01-07-勝手に特殊な性癖をつけるんじゃねえ

 窓から黄昏が差しこんでいる。

 宿の自室。夕焼けが照らす作業台の上を、俺とアッシマーは緊張の面持ちで見つめていた。


「じゃ、じゃあ、いきますっ……!」


「お、おう、調合成功率は?」


「70%ですっ……!」

「はいストップちょいまてすこし離れろ」


 口で言っても構えを解かないため、アッシマーの背後から脇の下に腕を突っこんで抑えた。


「あっ……藤間くんっ……! ああっ、やあんっ……!」


「変な声だすなコラ隣に聞こえたらどうすんだあほ」


 じたばたと抵抗されたものの、どうにか作業台から離れさせることに成功した。


「な、なんで邪魔するんですかぁ……」


「いや待てや。70%? 63%の俺とたいして変わらん、ってどういうことだよ」


「そ、そう言われましてもっ。まだ駆け出しですのでっ」


「いや俺だって未経験だっつの」


「あはっ、わたしも初めてです。おなじですね?」


「なあわざと? わざとそんな言いかたしてんのかコラ」


 つまらん茶番はさておいて。


 これは予想外だった。調合が得意になる【アトリエ・ド・リュミエール】というユニークスキルを持ってるっていうから、初歩の調合らしい『エペ草×ライフハーブ=薬草』なんてレシピ、普通に100%だと思っていた。


「藤間くん、もういいですかっ」


「いや落ちつけ。ええっと、5カッパーのエペ草と7カッパーのライフハーブをそのまま売ったら12カッパーだろ。さっき、薬草ひとつが16カッパーで買いますって看板が出てたから……」


 75%。

 ここにある二十ずつのエペ草とライフハーブを消費し、十五個成功すればトントンだ。十六個成功で初めて儲けになる。


「そのまま売るか。70%じゃ分が悪い」


「ちょーーーーーーっと待ってください! それじゃあわたしがいる意味が無くなっちゃいます! そ、それじゃ困ります! も、もしかして、役立たずのわたしのことをあとでひどい目にあわせるつもりでは? エロ同人みたいに!」


「落ちつけ。大声で下品な言葉を叫ぶのをやめろ。知ってる? まるでお前が困ってるような言いかたしてるけど、ここで誰かが乱入してきたら悪いの俺になるんだぜ? 現実どころか異世界も終わってるよな。つーかお前最後のひとこと言いたいだけだろコラ」


「調合させてくれないと叫びますっ! ひどいこといっぱいされたって言います! 藤間くんが右乳首ばっかり執拗に責めてきたって言いますから!」


「勝手に特殊な性癖をつけるんじゃねえ! 恐ろしい女だな!」


 泣き顔で低い身長に似合わぬ巨大な胸部装甲を両手で隠すアッシマー。くっそ、マジでビームサーベルで撃墜してやろうか。


 ……と、ここでノックの音。


「あんたら、仲良しなのは結構だけど、すこしくらい声を……ってあれ? なにもしてない」


 女将だった。どうやら俺達が"そういうこと"をしていると思い、プレイ中の声が大きいと文句を言いに来たようだった。即座に誤解を解く。


「あっはっはっは! なんだいそういうことかい。ふーん、で、早速調合ね。嬢ちゃん初めてなんだろ? パッシブスキルは覚えたのかい? 適性があるんなら、基本のスキルくらいは習得できるだろ?」


「??」

「??」


「え、なにその顔。あんたら異世界勇者なんでしょ?」


 異世界勇者なんでしょ?

 女将の質問にはきっと、異世界勇者ならそういうことの下調べくらいしてるでしょ? という意味が大いに含まれている。

 もちろん下調べはしてある。しかし、


「まあ……そうですけど。でも俺たち、まだモンスターを倒せないんで」


 パッシブスキルというのは、歩行、戦闘、採取、魔法、調合、といった、アルカディアでの行動を有利にしてくれる便利なスキルのことである。


 習得には、対応する行動の経験、適性、そしてスキルブックが必要になる。


 たとえば採取のスキルなら、まず手先の器用さだったり反射神経などの適性、或いはユニークスキルによる補正が必要になり、次いで経験が必要になる。この経験というのは、高い適性があれば、実際に採取を行なわなくても良いらしい。例えば誰かの採取を見たり、脳内で想像するだけで習得可能になるそうだ。


 そして必ず必要になるのが、採取のスキルブック。適性やら経験やらを積んだ状態でこのスキルブックを読むことで、ようやくパッシブスキルの習得となる。


 ……で、問題なのがこのスキルブックをモンスターがドロップする、という点である。モンスター討伐時に出現する木箱に入っていることがあるのだが、諸兄もご存知の通り、俺はモンスターを討伐したことがない。だからスキルブックなどを持っているはずがないのである。


「そうなんだ。どうりでふたりともLV1なわけだよ」


 ちなみにモンスターを倒し、RPGのように経験値を得なければレベルアップはできない。この生活を続けていても、生涯LV1のままだ。


「なら、ショップで買えばいいじゃないのさ。ま、あんたらは金なさそうだし……」


「え、売ってるんですか?」


「え、売ってるけど」


 えぇ……? 頼りにならないwikiにはそんなこと書いてなかった気がするんだけど……。


 掲示板には、


──────────

《スキルブック急募》

【求】☆アイテムボックスLV3

【出】24シルバー50カッパー

 ──────────


 みたいな感じで書かれているのは見かけるけど。

 でもほら、人対店じゃなくて、人対人の取引ってなんか緊張するじゃん? 俺にできるわけないじゃん? ほら初対面ってあれじゃん?


「武器や防具や素材屋と違ってスキルブック専門店は珍しいからね。……小さい店でよかったら紹介するけど。あんまり高いレベルのスキルブックは置いてないけど、逆に低レベルは充実してる。なにより店主が世界一可愛い」


 最後の情報以外は耳寄りだ。どちらにせよ今の俺たちじゃ低レベルのスキルブックしか読めないだろうし、浅く広いラインナップのほうがありがたい。


「じゃあお願いしてもいいですか?」


「ん。そんじゃついてきな。お金を忘れないようにね。貴重品はちゃーんとストレージに仕舞うんだよ」


 宿の女将らしいようならしくないような台詞に押されるようにして、俺たちは宿を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る