01-04-お前らのほうがよっぽど陰キャじゃねえか

「じゃあみんな、行こう!」

「「おうっ!」」


 トップカースト六人は勇敢に南門を潜り、門付近まで追いかけてきたコボルトと対峙する。

 しかし彼らよりも勇敢なのはモンスターだ。たった一匹であるにも関わらず、六人もいる彼らに槍を掲げながら突っ込んでくるのだから。


亜沙美あさみ香菜かな

「あいよっと!」

「えいっ」


 イケメンAの号令で、ビッチABが同時に洋弓から矢を発射した。その片方が目に突き刺さり、コボルトは悶えて足を止める。


「いまだっ!」

「「おうっ!」」


 剣や槍を構えて突っ込んでゆくイケメンたち。


「グルァァッ!」


「くっ……」

「こいつ、うっぜぇ!」

「はよ死ねっつーの!」


 コボルトは片目を負傷しながらも、死にものぐるいで槍を振りまわし、イケメン達を近づかせない。


悠真ゆうま慎也しんや直人なおと、どいてっ!」


 ビッチAの声で、三人の前衛が理解したようにサッと退く。それは後ろに下がるというより、後衛からの弾道を空けた、といったほうが正しい。


「炎の精霊よ、我が声に応えよ」


 それは、詠唱だった。


「我が力にいて顕現けんげんせよ。それは敵を穿うがつ火の一矢いっしなり


 水平に構えた灯里伶奈の杖から魔法陣が現れる。風がそよいで、やがて強く、彼女が羽織はおる白のローブをはためかせてゆく。


「火矢(ファイアボルト)」


 爆発と射出がい交ぜになったような音がして、魔法陣から一筋の炎の矢が勢いよく発射され、その眩しさに思わず手をかざした。

 炎の矢は洋弓から出たものと比べものにならないほど速く、力強く、


「ギャアアアアアアッ!」


 コボルトの胸を貫いて爆発した。


「っしゃあ! 行くぞオラァ!」

「抵抗しやがってクソ犬野郎!」

「ギャ……ギャ……、ギャアアアアアアッ!!」


 コボルトの動きが止まったことを確認し、イケメンBとCは我先にと駆け、剣の、槍の、その先端を何度も何度も何度も何度もコボルトの身体に沈めてゆく。


 美しい緑が血に染まり、コボルトを緑の光が包んだ。その光はコボルトの亡骸なきがらと飛び散った血の紅をきれいさっぱりかき消して、やがてひとつの木箱を運んできた。


「っしゃ終わりぃー!」

「いてて……自分で手ぇ切っちまった。伶奈、回復してくんねぇ?」


「う、うん。癒しの精霊よ、我が声に応えよ…………」


 弛緩しかんした空気が流れ、俺と一緒に採取をしていたオッサンたちが「さすが勇者さまだ!」と彼らをもてはやすと、満更でもない顔で礼を受けた六人は木箱の中身を回収してどこかへと旅立った。


 なにも、ない。

 モンスターも。モンスターが流したおびただしい血も。あいつらが中身を回収すると、木箱自体もどこかへ消えうせた。


「どうした坊主、モンスターはもういないぜ? 採取の続き、行かねぇのか? ……ははーん、同じ勇者でも坊主は闘えねぇからなぁ。気後れしてんだろ? ガハハハハ! 気にすんなって、生きてりゃきっといいことあっからよ! ガハハハハ!」


 オッサンに背をバシバシと叩かれながら、俺は意に染まない思いでいっぱいだった。


 ……あいつらの、顔。

 コボルトにトドメを刺すときの、刃物を身体に突き立てるときの、あの哄笑こうしょう


 あいつらのほうがよっぽどモンスターじゃねえか。

 あんな残酷に殺さなくてもいいだろ? 首に剣を刺せば終わるだろ?

 あいつらがパリピなら、そのパーティーはウェイウェイしたようなもんじゃない。

 血に染まった殺人鬼の快楽殺人パーティーじゃねえか。


 なにが陰キャだよ。

 お前らのほうがよっぽど陰キャじゃねえか。


──


 ……とかなんとか偉そうに言っておいて、彼らがもたらした平和のもと、そそくさと採取に勤しむ俺氏。

 背に担いだ安物の革袋がいつもより早い段階でいっぱいになった。まだ昼だけど、一旦売却して金にしたほうがいいな。


「……お先」


「おう! またあとでな!」


 一応オッサンに声を掛け、南門からエシュメルデ中央にある冒険者ギルドへ。


 受付は三つ。そのうちの二つは行列ができていて、しかし右端のひとつはガラガラ。……いつもの光景だ。


「エペ草が十一点で55カッパー、ライフハーブ四点で28カッパー。計83カッパーになります」

「……ども」


 華やかな左と中央に比べて愛想もクソもない受付嬢から硬貨を受け取ると、中央広場でいつもの黒パンふたつのセットを10カッパーで購入し、順番にガリガリと咀嚼してゆく。

 そうしながら一旦宿へ足を向ける。稼いだ金を自室の金庫に仕舞うためだ。


 異世界アルカディアにおいて、死は永遠ではない。


 モンスターに殺されても死なない……と言えば語弊があるか。


 戦闘で殺されると、モンスターと同じように俺たちの身体も緑の光に包まれ、五体満足の状態で拠点──俺の場合は宿のベッドに強制帰還される。


 ペナルティはアイテムの一部ロスト、所持金の半分ロスト、そして目覚めまでの二時間という時間だ。

 全財産を半分失うわけにはいかない。だから金を得た後は、必ず宿の金庫に預けてから採取に出るようにしていた。


 中央通りから外れ、どんどん繁栄とは程遠い街並みに変わってゆき、景色はスラム街のような様相になってきた。ここを曲がれば、俺が滞在している安宿──



「お願いします! もうここしかないんです!」


「駄目だって言ってるでしょ! 金のないやつを泊める宿がどこにあんのさ!」


「お願いします、馬小屋でもいいんです! その、働きます! わたし、お料理もトイレ掃除もベッドメイクもやりますから!」


「間に合ってるよ! しつこい子だねっ!」


「ああうっ……!」


 どがっ。


 そんな音とともに宿の入り口から勢いよく転げ出てきたのは……。


「げ、アッシマー」


 同じクラスの足柄山沁子あしがらやましみこ……通称、地味子だった。

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