08-26-Someone Who Can't Throw Anything Away

 第七ウェーブ……渦の出現が、すぐそこまで迫っているとき。

 教室へ続く南東のトンネルにて、俺はアイテムボックス持ちのアッシマー、高木、七々扇の手を借り、ある作戦の準備を大急ぎで行なっていた。


「藤間くん、これでいいですかぁ?」

「おう、サンキュ」


──────────

アイテムボックス LV1

容量 8/10 重量 10/10 距離1

─────

カッパーステッキ

コモンボウ

えびら:収納数2

マイナーライフポーション

ジェリーの粘液×2

ジェリーの粘液×2

──────────


 俺はアイテムボックスからジェリーの粘液を四つ、アッシマーの置いたそれの上に積み上げるようにして置いた。


 ほかの装備やアイテムは容量も重量も1だが、ジェリーの粘液は容量2の重量3。じゃあどうして重量10制限の俺が持てるのかって話なんだが、それはメイオ砦で手に入れたエピックスキルブック【★アイテムスタックLV1】のおかげなんだが、いまは割愛する。


 ちなみに残りの武器──カッパーアーツはすでに装着しているし、ウッドワンドとレザーシールドは背に担いでいる。


「きみはよくこんなことを思いつくな……」


「でもこれって大丈夫なん? ぶっ壊されないわけ?」


「その可能性は大いにある。だけど少なくとも、時間稼ぎにはなるだろ」


「そうね。それにモンスターの量を考えると、無策だとどうしようもないもの」


 俺たちは不安げに、しかし一縷いちるの望みを託すように、ジェリーの粘液で埋め尽くされたトンネルを見上げた。


 ジェリーの粘液は、ぱっと見、中心にコアのないジェリーだ。

 直径一メートルほど。そして見た目よりも重量がある。


 それを南東から教室へと向かうトンネルに並べ、積み上げた。

 その総数、24。

 このシュウマツで木箱から得たモンスター素材だ。


 俺や祁答院が同時に押しても引いてもびくともしない。体当たりをしかけても弾き返される。

 いちばん高所にあるジェリーの粘液を引き抜こうと思っても、ぎちぎちに詰まった緑色の物体をひっこ抜くには、さぞかし骨が折れることだろう。


 俺の作戦とは、ジェリーの粘液をつかって東の通路を通行止めにし、モンスターたちを足止めすることだった。


 第六ウェーブで確信したが、シュウマツにおいて、モンスターは取り憑かれたように防衛ライン──教室を目指して進軍する。

 だから、中央で戦闘をし、俺たちが教室の逆──北東や北西の部屋に撤退しても、全軍で俺たちを追いかけてはこないのだ。


 最終ウェーブのモンスターは特に多い。

 ここにモンスターを数体でも足止めさせることができれば、その間、俺たちは敵が減ったぶん優勢になるし、そこを背後から急襲すれば、かなり有利になるはずだ。



──



「こっちよ、天泣のカカロッ!」

「いくぞッ……!」


 それなのに、敵の背後をくはずだった祁答院と七々扇の声がした。

 同時に、俺たちに向かうカカロの射撃がんだ。取り囲むモンスターの一部も俺たちに背を向け、祁答院たちのほうへ駆けてゆく。


 作戦とは違う、予定外の行動。

 しかし俺にはそれを責めるつもりも、それ以前にそんな余裕もなかった。


「コボたろうッ!」


 目の前のジェリーを蹴り飛ばし、包囲の薄くなった場所を抜けてコボたろうのもとへ。

 三体いたピピンの一体は祁答院たちを迎え撃つべく背中を向けて走り出していて、二体のピピンをコボじろうとコボさぶろうが抑えていた。


「コボたろうっ! コボたろうッ!」


 コボじろうたちから二メートルほど離れた場所で、コボたろうは仰向けに倒れていた。胸からは血が滲んでいて、左手で矢に貫かれた傷口を押さえている。

 俺が駆け寄るより早く、コボたろうの右手には赤い液体の入ったビンが握られていて、コボたろうは仰向けになったまま、それを一気に煽った。


「絶対死ぬなよ、コボたろう!」


 不安と安堵。

 コボたろうを引っ張り上げてやることもできず、相反する感情を呑み込んで、迫りくるマイナーコボルトの槍をかわし、カウンターで顔面に拳をぶちこんで緑の光に変えた。


 コボじろうとコボさぶろうはピピン二体を抑えている。

 灯里と三好は詠唱中で、鈴原は最後のフォレストバットを撃ち落とした。

 そんな三人を、アッシマーは全力で庇っている。──アッシマーの桃色の盾には十本以上の矢が突き立っていて、まるでハリネズミのようだ。


 高木と海野は咆哮をあげながら、コボルトの群れを相手取っている。回復魔法を使ってもらったのか、あるいはポーションを飲んだのか、ふたりの肩に突き立ったはずの矢は消え失せていた。


 三好清十郎はモンスターの攻撃と射撃を警戒しながら、前衛に回復魔法をばらまいている。MPとSPが枯渇しそうなのか、目が虚ろだ。


 そんな弟を援護するように、姉──三好伊織の甲高い声が戦場に鳴り響く。


「待たせたわね……。行くわよ! 雷波ライトニング・ウェーブ!」


 シュウマツのなかで覚えたという、第二の光魔法。


 三好の持つロッドの先にある魔法陣から現れたのは、扇状に広がりながら蛇のように蛇行して前進する黄金の波。

 進むごとに広がるそれはどういうわけか俺たちの身体をすり抜けて、モンスターのみに──目の前にいるコボルトの群れに、多くのジェリーに、ピピンに雷撃を浴びせてゆく。


 広範囲に効果を及ぼす反面、大量のモンスターを緑の光に変えるには至らない。しかしジェリーを押し出すように奥へ弾き飛ばし、コボルトは衝撃に顔を歪める。


 その隙に、海野の大剣が、高木のハンマーが、鈴原の弓がコボルトを討ち取って、


それは敵を焼き焦がす、紅蓮ぐれんの柱なり。──いきますっ! 火柱フレイムピラーッ!」


 灯里の魔法陣から放たれた火の玉が、雷波ライトニング・ウェーブによって寄せられたジェリーの群れへ勢いよく放たれた。

 火の玉はジェリーに着弾し、炎の渦となってジェリーの群れを一斉に焼き尽くし、この部屋に多くの木箱をつくった。


 ふらふらになりながら立ち上がるコボたろうと、ピピン二体と激しい攻防を繰り広げるコボじろうとコボさぶろう。


 その奥にようやく見えたのは、鳶色とびいろのキャトルマン──カウボーイハットを目深まぶかに被ったコボルト。

 165cmくらいだろうか、コボたろうやマイナーコボルトと身長は変わらず、細身な身体をしている。だというのに、ピピンの持つ大槍を軽々と操り、祁答院と七々扇のふたりと悠々と闘っている。


 こいつが、天泣のカカロ……!


 フォレストバットは鈴原がすべて討ち取った。

 マイナーコボルトもロウアーコボルトもすべて倒した。



 残るはマイナージェリー三体と、ピピン二体と、この天泣のカカロのみ。



 やっと逢えたな、クソ野郎っ……!

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