11-07-採取のビート

─────

《採取結果》

─────

21回

 採取LV1→×1.1

  ↓

 23ポイント

─────

判定→E

 エペ草を獲得

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 緑の上につぼみがついた草──エペ草が現れると、鈴原はほっとした表情で立ちあがり、膝の汚れを払った。


「ど、どうかなー?」

「……」


 鈴原は難しい弓をあれだけうまく扱えるのに、採取になるとどうしてこんなに不器用になってしまうんだろうか。

 鈴原から採取のアドバイスを求められ、一度鈴原の動きを見ることになったわけなんだが、なんというか……要領が悪いと言わざるを得なかった。

 でも「要領が悪い」なんて剛速球を放り投げてしまえば、鈴原は三振どころかデッドボールでやる気を削がれてしまうだろう。

 

「ふ、藤間くんー?」

「んあ、悪ぃ」


 どう伝えようか、どのように教えたらいいものか考えているうちに、鈴原の瞳が不安げに揺れた。

 

 アルカディアでの採取は、地面に現れた白い光をタッチするゲームのようなものだ。

 大事なのは光をすぐに発見する集中力、発見後すぐさま手を伸ばす反射神経、そしてスピード……敏捷性だ。


 戦闘での様子を見ると、鈴原はその三点を備えているはずなんだけど、採取になるとポンコツだった。

 俺も最初は全然だったけど、それは身体がついていかなかったから、というところが大きい。

 だけど鈴原は身体はついていくのに、うまくいかない……そんな悩みを抱えているように見えた。


「まずは姿勢からだな」

「なんだか本格的だねー」

「言っとくが、俺はこんな教えかたしかできないからな。言葉がきつくなったらすまん。もしつらくなっちまったら言ってくれ」

「う、うんっ」


 なんとなく、ピアノ教室のことを思い出してしまった。

 小学校低学年のころ、母に勧められてはじめたわけだが、当時の俺は習い事の厳しさや面倒くささなど露知らず、遊びに行く感覚で練習初日を迎えた。

 ……で、案の定姿勢から叩き込まれて面食らったわけだ。いまの鈴原みたいに。


「俺の姿勢を真似する必要はねえけど、いまの鈴原の姿勢より効率的だと思う。膝をついて前屈み」

「こうだよねー?」

「手を地面につけるな。それだと片手でしかタッチできないだろ。両手を浮かせて前屈み」

「こ、こうー?」

「そうだ。最初は背中と腰にくるけど慣れてくれ。ダンベンジリのオッサンとかでもやってる」


 なにを隠そう、いまの俺の採取フォームはダンベンジリのやりかたを見て盗んだものだ。

 長年やっているだけあって、彼らは採取するときの姿勢が美しい……って言っちゃうと変な感じだけど、機能美に優れている。


「この状態で一回やってみろ」

「はーい」


 鈴原とコボじろうの採取がはじまるのは同時だった。

 ちなみにコボたろうとコボじろうは採取三回交代で、モンスターに襲われないよう周囲を警戒してくれている。


「がうっ、がうっ」

「んしょ……えいっ」


 コボたろうとコボじろうへの採取の指導は俺がやった。

 だから同じことを鈴原にも教えればいいと思っていたが、どうも違うようだ。


 コボたろうたちへはおもにこのヘンテコな採取システムの説明が主だったが、鈴原の場合はそういうことではなく、タッチひとつひとつに丁寧になりすぎているというか、やる気が空回りしてしまっている気がした。


─────

《採取結果》

─────

23回

 採取LV1→×1.1

  ↓

 25ポイント

─────

判定→E

 エペ草を獲得

─────


「さっきよりはよくなったけどー……」


 隣でD判定を獲得し、二枚のエペ草をゲットしたコボじろうを見て、鈴原はおっとりとした眉尻を下げた。


「藤間くんの採取、見せてもらってもいいー?」

「まあいいけど」


 俺が採取用手袋を装着すると、鈴原は紙とペンを取り出した。

 ……やばい、緊張する。

 最近マンドレイクの採取ばかりだったし、レベルも1になっちゃったし、ちゃんとできるだろうか。


─────

《採取結果》

─────

44回

 採取LV4→×1.4

 草採取LV1→×1.1

  ↓

 67ポイント

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判定→A

 エペ草×4

 ホモモ草×1を獲得

─────


 ……わりとうまくできた。


「わー、やっぱりすごいー」


 鈴原の感嘆が照れくさくて、目の前に現れたたくさんの草たちを革袋にそそくさと仕舞いこむ。

 俺の採取を見てなにか掴めただろうか、と鈴原の手元を覗くと、やはりというべきか白紙のままだった。


「ご、ごめんー、すごすぎてどこを見習えばいいかわからなくてー」

「いや、それはいいんだけど」


 どう教えるべきか。

 ……というより、いまさらの話なんだが、どうして鈴原は採取がうまくなりたいのだろうか。


 戦闘での鈴原はすこぶる強い。

 普段の戦闘でもシュウマツの渦でも常に撃墜女王だ。

 とくにフォレストバット、ジャイアントバットの対応はほかのメンバーの追随を許さない。


 俺からしてみれば、鈴原は戦闘でこれだけの活躍をしているんだから、無理に採取をする必要はないのではないか、と思う。


「なあ。鈴原はめっちゃモンスターを倒してくれるだろ。だから──」

「採取は頑張らなくていい、なんて、言わないでね」


 やはり俺は思ったことが顔に出てしまうのだろうか。

 まだ全部言っていないのに、俺と同じように屈みこんだ鈴原にぴしゃりと言い切られてしまう。


「ウチが採取苦手なの、ウチがいちばんよくわかってる。……でも、亜沙美はね」


 どうしてここで高木の名前が出てくるのか。

 高木は器用で、わりとなんでもそつなくこなす。それに比べて自分は、と落ち込んでいるのだろうか。

 他人と比べて落ち込まなくても、と鈴原に顔を向けるが、彼女はすでに草の上に視線を落としていた。


「亜沙美はどれだけ苦手なことでも、それを克服しようと頑張ってる。……そういうの、すごくカッコいいと思う」

「ん……」


 思い出す。昨日、TATSUYAでホラーものをレンタルしたあとの高木を。


『やってみてダメだったら仕方ないかなーって思うけど、克服する努力くらいはしないと、あたしは納得できないから』


 高木はパッケージを見るだけで悲鳴をあげ、俺があらすじを読んだだけで目に涙を溜めた。

 それでも最後には、ゾンビやゴーストが苦手な自分を乗り越えるため、口を引き結び、そう言ってみせたのだ。

 ……たしかにちょっと、カッコいいと思った。


「ウチは亜沙美にはなれないけど、亜沙美の強さにちょっとでも近づけるように努力することはできる。だから……」


 鈴原が顔を上げ、俺と目が合う。


 どきりとした。

 落ち込んでいるものだと勝手に思っていたのに、鈴原が浮かべているのは、とても柔らかな笑顔だったから。


「藤間くん、いっぱい優しくしてくれてありがとう」


 優しくなんてしてねえ──そんな照れ隠しのような呟きは、俺の口内だけで角砂糖のように溶けてゆく。


「でもウチは、乗り越えたい。弱いウチを、ひとつずつ」


 鈴原はいつも、なんというか……ほわほわーっとしているけど落ち込みやすく、こっそり肩を落としているところを何度か見かけたことがある。

 それなのに弓を引くときはトランス状態になったのかと思うくらい引き締まって──そんな女の子だと、勝手にイメージしていた。


 でも……そうか。


 ……カッコいいじゃねえか。


 知らず、口の端が緩んだ。


「……悪かった。本気でやるわ。もう一回、姿勢から叩き込んでやる」

「うんっ!」



─────



「前屈みで両手を構えろ。……違う。腕をもっと下ろせ。地面との距離が遠いぶん遅いし疲れるだろ」

「こ、こう?」

「違う」


 同じ四つん這いになりながら、正面から鈴原の両手を掴んで引き寄せ、さらに前傾にさせる。


「あっ……」

「こ、こうだ」


 女子の身体に触れることに対する抵抗はあった。

 それよりも、過去の幻影が〝俺に触れられて、ばい菌扱いしないだろうか〟と俺の弱いところを棘となり刺してくる。


 しかし、鈴原は俺に対してそんなことを思ったりしないだろうという確信じみたものはすでに持っていたし、なにより、努力したいという鈴原の意志の前に、鈴原は女で俺は男という概念は邪魔でしかなかった。


「んんんー、この体勢つらいよー」

「我慢しろ。二日で慣れる」


 そういえば俺もダンベンジリのフォームを真似して、初日は身体が痛くてたまらなかったなぁ……と思い出す。

 そういやあのころはじめて、ダンベンジリが俺に話しかけてくれたんだったっけ。

 たしかあんときは……


「支えといてやる。そのまま採取しろ」


 立ち上がって鈴原の背後に回り込み、両手で鈴原の両肩を押さえる。

 ダンベンジリもこうやって、慣れない俺を助けてくれたのだった。


「ひゃっ……。だ、だめだよー、ウチ、いま汗すごいからー……」

「人間なら誰だって汗かくだろ」


 たしかに鈴原の両肩は熱を持っていて、じっとりと湿っている。でも、


「俺は陰キャだけど、人の汗を笑うほど落ちぶれてねえ。……とはいえ、マジでいやなら正直に言ってくれ。やめるから」

「いやじゃない、けどー……。うぅー、緊張するー。ウチ、汗くさくないー?」

「大丈夫。むしろ……や、なんでもねえ」


 むしろ甘やかで爽やかないい匂いがする、なんて口が裂けても言えなかった。


─────

《採取結果》

─────

25回

 採取LV1→×1.1

  ↓

 27ポイント

─────

判定→E

 エペ草を獲得

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 そんな状態で一〇分ほどが経過した。


「はぁ、はぁっ……もうちょっとなんだけどなー……はぁ……はぁ」


 正面でなく、鈴原の後ろで彼女と同じ角度から採取の様子を見ることで、問題点の細分化ができてきた。


「鈴原は一回一回のタッチに一生懸命になりすぎなんだよ。それはいいことでもあるんだけど、もうちょっと視野を広げて、リズムよく……」


 自分でリズムと口にして、ひとつ思い当たった。


「そういやお前、ドラムのゲーム上手かったよな。BPM120でエイトビート刻んでみろ」


 BPMとは音楽における速度で、BPM120とは一分──六〇秒で一二〇回の拍を刻む、ということである。

 ちなみにエイトビートとは名前の通り八分音符を基本構成とした、ロックの基礎のリズムのことだ。


「ど、どうしたの急に-」

「いいから」


 鈴原は戸惑いながらも四つん這いから正座の体勢になり、膝の上で〝ペペチペペペチペ〟と音を鳴らす。〝ドッ、ドドッ〟というバスドラムの動きも肩で表現している。

 俺には鈴原のテンポがBPM120ぴったりかどうかなんてわからない。でも、BPM90よりは速いし、BPM150よりは遅い、ということくらいはわかった。


「それ」

「え」

「ハイハットじゃなくて、そのスネアドラムのタイミング。BPM120なら、ハイハットは六〇秒で一二〇回、スネアは三〇回叩く計算になるだろ」

「そうだけどー」

「採取は六〇秒。そのあいだリズムを意識して、スネアを叩くタイミングで地面をタッチし続ければ、一分間で三〇回タッチできて目標達成だろ」


 じつに〝言うはやすく行なうはかたし〟な意見だが、鈴原は「わー、天才だねー」なんて言いながらふたたび緑の草に視線を落とした。超素直。将来、悪い男に騙されないか不安になるレベルだ。


 白い光をタッチする鈴原。

 小刻みに揺れる首がエイトビートを刻む。


 すぐに叩ける場所に白い光が現れてもスネアドラムを叩くタイミングになるまでタッチしないのが、不器用で真面目な鈴原の性格を表面化しているようで、なんだか微笑ましい。

 それだけではなく、採取という鈴原の苦手なフィールドから、ドラムパターンという得意なフィールドに意識が変わったのか、いままでよりもずいぶん落ち着いてタッチしているように見えた。


─────

《採取結果》

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28回

 採取LV1→×1.1

  ↓

 30ポイント

─────

判定→D

 エペ草×2を獲得

─────



「や、やったー!」

「うっし……!」


 鈴原が驚いた表情で俺を振り返る。

 俺もなんだか自分のことのように嬉しかった。


「藤間先生のおかげだよー、ありがとうー!」

「いや、俺はなにもしてねえよ。実践して一発で成功すんのは生徒が優秀だからだろ」


 きゃっきゃと喜ぶ鈴原。

 そんな彼女をねぎらうために近づいてきたコボじろうに、鈴原は上半身を乗り出して抱きついた。


「やったー」

「がうがう♪」


 周囲の警戒をしているコボたろうも俺たちの姿を見て、遠くからこちらにサムズアップしてみせた。


 ひとしきり喜んだあと、鈴原は腰の革袋から先ほどのメモを取り出し、エペ草の採取でD判定をとる、という項目に花丸をつける。


「あれ?」

「んー? どうしたのー?」


 メモにはいまつけたものとは別に、もうひとつ花丸が描かれていた。

 それは、二回目の転生がしたい! という大項目の下の、


 〝LV9からLV10にして、さらに転生可能な経験値を稼ぐ!〟


 ここだった。


「鈴原、二回目の転生ができる経験値が溜まったのか?」

「うんー、さっきピピンをやっつけたときにー」

「それを先に言ってくれよ……」


 転生可能になったあとは、さらにモンスターを倒しても、最高レベルってことでそれ以上の経験値が得られない。

 だからこうなったらちゃっちゃとステータスモノリスで転生しないと、倒したぶんの経験値が無駄になってしまう。


「ご、ごめん、だってー……」

「や、すまん。怒ってるわけじゃねえんだ」


 鈴原の言いぶんもわかる。

 せっかくここまで来たのに、すぐ街に帰ったんじゃ往復一時間そこいらの時間がもったいない、って。

 でもそれは鈴原が強かったから超速でレベル上げができた、ってだけの話だ。もったいないとは思わない。


 ──しかし、鈴原の言いぶんは、俺が思っているものと違った。


「だって、午前中だけで終わっちゃうの寂しいー……」


 どうやら、今日の狩りが一度街に戻ったら終了だと勘違いしているらしかった。

 それとも──


「鈴原、午後からなんか用事あんのか」

「っ……ない、ないよー、ぜんぜんない」


 ないらしい。なら、鈴原の勘違いってことになる。


「鈴原さえよかったら一旦戻って、もっかい来るか」

「い、いいのー?」

「いや、俺から言ってるんだけど……」


 なんだか鈴原はもじもじと、両手の指を忙しなく絡める。


「そもそも、LV1だった俺がLV9の鈴原におんぶに抱っこで終わっちゃったらあれだろ。今度はレベルアップした俺がLV1の鈴原を守ってやる。これならフェアだろ」

「ぅ……うん……」


 鈴原は頷いて……むしろ俯いてしまったように見える。

 なんだか「やばいー……」みたいな声も聞こえる。


 コボたろうとコボじろうが俺のそばにやってきて、うやうやしく一礼した。

 なんだろうと首を傾げる俺の両肩を、ふたりの拳が同時に小突いた。


 ……え。な、なに。反抗期?

 やばいー。

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