07-25-藤間透のノート&てのひら

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シュウマツの流れ

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・開始時刻になると参加者はシュウマツの渦内部の拠点に転移される。


・Wave毎に複数の渦が出現し、そこからモンスターが現れ、拠点に押し寄せる。


・各Waveでは、出現する渦の場所、モンスターの種類や数が拠点のモニターに表示される。


・俺たちの仕事は、拠点の背後にある防衛ラインをモンスターに突破されないよう死守すること。


・防衛ラインを突破したモンスターはエシュメルデに出現し、殺戮を行なう。このモンスターに殺害されたエシュメルデの民は、永遠に生命を失う。異世界勇者は二時間後ではなく、翌日目覚める。


・全Waveが終了し、モンスターが全滅するか、指定の時間になればシュウマツの渦は閉じ、渦の中の異世界勇者はエシュメルデに転移される。なお、防衛ラインを突破したモンスターは消滅せず、討伐するまで殺戮を繰り返す。



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西郷への質問、回答まとめ

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・シュウマツの仕組みについて


 →アルカディアの住人とモンスターの戦いであることは明らか。


 →諸説あるが、むしろありすぎてどれが正しいかわからない。


 →過去から現在までの異世界勇者は、自分なりに考え、それぞれの答えを出して闘っている。


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・七年前のシュウマツについて、参加人数が少なすぎるのでは?


 →アルカディアには無数の村、街、都市があり、異世界勇者はそれぞれの拠点に分配される。参加者数が多くても、分配する拠点も多いため、例年一つの都市に50~90名、規模が小さい街には20~40名程度の人数が割り当てられている。そのため69名という参加人数は妥当。


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・明日のシュウマツにおける参加人数の見通し 


 →鳳学園高校1-Aには32名が在籍していて、その全員がエシュメルデを拠点としている。32名のうち、強制参加の連絡が届いたのは3名。だいたい10人にひとりが選ばれていると想定すれば、エシュメルデの異世界勇者が70人と仮定できる。強制参加者は6~8人になるのではないか。


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・追放された人間はどうなるのか?


 →ギアが破壊され、追放の場合は修理も再発行もできないため、アルカディアへの参加権利を永久に失う。


 →鳳学園高校1-Aを含む、アルカディアの登録クラスにおいては、他クラスへの移動か転校が必要になる。


 (※補足)

 アルカディアの登録クラスとは、アルカディアの参加を義務付けられている高校のことで、俺も入学の際に契約書を取り交わしている。



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・追放条件として、シュウマツの渦へ不参加とは、いったい誰が判断しているのか? 不参加の判断基準は?


 →判断者は不明。もしかすればシュウマツを見下ろす存在がいるのかもしれないし、民心が影響しているのかもしれない。


 →確定ではないが、過去のシュウマツを振り返れば、不参加とされる条件は、シュウマツを拒否する発言をするか、役に立っていない者が追放されている。


 →モンスターと戦闘をすれば追放されない。戦闘はせずとも、拠点で仲間の回復を行なったり、援護を行なう者も追放されていない。なお、この援護には口だけの応援は含まれない。


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・選ばれていない者の参加方法は?


 →開始時刻三十分前にガイダンスウィンドウが表示されるから、それに従う。



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現在把握している参加者(※)は選ばれた者

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(※)アッシマー

灯里

鈴原

高木

祁答院

(※)イケメンC (海野)

(※)三好 (男のほう)


計八名


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七々扇綾音:

こんばんは。

藤間くんは、選ばれたのかしら?

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藤間透:

いや

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七々扇綾音:

そう…………。

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 ……。

 …………。

 ……………………。



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七々扇綾音:

私は選ばれたわ。

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藤間透:

選ばれてねえけど参加する

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七々扇彩音:

いくら幼なじみとはいえそこまでしてもらういわれはないわそれに私はあなたに非道い振舞いをしてきたのだしなおさらよあんな恐ろしいところに藤間くんまで向かう必要はないわでももしも来てくれたのなら私が全力をもって守ってみせるわありがとう

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藤間透:

おちつけ

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七々扇綾音:

おつついていゆわ

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藤間透:

日本語でおk

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 夜の闇を、工場のライトが照らしている。

 その下で、俺は自分のノート、その参加者欄に七々扇の名前を付け足して9名にした。


 ……アッシマーはまだのようだ。ギアを取り出し『アルカディア』『シュウマツ』で検索をかける。


 ──あった。思ったよりも多い。しかし、このなかのほとんどがデマなのだろう。更新日付が直近のウェブサイトに移動すると、そこは巨大掲示板だった。



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【アルカディアに悲報】城塞都市アスティアにシュウマツの渦現る【七年ぶり】

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1.名無しさん LV44

今回はルーキーのみの参加らしい。俺は8年目だから街で防衛する。他の街の勇者は可能な限りアスティアに来て、防衛を手伝ってほしい。


2.名無しさん LV9

>1

こいつ最低

渦が出たのエシュメルデだから。騙されんな


3.名無しさん LV41

>1 >2

規模は?

ディアレイクは

LV1 、7Waves、500~700コス

ルーキー見た感じ、転生したやついないっぽいし厳しい


7.名無しさん LV1

シュウマツってなんなんですか?

エシュメルデなんですけどLV高い人助けてください


19.ディートリンデ LV191

今回の渦は複数

私が偶然立ち寄った漁村にも渦が現れた


20.名無しさん LV51

ディートリンデ卿キター!

渦が複数ってマ? マジモンの終末くるんじゃね


23.凛子 LV101

ディートリンデさまお久しゅう。

お陰様で、私は今日も生きています。


44.名無しさん LV3

ディートリンデさんて誰? レベルめっちゃ高いけど……。

なんで参加するのがこの人じゃなくて俺らなん?


486.ディートリンデ LV191

やはり至る場所で渦が発生しているな。


参加者に選ばれた者は、どうかシュウマツを拒否せず、シュウマツと闘ってほしい。



良い『週末』を。


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 アルカディアじゅうで、複数の、渦。


 もちろんこの情報を鵜呑みにするわけではないが、複数人の意見が確認できるぶん、個人サイトやwikiよりは信ぴょう性があった。

 これが本当ならば、さっきみたイメージスフィアの光景…………それが、アルカディアのいたるところで。



 シュウマツ。



 掲示板に書いてあるように、終末が訪れるのか。


 それとも──今日は金曜日。


 無事、週末を迎えられるのか。



「おまたせしましたっ」


 作業服から制服に着替えたアッシマーが、どべどべと駆けてきた。一応掲示板をブックマークし、ポケットにギアを仕舞う。


「ん。行くか」

「藤間くん藤間くん、パン持ちました?」

「持った。…………どのパンがいちばん喜ぶとか、あんのか」

「うちのきょうだい、食べられればなんでも喜びますよぅ」


 アッシマーの返事が悲しすぎる。くそっ、訊かなきゃよかった。


「えへへぇ……。藤間くん、昨日はついでとかいっておいて、ばっちり好みを調べてくれてますねぇ……」


「べ、べつにそんなんじゃねえっての。持って帰らなきゃ損した気分になるし、かといって五個も食えねえし、もったいねえだろ」

「ふふっ……」


 誤魔化すように歩みを速めると、俺の一歩後ろに足音がついてきた。


「今日も……送ってくれるんですか?」

「まあな。ウォーキングだウォーキング」

「そのわりには藤間くん、今日は足腰が痛そうですけど……」


 早朝ジョギングの痛みが取れない。おかげで今日のバイトも少しきつかった。


「ふふっ……。藤間くん、お父さんみたいです」

「ん…………」


 アッシマーとアッシマーのきょうだいには、両親がいない。

 その原因が離婚なのか死別なのか、俺にはわからない。


 しかし少なくとも、首だけで振り返って見た表情はえへへとはにかんでいて、子供だけで生活していることに対する恨みなどは微塵も感じられない。


 なんでこどもだけで住むことになったんだとか、

 辛くないのかとか、大変じゃないのか、とか、訊きたいことは湯水のように湧いてくる。


 でも、それに対するどんな答えを聞いたところで、俺にはなにもできやしないから。

 そんな問いかけをしておいて、大変だなとか、頑張れよとか、そんな月並みな励ましの言葉をひねり出すことしかできないのだ。


 だから俺は、ぼっちで陰キャながら、話を逸らすという高等テクニックを使うことにした。


「俺まだ十五歳なんだけど。親父って言われるのはつらいよな。せめて兄貴にしてくれよ」

「そういえば藤間くん、澪さんでしたか? 妹さんがいらっしゃるんでしたよねっ。どんなかたなんですか?」


 慣れないことをした、その努力は実を結び、アッシマーは俺にのってきてくれた。


「どんなやつ……まあ重度のゲーマーだな。将来はeスポーツ選手になるって言ってた」

「ゲーマーさんですかぁ。最近は女の子のプロゲーマーさんも増えてきてますし、なにより、ご自身の夢があって素敵ですっ」


「スポンサーがつかなきゃただのゲーム好きなんだよなあ……。ついでに言うと人使いが荒い。ゲーム内の指示はもちろんだけど、お茶取ってきてとか、お菓子取ってきてとか。何回代わりにトイレに行かされたか……」

「最後の物理的法則無視してますよね!?」


 他愛のない話。

 シュウマツのことにも、アッシマーの親のことにも、暗い話には全部蓋をして。


 悲しい顔をしないように。

 辛い表情をしないように。

 笑顔に影を落とさないように。


 街灯の下、伸びた小柄な影が、いつまでも笑っているように。



「藤間くん」


 そうして足柄山家が見えてきたところで、アッシマーの影がぴたりと動きを止めた。


「わたし、怖かったんです」

「ん……」


「シュウマツに選ばれてしまって」


 上半身だけで振り返ると、弱々しくなった声と同じように、やはり表情も不安にかげっている。


「わたし……地味だから、中学校までずっと虐められてて……仲のいいお友達もいなくて……。でも藤間くんにアルカディアで出会ってから、今日までとっても幸せで……。だから、バチが当たったんだと思いました」


 バチ


「幸せすぎたから……。リディアさんもココナさんも、灯里さんも高木さんも鈴原さんも七々扇さんもみんないい人で、みんな、藤間くんが巡り会わせてくれて」

「やめろよ、アッシマー」


「だから、これはバチだって……! ずっと藤間くんに頼ってきた、わたしに対する罰だって……!」

「やめろよっ……!」


 頼ってきた……?

 違うだろ。俺がお前を頼ってたんだよ。


 お前の優しさを、お前の笑顔を、お前の背中を拠り所にして、頼ってたんだよ。


 だから、そんなこと言うの、やめろよ。



 なにより、お前。



「それなのにっ……! ぐすっ、また、助けてくれて……!」



 また、泣いてんじゃねえかよ。



 見たくねえ、って言ってんだろ。



「ギアに連絡が入ったとき、怖くって……! すぐに罰だと思って……! それなのに……! 藤間くん、目立つの嫌いなのに……!」


 気にするなよとか、仲間だから当然だとか、こういうときにかけるべき台詞を、知識としては知っている。でも俺の口は、そんなありふれた言葉をかけてやれるようにできていない。


 ならば、俺らしく返すべきなのだ。


 飾らず、


 偽らず、


 誇張せず、



 ──それでも。



 藤間透の全身全霊、ありったけを。



「俺も友達なんていなかったしな。幸せをもらったのは俺のほうだ。いま思えば、あれがはじまりだったって、お前とはじめて出会った日のことを思うよ」



 お前が、居てくれたから。


 お前が、どんくさく笑っていてくれるから。


 アパートでひとりきりの夜を過ごしても、お前がアルカディアでおはようって言ってくれるから。



 ──守りたい。



 月が見下ろすなか、己の手で涙を拭う少女を。



 ──守りたい。



 両腕がひとりでにアッシマーの肩に伸びて──



「藤間……くん」



 抱きしめようと肩に触れた刹那、慌てて鞄を持つ右手を戻し、誤魔化すように左手をぽんとアッシマーの頭に乗せた。



「……なんとか、する」



 いつの日か、アッシマーと離れるのが怖くて、ふくらはぎに力を入れた。

 星降る夜、契約を解除し、それと同時に下ろしたかかとを、ふたたび全力で持ち上げる。


 これが誇張でなくてなんなのか。


 ──なんとかできるかどうかなんてわからないのに。


 それでも、なんとかする。


 これは俺の希望であり、誓いだ。



「えへへ……やっぱり藤間くんはお父さんみたいです」


 アッシマーの涙は止まらない。

 それでも、悲哀の表情を笑顔に変えてくれたから。


「お父さんじゃなくてせめてお兄ちゃんにしろっての」


 表面上で悪態をつきながら、アッシマーのもこもこした頭から左手を引く。


「んぅ……」


 その際、抱きしめそうになった劣情が糸を引き、手を引くついでだからと誤魔化しながらアッシマーの頭をひと撫ですると、かすかな喘ぎと名残惜しむような声が、さらなる劣情を俺にもたらした。


「……じゃあな。また今日」

「……はい。また今日ですっ」


 このままではいけないと、パンを渡して背を向け歩き出す。

 ふと振り返ると、遠くでアッシマーが俺の背を見送っていて、振り返ったことに気づいて大きく手を振ってきた。

 手で「家に早く入れ」と伝えるが、伝わっていないのか、今度は両手を振りだした。


 折れないなら仕方ない。

 そう思って、今度こそ帰途につく。



 背中では、まだアッシマーが手を振ってくれているような気がした。

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