02-03-アッシマー・クロニクル

 生活費の2シルバーを除いた俺たちの資金は1シルバー86カッパー。


「つーか服欲しいよな」


「うっ……。同感ですが、これ以上、ほどこしを受けるわけにはっ」


 俺たちはアルカディア生活を一週間以上続けているが、いまだボロギレ。俺はともかくアッシマーが哀れでならない。ちょっとかがんだだけで深い谷間がボロローン! ってなるからね。


「言っとくが施しじゃねえからな」


「そうではなくても、わたしたちにそんなお買い物をする余裕なんてないですっ。明後日までに5シルバー貯めないとっ」


「わかってる。わかってるけど」


「待ってください、言わないでいいですから、その先は言わないでくださいっ」


「正直このボロギレずっと着てるし、におうよな」


「あーっ、ああーっ! 言いました! 言いましたね!? 女の子ににおうって言いましたね!? 言っておきますが藤間くんだって結構においますからね!?」


「いや俺、お前だけくさいって言ってないよな。大丈夫、ちゃんと自分もくさいから」


「男女差別ですよ!? 考えてみてください、くさい男子とくさい女子、どっちが嫌か! そしてくさいと言われたとき、男子と女子どちらのダメージが大きいか!」


「女子だな。くさい女子とかありえん」


「なにバ〇キルトかけてダメージブーストしてるんですか!? ふぇっ……ふぇぇぇーん……」


 ──というわけで防具屋にやってきた。


 店に入った瞬間、店主と他の客から「うっわ乞食みたいなやつらがきた」とでも言いたげな視線を浴びる。ごめん、くさいのもあと数分だから。


──────────

コモンシャツ 30カッパー

DEF0.20 HP2

安物の素材でつくった簡素な服。

まずはここから。

──────────

コモンパンツ 30カッパー

DEF0.10 HP2

安物の素材でつくった簡素なズボン。

まずはここから。

──────────


「はわわわわ……2セット買えば1シルバー20カッパーですよ藤間くん……」


「大丈夫だ。この出費は痛いが寝苦しいよりいい」


「寝苦しいほど臭います!? それわたしですか!? それとも藤間くんのことですか!?」


「…………」


「あのちょっともしもーし? そこで無言はやめてくださいぃぃぃぃ!」


 結局買った。1シルバー20カッパー使った。1シルバー86カッパーのうち、1シルバー20カッパーも使った。



 さすがに往来で着替えることもできず、一度宿に戻り、アッシマーは部屋内、俺は誰もいないことを確認し、廊下で着替えた。


「うっわくっせぇ……」


 自分の脱ぎ捨てたボロギレは、生ゴミと汗が混ざったような、凄まじい悪臭を放っていた。


「アッシマー、俺、宿の裏でこれ洗ってくるから。着替えたらお前も持ってこいよ」


 「はいっ」という返事を背中で聞き、一旦101号室、女将の部屋をノックする。


「水をすこし使っていいすか」


「なにに使うんだい?」


「服を買ったんで、前の服……っつーかボロギレを洗いたいんですけど」


「ああ、ついに買ったのかい。そういうことなら構わないよ。でも無駄遣いはするんじゃないよ」


「はい」


 外へ出て、裏口へ。


 この世界では、地下水が通っていない。

 だから水は魔石から得るのだ。


─────

水の魔石

HP91/100

─────


 それは昨日見たコボルトの意思のように菱形をしている。ただこれはあんなにも光っていないし、こっちのほうが安っぽい。宝石とプラスチックくらい違う。


「水、出ろ」


 菱形にそう声をかけると、菱形の底から備え付けの桶に向かって水が注がれる。HPが3ほど減ったところで「止まれ」と発声すると、その通り水は止まった。


 溜まった水でボロギレをじゃぶじゃぶ洗う。……うっわ、水がもう茶色い……。


 女将には悪いが、一度水を流し、もう一度透明な水を張ってから薬草との調合で余ったエペ草を投入し、洗濯板でごしごしと擦る。

 エペ草には擦ると泡が出る石鹸のような効果があり、この世界では洗剤として重宝されている。

 そんなエペ草をメインで採取していた俺たちがなぜこうなるまで洗濯しなかったのか?

 簡単だ。ボロギレ上下一対しか服を持っていなかったからだ。


 ようするに、洗っているあいだ、そして乾くまでのあいだ俺は裸。俺はボロギレ (上)だけは二回ほど洗った事があるが、下は無理。洗った瞬間俺はR18へ追放だ。アッシマーなんて上半身だけでもR18へジャンル変更だ。


 ……しかし。


 ぶっちゃけ困った。

 下半身がスースーする。


 というのもこのコモンパンツ、パンツという名前だが茶色の短パンだ。

 いやわかってる。服屋でパンツといえばトランクスやボクサーパンツのことじゃないのはさすがに俺でもわかってる。


 まあなにが言いたいのかというと、俺いまノーパンなんだよね。コモンパンツ、なんかボロギレと材質が違ってスースーするんだよね。


 あー気になる。でもしょうがない。ごしごし。ごしごし。



「お待たせしましたぁ」


 そんな声が聞こえ、ボロギレを洗いながら振り返る。


 そして慌てて顔を戻した。


「ふぇ? どうしたんですか?」


 俺の不自然な様子に、アッシマーが近づいて、俺が逸らした視線のほうに回りこんでくる。


「うおっ……まて、まてまてっ。……いてえっ!?」


 また慌てて顔を背ける。勢いがありすぎて首が痛かった。


「藤間くん?」


 全然わかってない。こいつやばい。

 まあ部屋に鏡がないもんな。仕方ないかな。


 やべぇ。なにがやべえって、主に胸。むしろ胸しかやばくないけど。


 茶色のコモンシャツ、その胸部の盛り上がり。そしてぎっしりと肉が詰まっているのだろう、シャツの胸元は左右に引っ張られてぱつんぱつんだ。


 そしてまあ、俺もそうなんだから仕方ないんだけど、そのですね、先っちょがですね。ちょこんと飛び出てるんですよね。


 そうだよね。俺も下半身がスースーしてるってことは、こいつも下着なんてつけてないよね。


 ……さて、ここで思い出してほしい。


 アッシマー・右乳首陥没説クロニクルを。


 いや待って。俺がいま見たのはどっちの乳首だった? 右? 左? 向かって右? 向かって左?


 いや、とんがってたのは確実なんだよ。だから両乳首陥没パーフェクト・クライムではないことはたしかだ。


「あの……わたし、なにか変でしたかっ?」


 どっちか思い出せって俺。右? 左?

 ボロギレをごしごししてて、声をかけられて、こう振り向いて、一瞬だけどしっかり見ただろ俺。ちゃんと思い出せって。


 ………………。

 …………。

 ……。


 うっわ駄目だ。

 ただただでかかったことしか思い出せない。

 めちゃくちゃぼよよーんって突き出てたことと、左右に引っ張られてこう、服の中央に何本か横線が入っていたことしか思い出せない。なにやってんだ俺!


 でもでもだってしょうがないだろ!?

 エリート童貞ウォリアーエターナルの俺からしてみればしょうがないって!


 だってそんな経験もない高一こういちだぞ? まずは大きさに目がいくだろ? サイズだろ! サイズより乳首に興味が向くのは経験者だけだって!


「うぅ……藤間くん、なんか変ですよぅ……」


 あ、なんだ。


 見ればいいじゃん。


 まずはアッシマーの足下に視線を落とす。そして顔を合わせるために視線を上げてゆく、その道中でさりげなく見るっ!



 コモンブーツ。

 足首。

 膝。

 太もも。……あれ、思ったより太くない。

 腹。……あれ? 思ったより太くない。

 ボヨヨーン!

 ボヨヨーン!

 顔。……えっ?


 なんの変哲もないアッシマーの顔。いつものアッシマー。さして高くもない鼻。特別みずみずしくもなさそうな唇。やや平べったい顔に似合わぬ深い二重の大きな目はすこし潤んでいる。


「うぅ……今日は藤間くんがおかしいですぅ……」


 ………う……。

 どっ、どっ、どっ、どっ……。


 もう先端がどうだったかとか飛んでいた。ぶっちゃけまた大きさに目がいって、先っちょに意識が向かなかった。


 でも、俺の胸を高鳴らせているのは。



「藤間くん……」


 じっくり顔を見るのなんて久しぶりだけど。


 アッシマーって。


 こんなに。



 ……こんなに。




 こんなに、かわいかったっけ……?



「うお、おう」


「はぁぁ……やっと返事してくれましたぁ……。わたしも洗っていいですか?」


「や、だめ。いまちょっと待ってくれ。もうすぐ終わるから」


「むぅ……やっぱりなーんか変なんですよねぇ……。なんだかキョドってるといいますか。なにか隠しているんじゃ? ………あ」


 アッシマーの胸を確認するために作業を中断して立ち上がったため、俺たちはいま向かいあっている。


 正面に立つアッシマーの視線が、俺の顔よりもかなり低い位置で止まった。


 ほら、アレだ。

 男子ならわかるだろ? 朝しばらく大きくなってるアレだよ。

 これだけおっぱいおっぱい考えてたらこうなるって。


 恥じらいのあるヒロインなら「きゃっ……!」なんて真っ赤になった顔を背けるだろう。

 金髪ツインテヒロインなら「こんの……変態っ!」なんて言って、俺の頬に真っ赤なもみじを残すだろう。


 もう、どちらでもしょうがないと思った。


 でもこいつはアッシマーだった。



「もうっ、だめですよーっ。ポケットのなかにホモモ草を隠したら。……あれっ? こんなに固いでしたっけ? それにとても熱いです」


 アッシマーは真っ赤にならず、俺の頬に真っ赤な椛を残さず、しかし俺の全身を真っ赤にした。


 これはおかしいぞとアッシマーも気づいたのだろう。

 「これ、まさか……」と両手で俺のホモモ草をコモンパンツ越しに握ったまま、泣きそうな顔をついに真っ赤にして、




「えくすかりばああぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!!!」




 一気に赤くなった顔を両手で押さえながら走り去ってしまった。


 うっわ……後ろからでもだっぽんだっぽん揺れてるのが見える……。



 その後アッシマーのノーブラに気付いた女将さんが「金のないうちは、ブラの代わりにこれを巻いとくんだよ」と、ボロギレを一枚恵んでくれた。


 コモンシャツの下に巻かれたボロギレのせいで右乳首陥没疑惑トップ・シークレットを暴くことはできなくなり、頂いたボロギレはサラシのように巻いているため、パッと見さっきほど大きく見えなくなった。


 これで安心である。


 ……はて、俺はいったい何が安心だというのか。


 俺がアッシマーといても胸を気にしないで済むから?


 ……それとも。


 他人に、アッシマーのあの姿を見せたくなかったのか。



 そんなわけ、ないだろ。


 だいたい、だったらなんだっていうのか。


 意味不明な安堵。

 そして、二次元以外ではじめてもよおした劣情。


 俺は首を傾げながら、今のやり取りを忘れようとでもするように桶の水に両手を浸した。

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