08-36-Trail of the JUSTICE -The "Some" is Gone, And……-

「うさたろうっ……!」


 目の前には、俺の腰元まで大きくなったうさたろうが、大きな耳を揺らして立っていた。


 わかってる。

 うさたろうはあの日、死んじまったって。

 だから、目の前のうさたろうは、あのうさたろうではないって。


 大きさ以外──表情もフォルムも、あのうさたろうにそっくりだけど、あのうさたろうのはずがない。


「ぷぅぷぅ」


 なのに、脳内に浮かんだイメージは、そして俺に鼻先をこすりつけてすんすんと鳴らすこの姿は、うさたろうそのものだったんだ。


「グルァァァァアアアアッ!」


 俺のしぶとさに怒りが頂点に達したのか、ピピンがかなり離れた場所から咆哮をあげた。



「うさたろう。勝ちてえ。勝算はあるのか?」


 当然のようにうさたろうに問いかけると、うさたろうも当然のように頷きかえしてくる。


「ぷぅっ」


 そして俺になにかを伝えるようにひと鳴きした。


   ──唱えろ。


 うさたろうが、そう言っている。

 もうひとりの俺も、そう言っている。


 そのことばになんの意味があるのかなんて、俺にはわからない。

 それでも、従わなきゃいけない気がした。


 カッパーステッキを構える。


白翼誘起イヴォーク……!」


 これは意思を重ね合わせるときに、オリュンポスから流れ込んできた言葉。

 紫の空に、ふたたび蒼白の光が生まれた。


 その光はまるで天使のはしご。

 うさたろうにだけ用意されたスポットライトのように、うさたろうを幻想的に照らし出す。

 そして天からは光を道標にするように、白い羽根が舞い落ちている。


悲哀想起インヴォーク……!」


 急かされるように流れ込んでくる情報に、続けてその言葉を紡ぐ。


 杖の先の魔法陣から浮かんで現れたのは、ふたつのたま


 片方は燃え盛るような激情いかりを湛えた赤。

 もう片方は凍えるような悲哀かなしみを湛えた青。


 ふたつの珠が、行きどころがわからないとでもいうように、宙に浮いている。


 結局のところ現れたのは、

 うさたろうと、

 空から舞い落ちる羽根と、

 俺の過去を表したような感情の珠ふたつ。


 そのどれもでMPを急激に消費した。

 脚が震える。膝をつきそうになる。


「ぷぅぷぅ」 


 うさたろうが言っている。

 これで終わりじゃないと。


    ──いこうぜ、俺。



 もうひとりの俺が言っている。

 もうひとふんばりだと。



 いままでの哀しみも。


    ──これまでの悔しさも。



 あの誓いも。


    ──あの嘆きも。



 ぜんぶ、ぜんぶが。


    ──そのどれもが。



 無駄じゃなかったんだ──

 ──無駄じゃなかったんだ。



信念の福音エヴァンジェライズ──」


 流れ込んできた最後の魔法。

 両手に持った杖の先から天へと放たれる、白く眩しく、美しい光。


 凄まじい消耗感。

 手から足から頭から、さらに力が抜けてゆく。


 それでも、俺は杖を離さない。



 なにかに縋るんじゃない。



 この力を誇りに、この先を生きてゆくために──!



 舞い降りた羽根が、うさたろうの背中に集まり、翼を形成する。

 行きどころなく彷徨さまよっていたふたつの珠が、やっと見つけたと言わんばかりにうさたろうへと向かってゆく。


 うさたろうと、翼と、珠が光りながら重なる。

 もういちど煌めいて、眩しさが消えたとき、そこにいたのは──


「うさたろう、お前それ……」


 背中から純白の双翼を生やし、両肩の上に赤と青の珠をふよふよと浮かべるうさたろうだった。



──────────

エヴァンジェル・ヴォーパルバニー

(うさたろう)

必要MP:20

─────

LV 1/5 EXP 0/7 ☆転生数0

─────

うさたろう

HP 14/14 SP 14/14 MP 7/7

──

スキル:

【愛LV1】

─────

イヴォーク・ピュアウイング

HP 10/10 SP 10/10 MP2/2

─────

インヴォーク・ザ・ペイン (赤)

HP 2/2 SP 5/5 MP 10/10

─────

インヴォーク・ザ・ミザリー (青)

HP 2/2 SP5/5 MP10/10

──────────



「グルァァァアアアアッ!」

「ぷぅぷぅっ!」


 迫りくるピピンに振り向いたうさたろうは、前脚に力を込めて駆け出した。


「ぐ……ぅ……」


 俺はステッキを文字通り杖のようにして、倒れないように立っているのが精一杯。

 情けない話だが、ぼこぼこにされたうえ、ほぼすべてのMPをいちどに消費したため、もうフラフラなのだ。


 それでも、うさたろうを追いかけてゆっくりと前に出る。


 もう、目は逸らさない。


 うさたろうの背中にある、双翼がひろがる──


純白の翼剣ブレイド・ピュアウイング


 跳び上がったうさたろうから放たれたのは、1メートルほどの右翼を刃にした斬撃。

 右から左へと、ピピンの胸を狙った白い一閃。


「ギャウッ!?」


 ピピンはすばやく後ろへ跳びさがって回避する。遅れてピピンのレザーアーマーが真一文字に裂かれた。


 うさたろうの攻撃は終わらない。

 前脚を地面につけ、尻を上げて白い毛を逆立て、威嚇するように声を荒らげる。


「きいぃぃいっ!」


 うさたろうの左肩から青い珠がピピンへと高速で飛んでゆく。

 ピピンはそれを横に跳んでかわすが、まるで回避する方向を読んでいたかのように飛んでいったもうひとつの──赤い珠が、ピピンの顔面を強打した。


「ギャッ!」


 のけぞったピピンに跳びかかるうさたろう。


首撥ねの牙ファング・ターミネイト


 ピピンの喉元を狙った牙が光る。

 ピピンはわざと後ろに倒れ込み、うさたろうの牙をかわす。


 着地したうさたろうの後ろで素早く立ち上がるピピン。

 そこへうさたろうの身体から離れた赤い珠から魔法陣が現れ──


火矢想起ファイアボルト・インヴォーク


 ピピンの背中に炎の矢が着弾し、燃えさかった。


「ギャアアアアアァァッ!」


 苦悶の表情を浮かべるピピンに、切り返したうさたろうが飛び込む。


純白の翼剣ブレイド・ピュアウイング


 今度は左から右へと放たれる、純白の翼による斬撃。

 ピピンは屈んで回避し、振り返ってうさたろうに拳を繰り出した。


「きぃっ!」

「うさたろう!」


 うさたろうは右の翼で拳を受け止めると、盛大にふきとんでゆく。


 遅れて、俺の近くになにかが落ちてきた。


 ピピンの左耳だった。


「グルゥゥ……!」


 それでもピピンは獰猛な瞳に闘志を宿し、うさたろうへと向かってゆく。

 そのとき、ピピンの背後に残った青い珠から、


氷矢想起アイスボルト・インヴォーク


 氷柱つららのような魔法──アイスボルトが放たれた。

 ピピンは右腕で受け止めるが、アイスボルトの効果は凍傷と速度低下。ピピンの右腕はみるみるうちに凍ってゆく。


「ガアァァァァアアッ!」


 呻きながら腕を振るピピン。

 うさたろうを助けるべく突っ込んだのであろう赤い珠が、タイミング悪くピピンの左腕に弾かれ、色を失って地面に落下し、消滅した。


「ぷ、ぷぅっ……!」


 立ち上がるうさたろう。

 睨みつけるピピン。


 オリュンポス・システムを開くと、うさたろうも背中の翼も、さっきの一撃で大幅にHPを削られていた。スキルを連打したからか、SPも残りわずか。


 うさたろうのLVは1。

 俺がもっとはやく召喚できていれば。

 第一ウェーブから召喚できていれば、LV3になれたっていうのに。


 ──守ら、なきゃ。


 鉛のように重く動かない脚を、無理矢理前に出す。


「ぐっ……」


 やば、い。

 頭がくらくらする。

 身体じゅうが痛い。だるい。


 これはきっと、MPの枯渇によるHP減少の症状だ。


 何度も、立てなくなった。

 何回も、涙を呑んだ。


 これが原因で死んだこともある。 


 だから、わかる。



 俺の命は、もう、長くない。


「きぃぃっ!」

「グルァァアアアアアアッッ!」


 はやく、終わらせなきゃ。


    ──おい、うさたろうの目。

      あいつ、爆発する気じゃ──



 だめだ、誓ったんだ。


    ──また……俺のせいで、

      あいつが犠牲に──



 誓った。こんどこそ、守ってみせるって。


首撥ねの牙ファング・ターミネイト

「ギャアアァァァァアアウッ!」


 交錯するうさたろうとピピン。



 倒れたのは──




 うさたろうだった。



 飛びかかった体勢のままぼてりと地面に落ちて、動かないうさたろう。



「グルアアアアァァァァアアアアッ!」


 まるで、勝利の雄叫び。

 木々を揺らし、紫の世界を揺らす、裂帛の咆哮。


 そうしてピピンは、うさたろうにとどめをさすべく近寄ってゆく──


「待てよ……!」


 俺の声にピピンが振り返り、驚いたような顔をして、標的を俺へと変えて近づいてくる。


 こんなことをして、どうするつもりなのか。

 呼び止めたって、俺にピピンを倒すすべはない。

 でも、うさたろうを見捨てる選択なんて、なかった。


 ピピンは俺の目の前で、拳を振りかぶった。



 そして、



 ピピンの顔が──




「きょえぇえぇぇえぇぇえええーっ!」



 激しい声、そして音とともに、突然ピピンが白目をむいた。


 ピピンの頭上で、木くずが舞う。


 まったく、気づかなかった。



 俺の前──ピピンの背後には、教室にいるはずの国見さんがいて、たったいま壊れて脚だけになった椅子を振り下ろした体勢のまま、汗だくの顔で荒い息を吐いていた。



「国見さんっ……!」


 それでもピピンは倒れない。

 瞳にふたたび紅い獰猛を宿して、

 

「グルァァァアアアッ!」


 咆哮と同時に放たれた回し蹴りが、国見さんの側頭部に直撃した。


「が」


 悲鳴にもならぬ声と同時に、国見さんの身体が俺の方へ勢いよく飛んで来て、俺と国見さんはもんどりうって地面を転がった。


「…………」


 今度は国見さんが白目をむく番だった。うつ伏せに倒れた俺の目の前で、横向きになって泡をふき、気を失っている。


「グ……ゥ、ガッ……!」


 ピピンはその場でふらふらと揺らめいて、ドウと音をたてながら仰向けに倒れた。


 この戦場にもう、立っているものはいなかった。

 俺たちを見下ろすのは、木々と、マナフライと、紫の空だけ。


 しかし、静寂はうまれない。


「グ……グッ……!」


 5メートル以上離れた先で、ピピンが凍りついた右腕を天へと伸ばし、左腕を震わせ、立ち上がろうとしている。



 モンスターって、何なんだろうな。


 メイオ砦ではじめて相対したピピンの最期に、俺は戦士を見た。

 戦士として生き、戦士として死ぬ。

 そんな気迫を、そんな信念を、そんな一徹いってつを、たしかに見た。


 いま立ち上がろうとして力尽き、それでもまた虚空へと右腕を伸ばすピピン。


 ──なあ、お前はいったい、なんのためにそこまでするんだ?

 そこまで闘志を燃やしてまで、エシュメルデの人間を殺したいのか?


 欲望か?

 怨恨か?

 使命か?


 ──そのどれでもないと思った。


 身の毛もよだつような咆哮も、

 鋭い目にたしかに宿る獰猛も、

 立ち上がろうともがく不屈も。


 きっと、


 モンスターにも、


 そしてこいつにも、


 きっと、己の正義があるんだろう。



「だけどっ……!」



 俺にも譲れないものがある。


 コボたろう、コボじろう、コボさぶろう。

 ぷりたろう、はねたろう。

 ──そして、うさたろう。


 お前らに、この先を見せてやりたい。


「ぐ…………っ、う……!」


    ──ぐ、ぅお…………っ!


 右手を地面につけ、動かない左手をもうひとりの俺が動かし、同じように床につける。



 お前にどんな正義があるか知らねえけど──


   ──たとえどんな正義があったって。



 相手が誰だろうと。


   ──そんなこと、関係ねえっ……!



 強くなりたいのに、強くなれない自分が、悔しかった。



『き、キモくない、です』

『私は私の強さを、藤間くんからもらったから!』



 困ったときは女子に庇ってもらう自分が、情けなかった。


 そうやって安らぎを求めて、

 すこし情けないけどなんとかなったからいいか、と諦める。


 俺は自分だけでなんとかできるって信じて、それでもできなくて、甘えっぱなしで──



 そうだ。

 相手なんて、関係ない。


 俺がかちたいのは、俺自身。

 できないと諦めて、仕方ないと目を逸して、辛いことがあったら過去を忘れてしまう弱い俺。


 だから、相手が誰でも、ただ、勝つ。



 ただ、己に、つ──!


「うおおおぉぉぉおオオッ……!」


 腕に力を込め、脚を震わせてどうにか立ち上がる。


 倒れるな、藤間透。


 ぐらつく身体に力を込める。



 倒れたピピンまで、あと何歩だ。


   ──何歩だって、関係ねえ。



 そうして一歩、ピピンへと踏みこむ。



『私は……役、に、たて、た、かな……?』



 国見さん。

 国見さんがオペレーターをしてくんなきゃ、とっくに終わってた。

 それに、めっちゃ怖いのに、教室から椅子を持って猛ダッシュしてくれたんだろ?


 もう一回言ってやる。

 役に立ったどころじゃねえよ。

 MVPだっつの。


 もう一歩、ピピンへと近づく。



「ぅ……ぐ……」



 うつ伏せに倒れた黒のポニーテール。


 七々扇。

 お前はことあるごとに、昔のことを謝ってくるけど。


 悪いのは、お前じゃなかったんだ。

 長い間、恨んじまった。

 そして、忘れちまった。


 お前もひとりで長い間、踏んばってくれてたのに。


 澪を、守ってくれてありがとう。



 そうして、また一歩。


 突如、俺の足元にひろがる黄色の円陣。

 これは……オーラ、力の円陣マイティーパワー



「たか、ぎ……」



 七々扇と同じくうつ伏せに倒れた金髪。


 最初は、心底いやなやつだと思ってた。


 でも、気づいた。

 あれは、俺の醜さがお前に映っていただけだったんだって。

 陰キャと陽キャの単純な二項対立にして、ハナっからお前を敵に見た。


 そうじゃ、なかったんだ。


『あたし、昔虐められててさ……。虐められない側に回ろうとして……ごめん』


 人はきっと、誰しも、己のなかに陰があって、


『にししー、これからはあたしが守ってやっからね!』


 陽がある。


 その光の強弱をスクールカーストなんかで区切って、単純に相反する存在だと決めつける、俺の醜さ。


 鏡をとっぱらっちまえば……


『あたしも、守られるんじゃなくて、守りたい』


 お前、めちゃくちゃいいやつじゃねえかよ。



「い、け、ふじ……。…………き」



 うっすらと聞こえるくぐもった声。

 こんなときにも名前間違えるのかよ。しかも考えたうえに間違えるのかよ。


 口のが緩み、変な余裕が出た。


 高木の声を受け、もう一歩前へ。



 うつ伏せに倒れ、肩や背中、脚からも血を流す祁答院。

 存在エクスカリバーのお前が、ぼろぼろじゃねえか。


 すべてを救いたい──そんな都合のいい話があるか、って、お前にイキったことがあったな。

 でもお前は、やっぱり、すべてを救おうとした。

 だからこの第七ウェーブ、作戦を変更して、カカロの猛攻を凌ぎきれない俺たちを助けに戻ってきてくれたんだよな。


 あれがなけりゃ、俺たちはとっくに死んでいた。


 誰も彼も、すべてを救うのが善。

 救うために誰かを捨てるのが悪。


 あのときも俺は善悪の二項対立に簡略化して、イキってお前に吼えた。


 違うんだよ。


 あのときお前が語ったのは、守りたいと言ったその根源は、きっと善とか悪とかそういうことじゃなかったんだ。

 あのとき、きっとお前の言葉は、己の正しさ──


 正義に基づいていたんだよな。


 善悪なんて、本人が決めることじゃない。

 自分で決めるのは、己の正義だけだ。


 みんなを守りたいという正義。

 己を悪に染めてでも守りたい正義。


 そうだ。

 だから俺はいまシュウマツで、お前と相反せず、手を取り合っていられるんだ。


 お前に、頼みたいことがある。

 それはあまりにも身勝手で、恥ずかしくて、想像だけで赤面しちまうくらいの願い。


 お前は、俺のように、断るだろうか。


 それを口にする勇気に比べれば、この一歩なんて、なんでもねぇっ……!


 そうして俺はもういちど踏み出して、ついに仰向けのピピンを見下ろした。



「グ……ゥ……」


 紅い瞳は、なおも諦めていない。


 ピピンの目にも、きっと俺の目にも、憎しみなんてない。

 ピピンの目には不屈。

 俺の目にはきっと、畏敬が宿っている。

 

 すげえよ。

 何回でも立ち上がって、この状態でも立ち上がって教室を目指そうとしている。


 もう自分ひとりしかいないのに。

 耳は片方ふっとんで、右腕は氷漬け。

 身体もぼろぼろ。あらゆる箇所に傷がある。


 こんな姿じゃ、街で殺戮を行なう前に死んじまうだろうに、諦める様子なんて微塵もない。


 モンスターの正義。

 祁答院の正義。

 そして、俺の正義。


 モンスターの正義が、俺の大切なものを傷つけるものなら、生涯相容れることなどないだろう。


 それでも、憎しみなんてない。


 立派なコボルトがいたと、俺は生涯、お前を胸に刻み続ける。



 ──鈴原。


『ウチはウチのままでいいんだよね?』


 ああ。前にも言ったろ。


『ウチ、いまいち役に立ててなくてー……』


 役に立つとか、役に立たないとか、どうだっていいんだよ。


 俺だって、自分のふがいなさをいまでも悔いてる。


 でも、無駄じゃなかったと知った。

 無駄なことなんてなかった。


 鈴原。

 お前からもらったコモンボウ、俺は使いこなせなかったけど。


 なにひとつ、無駄じゃなかった。



 アイテムボックスから取り出したのは、コモンボウ──に付属するえびら



 俺はそこから二本の矢を取り出す。




 藤間くんのお部屋の床で寝させてもらえませんか!?


     違う、藤間くん、信じて……!


 やめときなって。そんなやつに話しかけたら格落ちるよ。


    そうだって、

    そっとしておいたほうがいいよー。




 いろんなことが、あった。




 藤間くんは……いなくなったりしませんよね?


   藤間くんは私が守るわ。

   ──そのために、強くなったもの。


 あんちゃん、頑張っといで!


    お兄ちゃん、頑張ってにゃ!


 藤間くん、友達になろう!


     危険な場所に向かう

     お友達を放っておけないよー。


 あい。これが、あい。


    ワシは透を応援するぞ!


 好きだよ、藤間くん。大好き。


  あんたがあたしらに迷惑かけたなんて、

  ちーーーーーっとも思ってないから!




 俺は、そのすべてを、いまは、あたたかく思う。


    ──ふん。

      俺のこともかよ。



 ああ。

 俺は俺を否定しない。

 いろいろあったけど、あのときの俺がいたから、いまの俺がいるんだ。


    ──へっ。……そうかよ。



 ああ、そうだ。


 藤間透が陰キャで何が悪いと開き直って、

 最低で何が悪いと己を知って、

 そのひとことが言えなくて、星降る夜にふたりのあたたかさを感じて。


 召喚モンスターが大好きでしょうがなくて、あのしじまで己の心音を聞いて、

 藤間透が悪で何が悪いと吼えて、

 己を後悔し、灯里のおかげで乗り越えて。


 そしてシュウマツで立ち上がって、俺はいまここにいるんだ。



 やっぱりなんだかんだ、

 俺は俺がきらいじゃなかったよ。


   ──そうだよな。

     陰キャは自分が大好きだもんな。



 身勝手で。


   ──わがままで。



 ひねくれてて。


    ──根暗で。



 自分に好意を向けてくれる召喚モンスターには素直で。


    ──ぷっ。……やっぱり、

      お前、陰キャだわ。



 うっせえよ。


   ──ま、いいんじゃねえの。

     いつも開き直ってきただろ?



 ……そうだな。


    ──そうだ。




 召喚士が陰キャで何が悪い──

 ──召喚士が陰キャで何が悪い。



 二本の矢を合わせ両手で握り、ピピンの首元に狙いを定める。

 震える俺の手を、もうひとりの俺ががっちりと掴んで、これまでの軌跡を思い描きながらふたりでピピンへと倒れ込んだ。


 ピピンと目が合った。

 紅い瞳は驚くほど綺麗で──



 ズブッ……と、手にはじめての感触。


 

 ピピンがにいっと笑った。



 俺にはやはり、



「見事だ」



 そう言ってくれたような気がした。



 うつ伏せに倒れる俺。

 同時に立ちのぼる黒煙のような光。


 薄れゆく意識。

 闇に堕ちてゆくというよりも、光に包まれる感覚。


 それは、きっと──倒れているはずの"みんな"が、俺の背を押してくれたから。


 目を瞑れば、みんなが笑っていてくれるから。



《Congratulations!》

《第一次シュウマツの渦を撃退》

《シュウマツの拠点にて報酬を受け取……》

《30分後……シュメル…………還》



 ──やったよ、みんな。




(了)

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