03-16-俺のコボたろうだって

「コボたろう採取できんの? すげーじゃん! あれ? 香菜よりうまくね?」

「やめてよ亜沙美ー。ウチだって本気だせばー」


 強そうな冒険者はみな雲散霧消うんさんむしょう、ダンジョンへ突入した。

 茶色の装備に身を包んだ弱そうな人間数名だけが残り、彼らは皆安心した顔で採取を開始した。


「なのになんでお前らは残ってんだよ……」


「ははは、俺たちが行っても足手まといだからね」


 こいつは茶色の装備──レザーシリーズに身を包んでいるくせになんだか強そうなんだよなぁ。わかった。顔面エクスカリバーだからか。ついでにエクスカリバーみたいな聖なるオーラをまとってるわ。やだ俺みたいなやつ、こいつのニ○ラムでかき消されるんじゃね? やかましいわ。



「ふふっ、コボたろうかわいいね」


 灯里が俺の隣にやってきて、採取に勤しむコボたろうを見てはにかむ。


「なんにでも一生懸命なんだよ。マジでかわいい」


 俺はすでにコボたろうにベタ惚れだ。最初から惚れてはいたが、空いた時間にゴミを集める姿を見てさらにトゥンクした。


「ふ、藤間くんは……一生懸命頑張る女の子、好き?」


「……あ? そりゃあテキトーにやってるやつより頑張ってる姿のほうがいいだろ」


「わ、私も採取、頑張るね!」


 灯里は急にわたわたと空いた採取スポットにひざまずいて採取を開始した。ねえなんでいま女子に限定したの? コボたろうのことだよね?


──────

《採取結果》

──────

 40回

 採取LV3→×1.3

 砂浜採取LV1→×1.1

 砂採取LV1→×1.1

 ↓

 62ポイント

──────

 判定→A

 オルフェの砂×3

 オルフェの白い砂

 オルフェのガラスを獲得

──────


「うわぁ……みんなから聞いてたけど、藤間くんホントにすごいんだねー」


 俺の背にかかる鈴原の声。みんなから聞いてたってなんだよ。


「べつにすごかねえよ。お前らより一週間早く採取を始めたんだから、そのぶん慣れてて当然だ。なによりスキルも充実してるしな」


「スキルかー。昨日行った猫さんのお店に【採取LV1】が置いてあったんだけど、こんなことなら30カッパーをケチってスルーしなきゃよかったよー」


 とほほー、と項垂うなだれる鈴原。


 ……あ、そういえば。

 コボたろうに採取が終わったタイミングで話しかけ、一冊の本を受け取る。


「そういやこれ、昨日偶然マイナーコボルトからドロップしたんだけど……よかったらどうだ?」


「え、うそ【採取LV1】のスキルブック……くれるの?」


 これはココナの店で買い取ってもらえるか訊こうとして忘れていたものだ。


「持ってても売るだけだしな」


「神!」


 差し出したスキルブックを受け取る鈴原。すげえ、俺、30カッパーのスキルブック一冊で神になっちゃったよ。なんかチェーンソーの一振りでバラバラになっちゃいそうだな。



 泥土でいどのようにこびりついた仄暗ほのぐらい心に、ようやく冗談をうそぶくような風が吹いた──そう思った刹那せつな


《コボたろうが【槍LV1】をセット》


 浦風うらかぜたちまち、すべてをつんざくような暴風に変化した。


「モンスターだっ!」


 俺は叫ぶやいなや視線を周囲に巡らせる。祁答院たちは瞬時に採取を中断して立ち上がり、それとどちらが早いか、近くで採取をしていた作業者はあっという間に逃げてゆく。


 ──いた。

 南方向から駆け足で向かってくる影が三つ。犬の頭、両手に槍──マイナーコボルトだ。


「亜沙美、香菜、伶奈!」


「あいよ」

「ほいほーい」

「炎の精霊よ、我が声に応えよ──」


 祁答院の合図でふたりが洋弓を、灯里が両手に持った杖を水平に構え、詠唱を開始した。


「コボたろう、頼むぞ」

「がうっ!」

「はわわわわ……あんなにいますよぅ……大丈夫なんですかぁ?」


 俺はコボたろうに、祁答院と一緒に掛かるよう指示を出す。

 コボたろうは威勢よくそれに応える。

 アッシマーはあわあわしている。


 大丈夫かだって? 俺にも全然わからねえ。


 三人の遠距離攻撃で敵が近づく前に一体でも倒すことができればなんとかなるかもしれねえ。

 以前にすこし見た感じ、祁答院は一対一タイマンならマイナーコボルトに負けない。


 ……なら。


「藤間くん、コボたろうはどうだい?」


 どうだい? だと?



 ……ざけんなッ!!



「俺のコボたろうだって負けねえッ!!」


「わかった。頼りにしてるよ」


 俺の激高げきこうに対し、祁答院はふっと柔らかく笑んで見せた。



「おらっ」

「えいっ!」

「我が力にいて顕現けんげんせよ。それは敵を穿うがつ火の一矢いっしなり


 灯里の魔法発動に先んじて高木と鈴原の矢が飛んでゆき、そのどちらかが先頭にいたコボルトの胸に突き立った。犬顔のひとつは表情を苦悶に歪ませるが、それでも三体揃って駆けてくる。


「ぐるるるぅ……」

「まだだぞコボたろう。突出したら灯里の魔法の遮蔽しゃへいになるし、なにより囲まれちまう。行くなら祁答院と同時だ」


 今にも駆け出しそうなコボたろうを右手で制しながら、魔法の発動を待つ。


 そして──


「いきますっ! 火矢ファイアボルト!」


 木の杖を水平に構えた灯里の正面に現れた魔法陣から、燃え盛る炎が凄まじい勢いで飛んでゆく。


「ギャアァァアアァァッ!」


 それは胸に矢の刺さったコボルトを貫いて焼き焦がし、緑の光を運んできた。


「よし、行くぞっ!」

「頼むぞコボたろう!」

「がうっ!」


 残り二体。

 祁答院とコボたろうが先陣を争うように横並びで駆け出した。


「「グルアァァァ!」」

「うおぁぁああっ!」

「ぐるぁあああっ!」


 咆哮、そして接触。

 ふたつの火花が散った。


 繰り出される槍。盾で防いで振るう片手剣。

 交差する槍と槍。鋭く尖った穂、そして太刀打ちが何度もぶつかり合ってガツガツと乱暴な音を立てている。



 頑張れ……! 頑張れコボたろう……!


 応援することしかできない俺の隣にいつの間にか並んでいたアッシマーが、両手を組んで俺と同じように祈っていた。



 援護をするつもりなのだろうか、俺たちの両脇を高木と鈴原が駆け抜ける。


《コボたろうが【防御LV1】をセット》


「ギャアゥ!」

「ぐ、ぐるぅっ……!」


 避けられないと思ったのか、コボたろうがスキルを切り替えて胸に槍を受ける。


「こ、コボたろうっ!」


 思わず脚が前に出た。俺にできることなんてなにもないだろうに。


 ──しかし。


《コボたろうが【槍LV1】をセット》


「ぐるぁぉああっ!」

「ギャアアアアッ!」


 高木と鈴原の援護射撃も、ましてや俺なんかの助けなど必要ともせず、コボたろうの槍はマイナーコボルトの胸を貫いて、


「がうっ!」

「グ……グ……!」


 相手の腹を蹴って無理やり穂先を引き抜くと、


「ぎゃぁあああうっ!」


 よろめくコボルトの喉に槍を突き刺して、今度こそ緑の光を呼び込んだ。



「うおおぉぉおおっ!」

「ギャアァアアァッ!」


 祁答院も身をひるがえしながら槍をかわして一閃、見事にコボルトの首を裂いて討ち取った。最後の緑の光が現れると、


《戦闘終了》

《1経験値を獲得》


 そんなウィンドウが戦闘の終わりを告げた。


「ふぇ……ふぇぇ……よかったですぅ……」


 その場にぺたんと座り込むアッシマー。

 俺もその場に尻もちをついて、


「くぁぁ……よかった……! マジで怖かった……!」


 俺、カッコわる。

 命懸けで闘った祁答院はホッと息をついただけで背中に剣と盾を仕舞っているというのに、俺はコボたろうが死ぬんじゃないかとヒヤヒヤしてこの有り様だ。


「藤間くん、足柄山さん、大丈夫?」


「あー。安心したら腰抜けたわ。それよりコボたろうを……」

「はわわわわ……灯里さんかっこよかったですぅ……すごかったですぅ……」


 灯里は俺たちに笑顔を向けてアッシマーを引っ張りあげて起こしてやると、すこし逡巡しゅんじゅんするように視線を俺に向けてから、柔らかそうな白く細い手を俺にも差し伸べる。


「え、あ、いや、お、俺はまだいい。立てそうにねぇ」


「あ、うん、ご、ごめんね? 気にしないでね?」


 なにこの空気。すっげえどもっちゃったんだけど。灯里も変な空気に気づいたのか、祁答院たちの元へと駆けていった。

 その隣には思ったより傷が浅かったのか、平気そうなコボたろうがいて、


「すげーじゃんコボたろう! かっけー!」

「本当に強いんだねー。援護がいらなくてびっくりしちゃったよー」

「ははっ、ありがとうコボたろう、助かったよ」


 高木と鈴原にめちゃくちゃ撫で回され、肩には祁答院の手が乗せられた。



 そしてやはり朱い顔で、俺に救いを求める目を向けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る