08-27-Just Leave a Smile Beneath a Burning Sky
やっと逢えたな、クソ野郎っ……!
「
アイテムボックスから素早くカッパーステッキに持ち替え、呪いを発動させると、カカロの鳶色をしたキャトルマンの頭上に、茶色の
「はああああぁぁぁあっ!」
カカロは七々扇の剣による鋭い横薙ぎを槍で受け止める。その隙に駆け寄った祁答院の一閃を後ろに下がってかわした。
「オラぁぁぁぁぁあああッ!」
駆けつけた海野が振るった大剣をしゃがんで交わし、低姿勢のまま、両手に持った槍を引く──
「させっかよ!」
海野の危機を、ハンマーから持ち替えた高木の洋弓が救った。カカロは矢を横に転がってかわした代わりに、海野への一撃を逃したのだ。
俺はカッパーステッキからカッパーアーツへと装備を変更し、カカロへと駆けてゆく。
素早く立ち上がったカカロの側頭部を狙った面打ちは左手に弾かれてしまったが、
「うおぉぉぉぉぉおおおッ!」
本命はこっちだっ……!
俺はカカロの脚を狙って、左脚を渾身の力で振り抜く。
ガァン……!
しかしカカロは槍の底──石突きを地面に立てるようにして、俺の蹴りを防ぐ。
その反動で、カカロの手のなかで槍がぐるりと半回転する。
そしてカカロがもういちど後ろに下がり、俺たちと距離を取ったところで、俺の真横を、一筋の矢が勢いよく通り過ぎていった。
鈴原の
鋭い一矢は、カカロの喉元を狙って飛んでゆく。
しかしそれも、扇風機のように高速に回転させた槍に弾かれてしまう。
「嘘だろっ……!」
祁答院が詰め寄る。
海野が突っ込む。
高木がハンマーを振るう。
めげずに何度も攻撃を繰り返すが、どれもこれも巧みにかわされてしまう。
「
周りのモンスターが少なくなったこともあり、カカロから距離をとった七々扇がカカロにロッドをかざした。
「天泣のカカロ。ロウアーコボルトのユニークモンスター。ランクは2。HPは140。スキルは【
HP140……!
それって、HP120のピピンよりもしぶといってことかよっ……!
カカロの身体には浅く斬られた傷こそあるものの、大きなダメージは与えられていない。
「クソがぁっ! ぐあっ!」
「……! 直人! 下がっていろ! はあぁぁぁああっ!」
「なんなわけ⁉ ぜんっぜん当たんないんだけど! はぁっ……! はぁっ……!」
何人がかりだよ。
何人でかかっても、倒せる気がしない。
死地を脱したらしいコボたろう、コボじろう、コボさぶろうはピピン二体と戦闘中だ。三好清十郎はこの三人を必死に回復している。
もしも誰かがカカロではなくピピンに向かったとしたら、カカロを抑えきれる気がしない。それどころか空いた隙に矢を撃ち込まれるだろう。
「炎の精霊よ、我が声に応えよ──」
「光の精霊よ、我が声に応えよ──」
「わが力に
クールタイムが完了した灯里と三好伊織、そしてアナライズを終えた七々扇が詠唱を開始する。
そのあいだ、三体のマイナージェリーはアッシマーと小山田がぼろぼろになりながら抑えていた。
そんなとき、脳内に響く声。
『聞こえるかい!? 東のモンスターたちだけど、トンネルの突破を諦めて戻ってる! たぶん中央の部屋に向かうと思うよ!』
うっすらとは気づいていた。
祁答院と七々扇がいまここにいるということは、そういうことなのだ。
祁答院たちは東中央から、全員で北東の通路へ逃げたのだ。
モンスターはひたすら南──教室の防衛ラインを目指す。
祁答院たちは、敵の背後を衝くことをせず、モンスターを見送って、中央の部屋に戻ってきたのだろう。
結果、そのおかげでコボたろうは助かった。現状でもこれだけ劣勢なんだ。こいつらが戻ってこなきゃ、今ごろ俺たちは全滅していたかもしれない。
とにかく、祁答院たちのおかげで一度は死地を脱したものの、いまこうしてふたたび窮地に立っている。
早くカカロを倒さねえと、ピピン四体を含む敵の援軍が来ちまう……!
迫り来る焦燥を打ち砕くように拳を突き出しても防がれる。
襲い来る危機を振り抜くように脚を振るってもかわされる。
カカロは海野の大剣をかわして蹴り飛ばし、祁答院の斬撃を槍で防ぎ膝を入れ、高木のハンマーを側転で避ける……!
アクロバティックな動きに俺たちが絶望しているあいだに、カカロは側転回避の後、跳びあがり、マイナージェリーを踏みつけて
宙で逆さになったその手は、いつの間にか槍ではなく、弓を構えていて──
《
青い魔力の矢が散らばり、俺の横を通り過ぎていった。
耳に入る、小さな三つの悲鳴──
──どくん。
「くう…………ぅぁぅ……ううっ……!」
「イオ! イオッ!」
肩を押さえて呻く、三好伊織。
──どくん。
「ぐ、ぅ…………」
紅く染まった腹部に手を当て、膝をつく七々扇。
──どくん。
痛いほど
揺れる視界の先にあったのは、仰向けになった灯里。
その胸元には矢が突き立っていて、白いローブを紅に染めあげている……。
…………なんだよ、これ。
「ざけんなぁぁぁああアアッッ!!」
咆哮をあげながらカカロに飛びかかった。
しかしやはり、いなされる。かわされる。弾かれる。
槍の穂先が脇腹を
カカロの蹴りを受け止め、骨が軋む。
それでも一歩、また一歩と踏み込んでゆく。
モンスターに対して、憎しみなんてない。
モンスターは人を殺す。
人はモンスターを殺す。
この
三好伊織も。
七々扇綾音も。
灯里伶奈も。
自らこの
だから、モンスターを憎むことなんてない。
ならば、いまの俺をつき動かす感情はなんだ。
カカロに勝てない自分の不甲斐なさが。
七々扇や灯里を守ることのできない己が。
そして、いつしか学校で祁答院に言い放った、灯里を守るのは俺だと言い放った、身の丈に合わぬ
自分が、
己を、
「せいっ! はああっ! うおおぉぉおッ!」
それでも、当てつけのように、カカロに拳をぶつけてゆくのは。
きっと、ここで負けてしまったら、俺は生涯、俺をゆるせないから…………!
「ぐあああぁっ!」
腹部に鋭い衝撃。
カカロが遠ざかってゆく。
石突きで腹を突かれ、大きく吹っ飛ばされたのだ。
「ぐうっ……げぇぇ…………」
次いでやってくる激しい鈍痛。
ヤバい。
立たねえと。
立たねえと、みんな、やられちまう。
思考とは逆に、薄れゆく意識。
ぼやけてゆく視界の先に見えるのは、カカロへと果敢に向かってゆく祁答院、高木、海野。
三好伊織には弟の清十郎が回復魔法をかけていて、七々扇には小金井が、灯里には小山田が駆け寄って、ポーションを飲ませている。
鈴原はアッシマーを取り囲む三体のジェリーに矢を放っている。……このままじゃ、アッシマーもっ……。
ピピン二体を相手にするコボたろう、コボじろう、コボさぶろうはなにやら頷きあい、コボさぶろうだけがうつ伏せで顔を上げる俺の元へ駆けてきた。
コボさぶろうの身体はぼろぼろだった。大きな
「コボ……さぶろう……? むぐっ……!?」
そんなコボさぶろうにあっという間に仰向けに転がされ、口元にあてがわれるビン。
これ、お前のポーションじゃねえか。
大丈夫だって、俺はもう一個ポーションを持ってるから。
俺がそう虚ろであろう目で訴えるが、コボさぶろうは首を横に降り、俺の鼻をつまんで赤い液体を無理やり飲ませる。
空になったビンが自動的に消え失せると、コボさぶろうは満足げに、
「がうっ♪」
そう、俺に、微笑んだ。
腹に受けた鈍い痛みがひいてゆく。
刺さっていることにすら気づいていなかった肩の矢が消えてゆく。
でも、それに安心することなど、到底できなかった。
立ち上がり、俺に背を向けるコボさぶろう。
「ま、待てよ、待って……くれよ」
立ち上がりたいのに、傷はふさがっても体力が回復しておらず、さっきと同じようにうつ伏せになり、顔を上げることしかできない俺の弱々しい声は、戦場に
俺に可愛く懐いて死んでいったはねたろう。
愛らしく飛び跳ねて消えていったぷりたろう。
「だめだって……! だめだっ、コボさぶろう、そんなの俺が許さねえっ……!」
コボさぶろうは俺に背を向けたまま、変な方向に曲がった左手を横に突き出し、親指を立て、
「がうがうっ♪」
やはり、可愛らしく吠えてみせた。
「ぁ……ぁ…………!」
そうしてコボさぶろうはウッドハンマーを
もういやだ。
もう、こんなの、いやだ。
ここで有利になるからって、自ら散らす命なんて、あっていいはずがない。
すまねえ。
すまねえ、コボさぶろう……!
俺は、お前の勇気を。意志を。
台無しに、しちまう。
「コボさぶろう、召喚解除……!」
死なせたく、ねぇ。
命が永遠に失われる可能性がある以上、お前を永久に
しかし──
《コボさぶろうが指示を拒否》
「ぇ…………」
無防備につっこむコボさぶろうの身体を、二本のピピンの槍が貫いた。
「あっあっ、あぁっ、コボさぶろう! コボさぶろうっ! 召喚解除、召喚解除ッ!」
《コボさぶろうが指示を拒否》
《コボさぶろうが指示を拒否》
身体を貫いた二本の槍をコボさぶろうは両腕で掴み、離さない。
「召喚解除、召喚解除、召喚解除ォッ!」
《コボさぶろうが指示を拒否》
《コボさぶろうが指示を拒否》
《コボさぶろうが指示を拒否》
なんだよ拒否って。
言うこと、きいてくれよ。
自我かなんだか知らねえけどふざけんなよ!
絶対に許さねえっ……!
「召喚解除召喚か」
【
「いじょ……」
コボさぶろうは最期に、にかっと笑い、ピピンの槍を握ったまま、笑顔だけ残して、哀しく燃える空へ散っていった。
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