08-28-For Dear - A Wailing Sky -
コボさぶろうはピピン一体を木箱に変え、もう一体のピピンに大ダメージを与え、ジェリー三体を道連れにして、紫の空へ散っていった。
「コボさぶろうっ……! くっ……そぉッ……!」
うつ伏せのまま地面を叩き、紫の草を引き抜くように握りしめる。
『ぴいぴぃっ♪』
『……(ぴょんぴょん)』
『がうがうっ♪』
どれだけの犠牲が必要なんだよ。
この絶望を終わらせるためには、どれだけの哀しみが必要なんだよ。
「うわああああぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁああアァアッッッッ‼」
気が狂いそうだった。
召喚モンスターは俺の分身だ。
俺が……俺の信念に添って、絶対に勝つ。ただ、勝つ。なんて思わなければ、こんなことにならなかったかもしれないのだ。
そうして俺は偉そうに言うだけ言っておいて、犠牲はすべて
なにが違うんだよ。
しかし、俺が闇に堕ちることを、ポーションを使ってもなお残る、頬の熱い痛みが許さない。
折れかけた信念を繋ぎ止めてくれたコボたろうの拳が、熱血が、俺の震える脚を立ち上がらせる。
瀕死のピピンはコボたろうとコボじろうの槍によって木箱に変わった。残るはカカロのみ。
早急に倒さなければ、ピピン四体を含む援軍がやってきて、カカロは再びその後ろから矢を放つだろう。
そうなれば、消耗しきった俺たちにはもう、勝ち目はない。
コボさぶろうはそれをわかっていて、ピピンを早く倒すため、自ら犠牲となったのだ。
──それを、無駄にしちゃ、いけない。
はねたろうの。
ぷりたろうの。
コボさぶろうの犠牲を無駄にしないために。
「祁答院、高木、海野、傷がひどい、一旦下がれっ!」
「藤間くん……! くっ、頼むっ!」
「コボたろう、あんた大丈夫なわけ⁉」
「クソが……っ! たの、む、コボじろう……」
汗まみれになって端正な顔を疲労で歪める祁答院、後ろにさがった拍子に疲弊しきっているであろう脚がもつれて後ろに倒れ込む高木、虚ろな目をして膝をつく海野を押しのけるようにして、俺、コボたろう、コボじろうは一斉にカカロへと飛びかかる。
カカロはコボたろうの槍を身体をひねらせるように回転してかわすと、槍を横に振る。それをコボじろうの盾が防ぎ、コボじろうは盾を構えたまま吹き飛んでゆく。
槍を横に薙ぎ払った隙を見て、後ろへと駆け込んだ俺の右脚が、カカロの膝裏を打った。
「ガッ⁉」
ようやく入ったまともなダメージ。しかしカカロは膝を折ることなく、槍を振り回して俺たちを遠ざける。
距離をあけてしまえば、カカロは弓に持ち替えてしまうだろう。そうはさせまいと、俺はコボたろうと一緒に再び立ち向かってゆく。
「うおおぉぉおおッッ!」
「ぎゃぁぁぁぁうっっ!」
俺とコボたろうはふたりがかりで叫びながらカカロへ猛攻を仕掛けてゆく。
コボたろうとカカロの槍がガツガツと激しくぶつかりあい、轟音が響めく。
ふたりの
「このやろっ……!」
その隙に俺はカカロに蹴りを浴びせるが、カカロの脇腹は鋼のように硬く、邪魔さえできない。
「グルァァァァァアアウ!」
カカロはコボたろうを弾き飛ばし、槍を長く持ち、その場で横に回転して槍を振り回す。
避けられないと判断した俺は、アイテムボックスから素早くレザーシールドを取り出して横からの槍撃に備えたが……
「があぁっ!」
盾で受け止めたというのに、スイングの勢いで俺は吹き飛ばされてしまった。
肩からワンバウンド。腰からツーバウンド。もう一度肩に衝撃が来て、右手で受け身を取るようにして立ち上がったはいいが、ダメージで左腕と脚が震えて動かない。
交代と言わんばかりに、ポーションを飲んで回復した祁答院、高木、海野、そして小山田とアッシマーまでがカカロに突っ込んでゆく。
いまの回転攻撃で傷を受けたのか、コボたろうは胸を押さえている。俺も動けそうにない。
そんな俺に駆け寄ってくるのは……
「がうっ!」
コボたろうや並のコボルトよりやや小兵の──コボじろうだった。
コボじろうは俺の前に
「なに……してんだよ……」
戦闘中に、なにをしているんだよ。
違う。
俺が訊きたいのは、そんなことじゃないはずだ。
でも、怖くて、訊けない。
──いったい、いまから、なにをするつもりなんだよ、なんて。
「コボじ──」
「がうがうっ!」
俺が受け取らないことを最初から理解しているかのように、コボじろうは俺の足元に赤いビン──マイナーライフポーションを置いて──
「がうがうっ♪」
やはり、コボさぶろうのように、笑ってみせた。
俺には、コボじろうが、なにをしようとしているのか、わかっている。
だから、止めなきゃ。
震える脚を前に出し、コボじろうの腕をつかもうとするが、コボじろうはそれを避けるようにして、俺に背を向ける。
コボじろうは、コボたろうやコボさぶろうのような
──そのぶん、器用で、素早いんだ。
……だから、届かなかった。
追いかけても、俺が掴むのは、哀しみと無力感だけ。
「がうっ!」
そしてコボじろうは槍も盾も持たず、カカロへと向かってゆく。
だめだろ、コボじろう。
相手を倒すなら、武器を持たなきゃ。
攻撃を防ぐなら、盾を持たなきゃ。
だめだろ、コボじろう。
そんなの、死ににいくみたいじゃねえか…………
《コボじろうが指示を拒否》
《コボじろうが指示を拒否》
《コボじろうが指示を拒否》
──自我って──
「ぎゃうっ!」
「ガウッ!? グルァウ!」
祁答院や高木、海野をも振り切って、両手をあげて無防備にカカロへと突っ込んでゆくコボじろう。
──生まれたての召喚モンスターは持っていないはずなのに、俺の召喚モンスターが持っている、自我って。
「ぐ…………ふっ……!」
「グッ⁉ ギャ、ギャウッ!?」
カカロの槍に胸を貫かれ、しかしそのままコボじろうはカカロを強く抱きしめる。
──もし。
「ガッ、ガッ、グルァウッ!」
「ぎゃうっ、がう、ぎゃうっ!」
拘束を逃れようともがくカカロ。コボじろうはカカロを抱きしめたまま押していき、部屋を構成する壁の一部となっている紫の木に、カカロの身体を押し付けた。
コボじろうは血を吐きながら背に顔を向けて「自分ごとやれ!」と言わんばかりに吼える。
──もしもだぞ。
「ぅ……ぁ……なぜ……こんなことに……」
「こ、コボじろう……あんた、嘘でしょ……!?」
「で、できるかよッ! コボじろう、コボじろう! ポーションを……!」
祁答院も高木も海野も動けない。
武器を構えたまま、誰も手を出すことができない。
──こいつらに、自我なんてなかったら。
アオォォォォォォーーーーオオオォォン………
コボたろうが天を仰ぎ、大きく吼えた。
俺が聞いたことのない、
そうして前を向いたコボたろうのつぶらな瞳からは、
コボたろうは、槍を、構えた。
──
ふたりは、兄弟のように仲がいい。
先に生まれたコボたろうは兄。
後に生まれたコボじろうは弟。
『がう……』
『がうっ!』
コボじろうが落ち込んでいるとき、励ますのはいつもコボたろうだった。
「がう……?」
「がうがうっ!」
落とした肩を叩いて力づけ、
下った頭を撫でて勇気づけ──
「がうがう♪」
「がうがう♪」
そして最後にはいつも、
ふたりとも、笑顔になるんだ──
──
「グゥゥ…………」
コボたろうの槍が、コボじろうの背中とカカロの胸を貫いた。
──もし、こいつらに自我なんてなかったら。
《
──俺も、コボたろうもコボじろうも。
アオォォォォォオーーーーーーオオォォン…………
──こんなにも、哀しい思いをしなくてもよかったのかな。
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