06-09-藤間透が後悔して何が悪い

 宿近くの夜道で追いつき、ともに市場へ向かう俺たち。

 しかしどうも高木たちの進む道が俺の思っているそれと違う。



『いらっしゃいいらっしゃい!』

『愛の盾! 愛の盾があるよ! 20シルバーから!』

『カッパーソードのユニークあります! どなたかカッパーロッドのユニークと交換してもらえませんかー!』



 活気あふれる夜の街──そう聞くと、歓楽街を想像する諸兄も多いのではないだろうか。



「げええ……。なんでわざわざこんなに人の多いところに来るんだよ……」


 しかしこのエシュメルデ中央市場における賑わいは、それとはまったく別物の、言うなれば築地の朝市を思わせるそれだった。


「はぁ? 市場ってここしかないっしょ⁉」

「ほら、もっとあるだろ! 無人のとことか!」

「だってあそこ高いじゃん!」


 あまりの喧騒ゆえ、おのずと俺たちの声も大きくなる。そうしないと騒音にかき消されてしまうのだ。



『コボルトの意思あるよ! うちが一番安いよ!』



 見つけた!

 市場の一隅を占める露店の前にどうにか飛び込んで、全員がいることを確認する。


「ぷっ。真面目か」

「うっせえよ」


 そんな姿を高木に笑われながら露店に向き直ると……


「げっ」

「ぁ……」

「…………」


 高木、鈴原、灯里が一斉に顔を逸らした。



 露店の前には──



「お前ら……」

「伶奈、亜沙美……お前ら、そんなやつと一緒にいんのかよ」


 イケメンBC……望月慎也と海野直人が今まさに露天商からコボルトの意思を購入しているところだった。



 そこに、甘ったるい声が向こうからやってきた。



「ちょっとー。人多すぎませんかぁー?」



 どくん。



 心臓が、鳴った。



 どくん。



 それは、高鳴りでもときめきでもなく──



「あはっ☆ 望月くん、海野くん、どうしたんですかぁー? …………ん? んんー?」



 どくん。



 この、声。



「あれ? あれれー? もしかして、藤間くんじゃないですかぁー?」



 もう二度と聞くことなんてないと思っていた、男に媚びる甘い声。そしてもう二度と見ることなんてないと思っていた、亜麻色のセミロング。



「は? セリカ、知り合いなん?」

「はぁ? 藤間と? 接点なさそー」



 どくん。どくん。



 胸を叩く、この音は──



『藤間透くん、好きです! 初めてあったときから好きでした! 私とつきあってくださいっ!』



 強烈に胸を打ち、痛烈に脳まで響く、この旋律は──


「んー、知り合いってゆーかー」


 ただただドス黒い、絶望の脈動。



「あ? 藤間だって?」



 女の声で振り向いたその男は。

 金の短髪を逆立てた、190cmはあろうかという長身の男は──



『可哀想になぁ。お前も藤間なんかと関わらなきゃ、こんな酷い目にあわなかったんだけどなぁ。恨むなら藤間を恨めよ? ぜーーーーんぶ藤間が悪いんだから。なぁ、そうだろみんな』



 なん、だよ、これ。



 なんでこいつらがいま、出てくるんだよ。

 なんでイケメンBCと一緒にいるんだよ。



「えっ……藤間くん? 藤間くんってまさか、藤間透くん?」



 えっ? …………えっ?


 あ、あっ、あっ…………



 さらに男の後ろから現れた、長い黒のポニーテールは──



『いつも優しい藤間くんが好きっ!』


『なぁ嘘だろ? 藤間が好きなんて嘘だろ? 罰ゲームだろ?』


『うっく……ひっく…………ごめん、なさい…………罰ゲーム、でした……』


『罰ゲーム! 罰ゲーム! 罰ゲーム!』



 うそ、だ、ろ?



「はぁ? 三人とも藤間の知り合いなん?」

「嘘でしょ? そんなことってありえるん?」



 絶望が、脈打つ。

 心臓だけでなく、俺の肩を、歯を揺さぶり、カチカチと音を鳴らす。



 なん、で、だよ。


 亜麻色のセミロング。

 逆立てた金髪の長身。

 長い黒のポニーテール。


 なんで、この三人が一緒にいて、イケメンBCもいて、五人で一緒にいるんだよ。


 金髪はまるでおもちゃを見つけたとでも言うように口角を上げたあと、納得できないという顔をして口を開いた。



「はぁ? 藤間の周りオンナだらけだな。なぁお前ら、悪いことは言わねぇ。こいつだけはやめとけ。やべぇぞこいつ」



 なんで、こんなことになるんだよ。



 陰キャで何が悪いと開き直って。

 最低で何が悪いと開き直って。

 大事なひとことが言えなくて、でもそのおかげで自分以外の孤独を知って。

 召喚モンスターに触れて、自分に向けられる愛情を知って。

 自分が悪になっても守りたい存在ができて……。


 そうして、ようやく自分という存在を見つけられたと思ったのに。



『罰ゲーム! 罰ゲーム! 罰ゲーム!』

『本気だと思いましたぁー? ふふっ、藤間くんみたいなクソザコを芹花せりかが好きになるわけないじゃないですかー☆ 身の程を知ってくださいね♪』

『うおっ、なんだこいつ狂いやがった! やべえ、先生呼んでこい! ちょま、おい、やばいって、シャレになんねえって、ぎゃあああぁぁあああ!』



 消えてゆく。



『はわわわわ……。……えへっ☆ 失敗しちゃいましたぁ……』



 消えてゆく。



『ひ、膝枕、して、あげたい、な』



 やめろ。



「いいか、こいつはな──」



 やめてくれ。



「中坊のころ、暴れまくって俺たち十四人に暴力を振るったとんでもないヤローだぜ」



 なんで、そのすべてを後悔するようなヤツらが、いま、ここで、出てくるんだよ。



「最っ低…………」



 あれだけ優しかった灯里から、聞いたこともないような冷たい声が漏れた。



 それはまるで刃のようで、これまでの日々に両手を伸ばしてしがみつく俺をひと振りで両断し、あたたかい日常をたちどころに想い出へと変えた。



(了)

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