07-26-黒の倒錯

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《21:00》


シュウマツの渦、開始60分前

参加者、及び参加希望者は22:00までに

エシュメルデ中央広場、噴水前に集合すること。


招集に応じない強制参加者は22時をもって追放される。



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「来たか……」


 俺が声をあげるでもなく、とまり木の翡翠亭のリビングにいる全員の顔が上がった。全員の視界、その端に同じメッセージウィンドウが表示されたのだろう。


 異世界勇者だけでなく、エリーゼとココナも同じように表示されたらしく、ふたりははっとして立ち上がる。



「これ、持っていっておくれよ。アタシらにはなにもできないけど」

「ココにゃんも一生懸命握ったにゃん!」


 渡されたのはかなり大きいみっつの包み紙。手に取ると温かい。さっきからキッチンでふたりしてなにか作業をしていたのはこれだったのか。


「ありがとうございます。頑張ってきます」


 頭を下げる灯里の声から、やはり緊張が伝わってくる。無論灯里だけではなく、アッシマーも、高木も、鈴原も、七々扇も、それぞれに緊張の表情を浮かべている。


「……ごめんね。無理するんじゃないよ、って言ってあげたいけど……。アタシにはそんな力がなくて」


 女将の瞳はいつもの勝ち気を宿しておらず、弱々しい視線をふっと床に落とす。それにつられるかのように、ココナの顔もふにゃふにゃと下を向いた。


 イメージスフィアで見た映像でさえ、街中まちなかの殺戮は背筋が凍るものだった。女将がしおらしいのも頷けるし、前回が七年前ってことは、当時七歳のココナが怯えるのも当然だ。


「お気になさらず。どのみち足柄山さんと私は強制参加でしたし、……その、仲間がいますから」


 七々扇がちらりと俺のほうを見て、頬を赤く染めて俯いた。

 ……なんか今日、七々扇のやつ、朝からこんな感じなんだよなあ……。なにかあったのだろうか。



「んじゃ行くか」

「はいですっ」

「頑張ろうねー」

「ま、ちゃっちゃと片付けてくっから」


 ふたりに手を振って、宿を出た。

 いまはまだ、夜空。月があって、星星があって、マナフライが飛んでいて、エシュメルデの街を優しく照らしている。


「がんばってにゃーん!」


 宿の前まで見送りにきたふたりが、きっと精一杯の笑顔を無理矢理つくって、俺たちの背に声をかけてくる。



 アッシマーのときと同じく、訊いていない。

 俺は、俺たちは、ココナには母親がいるのに、どうして父親がいないのかを訊いていない。


 死んでもソウルケージに入るこの世界で、どうして父親がいないのか。

 シュウマツに対するエリーゼとココナの怯えから、もしかすると……と考えてしまう。


 アッシマーの両親と同じだ。

 その理由を教えてもらったところで、俺にはどうしようもない。


 エリーゼは、生命を賭けてココナを守るだろう。

 でも、生命を賭けてしまっては、ココナから笑顔が消えてしまう。


 だから、ココナから母親を守る。

 すこし面倒くさいとか恥ずかしいとか鬱陶しいと思っていたにゃんにゃん口調を、いつも元気いっぱいな姿を、これで終わりにしないように、守る。



 ……リディアがふたりの傍についていてくれたら、安心なんだけどな。

 学校で祁答院に一喝した俺がこんなことを考えるなんて、なんという身勝手な皮肉なのだろうか。



 リディアは昨晩から、宿に帰ってきていない。

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