08EX-The "Some" is Gone, And……

08-37-The Garden of Dream

 ここがどこかと訊かれたなら、俺にもわからない。


 どんな場所かと訊かれれば、とにかく真っ白な空間、と応えるほかにない。


 右も左もなければ上も下もない、真っ白な空間に俺は立って──いや、浮かんでいる。



 ……どこだよ、ここ。

 なんで俺、こんなところにいるんだ?



 ──ぷぅぷぅ。



 声に振り返ると、この空間に負けないくらい真っ白なうさたろうが、俺のそばにいた。


「うさ、たろう」

「ぷぅぷぅ」


 すっかり大きくなったうさたろうは、俺の膝に鼻先をこすりつけて、においを嗅ぐようにすんすんと鼻をならした。


 翼も珠もない。

 ただ、大きさが違うだけ。


 ふにょっと上を向く耳の形も、赤くて大きな目も、鳴き声も──俺になつくしぐさも。


「でも──違うんだよな、あのうさたろうと」


 ああ、頭を撫でるとすこし目を細める。

 これも、そっくりだ。



 そっくり、だ。



 そっ……く……



「うさたろう……」


 涙が出そうになり、慌てて手を戻し、両手で顔を覆った。


 泣いちゃいけない。


 泣いてしまえば、俺がこの出会いを悲しんでいることになってしまう。


 うさたろうにそっくりのうさたろう。

 同じ名前をつけておいて、ここまで想いを重ねておいてなお、あのうさたろうではないのだという、哀しみの涙になってしまうから。


 涙をこらえ、ふたたびうさたろうの頭に右手を乗せる。


「うさたろう、藤間透だ。これからよろしくな」


   ──うん。よろしくね、ご主人さま。



 この空間はいったい、なんなのだろうか。

 うさたろうの声が人間らしく聴こえてくるのは、この不思議な白い空間のせいなのだろうか。


「ここ、どこなんだろうな。夢か? ……いや、あのとき俺、死にかけてたんだよなぁ……」


 じゃあ死後の世界?


 いや、アルカディアだと死んでも120分後に復活する。シュウマツの場合は次の日に復活するって書いてあったけど、シュウマツはクリアしたと思うんだけどな。


 じゃあここはどこなんだよ。


 ……って、ここが死後の世界みたいなものなのなら、看過できないことがあった。


「うさたろう、お前もしかして──」


   ──死んでないよ。

     ご主人さまが守ってくれたから!


 またしても俺の膝で鼻をならして、プリティー極まりないおしりをぶんぶんと揺らすうさたろう。なにこれ、かわいすぎる。


「ぷぅぷぅ」

「うさたろうはかわいいな……」


 俺になついてくる姿を見ていると、やはりどうしても思い出してしまう。


 あの日々を。


 あのうさぎ小屋を。


 そして、俺の代わりにうしなった──



「うさたろうっ……!」


 たまらなくなって、うさたろうを抱きしめた。


「ごめん……ごめんな」


   ──ご主人さま?


「お前があのうさたろうじゃないってわかってる。もうこんな、重ねるなんてことはしねえ。だから、一回だけ……!」


 止まらない。

 悔しさも、切なさも、愛おしさも。


「あの日、あのとき……! 守ってやれなくて、すまなかった……!」


 俺のこの行為がどれだけ卑怯なのか──そんなこと、もちろんわかってる。

 それでも、どうにかなってしまいそうだった。


 うさたろうはじいっと黙ったまま、俺を受け止めてくれた。


 俺が抱きしめているはずなのに、いいんだよ、って抱きしめてくれているようで。


   ──ご主人さまは、泣きたいの?


 そうかも、しれない。

 お前をうしなって、俺は泣かなかった。

 自分を守るために、お前を忘れようとしたんだ。

 だから、泣かなかった。


   ──じゃあいま、泣く?


 泣かねえ。

 男は人生で三回しか泣いちゃだめだって、親父に教えられてきたからな。


   ──じゃあいつ泣くの?


 男が泣いていいのは、

 一番悔しかったときに流す、悔し涙。

 一番嬉しかったときに流す、嬉し涙。

 そして己の人生を振り返り、最期に流す男涙。

 この三回だけなんだってよ。


 悔し涙はあいにく、コボじろうを召喚してすぐ、マイナージェリーにやられて使っちまった。俺ダサ。


   ──そっか。

     じゃあ次、とってもうれしい

     ことがあったら泣いてくれる?


 まあ、あったらな。


   ──約束、だよ。


「うさたろう?」


   ──時間だね。


     ──行かなきゃ。


 うさたろうは俺にくるりと背を向ける。

 その背にはいつの間にか、ふたたび純白の翼──


「うさたろう、待ってくれ……! 俺は……!」


   ──ご主人さま。


「うさたろうっ……!」



   ──あのとき、守ってあげられなくて、

     ぼくのほうこそごめんね。



「ぇ……」



   ──こんどこそ、ぼくが守るから。



   ──だいすきだよ。



   ──これまでも、これからも。



 そうしてうさたろうは、翼をひろげて飛び去ってゆく。



「うさたろう、お前はっ……!」



 そうして俺は手を伸ばすが、うさたろうは光の彼方へと消えてゆく。


 どういうことなのか理解が追いつかぬうち、視界は真っ暗に閉ざされた。



──



「これで全員だな」

「はい。じきに目を覚ますでしょう」


 暗黒のなか、聞こえたのは男女の声。


「それにしても……本当によくやったよな」


 男の声は、低く太い。

 地を転がる重石というよりも、大地に深く根をはった巨大な樹木を思わせる。


「うふふ……エンデさま、最後はおんおんと号泣なされて」

「ぐむん……それはあまり言わんでくれ」


 からかうような言葉とはうらはらに、女性の声は穏やかで落ち着いている。

 ゆるりと流れる河のようであり、おおきな海のようだった。


 暗闇のなかで、そんな男女の声だけが聞こえてくる。


「リーン、どこへいくつもりだ」

「うふふ、彼らが目覚めて、回復魔法を使用したことに対するお礼を言われては、ヒーラー失格ですわ。わたくしは失礼いたします」


「どこの辻ヒーラーだよ……。いま、いなくなられると困るんだが。……その、知ってるだろ」

「まあ、苦手なことは克服すべきだとおっしゃっていたくせに、口下手とあがり症は克服なされておりませんの?」


「こればっかりはな……。むん? 誰か起きたな。あっおいリーン、あっ、ちょ」


 がりがりとなにかを掻く音が響く。


 全然話が見えない。

 誰と誰が喋っているのかもわからない。

 聞いたことのある声でもない。


 ただ、会話にあった、

 「辻ヒーラーは礼を言われたら負け」という言葉にだけ、深く共感できた。

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