08-22-Time to Believe

 俺と高木がコボルトを倒し終わるのを待たず、ついに敵の援軍がやってきた。

 俺の前で槍を構えるコボルトの肩越しには、臆病のピピンを先頭に、わらわらと目の前の部屋へなだれ込んでくるコボルトとコウモリの群れ。

 そいつらはこちらに見向きもせず、南──教室へ向かう通路へと進んでゆく。


「がうっ!」

「ギャアアアアッ!」


 コボたろうの『☆クルーエルティ・ピアース』が俺の前にいたコボルトを貫いて木箱に変え、ようやく十体のコボルト──そのすべてを殲滅させると、俺たちは援軍が通路へ入るまで、息を潜めて待つことにした。


 部屋のなかで闘えばあっという間に囲まれるだろうし、たとえ通路であったとしても鈴原たちが追いつかない。

 背後からの攻撃だけでは挟みうちにはならないのだ。


 脳内に、国見さんの声がした。


『藤間くん、その部屋を戦場にしたほうがいい!』


 俺の考えとは逆の言葉に、声を潜めて返す。


「念話。ここだと数の暴力で、逆に俺たちが囲まれちまう。しきれねえ」


 見た感じ、敵の数は三十体を超えている。背後から接触しても、広い場所だとすぐに態勢を立て直されて、あっという間に不利になってしまうのではないか。



『大丈夫、私を信じてほしい』



 私を、信じて。


 そんなことを言われても。


 この俺が、藤間透が。


 他人を、そんな言葉で、簡単に信じられるわけがねえだろ。


 ……。


『私は……少しは、みんなのやくに……たて……た……か、な』


 …………。


 ただひとつ。

 先頭のピピンはもう、南へ向かう通路に入ろうとしている。  


 ただひとつ。

 信じるなら、いましかなかった。



「行くぞっ! 損害増幅アンプリファイ・ダメージ!」

「あいよ」

「「「がうっ!」」」


 俺と高木、そしてコボたろうたちは通路の入り口にある木陰から飛び出した。


 モンスターは一心不乱に防衛ラインを目指すよう、洗脳でもされているのだろうか。

 こいつらの先頭がこの部屋に入ったとき、俺たちは部屋の端で戦闘をしていたというのに、意外なほど慌てふためく。


 完全な背後ではなく、部隊後方の横っ面。

 そこへ、俺たち五人は、火の弾となって突っ込んだ。


 コボたろうとコボじろうが敵を刺し貫く。

 高木とコボさぶろうが敵を殴り飛ばす。

 俺も拳を叩き込み、蹴りを浴びせてゆく。


 いまの奇襲で、コボたろうの槍は、一体のピピンを黒煙へと変えていた。


 先頭にいたピピンが大きな声をあげて、こちらへ引き返してくる。

 俺たちはあっという間に囲まれ──なかった。


「うおらァァああああアッ!」


 南の通路から飛来する矢。そして武器を振り回しながら駆け込んでくる海野と小山田。


 モンスターからしてみれば、奇襲に次ぐ奇襲。


 しかしやはり数の差がありすぎて、殲滅するには至らない。

 俺たちは敵の半分をも殲滅することなく、戦況は劣勢へと傾いてゆく。


 第六ウェーブで中央の渦に現れたピピンは四体。

 不運なことに、そのすべてがこちら側──東へ来てしまったようだ。


 モンスターが態勢を立て直したとき、マイナーコボルトやロウアーコボルトならばなんとかなるが、臆病のピピンはやはり別格だった。一対一タイマンでも勝てる気がしないのに、数でさえ不利なのだ。


「「「グルァァァアアアアアアアッ!」」」

「くそっ……マジかよっ……!」


 身の毛がよだつような咆哮。

 背筋が寒くなるような体躯。

 歯の根が合わなくなるような槍。


 殴りかかる糸口が見つからない。

 こいつに睨まれながら、隣のマイナーコボルトに殴りかかることもできない。


 それはコボたろうたちも同じのようで、俺たちは今度こそ囲まれてしまった。



『大丈夫、私を信じて』


 国見さんのあの言葉は、いったいなんだったのだろうか。

 俺も国見さんも、戦略とかそういったことに関しちゃきっとズブの素人だ。国見さんのアテが外れたのだろうか。


 結局、逡巡の後、他人を信じたのは、間違いだったのだろうか……?



 こんな絶体絶命のなか、仄暗い感情が芽生えたとき、俺の自問に答えるように風が吹いた。



「うおおおおおっ!」

「はあああああっ!」



 それは俺たちを囲んでいたモンスターを切り裂き、駆け抜けてゆく。

 西から吹いた二陣の風は、茶色の髪と、黒のポニーテールを持っていて──


「ごめん、待たせたね」

「遅くなったわ」


 絶体絶命のピンチは終わったとでもいうように、それぞれ端正な顔に笑みを宿した。


「祁答院っ! 七々扇っ!」


 驚く俺よりも先に反撃に転じたのはコボたろうたちだった。

 戸惑ったモンスターたちを、槍で、メイスで、緑の光へと変えてゆく。


 祁答院と七々扇は率先してピピンに立ち向かってゆく。

 ピピンと生死のやり取りをする七々扇に、一体のロウアーコボルトが弓を向けていた。


「あぶねえっ! 七々扇!」


 疲弊しきった脚は動かない。声と手だけが七々扇に向かうなか──


「どすこーーーーいっ!」


 どべどべとどんくさく駆け込んできた桃色の盾が、ロウアーコボルトの一矢を防いだ。


「アッシマー!」

「ひい、ふう、走るのは苦手なんですぅ」


 アッシマーは胸に手を当てて、肩でひいふうと息をする。


 囲まれていた俺たちは挟撃どころか逆に三方からモンスターを囲み返す。


 逆転の狼煙は、終わらない。


火矢ファイアボルト

落雷サンダーボルトッ!」


 炎の矢がピピンを、二筋の雷がフォレストバットを撃つ。


「灯里、三好!」

「藤間くん、亜沙美ちゃん! だいじょうぶ?」

「アンタたち、誰も死んでないでしょうね!」


 その魔法が決め手となり、祁答院が、七々扇が、コボたろうたちが、そして向こう側からは海野や小山田、鈴原が次々と敵を討ち取ってゆく。


 俺の「三好」という声に反応したのか、弟の三好清十郎が俺に駆け寄ってきた。


「藤間くん、ひどい怪我……! 待ってて。癒しの精霊よ我が声に応えよ……」


 清十郎に言われて自分の姿を見ると、脇腹は槍でえぐられていて、コモンシャツの上に着込んだクロースアーマーを痛々しく紅に染めていた。どうりで身体が動かないわけだ。


「んあ……わりぃ……。うっわ、自分の傷に気づいたら急に痛くなってきた」


 いまのいままで痛みを感じる暇もなかった。しかし一度見てしまえば、心臓の音にあわせて、ずきずきと深い痛みがやってくる。

 しかしありがたいことに、痛みは長く続かなかった。清十郎の回復魔法により、あたたかな光が傷を塞ぎ、痛みも、血も、そして破れた服すらも回復させてゆく。


「さ、サンキュ。楽になった」


 そうして万全の態勢になって拳を握ったとき、もうすでに俺の出る幕はなかった。

 最後に残ったピピンは祁答院とコボたろうのふたりに圧倒され、背後に回り込んだ七々扇の一撃で黒煙に変わってゆく。



《戦闘終了》

《31経験値を獲得》

《レベルアップ可能》



 わっ、と歓声があがった。


『わあ、やったよみんな! 街もすごく盛りあがってるよ!』


 脳内に響く国見さんの声。



 俺はコボたろうもコボじろうもコボさぶろうもしっかりと立っていることを確認すると、ようやく深い息をついた。

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