08EX2-A Weekend Has Come

08-42-Beneath the Starry Skies

 がんばったな。

 良い”週末"を──


 エンデの言葉と同時に視界が白から紫へと瞬時に切り替わる。


 唐突な浮遊感。


 ここは──空だ。

 俺たちは、空に浮いている。


 紫の空を、パラシュートを背負ったようにゆっくりと下降している。

 眼下には遥か遠く、豆粒のようなエシュメルデの街が見えた。


「藤間くんっ!」


 灯里が平泳ぎのように手を動かし、遠くから近づいてくる。


 みんな、いた。

 俺を含めた十三人が、紫の空に浮いている。


 ゴォォォォォ……。


 見上げると、紫の渦が、未だ暴虐を湛えていた。


「小さくなっていくわ……」


 七々扇の言うとおり、渦はすこしずつ回転を緩め、小さくなってゆく。


 渦が、口を開いた。


 そして、


 すべてを切り刻めなかったことを残念がるように、

 すべてを吸い込めなかったことを悔いるように、

 恨めしげに、憎々しげに、忌まわしげに──


 ありとあらゆる後悔を詰め込んで、ギチギチと呪詛のような音を立てながら消えていった。



 紫が消え、闇がうまれた。


 渦のあった場所が、白く輝く。

 輝きは四方へと散らばり、闇を、俺たちを、大地を、エシュメルデをあたたかく灯しはじめる。


「マナフライか」

「きれい……」


 灯里はもう俺の前まで泳いできていた。

 疲労の残る顔。汗ばんだ額。

 しかし、マナフライに彩られた灯里は、やはり息を呑むほどに美しかった。


「藤間くん、私……あの、ね」


 目があって、逸らされる。

 うつむいたまま、上目遣いでちらちらと。

 そしてふたたび口を開いたところで、


「「「わぁぁぁああああああーーっ!」」」


 灯里の弱々しい声を、随分と大きく見えるようになったエシュメルデの歓声がかき消した。


「うっわ……めっちゃいるじゃねえか……」


 どうやら俺たちは、中央の噴水広場に向かって降下しているようだ。

 しかしどうみても噴水広場は人がみっちりつまっている。ライヴハウスかよ。


「ぅ……」


 なにかを言いかけた灯里は困ったように俯いて、俺の羽織るクロースアーマーの袖をつまんだ。


「ぬあ……」


 いや、人混みが怖いのはわかるけど、その、むしろ俺のほうが人混み苦手だし、その、なんならこの状況も恥ずかしいというか困る。



「勇者さまぁーーー! かっこいいー!」

「きゃーーーー祁答院くーーーん!」


 離れた場所にいる海野や祁答院の下には、美女の群れ。


「うおっ……! マジで? マジでマジでマジで?」

「はははっ……参ったな」


 鼻の下をだらしなく伸ばす海野に、苦笑を浮かべる祁答院。



「セイくーーん! イオちゃーーん!」

「国見さーーーん! かわいいーーー!」

「「きゃーーーーっ!」」


 三好姉弟や、国見さんの下にも女性。


「ちょ、まっ、せ、セイ、なんとかしなさいよ!」

「ぅ……! そ、そんなこといわれても……」

「…………」


 三好伊織は慌てて逃げようと腕を漕ぐが、全然移動できていない。清十郎はあわあわしている。国見さんは白目を剥いて気絶していた。



「綾音お姉さまーーーーっ!」

「亜沙美お姉さまーーーーっ!」


 七々扇や高木の下にも、たくさんの美人。


「あ、あの、そもそも私たちはあなたたちよりも年下でお姉さまと呼ばれるにはふさわしくないのだけれどそれに当然のことをしたまででここまで手厚い歓迎は不要というかどちらかといえば」

「あはははは! お前らあああぁぁああ! ぶっ飛ばしてやったぞーーーっ! あはははは!」


 七々扇は盛大にテンパって汗を飛ばし、高木は街にも負けないくらいの声を返している。



 アッシマーの下でも鈴原の下でも、小金井と小山田の下でも多くの女性が両手を伸ばして、受け止める役を競い合うようにきゃっきゃと待ち受けている。



 ははははは。



 祁答院じゃないけど。



 いやぁ、参ったな。



 参った参った。



 ははははは、ははははは。



 そうして若干の照れくささを感じながら真下を見ると──




「「「と、お、る! と、お、る!」」」


 …………。


「「「と、お、る! と、お、る!」」」


 男の冒険者たちとホビットたちが競うようにして俺に向かって拳を突き上げていた。


「……なあ、なんかおかしくねえかこれ」


 なんか、俺の真下だけ男だらけなんだけど。ジャニーズのライヴ会場のなか、俺の真下だけふんどし祭り開催! みたいになってるんだけど。


「いや、あそこに突っ込むのだけはいやなんだけど」


 顔を正面に戻すと、灯里は冷や汗を垂らしていて、


「ご、ごめんね?」


 俺に背を向け、かえるのような綺麗な平泳ぎでいそいそと遠くへ行ってしまった。あ、灯里ぃぃぃぃぃぃいいいいイイイイッッッッ!!


「「「と、お、る! と、お、る!」」」


 いやちょっと待って絶対いやなんだけど。なんか背の低いホビットたちが冒険者たちに闘志を燃やしてピラミッドつくってるんだけど!


 俺も泳いで逃げ──


「って、背中も右手も左手も革袋もってて泳げねえじゃねえか!」

「「「と、お、る! と、お、るぅッ!!」」」


 うるさすぎる咆哮。

 息を吸い込めば薔薇の香り。

 なぜかホビットは全員上半身裸だった。

 ピラミッドの頂点にいるダンベンジリのオッサンの頭がマナフライの反射で煌めいた。


「なんなのお前ら!? 絶対いやだ! いやだいやだいやだ……! お前らちょっとまて! いやマジで待ってくれ! うわぁあぁぁあぁ……いやいやいやいやちょっとまってちょっとまってちょっとまほげえええええぇぇぇぇええ‼」



 ピラミッドの一番上から飛びついてきたダンベンジリに抱きすくめられ、俺は誰よりも早く地面に着地──もとい、落下した。

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