07EX-ヴァルプルギス・イヴ

07-24-七年前の空

  CAUTION!─────────

  今回、残酷な描写が含まれます。

  苦手なかたはご注意くださいませ。

  ──────────CAUTION!


─────────────────────


 草も木も紫に染まった空間で、コモンシャツやボロギレを装備したたくさんの人間が、一箇所に集まって震えている。


「これが、七年前の第一次シュウマツだ。ショッキングな映像も含まれるため、高校生の諸君にこのようなものを見せるのは教師としてはばかられるが、渦がどのようなものかを見せておきたい」


 担任の西郷がイメージスフィアをセットした黒板は四つに分割され、そのどれもに別々の映像が映し出されていた。


 俺たちと同い年ほどの人間が、紫に染まったキャンプ場のような場所で、肩を寄せあって震えている。これはシュウマツの渦内部、異世界勇者の拠点らしかった。


 視線を別の映像に移せば、森のような場所で、ちょうど人間とモンスターの戦闘が始まるところだった。四つの映像のうち、二枚は渦内の凄惨な戦場を映し出している。


 残る一枚の映像は、夜の街──祈りながら夜空を見上げる街の人々を映していた。フォーカスが街から空へ移ってゆくと──



 異様な光景だった。



 人々が見上げる空が、まるで映画のスクリーンのようになっていて、そしていくつもの部屋を監視するカメラのように小分けにされ、渦内部の様子を映していた。


 勇者とモンスターがぶつかると、人々は拳を突き上げ、必死の形相でエールを送りはじめる。


「シュウマツの渦、その内部はこのように映される。街の空にだけではない。見たまえ」


 西郷が手元の端末を操作すると、四つの画面のひとつ──渦の拠点で恐怖に震える勇者たちを映すカメラのアングルが勇者たちの視線の先へ移ってゆく。


 そこにはやはり、空間にいくつものモニターウィンドウが表示されていて、血なまぐさい戦場や街の様子が映されている。


「このように、戦場のいたるところに設置されたカメラ──厳密に言えばマナフライが、戦場の様子を赤裸々に拠点と街へと運んでいる」


「……なんのためにですか?」


 灯里がモニターから整った顔を背けぬまま西郷に問いかける。


「さあな、私にもわからん。シュウマツの渦のことすらよくわからん状況だ。モンスターが見せしめのために映しているのか、あるいは人間側か、立会人か……答えられないのは申しわけなく思うがね」


 西郷はそう言って首を横に振った。


 モニター内、戦場では勇敢な勇者たちがコボルトの群れを一掃し、意気揚々と拠点へ引き返してゆく。

 拠点も街も歓喜に溢れている。


「なんか余裕そうじゃね?」

「高木、これはWaveのひとつめだ。シュウマツの渦は襲撃がWave数ぶん行なわれる。このときのWave数も7。Waveが深くなればなるほど敵は数を増し、強くなってゆく」


 不吉な西郷の言葉を耳に入れながら、俺は勇者の人数を数えていた。


 戦場に二十人。

 拠点には……五十人くらいか。



「先生。渦に参加した人間はこれだけなんですか?」


 祁答院が手を挙げあぐねていた俺の代わりに質問してくれた。70人だったらいくらなんでも少なすぎる気がしたのだ。


「ああ。このときは条件を満たすものが全員強制参加だったからな。今までで一番多く、ひとつの渦に六十九名が参加していた」

「一番多く……? それで六十九人なんですか?」

「そうだ」


 多くて、六十九人。

 なんでだよ。強制参加で六十九人って、なんでそんなに少ないんだよ。


 しかし俺にこの状況で挙手する勇気などなく、あとでこっそり質問しようとノートに疑問を書き留めておく。


 西郷の言うとおり、Wave数が多くなるほど、敵の量も強さも上昇していった。Wave2までは「モンスターは一匹も通さない!」なんて言って全員の士気を高めていたリーダーっぽい勇者も、口数が少なくなっていき、表情から余裕も消えてゆく。


 モニターで見た感じだと、コラプス内のモノリスのように、拠点内のモニターには敵の種類や数が表示されていて、ここからこの数のモンスターが出る、あっちからはこれだけのモンスターが出現する、といった具合に情報が開示されていた。


 勇者たちはそれを見て戦々恐々せんせんきょうきょうする。そんな様子が、モニターに映る街の雰囲気も、モニターの外であるにもかかわらず、教室の雰囲気をも暗くしている。


 モニターにはWave5と表示されていて、


──────────

【臆病のピピン】(マイナーコボルト)

ロウアーコボルト×5

──────────


 と『みっつ』表示されていた。


 おいおい、ピピンってコラプスで出てきたマイナーコボルトのユニークモンスターじゃねえか。ユニークだっていうのに何体もいるのかよ。

 あんなのが三体出現したら、勝てるわけねえじゃねえか。


 リーダーっぽいイケメン勇者が、怯えているだけの50人に、盾を構えてロウアーコボルトの注意だけでもひいてくれと頼み込む。しかし誰もが首を横に振って怯えるだけ。



 頼む、そうしないと勝てない──

 

 ──できるわけないじゃん! あたしらに死ねっていうの!?


 俺らに死ねっていってんのはお前らだろうが! すこしくらいは役にたってみやがれってんだ──


 ──俺らだって役にたちてえよ! でも、身体の震えが止まんねえんだよ!


 もういいよ。みんな、こんなゴミみたいな人たち放っておいて戦える人だけで行こうよ。……じゃあね。現実に帰ったら覚えておきなよ。わたしたち、あんたらがゴミだってこと一生忘れないから──


 ──どうしてこんなことになるの!? もういや……!



 そうして戦える者だけ戦場へと向かい、



 あるものはハリネズミになって──

 あるものは巨大な槍に貫かれて──



 モニターのなかで、勇者たちは、痛みに顔を歪め、拠点で震えている者への呪詛を吐き、無惨に死んでいった。


 拠点のモニターでそれを見ていた勇者とも呼べない勇者たちは「なにやられてんだよ!」とか「あいつらやられちゃったら、あたしらやばくない!?」と、己の無能をも忘れ、しかし己の保身だけはいっちょ前に騒ぎ立てる。



 知ってた。

 人間って、醜いよな。

 ついさっきまで戦場に出る者をもてはやしていたやつらが、これだもんな。


 コラプスで闘ったピピンを思い返す。


 最後の最後まで戦士だったお前は立派だよ。


 お前らと比べて、人間なんて、こんなもんなんだから。



 拠点にいた人間は、もういやだ、シュウマツなんていやだ、と泣きじゃくる。


「みな、よく見ておけ」


 言われずともモニターに釘付けの俺たちに、西郷が口を開いた。


 なにを見ろっていうんだよ。

 人間の汚さなんて、見なくても知ってるっつの。


 しかし、西郷が見ろと言っているのは、俺の考えとはべつのことだった。


 拠点にいる数人の身体が、浮き上がってゆく。

 浮く者は慌てふためきながら地上にいる者たちに手を伸ばすが、その手を掴む者など誰もいない。


 舞い上がってゆく。紫の空へ。


「ショッキングな映像だが、こうならないために見ておけ。これがシュウマツを拒否した代償──『追放』だ」


 シュウマツに不参加の場合、追放される。

 エシュメルデの紫空しくうを思い出す。


 なんだよ追放って。

 不参加って……こいつら一応、なんの役にもたってないけど、渦のなかにいるじゃねえか。


「いるだけでは不参加と扱われ、追放される。拒否すればまた、参加の意思がないとみなされ、追放される。これがシュウマツの恐ろしいところだ。目を、背けるな」


 不参加なら追放。

 役に立たなければ追放。

 拒否の言葉を吐けば追放。


 なんだよそれ。


 目を背けるな──そう言いながら、西郷はフォーカスを拠点の地上から舞い上がる人間たちに、そして空へと移動させてゆく。


「っ…………!」


 そこには、あった。


 紫よりも深い紫が。

 渦のなかだというのに、ぎちぎちと気色悪い渦巻きが。

 まるで浮き上がる生贄を待ち受けるように。 


「「「きゃあああああああああああ!」」」

「「「うわあああああああああああ!」」」


 安全な場所にいるにもかかわらず、教室は混沌と化した。



 だって──



 舞い上がったやつらは──



 紫の渦に巻き込まれて──



 ミキサーのような渦巻きに──



 分解、されてゆく。



 人間が、分解されてゆく。



 頭。胴体。腕。脚。



 十人ほどの人間がバラバラにされ、もうどれがだれのパーツかもわからない。



 そして、渦の残虐は終わらない。



 二の腕、手、指、爪、とさらに細かく、猟奇的に。



 骨まで粉々にされて、細かくなれない赤黒い液体とともに、拠点へと降り注いでゆく。



 教室が混沌ならば、拠点は地獄だった。

 あまりの光景を目の当たりにし、思わずシュウマツを拒否し、数人が新たに舞い上がって、紫を紅に染めてゆく……。



 真っ赤な拠点に残った十数名の人間は、もはや狂っていた。

 嘔吐し、嗚咽おえつし、もはやわらっていた。



 なん、だよ、これ。



 追放ってなんなんだよ。



 ここまでやる必要、あるのかよ。



 そして真っ赤な拠点に押し寄せるモンスターたち。



 大半が慌てて拠点の端へ逃げてゆく。残った者はモンスターに触れることなく、モンスターへの恐怖に思わずシュウマツを拒否して、舞い上がって行った。



 モンスターは残った人間に見向きもせず、おそらく防衛ラインなのだろう、拠点の端へ向かって一心不乱に駆けてゆく。


 こうなると、街を映すモニターに、天を仰ぐものなどいなくなる。防備を無視して急襲するモンスターに怯え、逃げ惑い、豪華そうな装備をしている者はモンスターを探してゆく。


 防衛ラインを突破したモンスターは、本当にどこからでも現れた。

 中央広場だろうと、裏路地だろうと、ギルド内だろうと、個人の家だろうと、好き勝手に魔法陣が現れて、空から、地面から、壁からモンスターがやってくる。


 街にいる戦士たちは非常に強く、現れたモンスターをコボルトだろうがピピンだろうが、さしたる苦戦もなく緑の光へ変えてゆく。


 しかし、戦士のいない場所では、容赦のない殺戮さつりくが行なわれた。槍で、あるいは弓で、生命が刈り取られてゆく。ソウルケージに入ることなく、肉体をむくろへと変えてゆく。


 そうしているあいだにも、渦のなかではWaveが進行していき、現れたモンスターたちはノンストップで防衛ラインを突破してゆく…………。


 街まで紅に染まってゆく。

 容赦なく行なわれる殺戮。

 悲鳴をもかき消すマス・マーダラー。


 渦ではすべてのWaveが終了し、モンスターは一体も残っていなかった。すべて、防衛ラインを突破した。


 なにをするでもなく、ただ防衛ラインを突破するモンスターの群れを眺め、ただただ恐怖に震えていた勇者たちは、むしろ安堵の表情をしていた。



 しかし──



 渦に残った全員の身体が、宙に浮く。



「なんで!?」

「彼らはなにもしなかった。なにもしないということは、不参加と同じことだ」


 悲鳴にも似た高木の声。西郷が冷静に返し、


「これが、エシュメルデにおける七年前の第一次シュウマツだ。エシュメルデの死者は1362名」


 渦を映すモニターには紫色の残虐が、そして街を映すモニターにももはや残虐しか映っていなかった。西郷は手元の端末を操作して、そのどちらをもただの黒板に戻してくれた。


「異世界勇者69名のうち、追放者は四十名。うち十三名は、鳳学園高校1-Aクラスの生徒だった」


 追放ってなんだよ。

 アルカディアから永久に追放されるって話だったけど──



『……じゃあね。現実に帰ったら覚えておきなよ。わたしたち、あんたらがゴミだってこと一生忘れないから』


 渦のなかの、優しそうな顔をしていた女子の、あの言葉。

 次の日に目覚めて終わるだけじゃない。

 アルカディアから追放ってだけで、終わるわけ、ない。


 ──学校にいられるわけがない。

 

 あんなことをしておいて。

 あんなことを言われておいて。


 それでもなお、平気な顔をして、学校に行けるやつなんて、いるのかよ。



 なんだよ、これ。



 怖すぎだろ。



「さて、藤間。灯里や高木、鈴原も祁答院も。諸君は自らシュウマツの渦に参加すると言ったな。これがシュウマツだ。……どうだ、これでも参加するかね」

「します」



 怖すぎるだろ。



 それでも、足りねえ。



 こんなことで、折れねえ。



 俺を諦めさせるには、全然足りねえ。



「いくつか、質問があります。授業が終わったあとでいいんで、教えてもらえないすか」



 なんでかな。



 俺があの渦に呑み込まれる恐怖より。



 アッシマーがあの渦に呑み込まれる光景を想像したくないから。



 想像したくない。

 見たくなんて、もっとない。



 でも、俺が知らないうちに、勝手に消えちまうなんて、もっと許せないから。

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