人通りが多く、シュウマツで俺の顔を知ったエシュメルデの住民がよく声をかけてくることもあって、注意力が散漫になっていた。


 ミーナの状況をおもんばかるに、こういうことになってしまうのも無理はない。


「はい、これならもうはぐれないよ」


 頭を撫でたまま、空いた左手でミーナの右手をとる。

 ミーナは左手でぐしぐしと目元を拭った後、俺の左手に頬をすり寄せて「はいでしゅ」と笑顔を見せてくれた。


「ず、ずるい……。そ、その……。わ、私も……」


 オルハが己の指をもじもじと絡めてちらちらとこちらを窺う。

 自分が中心となって三人で手を繋ぐ光景を想像し、さすがにそれは無理だろうと首を振った。


「ミーナ。オルハとも繋いであげて」

「はいでしゅ」


 ミーナがオルハに手を伸ばすと、オルハは顔を軽く膨らませたが、ミーナの手を取って、


「っ……、こ、これはこれで……」


 そう弱々しく呟いた。


 ……ともあれ、ミーナに笑顔が戻ってよかった。

 きっとミーナは、いま、とても不安だろうから。


 束縛と自由。

 どちらかを選べと言われたら、100人中100人が自由を選ぶものだと思っていた。


 昨日までふたりの首についていた束縛を象徴するいましめは、いまは綺麗さっぱりなくなっている。



──



「これから先、俺はふたりに命令をしない。その代わり、ふたりの人生が見つかるまで、俺が一緒にいると約束するよ」


 シュウマツのあった夜、藤間くんから耳打ちされたことをオルハとミーナに伝えると、俺がこんなこと当然じゃないか、と感じていたことだったのに、それまでかたくなに奴隷のままでいたいと言っていたオルハが、首を縦に振った。


「わかりました。ユーマさまを、信じます」


 オルハは目こそ開いて気丈に俺を見つめてくるものの、その声や手は震えていた。


「姉しゃま」


 ミーナは首輪を外す気になった姉を案ずるような、それでいて自分だけ取り残されてしまったように表情を翳らせる。


「大丈夫ですよ、ミーナ。ユーマさまとは、ずっと一緒にいられますから」

「……ほんとう?」

「ええ、本当です」


 オルハはミーナを安心させるように頭を撫で、優しく抱きしめた。

 ミーナは姉の腕のなかで、髪と同じ椛色もみじいろの瞳に涙を溜めながら、弱々しく、しかしたしかにこくりと頷いてくれた。



──



 左手にかかる力はぎゅっと強い。きっとオルハの右手にも同じ力が加えられているだろう。

 これはきっと、主従関係が解消されたことによるミーナの不安と比例した、いじらしく切ない力だ。

 首の縛めがなくなってなお、俺の手に束縛を求める、哀しい力だ。


 ミーナは十歳にしては精神的にやや幼い。

 それも当然だ。


 俺たちは子どもから大人になる過程を学校や家庭で学ぶ。友人や家族が教えてくれる。

 しかし貧民の家に生まれ、物心ついた頃には貴族に売られていたというミーナにはそれがなかった。俺たちとは違い、大人への階段が用意されていなかった。


 奴隷商人に連れられたふたりをはじめて目にしたとき、髪も身体も黒く汚れていたため、姉妹と言われてもなんの違和感もなかった。

 しかしその直後にシャワーをさせ、タオルと衣類を与えると、その印象は変わった。 


 ミーナの髪はすこしピンクが混ざったような明るい赤。

 オルハの髪は水色に近い、明るい青。


『ふたりは、姉妹じゃなかったのかい?』  


 何気ない俺の質問に、ふたりはまるで俺が「姉妹じゃなければ、買った意味がないじゃないか」とでも言っているように聞こえたのか、ミーナは震え、オルハはその場に膝をついて頭を下げた。


 その日の晩、拠点でミーナが寝息をたてはじめたとき、オルハが緊張した面持ちで「お夜伽よとぎを」と口を引き結びながら、買い与えた自らの衣服に手をかけた。


 俺は自分がこれほど鈍い人間だったなんて思ったことはなかった。男が女性の奴隷を購入する……それだけで、オルハとミーナが俺を怖がらないわけがないじゃないか。俺が”そういう意味”でふたりを買ったのだと勘違いしても仕方ないじゃないか。


 一息に服を脱ごうとするオルハを慌てて止めながら、浅はかな劣等感と誰かを救いたいという無責任な願望から、なんということをしてしまったのだろうということに、そのときようやく気がついた。


「ユーマしゃま?」

「お顔が優れませんが……」


 ふたりの声で我に返り「なんでもないよ」と口元をゆるめる。

 俺の左手を握るミーナも、その向こうでミーナの手を繋ぐオルハも、俺に心配そうな視線を向けていることを考えると、どうやら俺の強がりは見透かされているらしかった。


 ちょうど目的の──今日四件めの武具屋に到着したところで、


「ああよかった。ここは開いているね」


 大げさに声をあげて、ふたりの視線を開け放たれた扉に逃がすと、俺はふたりを先導するようにすこし暗い店内へ足を踏み入れた。


 みな祭りに参加しているからだろう、エシュメルデにある店舗はほぼすべてが閉まっており、飲食店であれば広場に屋台が出ているのだが、武具屋はどうにもならなかった。

 渡りに船とはいえ四件め。オルハとミーナの顔にも疲れが見える。


「おお、おお、いらっしゃい!」


 はじめての店だというのに、カウンターからは厳つい顔をしたドワーフがまるで俺のことを知っているかのように顔を綻ばせてやってきた。


「こんにちは。このふたりに合う武器を見にきました」

「おお? どうして異世界勇者さまがケットシーと一緒に?」


 なるほど、シュウマツの空を見ていたのならば、俺の顔を知っていてもおかしくはない。

 そんな当たり前のことに気づかないなんて、どうも今日は調子がよくないようだ。


「私たちは──」

「このふたりは俺の仲間です。今日から一緒に戦闘に出ることにしたんです」


 オルハの言葉を遮るように前に出た。そうしないとまた、自分たちは奴隷です、と、輪っかの消えた首元に手を当てるに違いないだろうから。



──────────

祁答院悠真

LV1/15 ☆転生数2 EXP0/7

HP33/33  SP31/31 MP15/15

▼─────ユニークスキル

エクスカリバー LV3

剣と盾の扱いに非常に大きな適性を得る。

光魔法に適性を得る。

▼─────アクティブスキル

強剣パワーエッジ SP3

強力な斬撃を浴びせる。

十字剣クロスエッジ SP5

高速で十字に斬りつける。

アンデッドに倍撃。

落雷サンダーボルト MP7

指定した敵一体とランダムな敵一体に、計二筋の雷を落とす光魔法。

高潔ノブレス・オブリージュ

すべてのMPを消費して指定した地点に魔法の盾を出現させる。

耐久値は消費したMPとパッシブスキルに依存。

▼─────パッシブスキル

──LV5──

HP、剣

──LV4──

SP、片手剣、盾、攻撃、防御 等

──LV3──

防具、歩行、疾駆 等

──LV2──

☆強靱、○回避、MP、体力、技力 等

──LV1──

☆連撃、魔法、落雷スキル強化 等

──────────


──────────

オルハ

LV1/5 ☆転生数0 EXP0/7

HP9/9  SP5/5 MP11/11

▼─────トライブスキル

ケットシー (Mixed)

開錠、罠解除、加工等に適性を得る。

【夜目】を持つ。


ノーム (Mixed)

大地魔法、農耕等に適性を得る。


エルフ (Mixed)

魔法の扱いに適性を得る。

▼─────パッシブスキル

──LV1──

☆アイテムボックス、農耕、歩行

──────────


──────────

ミーナ

LV1/5 ☆転生数0 EXP0/7

HP6/6  SP14/14 MP5/5

▼─────トライブスキル

ケットシー

開錠、罠解除、加工等に大きな適性を得る。

【夜目】を持つ。

▼─────パッシブスキル

──LV1──

開錠、歩行

──────────



 ドワーフの店主はふたりのステータスをモノリスで確認したあと、ふぅむと赤茶色の顎髭あごひげをしごき、一張りの洋弓──コモンボウを取り出して、ミーナに手渡した。


「いまんとこ、赤い髪の嬢ちゃんにはこれっきゃねえ感じだな」


 店主はモノリスの文字列を指さし、ミーナにはダガーのような小回りの効く武器にも適性はあるが、HPが低すぎて前衛は厳しいだろう、と肩をすくめる。

 ミーナはコモンボウとえびらを握りしめ、緊張の表情をオルハに向ける。


「青い髪の姉ちゃんはどっちかっつうと魔法使い向きだな。でも肝心の魔法が使えねえってなると……」


 そんなミーナの顔がほっと弛緩しかんした。


 オルハの身体には、人間とケットシー、ノーム、エルフの血が混じっている。

 どういうわけかこの世界では、とくに三種以上の混血をいやがる風習があり、以前、大きなスキルブックショップでオルハの【☆アイテムボックス】を購入した際にはエルフの店主が露骨に顔をしかめたものだ。……そのときはふたりがまだ奴隷の首輪をつけていたから、という理由もあっただろうが。


 そういうこともあり、程度は大きく違えど、ミーナと同じように俺も身構えていたから、なにひとつ気にすることなく武器を選んでくれるドワーフの様子に俺も安堵の息をついた。


「勇者さま、期待してるぜ! 嬢ちゃんたちも頑張れよ! ガッハッハ!」


 背中にかけられる声に、ふたりは戸惑いながらも振り返り、深々と頭を下げ、ドワーフの武具店をあとにした。

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