10-Cthulhu Dawn
10-09-慕情、淡雪のように
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4/24 (土) 19:24
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From:兼六高校
To:七々扇綾音
Title:【※重要!】1-Aクラスの継続について
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生徒と保護者のみなさま
先日発生したシュウマツの影響で、アルカディアに参加する生徒数が大きく減少し、1-A (アルカディア特進クラス)の継続が難しくなりました。
つきましては、来週4/26 (月)にクラス替えを実施し、1-Aに在籍している生徒全員を割り振り、1-B~1-Gクラスに編入させる運びとなりました。
ギアに関しては返却の必要はありません。生徒の希望があれば継続して使用のうえ、このままアルカディアに参加することができます。
なお本校では、アルカディアでともに成長する仲間との絆を深める場として、鳳学園高校がもっとも相応しいと考えております。
本校は鳳学園高校との縁も深く、同校への編入手続きのサポートも行なっております。
大変急なことで恐縮ではありますが、ご希望のかたはメールフォームから速やかにご連絡ください。
Link http//Kenrokuhs.coo.jpn/Mail
なお、ご質問がありましたら以下のリンクからお問い合わせください。
Link http//Kenrokuhs.coo.jpn/contactus
まことに心苦しい限りですが、何卒宜しくお願いいたします。
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ここはエシュメルデの西側にある山の
鉱山都市ディアレイクへと続く山道は普段多くの人が行き交う主要の通行路だそうだが、シュウマツやお祭りの影響だろうか、いまは私たちのほかには木々や草、緩やかな上り坂しかなかった。
そんな街外れの閑散とした場所で、私たちはリディアさんから魔法のレクチャーを受けていた。
「魔法はイメージ。ちからをかりる精霊をイメージして、発動する魔法をイメージして、どのような効果をおよぼすかをイメージして、さいごに勝利をイメージする」
シュウマツにおいて、結果として私たちは勝利を収めたものの、同時に大きな無力感が残った。
イメージスフィアを確認し、最後まで諦めずに闘った、とお……ふじ、ふ、と、透くんの姿を見て私から流れた涙には間違いなく、自分がもっと強ければ、という
彼にこんなことを話してもきっと「そんなことねえ」とか「勝手に落ち込んでんじゃねえ」なんて言って、優しく顔を逸らすのだ。
しかし私がそれに甘えてしまっては、彼の後ろをついていくだけになってしまう。
それは、いやだ。
私も、灯里さんも、そしてきっと足柄山さんも──彼の隣に並びたくて、いまこうして彼と
「ふぎぎぎぎ……」
足柄山さんはイメージにどうにも苦戦しているようで、火も氷も光も闇も、なんの精霊の力も借りられない様子だった。
かく言う私も氷魔法以外の攻撃魔法を持たないまま、火や光といった魔法のイメージが湧かず、苦戦していた。
「たとえば、火ならだんろ、氷なら雪をイメージして。いかりやかなしみでもいい。できるだけこまかくそうぞうして」
火……火……
暖炉……レンガづくりの炉があって、煙を吐き出すための煙突があって、薪をくべて、火をつけて──
そこまでイメージして、集まっていた”なにか”が私から一斉に離れてゆく。
またこれだ。
イメージするうえで、物事の仕組みを理解することは大事なのだろうけれど、私はどうしてもそのファクターに時間と脳を割きすぎてしまう。
火のイメージが固まったころには時間切れ。精霊は業を煮やして消えてしまう。
「「はぁ……」」
隣にいた灯里さんと私のため息が重なった。
目が合って、彼女は照れくさそうにはにかんでみせる。
……どうしてこうもいちいち可愛らしいのだろうか。
これがすこし前に流行した「女子力」というものなのだろうか。
そんなものを持ち合わせておらず、可愛げのない私は笑顔の代わりに質問する。
「難しいわね。灯里さんは
灯里さんは考えるそぶりも見せず、しかし可憐な顔に
「はんだごて」
「はんだごて? はんだづけする際に使用する器具のはんだごてかしら?」
「うん、はんだごて。えへへ……」
まだアルカディアに来て日の浅い私がこんなことを言うのも変だが、はんだごてから魔法の力を借りようとする魔法使いは過去にも未来にもこの子くらいだろう。
これはあれだろうか。”ぎゃっぷもえ”というやつだろうか。
清楚で可憐で非の打ち所のない美少女──灯里伶奈の涼やかな口元から”はんだごて”なんて意外な言葉が零れるギャップに対する萌えの要素なのだろうか。
実際、私はのたうち回りたくなるくらいこの子のことを可愛いと思った。女子の私ですらこうなのだから、男子──と、透くんなんてきっとイチコロだろう。
私にも、こんな可愛いことができるだろうか。
目を閉じて妄想してみる。
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透くん「綾音は火といえばどんなものをイメージする?」
私 「
(了)
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「あ、綾音ちゃん、どうしたの!?」
「七々扇さん、どうかされましたかっ」
真っ赤になった顔を覆い、
いったいなんなのだろう、この私の可愛くないチョイスは。
これでも生物学上は一応メスのはずなのに。
ついでのように透くんにファーストネームを呼ばせてしまったことに対する
「綾音。いまの、わるくなかった」
そんな私にリディアさんの声がかけられて「はい?」なんて情けない声を出してしまう。
「綾音がそうぞうした火のイメージにマナフライがはんのうした。もうすこし」
私が想像した火のイメージとは、まさかいまの赤面のことではあるまい。
三国志において有名な赤壁の戦い。
長江を南下する、二十万ともいわれる
諸説あるが、数で大きく劣る孫権軍が、油と
思い浮かぶ、炎のイメージ。
広大な川の上で、いくつもの船に炎が燃え移ってゆくイメージ。
私は立ちあがり、カッパーロッドを構えた。
「炎の精霊よ、我が声に応えよ──」
凄まじい魔力が集まっていることがわかる。
このまま、力を借りるイメージ──
「我が力に
──と、ここで魔力の奔流は途絶えた。
精霊を形成する魔力の源──マナフライが一斉に散ってゆく。
「わ、綾音ちゃん惜しい!」
「すごいですっ」
灯里さんと足柄山さんはそう言ってくれるが、同時に、失敗した理由に思い当たる。
「いまのはイメージがおおきすぎた」
リディアさんの言うとおり。
長江が燃え上がるほどの炎を私ごときが?
水上火災を献策した、孫権軍が誇る軍師・
これも諸説あるが、炎を広げさせる神風を吹かせた
そうやって”私なんかに”と自分をいまいち信用できないことも不調の一因なのだろうという自覚はあったが、こればかりはどうしようもない。
「七々扇さんは氷魔法が得意ですよねっ。氷魔法を使うときはなにをイメージしているんですか?」
足柄山さんが額の汗を拭いながら首をかしげた。
「私は金沢に住んでいるのだけれど、かなりの豪雪地帯なのよ。だから──」
そこまで言いかけて、赤面とともに言葉尻はもにょもにょと溶けてゆく。
「雪なんですねっ。いいですねぇ、千葉はなかなか雪が降りませんのでっ」
「雪、雪かぁ……。やっぱりグラスに入った氷じゃだめかなぁ……」
ふたりは雪のことだと勘違いしてくれて、それぞれ自身の思考へと旅立っていった。
いや、間違い、ではないのだが。
さすがに、言えない。
氷のイメージが、小さいころ、透くんといっしょにつくった雪だるま、だなんて。
『あははっ、藤間くんっ! あはははっ!』
『綾音ちゃん、笑わないでよっ……!』
『だって、目と目が離れすぎてっ……!』
『そ、そうかな? ところで、雪だるまの足ってどうするんだっけ?』
『いらないっ、いらないよ……! あははははっ!』
あの頃は、毎日が楽しくて仕方がなかった。
ランドセルを背負って、なんの後ろめたさもなく学校へ向かい、行きも帰りも彼が横にいて。
『いつも優しい藤間くんが好きっ!』
『え、ええっ!? ……う、うん、ありがとう、綾音ちゃん』
──自分の気持ちが恋だと気づいても、この眩しいほど純粋な道はずっと続くものだと思っていた。
ア イ
ツ さ
エ 現
レ な
け
れ バ 。
強烈な怒りのイメージ。
ボコボコと湧きあがるマグマが私の胸のなかでグツグツと煮えたぎる。
「綾音、すごい」
自分でも胸のなかに炎のイメージが膨らんでいることがありありとわかる。
しかし杖を構える前に、マグマのイメージは大きな氷の塊に押しつぶされ、ジュウと音をたててあっさりと消えていった。
マグマのような
どれだけ愛おしい思い出も、怒りと哀しみがかき消して、残った感情同士がぶつかりあい、それらも消えてゆく。
ぽっかりと空いた胸の
私はただ、指先に付着するほど粉々になった大切な思い出の欠片を集めて、朝顔が踏みつぶされなかった未来を諦観しながらも醜く妄想し、それを力に変えているだけ。
『それ、いま壊したから』
透くんは私が背負う十字架──私が透くんを歪めてしまったという後悔を壊してくれたけれど、醜い私は、あのときああしていれば、いまごろ透くんと私は
ああ、醜い。
この期に及んで自分のことしか考えられない自分が、きらいだ。
あのとき勇気を奮えなかった自分が、きらいだ。
透くんから元気をもらった次の日にはこうして落ちこんでしまう自分が、きらいだ。
ロマンチストにはなりきれず、妄想は妄想だとすぐに気づいてしまい、指ですくい集めた雪もたちまち消えてゆく。
一旦ネガティヴのスイッチが入るとどこまでも落ちてしまう──私の悪い癖だとわかっていても、私はそれを振りほどく力など持っていなかった。
ネガティヴのスイッチがあるのなら、時を戻すスイッチも用意してほしかった。そうすれば、こんどこそ私は勇気を奮い、透くんを守ってみせるのに。それどころか、うさたろうだって、澪さんだって、あいつに踏み潰された朝顔だって。
兼六高校から、透くんたちの通う学校──鳳学園高校への編入案内が届いても、それは石川から千葉への逃げなのではないかとか、あるいは私が転校することであいつまで鳳学園高校へ編入を決めたらどうするのかとか、ここでみんなに相談することがそもそもの逃げなのではないかとか、考え込んでしまう。
そうやって醜い妄想を繰り返し、自分の無力を嘆いては落ちこんで──そんな私の手を、柔らかいなにかがそっと包んだ。
「七々扇さんっ」
足柄山さんだった。彼女は両手で私の手をきゅっと握り、微笑んだ。
「ふふっ……誰かさんといっしょな顔をしてます」
その誰かさんの名前なんて、訊くまでもなかった。
「もしよろしければ……聞かせていただけませんかっ。お悩みのこと。話せば頭もすっきりするかも知れませんし」
足柄山さんは本当に優しい。
大きな瞳は好奇心に満ちているものの、表情からは私を心配してくれているのがありありと見てとれる。
灯里さんも「休憩」とひとこと呟いて、リディアさんも私の近くにある切り株に腰を下ろした。
……こんなことを話してもいいものだろうか。
三人を信用していないとか、そういう話ではない。
リディアさんはともかく、灯里さんや足柄山さんに透くんのことを話すのは、なんというか……ルール違反、なのではないだろうか。
私は短くない時間悩んだあげく、頭を下げた。
「……ごめんなさい。大丈夫だから」
「そうですか、わかりましたっ」
「わかっちゃうんだ!?」
あっさりと引き下がった足柄山さんに、灯里さんが驚いた顔で大きな声をあげた。
……あの、こういうときって、もうすこし突っこんでくるものではないかしら?
どうみても大丈夫に見えませんよ、とか、そんな顔をしていたら集中できない、とか。
「もしも七々扇さんが話したくなったら話してくださいっ」
大きな目や胸元で握った両手は、本当は気になって仕方がない、と言っている。
それなのに足柄山さんはきっと私のことを優先して、我慢してくれているのだ。
いったい、なんなのだろうか、この可愛い生きものは。
灯里さんとはまた違う愛くるしさが私の胸にそっと沁みてゆく。
強くならなければ、と緊張しきっていた身体が柔らかく溶けてゆく。
「……そうね。すこし、聞いてもらえるかしら」
「はいっ」
足柄山さんも灯里さんもリディアさんも笑顔になって頷いてくれた。
私は獅子王が転校してくる前──透くんと私の無垢な思い出の欠片を拾い集めながら、ゆっくりと言葉に変えてゆく。
家族ぐるみで仲良しだったこと。
澪さんのこと。
三人で遊んだこと。
透くんとふたりで遊んだこと。
降りしきる雪のなか、透くんが口を開けて空を仰いでいたこと。
ふたりで雪だるまをつくったこと。
かまくらをつくって、ふたりでこっそり一晩を明かそうとして叱られたこと。
私の頬を、一筋の雫が伝った。
不思議と、いやな気はしなかった。
その刹那、自身に変化が起きたことに気がついた。
──そして私は、新しい力を手に入れた。
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