03-03-謝罪ではなく、いつもの毒なんかでもなく

 近年、高校生の部活動が昔ほど活発ではなくなった。


 というのも、高校生からアルカディアに参加可能になるということで、学業、部活動、そしてアルカディアとなると、生徒の精神が休まらないことが理由らしい。


 現在、全国にいる高校生のアルカディア・システムへの参加率は10%程度らしい。

 しかしここ、鳳学園高校はアルカディアと現実をリンクさせた"祖"ともいわれていて、アルカディアへの参加率は50%を超える。

 特に、俺が在籍する1-Aを含むAクラスはアルカディア特進クラスなんて呼ばれていて、参加率は100%である。LHRでもよくアルカディアについて言及するし、生徒たちもよくアルカディアを話題にしている。


 まあそんなこんなで、当然ながら俺も部活なんぞ面倒なものに入る気はさらさら無い。面倒って言ってる時点でアルカディアとか関係ないなこれ。


 しかし意識高い系 (笑)とか、一度しかない高校生活、青春あおはる満喫するしかないっしょ! (笑)なやつらは、アルカディアに行きながら部活に入ったりする。


 よくやるもんだよと若干尊敬しつつ、放課後の校門をひとり抜ける。


 学校があって、部活で汗かいて、へとへとになって風呂に入って飯食って、泥のように眠る。しかも部活なんて土日もあるんだぜ?


 もちろんそれを楽しいとか充実してる! とか思える人間もいるだろう。素直にすげぇと思う。でも俺は無理。


 だって、自分の時間って、要るだろ?


 午後五時までに……遅くとも六時までに帰ってゲームをしたり、かっちょええメタルを聴きながら小説サイトを巡回する。それが俺のジャスティス。


 しかも今日はモンハン(モンスターハンティング)の新作、XXX(トリプルクロス)の発売日だ。予約した駅前のショップに向かう足は軽かった。



「ありゃとあっしたぁー?」


 チャラい接客に辟易へきえきしながらゲームの入った袋を受け取った。ちゃんと喋れよ語尾上げんなよ。疑問形かと思っちゃうだろ。ちゃんと礼をしているのかわかんないだろ?


 やはり人との関わりはいやになる。ゲームだって普段はダウンロード購入で、こんなショップで買うことなんてない。ただソフトのデータ容量があまりにも大きくてSDカードの容量を超過してしまうため、やむなくこうして買いに来たわけだ。


 通販? したことのある諸兄ならご存じであろう。あれは発売日に届かない。


 ともあれ用事は済んだ。あとは帰って……どうすっかな。速攻飯食って風呂に入っちまって、もう寝巻きに着替えちまおうか。それともなによりも早くゲームをプレイしようか。


 珍しく鼻歌を歌ってスキップでもしたい気分だ。



「藤間ぁーー!」


 そんな俺のルンルン気分 (古)を、最近よく聞く声が横切った。


 あー俺の馬鹿。無視すりゃいいのに、声に反応して顔を向けちまった。


 そこはスタバ。スタバのテラスから金髪ギャル──高木亜沙美がこちらに手を振っている。

 席には大きな飲み物のカップをテーブルに載せた祁答院、灯里、鈴原の姿もあった。


 なんだあれ、高一でスタバかよ。トップカーストってスタバでお茶すんの? 放課後ティータイムかよ。そんなことせずに軽音楽の練習でもしてろよ。


 俺は一度そちらに会釈し、家のほうへと足を向け──


「あっ! ちょっと無視すんなってー! こっちこっちー! 藤間ぁ! あれ? 藤間であってたっけ? 悠真、あいつのフルネーム! ……藤間透ぅ! ってちょっと、藤間で合ってんじゃん!」


 まさかの本名プレイに頭を抱え、香水くさそうなテラスへと進路を変えた。


「お前往来で本名叫ぶとかどうなってんだよ。だいたい無視してねえだろ? 俺ちゃんと頭下げたよね? こう、ぺこっと」


「いやいや普通来るでしょこっち」


 行かねぇよ。なんだよ普通って……。ほかの三人も苦笑してるじゃねえか。


「あんたもなんか頼んだら?」


「えぇ……入ったことないけどスタバって高いんだろ? 呪文唱えないといけないんだろ?」


「呪文? なにそれ」


 高木の質問。しかし祁答院、灯里、鈴原も興味深げに俺の顔を見つめている。


「あ、いやその、あれだろ? ヘーゼルナッツチョコシロップなんたらかんたらうんたらふんだらフラペツィーノッ! ババーン! って言わないと駄目なんだろ?」


「ぷっ……! あははははは! そんなわけないじゃん! あははははは!」


 高木と鈴原に爆笑された。

 灯里は両手で顔を押さえて震えている。

 祁答院は口にした飲み物を盛大に噴き出した。


「くっそ……そんなに笑わないでもいいだろ。……帰る」


「あははははは! 待って待って、藤間ごめんってー! ぶわはははは!」


「謝るならその笑いを止めてからにしてくれよ……」


 仮にも女子がそんな笑い方をするなよ、と悪態で返したくなるような爆笑。


「で、なに?」


 まだツボに入っている高木、飲み物を噴き出した後処理に追われる祁答院、そのフォローに入る灯里。唯一正常に戻った鈴原が代表で口を開いた。


「あははー、ごめんね? 藤間くんも一緒にお茶どうかなって思ってー。呪文とかいらないよー? メニューを指さして『これ下さい』って言えばちゃんと出てくるからー」


「そうなのか……でも高いんだろ?」


「その価値はあるくらいおいしいよー?」


 俺とこいつらの違いは、こんなところにも表れている。

 コーヒーとか缶でじゅうぶんだし、そもそも砂糖もミルクも入れる俺が高いコーヒーを飲むとか……コーヒー好きの諸兄に怒られちゃいそうだろ?


「藤間くん、甘いもの好き……?」


 祁答院のフォローを終えた灯里が上目に問うてくる。


「まあ人並みには。たまにコンビニでシュークリームを買うくらいだけど」


「あっさりめ? 濃厚?」


「どうせ甘いもん食うんなら、そりゃ濃厚なほうがいいよな」


 俺がそう言うと四人はひそひそと相談をし始めた。なに、なんなの?


「藤間くん、抹茶は好き?」


「苦いのは駄目だけどアイスみたいに甘くなってるのは食える」


「うし決定。はい藤間こっちー」

 

 高木に背中を押され、あわあわしながらテラスからスタバ店内へ。えらく愛想の良い女性店員に、高木が当然のように俺のぶんを注文する。


「抹茶クリームフラペチーノのトール。ブレべミルクに変更で抹茶パウダー増量」


「はい、かしこまりましたー♪」


 え、なにこれ、どういうこと?

 なんかレジには飲み物ごときで600円近い金額が表示されてるんだけど。つーかやっぱり呪文唱えてんじゃねえか。


「藤間、勝負。このお金の価値があるかどうか飲んで確かめて。あんたが無いと判断したらこれ、あたしが奢ったげる」


 そう言って口角を上げる高木。どんだけ勝負好きなんだよ。


 高木は意外にも使い込んでいそうな財布から千円札を取り出すと、それを人差し指と中指に挟んで、惜しげもなく店員に差し出した。


──


 テラスに戻ると祁答院と灯里のあいだに椅子が増えていて、祁答院は「こっちだよ藤間くん」とその席に俺を促した。


「藤間くん、写メいいかなー?」

「あたしも」

「わ、私も……!」


 緑と白の混ざった、固形と液体の中間のようなフローズンドリンク。その上に巻きグソのように猛々しく載せられた生クリーム。なんでこんなのを撮りたいのかわからない。やだ俺食レポの才能なさすぎ。


 遠慮無く撮影する三人。つーか灯里、角度おかしくね? まさか抹茶ドリンクとその奥にいる俺を同時に撮影しているんじゃないよね?

 自意識過剰気味にそう思い顔を逸らすが、視線を戻したとき、灯里はすでに満足気味にはにかんでいた。


 撮影が終わり、ようやくストローに口をつける。


 悪いな高木。どれだけ美味くても、質より量を優先する俺が、飲み物ごときに600円の価値を見い出せるわけがない。



 ゴチになります。



 …………!?


──


「くそっ……くそっ……! 俺に贅沢ぜいたくを教えやがって……!」


「はい600円毎度ありー♪」


 信じられないくらい美味かった。

 飲んだことの無い凝縮された甘さと濃厚なミルク。抹茶は苦味無く上質な風味となって、この甘ったるそうな飲み物を甘いだけで終わらせない。

 これだけなら俺は負けを認めない。


 この飲み物、腹がふくれる……だと?


 食が太くない俺は半分も飲まないところで「あーこれ夕飯要らねえわ」と思った。それはつまりこの600円には夕飯代が含まれるということだった。


「うめえな、これ……」


 高木が嬉しそうに勝ち誇るのはしゃくだが、俺は負けを認めざるを得なかった。


「お前らいつもこんな贅沢してんの?」


「そんなわけないじゃん。お金足んないって。ぶっちゃけ"向こう"の収入なんて無いようなもんだしね」


「早く『向こう』で稼げるようになりたいよねー」


 高木と鈴原の言う『向こう』とは、もちろんアルカディアのことである。以前も言ったが、アルカディアの金は現実での金に替えることができる。金の出元は国家。……まあなんでそんなことになってんだよって細かいことは置いといて。


 相場はだいたい1カッパー=10円、1シルバー1000円。ギアにはアルカディアでのステータスや持ち金が表示されていて、そこから両替の項目を選択すれば、即時口座へと振り込まれる。


「あたし1シルバーだけ両替したんだけどさー、いまめっちゃ後悔してるんだよねー。あの1シルバーでスキル買っときゃよかったって」


「もう、亜沙美ちゃん、だから言ったのに……」


「だってさー。最初は向こうで金使うのってほら、ゲームの課金みたいだって思っちゃったんだって」


「あははー、亜沙美、絶対課金しないもんねー」


「一回したら止まんなくなりそうだし。でもさ、向こうで使うのって考え方変えたら稼ぐための先行投資じゃん? って気づいて、はじめて後悔した」


 話を聞く感じだと、少なくとも高木と鈴原は、俺やアッシマーのようにアルカディアに憧れていたわけじゃないらしい。


 金を稼ぐ手段、つまりアルバイトとして参加しているだけに過ぎない。

 価値観なんて人それぞれだし、大半の人間がそうだろう。俺はそれについて別にどうこう思うことはないけどな。


「んでさー。あいつらマジイラつくんだって。ずっと伶奈に頼ってないで、防具とかスキルとか買えばいいのにさー……」


 なんか、すげぇな。

 パリピって……というか高木、ずっと喋ってんのな。疲れねーのかな。


 ……って思っていたらちょうど会話が途切れた。べつに話を繋ごうとか、俺にとってそんな高等テクを披露しようと思ったわけじゃない。


 高木が飲み物に手を伸ばしたタイミングで「ちょっといいか」と前置いて、


「アルカディアの話なんだけど……昨日は迷惑かけて、マジですまんかった。その……おかげで……っつーか、一応、召喚モンスターを手に入れたから、報告しとく」


 リディアに売却した薬湯。ビンの材料である砂は、こいつらが集めてくれたぶんが含まれているのだ。


「そうなのか? やったじゃないか藤間くん!」


 ……また。

 また祁答院が自分の事のように喜ぶ。


 信じて……いい、ん、だよ、な?



「その……なんだ。えー……その、だな……」



 言わなきゃいけない言葉。



 それは謝罪ではなく、いつもの毒なんかでもなく。



「藤間くん、頑張って」



 穏やかに笑む灯里が、言葉で俺の背を押した。



「その、あ、ありがとな。マジで助かった」

 


 本当にひねくれていて、本当に可愛くない俺は、絞り出すように、捻り出すように、どうにかこうにか、やっとの思いでこいつらに礼を言うことができたのだった。

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