06-08-なんでそれ、先に言わねえの

 本日分の狩りが終わり、夕食後。

 目標の35シルバーを大きく超える45シルバーを集めた俺たちは、なぜかやはり俺とアッシマーの部屋に集まってレベルアップ作業をしていた。


 ……んだが──


「マジかよ……。なんでそれ、先に言わねえの」

「いやだってさ。あんたが集めてるの知ってたし、言いづらいじゃん」


 高木は気まずそうに俺から目をそらす。


「灯里も鈴原もなのか?」

「うん。でも、べつに騙そうとかそんなつもりじゃなかったの」

「それに、わかった時点で藤間くんがすでに一個使っちゃってたからー……」


 そんなことわかってる。

 こいつらが俺を騙そうとしてるとか、そんなことはもう微塵も思っちゃいない。


 俺へ対する気遣いと遠慮から、むしろ俺は感謝すべきなのだ。

 それなのに。いや、だからこそ、自分がみなの足を引っ張ったことが自覚でき、まるで柔らかい針で刺すように、この胸を痛ませるのだ。


──────────

《レベルアップ》

──────────

高木亜沙美

LV5 (MAX)→転生可能 (LV1に戻ります)

─────

要:

☆コボルトの意思

──────────



 なんだよ『要:コボルトの意思』って……。


「藤間くん、ごめんなさいっ、じつはわたしも知ってましたっ」

「しー子……! あ、いや、藤間。しー子はあたしらがさっき教えただけだから。コボルトの意思を買うぶんのお金は残しておいたほうがいいよって」

「……いや、べつに謝るようなことじゃねえだろ。むしろすまん、気をつかわせちまった」


 つまり、俺が独占して使用していた『☆コボルトの意思』は、全員に必要なものだったのだ。

 高木たちは俺に気をつかって、そんなことを口にせず、手に入れた意思をすべて俺に渡してくれていたのだ。


 サシャ雑木林でホモモ草に致命傷を受けて死んだ後、コボルトの意思を取り出す際にしていた目配せは、自分たちで意思を使わず、俺のために使おうとする最終合意だったのだと知る。


 コボじろうを召喚したことを俺は後悔していない。ただ、モンスターの意思がみんなに必要だと知りもせず、遠慮なく独占していたことが心苦しい。



「召喚士はたいへん。とてもお金がかかるから」


 リディアがアッシマーのベッドの上でぬぼっとした顔のまま、いつかと同じ言葉を口にした。


 さて、ここで転生とはなんぞや? と思う諸兄のために説明の必要があるだろう。

 ……といっても、リディアからいましがた教わったばかりの知識だが。


 ヒントなんてずっとステータス画面にあった。


 『LV4/5 ☆転生数0』と。


 つまり、LVの上限は5なのだ。

 だからこのままでは、LV5より強くなることはない。経験値が頭打ちになり、レベルアップができなくなってしまうのだ。


 転生とは、LV1からやり直す代わりにLVの上限を上昇させるシステムのことだ。


 転生という法則について、その必要性や仕組みを説明するには、そもそもアルカディアとはなんぞや? とか、身体の仕組みについて長々と説明することになるためいまは割愛するが、ともかく、強くなるためには転生の必要があるというわけだ。


 ちなみに役に立たないwikiにはそんなことひとつも書いていなかった。なんのために存在してるんだよ。


 wikiよりはるかに信頼できる我らがウィキリディア曰く、転生するとすべての能力が1.2倍になり、ユニークスキルのLVが1上昇する。そしてLVの上限が5ずつ開放されていくらしい。

 一回目の転生ではLV上限が10に。二回目の転生ではLV上限が15に。


 リディアは、最初の転生においてはそれほど能力の低下を感じないと続ける。

 一回のレベルアップで全能力が1.1倍されるんだが、転生で1.2倍の能力になるのならば、LV1に戻ってもLV3相当の能力になり、ユニークスキルのLVが1上昇するぶん、むしろ強くなったと感じる人間もいるようだ。


 リディアにちらりと、モンスターの意思が転生に必要なら教えてくれたっていいのに、とぼやくと、


「召喚士の透を目のまえにしてそれをいえるわけがない」


 そう返され、他の女子陣も大きく頷いた。


 レベルアップする際に余った経験値は蓄積されるが、転生すると経験値が0になってしまうため、すでに経験値が打ち止めになった灯里、高木、鈴原──三人分の意思を早急に手に入れなければならない。


「つーわけで、あたしらちょっくら市場でコボルトの意思を見てくるから」

「いや待て、待ってくれよ」


 立ち上がった三人を呼び止める。

 呼び止めたところで、俺になにができるわけでもない。

 挙げた腕はしおしおと力なく垂れ下がり、無力感とやるせない無念だけが残った。


「藤間くん、本当に気にしないでね?」


 灯里はそう言ってくれるが、気にするなってほうが無理だった。俺にはその優しさを受け止めることすらできず、目を逸らすことしかできない。



「…………あのさー」


 視線の先に高木が回り込み、長い金髪が目に入った。


「これでもあたし、…………その、感謝してんだよね。あんたに。もちろんしー子にもだけどさ」

「……感謝?」


 虚ろな目を勝ち気な瞳に向けると、今度は高木が目を逸らした。


「まーね。香菜の弓、売ろうとせずに香菜にくれたじゃん。伶奈のレア杖もそうなんでしょ? だから、まー……感謝してるわけ。やっぱ友達を大事にしてもらえるの、嬉しいじゃん」


 逸らしたままちらちらとこちらに視線を送り、頬に朱がさす。


「すまん、なに言ってるのか全然わからん」

「だから! その、しー子の盾もそうだし、レアなんて売ってお金にしたほうが得って人間もいるのに、あんたはそうじゃないでしょ。だからいいんだって」


 …………。


「すまん、考えたけどよくわからん。それって普通のことなんじゃないのか?」


 むしろ俺が売ろうとか使おうとか言っても、それ以前に俺には決定権が無い気がするんですがそれは。


「ん……それが普通って思ってんなら、それでいい。あたしら、あんたのせいで損したとか、ほーーーーーーーんのちょっとも思ってないから。それにあんたに強くなってもらわないと、また勝手に飛び出して勝手に死ぬじゃん」


 高木はそれだけ言うと金髪を翻し、ぐぬぬと唇を噛む俺を残して部屋を出ていった。

 灯里と鈴原は「本当に気にしないでね?」とそれぞれ声をかけ、高木の後へ続いてゆく。


「わたしも今のうちに買うですっ!」


 アッシマーまでが部屋を出ていき、リディアとふたりで残される。


「もっていたならあげたけど、ざんねん。もってなかった」

「ん……」


 最初、俺にコボルトの意思をくれようとしていたほどだ。リディアが持っていたのなら、本当に譲渡していただろう。



「わり、リディア。俺も出るわ」

「わかった」


 三白眼のアイスブルーに別れを告げ、俺も駆け足で四人のあとを追いかけた。


 つまらない意地。でも、こう思えるうちは、きっと俺はまだ自分を失っていない。



 女子だけで、夜出歩くんじゃねえっての。

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