01-06-これは、ときめきなんかじゃない
ベッドは部屋の両端に置かれており、その横に金庫兼アイテムが収納可能なストレージボックス、部屋の中央に共同の作業台。ドアの反対側、ふたつある両開きの窓際の壁には首ほどの高さのステータスモノリスが設置されている。
思ったよりも広く、天井がやや低いこと以外は不満のない、良い部屋だった。
「どっちのベッドがいい?」
「どちらでも構いませんっ、寝床をいただけるだけで幸せですっ」
ならば、と奥のベッドに座り、現れたウィンドウから拠点変更を終えると、続けてベッドの隣のストレージボックスにも触れ、所有者を自分の名前で登録した。
「足柄山、これ開けてみろ」
「この箱ですか? よいしょっ……。……? ふぎ、ふぎぎぎぎ……あ、開きませんよっ」
「よし、もういいぞ」
演技には見えないし、持ち上げることもできない。かといって俺が触れればすぐに開く。金庫としての役割はじゅうぶんに果たしてくれそうだ。
「わたし、盗んだりしませんよっ」
「ああ。でもこれで万が一すくなくなってても、お前を疑わないで済むだろ? お前も手に入れた金とか貴重品は絶対にこのストレージボックスに入れておけよ。つまらない疑いをかけられたらたまらん」
そう言ってから、この部屋に悪臭がたちこめているのが気になった。
いや、部屋に入ってすぐは気にならなかった。ということは、俺たちが入ってから悪臭の原因が現れた、ということになるが……。
「…………足柄山」
「はいっ」
「あ、お前だわ。くさっ。最後にシャワーしたのいつだよ」
「がびーん! ちゃんと毎日お風呂入ってますよぅ!」
「……アルカディアでは?」
「……? アルカディアにシャワーあるんですか?」
あるんですか……? ときたもんだ。
この酸っぱいような、それでいて獣臭いような悪臭を目の前にいる女子が撒き散らしていると知り悲しくなった。一週間ちかくシャワーをしてないとかマジでヤバいだろ。
俺は小銭袋から20カッパーを取り出して渡す。
「藤間くん、これは?」
「シャワー10カッパー。タオルが10カッパー。お前タオルなんて持ってないだろ」
「えっ……いい、んですか?」
潤んだ瞳に首肯で応える。礼はいい。さっさときれいさっぱりしてきてほしかった。一週間ぶんの悪臭を落としてきてほしかった。
「シャワー施設は宿の隣にあるから」
教えてやって、部屋からアッシマーを追い出す。次いで窓を開けて悪臭をも追い出すと、ちょうど宿から出た、きょろきょろと辺りを見渡しているダークブラウンの髪が目に入った。
「右だ、右」
不安げな表情が振り返り、ぱあっと明るくなる。俺が指さす方でシャワー施設を発見し、俺に大きく手を振ってから、建物の陰に身を隠していった。
──
─────
《採取結果》
─────
30回
↓補正無し
30ポイント
─────
判定→D
エペ草×2を獲得
─────
「っし……!」
「坊主、上手くなってきたなぁ! ガハハハハ!」
コツを掴んできた。もはやエペ草マスターと呼んでくれてもかまわん。D判定だけど。
採取とは、採取用手袋を装備した状態で採取スポットをタッチすると開始する"ミニゲーム"である。
《採取を開始します》
採取スポットの周囲の地面、その一部分が白く煌めく。
「よっ……!」
光った床をタッチすれば、また別の床が光る。
「ほっ……」
いわゆるモグラ叩きの要領である。
これを一分間繰り返し、タッチできた回数で……。
─────
《採取結果》
─────
31回
↓補正無し
31ポイント
─────
判定→D
エペ草×2を獲得
─────
「はっ……! はあっ……! よしっ、またふたつ……!」
やはり経験を積むことで上手になってきている。連続でD判定だ。
これでエペ草は十枚になった。アッシマーはどうかな、とすこし離れた採取スポットを見やると、
「ふぎぎぎぎ……」
苦戦しているようだった。
「足柄山、交代するぞ。無理して難しいライフハーブをとってんじゃねえ。いいか、すべてはエペ草からはじまるんだ」
「なんだか得意げ! うぅ……でもわたし、ユニークスキルのぶん、藤間くんより有利ですし、がんばらないと……」
「あほ。与えられた力に溺れてんじゃねぇ。いくつ集まったんだ?」
「ふ、ふたつ……です☆」
「はいアウト。お前今日はエペ草だけとってろ。しかも大して可愛くないからその顔二度とするな」
「がびーん!」
あざとい顔って言うのは、可愛いやつがするからあざと可愛くなるんだ。
そういう意味でアッシマーは微妙なラインだった。
……まあもっとも、だからこそ、俺はアッシマーを突き放さなかったんだ……と思う。
《採取を開始します》
自分の性格の悪さがいやになり、疲れた身体に鞭を打ってライフハーブの採取を開始する。
せっかく手に入れた作業台。アッシマーのスキルを利用して、エペ草とライフハーブを薬草に調合して売却する……それが今日の目的だ。十枚集めたエペ草と同じ量のライフハーブを集めなきゃならない。
「よっ、ほっ、ほっ……!」
「ぁ……藤間くんすごい……わたしよりもずっと上手ですっ……」
アッシマーの声に反応する余裕なんてない。
今はただひたすら白い光を探しながら、高速で手を動かすのみ。
「あっれー? 地味子と藤木じゃん」
「ぁ……高木さん……」
俺はアッシマーが弱々しく呟いた『タカギサン』というのが誰なのか知らない。
しかしまぁ、アッシマーの反応と、相変わらず俺の苗字を間違えていることから、トップカーストの女子のどっちかだなと、白い光を探しながら推理する。
「藤木、地面でなにやってんの? キモ。虫みたい。ぷっ、キモ」
悪いかよ。
こちとら生きるために必死なんだよ。
生き残るためには何にだってなってやるよ。カサカサと虫みてぇに動いてやるよ。あと藤木って誰だよ。
こちとらお前らがどう思おうと……
「……き、キモくない、です」
「あ?」
「えっ?」
「えっ……」
「……ぁ?」
─────
《採取結果》
─────
20回
↓補正無し
20ポイント
─────
判定→E
ライフハーブを獲得
─────
ぎりぎりで成功した報酬を地面に捨ておいたまま、顔を上げた。
そこにはクラスのトップカースト六人がいて、それにただひとり、何の得もありゃしないのに、震えながら立ち向かうひとりの少女がいた。
唖然とする六人。
彼らからすれば、決して吠えることのない犬に吠えられた気分だろう。
……でも。
……でも、一番驚いたのは。
「ふ、ふーん? ま、地味子と藤木ならお似合いなんじゃねーの?」
どこまでも自分が上じゃないと気に食わないのか、ビッチAは最後に悪態をついて身を翻す。
数人は呆気に取られたまま、それに倣って背を向けた。
最後に残ったのは、灯里伶奈。
「ぁ、その、ごめん、私……」
肩を震わせたままのアッシマー。
採取を終え、しかし
俺たちふたりが灯里伶奈に向ける目線は、ほかの五人に向ける目線と、なにひとつ変わらない。
「ぅ……」
灯里は端正な顔にきっと戸惑いと躊躇い、そしておそらくは後悔を刻んで、
「伶奈ー! なにやってんのー?」
「ぅ……」
もういちど狼狽したような声を漏らし、俺たちに頭を下げて去っていった。
へなへなへな、というオノマトペがしっくりくる様子で、アッシマーが座り込む。
「あー……怖かったですぅ……」
「お前……」
それは、どれだけの勇気だったろうか。
むき出しの悪意に向き合うのは、どれだけ怖かっただろうか。
陰キャは他人を庇わない。
誰かがそんな目にあっていたら、目を伏せ、顔を伏せ、なんなら腕も伏せて寝たふりをする。
自分の世界を守るために。
だから虐められているアッシマーも、勝手に陰キャだと思っていた。それは違ったのか。
それとも、無理をしてでも守りたい何かがあったのか。
ここまで言えばじゅうぶんだろう。
アッシマーの声に一番驚いたのは、きっと俺だった。
ほっときゃいいのに。
聴こえないふりをすればいいのに。
明日、学校で何言われるかわかんねえぞ。
俺だって"あの日"奮った自らの勇気を後悔しているくらいなんだ。
腰が抜けるくらい緊張し、俺への悪意をかばうように立ちふさがってくれたアッシマーに、俺は……
「お前……馬鹿だろ」
この後に及んでも素直になれず、毒を吐く。
「たはは……そうかも知れないですぅ……」
「俺なんかほっときゃいいのに」
行き倒れる手前で拾ってもらった恩義からなのか。それとも、あいつらに言っても自分ならば大丈夫というなんらかの確証があったのか。
「ふぇぇ……でもでも、こういうとき、誰も助けてくれないの、つらいって知ってますから……」
そのどちらでもなかった。
「それは……お前の話だろ。俺も一緒だと思って、勝手に憐れんでんじゃねぇよ」
俺に毒を吐かせるのは、怒りでも苛立ちでもなんでもない。
とまどい、だった。
俺となにかを天秤にかけられて、生まれてはじめて俺の身体が下がったことに対する、とまどい。
どっ、どっ、どっ、どっ……。
なんだ、これ。なんだよこれ。
「えっ、藤間くん、どうしましたかっ? お胸、苦しいですか?」
大して綺麗でもない、地味な顔が近づいてくる。
「ちょ、やめろ」
言っておく。誓って言っておく。
神なんて信じてないから、己に誓って言っておく。
これは、ときめきなんかじゃない。
……ただ。
『どうすれば、信じてくれるの?』
灯里伶奈の問い。
他人を信じるって、難しい。
……でも。
俺はこのときたしかに、自分以外の誰かを信じてもいいと……そう、思った。
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