11-08-市場にて -無邪気と気遣い-

 エシュメルデ中央広場付近の市場は、夜になると武器防具やスキルブックを叩き売る露店がずらりと並ぶが、まだ昼前ということで、通りは黒パンやスープ、シチューといった飲食物、肉や野菜を売る人々が声高に叫び、夜とは違う活気を生んでいた。


 同様にフォークやスプーン、容器なんかも売っていて、スープやシチューの店は客が持参した器にそれらを盛っている。


「わー藤間くんすごい、ピザカッター売ってるよー」

「異世界で見ると違和感すごいな……」


 鈴原は調理器具を眺めながらご機嫌だ。なんなら鼻歌まで口ずさみ、心なしか足取りも軽い。


「鈴原は料理すんのか」

「うんっ、けっこう好きなんだー。お母さんがお料理の先生で、教えてもらううちにはまっちゃったのー。……よい、しょ、っと」


 満足したのか、鈴原は中腰を解いて立ち上がる。

 ……弓に革袋をみっつも背負っているから、さすがにきつそうだ。


「なあ、さきに荷物置いてきたほうがよかったんじゃねえのか」

「ううん、だいじょうぶー」


 どうやら身軽になることよりも【運搬LV1】の習得に向けた修行を優先させるらしい。

 ならばこれ以上なにかを言っても鈴原の頑張りを邪魔してしまうだけだと思い、口をつぐんだ。


 それでもひとつくらい荷物を寄越せと声をかけようとしたが、コボたろうとコボじろうを召喚解除した際【コボルトボックスLV2】に収納していたコボルトの槍やジェリーの粘液を預かったため、俺のアイテムボックスもぱんぱんかつ、採取物もたくさんあり、革袋をよっつも担いでいる。


「藤間くんこそだいじょうぶー? 特訓につきあわせてごめんー。ウチ、もうひとつ持とうか?」

「いやいい。それよりモンスターの意思を見に行かなくていいのか」

「あ、うんー。いこいこー」


 ここは市場の入口。昼間とはいえ、きっと奥のほうでは武具やスキルブック、モンスターの意思を売る店があるだろう。


 ふと、地元のゲームセンターを思い出した。

 多くのゲームセンターは、ゲーマーだけでなく一般客の興味を引くよう、入口をたくさんのUFOキャッチャーが占める。最前面の景品もキャッチーなものが多い。

 しかしいつも俺が一直線に向かうのは、フロアの奥に追いやられた音楽ゲームや格闘ゲーム、体感型の筐体なのだ。


 入口をそっちのけで奥へ進もうとする自分が現実の自分と重なって、なんだかおかしかった。


「藤間くん、なんだか楽しそうー?」


 隣を歩く鈴原が、俺の顔を覗きこむ。

 そんなことを考えていたからか、表情が緩んでいたらしい。


「まあ、つまんなくはないな」

「そっかー。よかったー」


 気の利いたひとことが言えない俺の言葉にも、鈴原は笑顔を返してくれる。


 陰キャってのはこういうもんなんだよ。

 気をつかいすぎるきらいがあるくせに、気の利いたことが言えない。

 ……でも、鈴原の屈託ない笑顔が『藤間くんはそのままでいいんだよ』って言ってくれている気がして、そんな身勝手な照れ臭さを覚え、市場を北上する足を速めた。



─────



「おっ、あんちゃん、革袋から突き出たそのコボルトの槍、よかったら買い取るぜ! 一本15カッパーでどうだ!」

「おおお! よくみたら兄ちゃんと姉ちゃん、シュウマツの勇者さまじゃねえか!」


 ……奥のほうにいるほうが声をかけられやすいのは、異世界でも現実でも同じなようである。

 俺だけなら「うす」と一礼だけして通り過ぎるんだが、鈴原は一人ひとりに挨拶を交わし、照れ、足を止めるため、なかなか奥へ進めない。


 そんなこんなでようやく見つけた、ジェリーの意思を売っている露天。

 白のローブと黒のローブを羽織った小柄な女の子ふたりが店主に料金を支払っているところだった。

 鈴原が「あれー?」と首をかしげ、ふたりの背中に声をかけた。


「イオちゃんとセイくんじゃないー?」


 知った相手だという確証がないのに声をかけるという鈴原の行動だけでも俺からしたら驚きなのに、背中だけでクラスメイトだと判断し、振り返ったふたりが鈴原の言った通りの相手──三好伊織と三好清十郎だったため、二重で驚いた。


「あら? 鈴原さんと藤間じゃない」

「わあ、偶然だね!」


 薄く黒いローブを羽織った三好伊織は俺たちを交互に見比べ、厚手の白いローブを着込んだ清十郎は俺たちに花開くように微笑んだ。


「アンタたち、すごい荷物だけど……もう狩りに行ったの?」

「うんー、サシャ雑木林ってところー」

「それって、南にあるダンジョンだよね? みんなすごいなあ……」


 清十郎のいう〝みんな〟という言葉が少々ひっかかった。

 なんとなくいやな予感がしたが、三好姉弟はすでに俺たちの後ろに視線を巡らせる。

 清十郎は「あっ」となにか気づいた様子で口をつぐんだが、三好伊織のほうはそうはいかなかったらしく、


「ん? ふたりだけなの?」


 無邪気に首をかしげた。


 ふたりでいるところをクラスメイトに見つかって、なんだか鈴原に申しわけない気がしたが、


「うん、今日はふたりなんだー」


 鈴原はなんともない様子でにこやかに応じ、店主に「ジェリーの意思くださーい」と 声をかけた。


「ふーーーーん……?」

「や、灯里たちがリディアに魔法を教えてもらってて……俺が鈴原に無理言ってついてきてもらってるっつーか」

「無理なんてしてないよー、楽しいよー?」

「ぐあ……」


 鈴原は店主からジェリーの意思を受け取りながら、自然な様子でそう言い放った。


 なんだろう、今日の鈴原はいつもと違う気がする。

 俺が一歩退いたぶん、一歩詰めてくる。

 いまだって、あとから──たとえば学校で鈴原があれこれ言われないように気をつかったつもりだったのに、まるで「そんな配慮はいらない」とでもいうように、一歩詰めてくる。


 三好姉弟は〝ふたり〟という単語にこそ反応したものの、さいわい、俺が心配するような反応ではなかった。

 清十郎は驚いたような顔をして、


「もしかして、ふたりでダンジョンに行ってきたの?」

「まあ、そうだ」

「うわあ……やっぱりすごいなあ。藤間くんも鈴原さんも、すっごく強かったもんね!」


 清十郎はシュウマツのとき、俺と鈴原がどれだけカッコよかったかを爛々と輝く瞳で語り出す。

 鈴原は汗を飛ばしながら両手を振って照れるし、俺は「買いかぶりだろ」なんて顔を背けることしかできない。


「ぼくたち、いま一回目の転生をするところなんだ」

「鈴原さんはジェリーの意思を買ってたけど、二回目の転生よね?」

「うんー、ついさっき、転生できるようになったんだー」

「うわあ……やっぱりすごいなあ……ぼくたちも強くなりたいなあ……」


 やっぱりすごいなあ、が口癖なんだろうか。

 清十郎はその言葉を何度も繰り返しながら、きらきらとした瞳を俺たちに向ける。


「そうだ、アタシたちも一緒に──」


 なにかを思いついたように手を打つ三好伊織の口を、清十郎が慌てて塞いだ。


「ぼ、ぼくたちも一緒に、リディアさんから魔法を教えてもらえないかな? みんながどこで修行しているか教えてもらってもいい?」


 ふたりの様子をいぶかしく思いながらも、


「あー……エシュメルデの西門あるだろ。あそこを出てまっすぐ行ったとこが山麓になってるんだけど、あのあたりでやってるって言ってたぞ」

「藤間くんありがとう! 鈴原さん、がんばってね!」


 聞いた記憶を手繰りながら答えると、清十郎は姉の口を押さえながらずるずると引きずっていく。

 いったいなんだったんだ、と首をかしげていると、鈴原がふたりの背に声をかけた。


「もしもふたりと藤間くんさえよかったら、一緒に行かないー?」


 三好姉弟は同時に振り返る。


「えっ?」

「……ぷはっ! ちょっとセイ、急になんだったのよ! アタシも誘おうとしてたんだけど?」


 清十郎の手から解放された三好伊織は弟にじっとりとした視線を向ける。

 対して弟のほうは、姉に大きなため息をついた。


「もう……。イオはほんと……もう……。……鈴原さん、いいの?」

「うんー。ふたりともLV1じゃ大変じゃないー? ってウチもなんだけど……。強くなりたい、って気持ち、ウチもすごーくわかるからー」


 そういえば清十郎はヒーラーで、三好伊織は光のマジックユーザーだったか。

 前衛がいないうえにLV1じゃ苦労しそうだ。


「そうじゃなくって……。鈴原さん、本当にいいの?」


 自分たちがお荷物になってしまうとでも思っているのだろうか、清十郎がしつこいくらい鈴原に尋ねる。


「市場回ったら満足しちゃってー。むしろいっぱいいっぱいだからー……あはは……」

「……そっかぁ」


 清十郎はまるで眩しいものを見たように目を細める。

 うっとりしているようにも見えて、なんとも色っぽい。なに言ってんだ俺。


「それに藤間くんだったら、LV1が三人いても、みんな守ってくれるからー」


 鈴原は「ねー」と笑いかけてくる。

 なんの反応も示していないのが俺だけということもあり、自然と俺に視線が集まる。


「……まあ、俺はどっちでもいいけど」

「ふふん、決まりね!」

「イオはもうちょっと気遣いを覚えたほうがいいと思うなあ……」

「あははー。セイくん、本当に気にしなくていいからねー?」


 そんなこんなでアーチャーの鈴原、魔法使いの三好伊織、ヒーラーの三好清十郎、召喚士の俺でパーティを組むことになった。

 こう聞くと前衛不在のバランスが悪いパーティだが、前衛は俺の召喚モンスターたちがいる。宿でレベルアップしてMPが増えれば、三人同時に召喚できるかもしれない。


「んじゃいったんお互いの宿に戻るぞ。荷物置きたいし、お前らも転生しなきゃだろ」

「そうだよね、どこかで待ち合わせしよう!」

「ごめんー、ウチ、シャワーしたいからちょっとだけ時間もらってもいいー?」

「どうせいまからまた汗かくのに? ……くんくん。全然におわないわよ?」

「ちょ、ちょっとイオ……! もう、本当にごめんね……!」


 きゃいきゃいと騒がしい三好姉弟に、顔を赤くする鈴原。


 そうしながら四人で市場の喧噪を抜ける。

 昼が近づいたためか、いつのまにか陽射しが強くなり、疲労も重なって暑く感じるほどだった。




──────────


【あとがき宣伝】


いつも『召喚士が陰キャで何が悪い』をご贔屓いただきましてありがとうございます!


明日12/29(木)の夜、長編新作投稿します!

タイトルは

『アイテムダンジョン! ~追放された落ちこぼれたちの歩きかた~』

です!


タイトル通り、追放ものに挑戦してみました。

相変わらず心理描写もりもりで序盤不遇+序盤性格暗いパターンですが、陰キャよりもRPG要素が強く、ハクスラ的な面白さがあると自負しています!

もちろんラブコメ要素や、途中からもふもふも出てきます!


ぜひぜひ、そちらもお楽しみいただけますと嬉しいです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る