02-02-不安の萌芽

 とまり木の翡翠亭。

 目が覚めたとき、ふたつのベッドに挟まれた窓際にあるステータスモノリスの前で、やはりアッシマーが鼻歌を歌っていた。


「ふんふんふーん♪」


 ……むしろ鼻歌に起こされた。

 一度寝返りをして、うるせえなと抗議アピールをしてみるが、歌声がやむ気配はない。


 べつに音痴な感じはしない。むしろ上手いほうだと思う。曲名なんてわからないが、不自然な音のズレは感じられないし、伸びやかなビブラートなんかは聴いていて心地よいくらいだ。


 睡眠を邪魔するものは何人なんぴとたりとも許さん、という俺の身勝手だ。あれ、でもこの歌、なんだか気持ちいい。


「ふんふふんふーん♪」


 これは子守唄だ。そう思うことで、俺は再び優しい睡魔に……



「ふんふふーん♪ にゃんにゃにゃんにゃーん♪」

「いややっぱり許せんわ。ふざけんなこの野郎」


 勢いよく半身を起こすと、アッシマーは「はわっ」と声をあげ、俺と距離をとった。そうしてから元の位置に戻り、


「おはようございますっ」


「んお……おー……おはようさん」


 まだ眠い目をこすり、ぽけーっとした頭を一つ掻いて、


「お前そこにいるの好きだよな……。いったい何を眺めてるんだ?」


「スキルですっ。どんどん充実していくスキルをみるのは楽しいですっ」


「……そうか、よかったな」


「はいっ」


 立ち上がると、アッシマーがステータスモノリスの前を空けて「どうぞっ」と両手で勧めてくる。レベルなんて上がっているはずもないが、アッシマーがめっちゃ期待したような目で見てくるので、仕方なく前に立ち、手をかざした。


──────────

藤間透

LV1/5 ☆転生数0 EXP0/7

HP10/10(+1) SP10/10 MP10/10

▼─────ユニークスキル

オリュンポス LV1

召喚魔法に大きな適性を得る。

▼─────パッシブスキル

──LV2──

採取

──LV1──

器用

▼─────装備

コモンステッキ ATK1.00

ボロギレ(上)

ボロギレ(下)

採取用手袋LV1

コモンブーツ DEF0.10 HP1

──────────


 変わったことといえば、パッシブスキルに【採取LV2】と【器用LV1】が加わったことと、装備にコモンブーツが復活したことくらいだ。一週間くらい前にコボルトに殺されたとき、コモンブーツをロストしてるからね。ファッキン。


「ふむふむ……藤間くんはやっぱり召喚士さんなんですねぇ……。って……」


 アッシマーが急にしょんぼりしだす。


「なんだよ」


「いえ……その、やっぱりわたしのほうがお金を使ってもらっているので……申しわけないな、と」


 今度はアッシマーがうつむきながら手を伸ばした。


──────────

足柄山沁子

LV1/5 ☆転生数0 EXP1/7

HP7/7(+1) SP15/15 MP8/8

▼─────ユニークスキル

アトリエ・ド・リュミエール LV1

全ての非戦闘スキルに適性を得る。

アイテムの使用に大きな適性を得る。

モンスターからの報酬が増加する。

▼─────パッシブスキル

──LV2──

調合

──LV1──

加工、採取

▼─────装備

ボロギレ(上)

ボロギレ(下)

調合用手袋LV1

コモンブーツ DEF0.10 HP1

──────────


 ああなるほど、俺はLV1とLV2のスキルが1つずつ、アッシマーはLV1のスキルが2つとLV2のスキルが1つ。30カッパー分アッシマーに多く使っていることが気になったようだ。


「そのほうが効率がいいからそうしてるだけだ。だいたい、金の使いかたは俺に任せるって言ったの、お前じゃねぇか」


「そうですけど……。なんと申しますかですね。わたしはですね。藤間くんのほうが頑張ってるのに、わたしのほうが優先されているのがつらいのですっ」


「なにその話しかた。……いいんだよ、これで。それに俺は俺のほうが頑張ってるなんて思ったこと、ないから」


「本当ですかぁ……?」


 モンスターハンティング──通称モンハンのオトモネコルーを解雇しようとしたときのような「捨てないでくださいぃぃ……」という目で俺を見上げてくる。


「嘘ついてどうすんだよ。……歯ぁ磨いてくるわ」


 アッシマーに背を向けて部屋を出る。


 正直なところ、俺は焦っていた。


 エペ草とライフハーブを調合すると、薬草になる。

 薬草とオルフェのビンを調合すると、薬湯やくとうになる。

 そうして出来上がった薬湯とマンドレイクを調合すると、ようやくリディアの求めるマイナーヒーリングポーション。


 一般的な価格でいえば、

 エペ草が5カッパー。

 ライフハーブが7カッパー。

 オルフェのビンの材料であるオルフェの砂は単体では売り物にならず、0カッパー。


 危険が伴うため、俺たちはまだマンドレイクを採取することができない。なので、薬湯までつくった段階でリディアに渡している。


 リディアは薬湯を24カッパーで買ってくれるという。マンドレイクの採取とマイナーヒーリングポーションへの調合はやむなく、リディア自らが行なうらしい。


 つまり俺が採取して集めた素材……薬湯へ至るための原材料の価値、その合計は12カッパー。薬湯の売値が24カッパー。……この時点で俺とアッシマーのパワーバランスは均衡。……あくまでアッシマーが調合、加工、錬金とすべて成功すればの話だが。


 そして一番の問題は、俺は採取しかできないが、アッシマーは調合、錬金、加工をこなしていて、さらに俺と一緒に採取をするときもあるということだ。この時点でパワーバランス……天秤はアッシマーに傾く。


 ……あれ? むしろ捨てられるの俺じゃね?

 

 つるっつるになった口内とはうらはらに、胸のうちはすっきりすることなく、不安がねっとりとこびりついていた。

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