01-05-いま思えば、これがはじまり

 足柄山沁子あしがらやましみこ……通称地味子が転げるように宿の入り口から飛び出してきて、


「げ、アッシマー」


 地味子じゃ可哀想だと、脳内でつけたあだ名を思わず口にしてしまったのが俺の運の尽きだった。


「ふぇ……藤間くん?」


 泣きそうな顔がこちらを向く。

 地味子と言われるだけあって、地味めの顔立ち。もこっとした癖のある黒髪。しかしまあ潤んだ瞳は大きく、庇護欲がそそられないこともない。


「おや、204号室のあんちゃん。今日は早いね。ところでこの子知り合い? さっきから金もないのに泊めてくれってうるさくて……あんちゃんからもなにか言っておくれよ」


 俺からすれば割と友好関係を築いている気がしなくもない女将がファンタジーらしい唐紅からくれないのポニーテールを揺らし、切れ長の目を俺に向ける。


「足柄山……さん、金、ないのか?」


「うっ……いまは……ない、です。……しかし必ず! 必ず出世払いしますので……!」


「ダメだっつってんでしょ。必ず払うならいますぐ身体でも売って稼いできな。顔はそれなりだけど、その身体なら結構稼げるでしょ」


「そ、それだけは! わたしまだ経験ないので! なにとぞ! なにとぞお願いします!」


 女将は「これだよ」と俺に向かって肩をすくめた。仕方なくアッシマーに声をかける。


「なあ、出世払いって何をしてどう出世するつもりなんだ?」


「わ、わたし、ユニークスキルがアイテムに関するスキルなんです。ですので、採取で得たものを調合したり錬金したり……それで自分のお店を持って、エシュメルデでいちばんのアイテムショップを作りたいんです!」


「気が遠くなるな」


 今日明日じゃなくて年単位の話じゃねえか。それを聞いた女将は「話になんないね」とため息をついて、


「んじゃあんちゃん、あとよろしく」


「あっちょ、女将さん、あっ、おーい……」


 バタン。

 その音は入口の扉を閉めた音だったにもかかわらず、俺には「その子をなんとかするまで入ってくんな」という副音声がはっきりと聞こえた。


「じゃ、そういうことで」


 今を逃せばこいつから逃げられなくなる。そう思って扉へ駆け寄るが……。


「ま、待ってください! 藤間くん、わたしを雇いませんか? こう見えてわたし、意外と役に立ちますよ!」


「心から要らねぇ」


「ほ、ほら! 意外と力持ちですし! 意外としぶといですし! モンスターに襲われたとき、わたしがいれば30秒は足止めできますよ!」


「それお前死んでるよな」


 こいつダメだ。

 格好は俺と同じ上下ボロギレ。ようするに、俺と同じドロップアウト組だ。


 異世界アルカディアへ転移する権利は高校の入学と同時に与えられる。今日で入学から一週間とすこし。いまだにこの格好ってことは、どう考えても落ちこぼれ。


 なんとか生活の基盤を維持してきた俺よりも落ちに落ちた最底辺。

 俺にも自分が最底辺だという自覚はあるが、アッシマーはピラミッドの最底辺でありながら、しかしピラミッドをつくる為の石を運ぶ奴隷にまで堕ちているように見えた。


「つーかお前、学校でつるんでる奴に頼めよ」


「ぅ……できないのわかってて……いじわる……」


 あー、これは俺が大人気なかった。

 やけに勢いがよかったからパリピだと勘違いしてたけど、クラスじゃこいついじめられっ子……とまでは言わないが、よくいじられてるやつだったわ。


「ぅぅ……」


「いまのは俺が悪かった。……で? なんで真っ先に寝床を探してんだ? それよりも必要なもの、もっとあるだろ」


 例えば靴。

 俺も裸足だが、アッシマーも裸足だった。

 俺の場合購入したのだが、先日モンスターに殺された際にロストした。くっそあのコボルト。


 例えば服。

 宿代は20カッパーだが、30カッパーでコモンシャツという安物の服が購入できる。ボロギレを纏っているせいで、乞食感半端ない。俺も人の事は言えないけど。


 例えば食い物。

 さっきから『ぐー』と腹の音が鳴りまくってるんだけど。女子としてそれどうなの。


「その、拠点がないと、死んだらその日が終わってしまいますから」


「あー……まあそうだけど」


 死んでも二時間後に拠点で復活する世界。

 しかし拠点がなければ復活できる場所がないため、強制的に現実に戻されるのだ。


 翌日以降アルカディアへ再び戻るには、現実で市役所へ行き、正規の手順を踏んで再転移の申請をしなければならない。

 そうすれば所定の位置で1シルバー……100カッパーを持った状態でめでたく復活できるというわけだ。


 幸いにも俺はまだ経験していないが、その手続きが面倒で、そのうえ二週間ほどかかるらしい。


「やっとアルカディアに参加できる年齢になったのに、二週間も足踏みなんていやですっ……!」


「いやですっ……! って鼻息荒くして言われてもな……」


 一泊20カッパー。

 クラスメイトであるこいつの為に払ってやれない額ではない。

 しかし、単なるクラスメイトに払ってやる道理もない。


「一応訊く。お前、この宿に泊まれたらどうすんの?」


「はいっ、拠点登録が済みしだい、採取に行こうかと! そして20カッパー以上稼いで、藤間くんにお返ししますっ」


「ねえ待って、勝手に俺が貸す前提で話を進めないで」


「あっ……! わたし、いいこと思いつきました!」


「いいこと? ……あ、やっぱいい。言わなくていい」


「藤間くんはこの宿に泊まってるんですよね? わたし、藤間くんのお部屋の床に寝させてもらえませんか?」


「言わんでいいって言ったのに……」


 想像通り、頭の悪い発想だった。


「却下。だいたい拠点って寝床で設定されるから、床じゃ拠点にならないだろ」


「なら、藤間くんのベッド、一瞬だけ貸してもらえませんかっ。拠点の登録さえさせていただければわたしは床で構いませんのでっ」


「あほ、それだと俺が死んだらどうすんだよ。基本的にひとつの寝床はひとりの拠点だろ」


「うぅ……。じゃあ……うぅ……」


 どうやらもう万策尽きたらしい。


「あれ、あんたらまだやってたの?」


 呆れた顔の女将がホウキを持って現れた。


「いっそのこと二人部屋に住んだら? 二人部屋ならふたりで30カッパーだし、ベッドもストレージボックスも各自の分あるし、部屋にはステータスモノリスもあるよ。……あ、いまならちょうど作業台のある広い部屋も空いてるけど」


 いやいやないない。…………ん?


「作業台がついてるんですか?」


「うん。低ランクの調合や加工、錬金やエンチャントなら余裕でできるよ」


「藤間くん作業台ですよっ! これはもういくしかなくないですか!?」


 アッシマーがうるさい。


 ……それはともかく、作業台はありがたい。


 エペ草は5カッパー。

 ライフハーブは7カッパーで売却できる。

 ふたつ合わせれば12カッパーだが、作業台を使って『調合』を行なうと、このふたつが合わさって『薬草』になるらしい。


 薬草の売却額は頼りにならないwikiによれば14~17カッパー。1セットあたり2カッパー~5カッパーの儲けだ。


 作業台が使えるようになり、アッシマー……調合士までついて一日10カッパーなら損はない、か。


「おい、足柄山」


「はいですっ! ……って、さっきはさん付けだったのにもう呼び捨て!?」


 こいつは自分の立場をわかってんのか。


「お前、ユニークスキルは?」


「アトリエ・ド・リュミエールといって、採取、生産、調合や錬金が得意になるスキルですっ。あとはアイテムを使うときの効果が上がったり、えと、あとは……モンスターを倒した後に出る木箱の開錠も得意ですっ。あとはあとは……そう、報酬! モンスターをやっつけたときの報酬が増えますっ」


「よし、ならひとまず、一週間だけ雇ってやる」


 俺がそう言うと、鬼気迫る表情はぽかんと口をあけ、


「い、いいんですかっ」


「いっとくが、タダで住まわせるわけじゃない。きっちり働いてもらうからな」


「はいですっ!」


 こうして、俺とアッシマー……足柄山沁子あしがらやましみことの共同生活がはじまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る