08-23-What's Wrong With US Being Shady

「はい、終わりましたっ」

「ん……さんきゅ」


 SPとMPが満タンになった俺が軽く礼をすると、アッシマーは微笑んで「ほかにもSPとMPが減っているかたはいらっしゃいませんかぁー?」と向こう側へどべべー、と走っていった。


 悪趣味な色をした教室。

 第六ウェーブの前よりも身体は疲れているというのに、みなの顔は先ほどよりも明るかった。


 それは間違いなく、たったいま、格上の相手を犠牲なく撃破できたからだろう。



「第六ウェーブまでの時点で、765のコストが消費されたわ」

「残るは多くても235コストということになるね」


 七々扇と祁答院が頷きあう。

 このシュウマツでは、総コストが700~1000だと最初に提示されている。

 だから、七々扇の言っていた「コストはモンスターの経験値と同値である」という考えが正しければ、残る第七ウェープの規模は、多くても235コストなのである。


 ちなみにこれまでのコストは、

 第一ウェーブが30、

 第二ウェーブが75、

 第三ウェーブが130、

 第四ウェーブが160、

 第五ウェーブが170、

 そして第六ウェーブが200と、ウェーブを重ねるたびにコストは増加している。


 そしてこれから訪れる第七ウェーブは、おそらく上限いっぱいの235コストであるだろうと、増加傾向のコストからなんとなく察しはつく。


 教室には、次が最後の闘いであるという緊張感と、第六ウェーブに35コストが足し算されるだけならばなんとかなるのではないかという期待、いや、あれに35コストが追加されたら抑えきれないのではないかという不安がい交ぜとなって漂っている。


 黒板代わりのモニター……インフォメーションには、第七ウェーブの開始時間が23:25とはっきり書かれている。時計を見れば、時間まであと二分足らず。


「コボたろう、ポーションの残数は?」

「がうっ」


 俺の問いかけに、コボたろうとコボじろう、そしてコボさぶろうがそれぞれ赤い液体の入ったビンを取り出す。

 これに俺の持っているポーションを足せば、合計四つあるってことか。


 ほかはアッシマー、高木、七々扇、祁答院、海野、小山田の前衛組がひとつずつ持っている。


 闘いは熾烈しれつなものになるだろう。本当ならばもうすこしポーションを増やしておきたいところだったが、大量の木箱からのアイテム回収と、簡易ステータスモノリスによるレベルアップ作業を終えるころにはもう、採取をする時間なんて残されていなかった。


 アッシマーを守りたい。

 灯里を守りたい。

 リディアを、ダンベンジリのオッサンとかホビットたちを、そしてココナやエリーゼを守りたい。


 その思いだけで、ここまで来た。


 はねたろう。

 ぷりたろう。


 あいつらの犠牲を無駄にしないためにも、モンスターは一体たりとも通さない。

 アッシマーや灯里を渦の犠牲に、そして緑の光にも変えさせやしない。

 鈴原も。高木も。七々扇も。



 俺はいま、そのためにここにいる。



「ついに──来たわね」


 七々扇の声がして、みなで一斉にモニターを見上げる。



 これが──最後の闘いだ。

 


──────────

《Wave7》23:25~

─────


《Vortex1》

4:59 (中央)


☆天泣のカカロ (ロウアーコボルト)

☆臆病のピピン (マイナーコボルト)×8

フォレストバット×9

ロウアージェリー×4

マイナージェリー×9

ロウアーコボルト×10

マイナーコボルト×10


235 Costs


─────



「マジ……かよ……」


 海野の忌々しげなつぶやきが、弱々しく消えてゆく。


「なにこれ……勝たせる気ないじゃん……」

「ど、どうしよう……」


 小山田と小金井が、モニターから視線を落とす。

 勝たせる気がない、なんて当然だ。しかし、小山田がどうしてそんなことを口にしたのか、どこか頷けるところもあるのだ。


 そもそもシュウマツは、俺たちを"ただ"殺しに来ていない──そんな気がする。


 シュウマツ前夜にわざわざ告知をして、参加者を選んで、代表者に闘わせて、残ったモンスターを街へ襲撃させる──そんな面倒な手段を取ることからも、シュウマツは異世界勇者やエシュメルデを滅ぼしたい──ただそれだけではない気がするのだ。


 だってそうだろ? 俺が人間を滅ぼす魔族なら、こんな一大イベントみたいなことはしない。宣戦布告なんてせず、シュウマツの渦なんて面倒なことをせず、街に奇襲をかける。そのほうがきっと、効率がいい。


 それに、渦のなかでも、俺ならばモンスターを小出しになんてしない。第一ウェーブから強いモンスターの大軍を出し、異世界勇者を最初に全滅させる。


 そして残ったウェーブのモンスターたちを、防衛ラインへと悠々と進軍させ、エシュメルデヘ送り込む。


 どうしてそうしないのか……?

 俺はそれを、ゲームのような世界だからだと、勝手に納得していた。


 ゲームだと、最初の街や城の付近には、弱いモンスターしか出現しない。うごくせきぞうやモルボルなんて現れない。ボスモンスターだってダンジョンだって、ストーリーが進むたびにキツくなってゆく。四天王だって一番弱いやつから登場する。


 ……だって、ゲームなのだから。そうしなきゃ、バランスが悪いから。


 アルカディアはゲームのような世界だ。だからこそ、俺も──そして小山田もきっと、そう思っていたのだろう。

 このシュウマツでも、苦戦の末、俺たちプレイヤーが勝てるバランスにしてあるのではないか、と。


「馬鹿だよな。俺たちも──シュウマツも」


 俺の独りごとに、隣にいた灯里が緊張の面持ちのまま首をかしげた。


 馬鹿なほど自分に都合のいいように考える俺たちと、

 馬鹿なほど律儀なやりかたで、俺たちを殺しにくるシュウマツ。


 なんなんだよ、シュウマツって。

 この世界のシステムなのか。

 それとも誰かが故意に起こしているのか。


 律儀だろうがなんだろうが、俺はシュウマツなんて認めない。

 アッシマーや灯里、鈴原や七々扇や高木に終末なんて見せたくないから。

 あいにく、街を救いたいなんて大志は持ち合わせちゃいないけど、リディアやダンベンジリのオッサン、ホビット達、ココナとエリーゼに、突然の別れなんてやってこさせないから。


 そんなの、俺が、見たくないから。



 こんなときに、自分のためだけに拳を震わせるなんて、相変わらず陰キャだよな。



 何が悪い。



 召喚士が陰キャで何が悪い。



「ロウアーコボルトのユニークか……。だれか闘ったことは?」


 祁答院に対し、みなが首を横に振る。


「天泣ってどういう意味?」


 三好伊織の問いかけに七々扇がこほんと咳払いをして、


「天泣。上空に雲が無いにも関わらず降る雨のことよ。天気雨、狐の嫁入りとも呼ばれているわね」

「天気のことだったんだ……。じゃあ天泣のカカロって天気を操る魔法持ちとか?」


「それは分からないわ。ただ、臆病のピピンにも臆病な様子は微塵も無いから、あまり当てにならないかもしれないわね」

「たしかにね……」

「結局闘ってみるしかねーってことか……」


 口を尖らせる三好の隣で、海野がうんざりしたような顔をする。

 すこししゃくではあるが、海野の言うとおり、闘うか、七々扇の【アナライズ】で能力を知るしかないのだ。


「でも……勝てる、の? 相手はその天泣のカカロってやつ抜きでも、これだけの大軍で、あのでっかいコボルト、八体もいるんでしょ?」


 勝てるのか?

 そんなこと、誰にもわからない。

 ピピンと一対一タイマンでやりあえるのなんて、悔しいがこのなかじゃ祁答院くらいだろう。コボたろうとピピンじゃ、まだピピンのほうが強い。


 ──でも。


 でも、そんなことじゃ、ないだろ。



「分からない。とにかく全力を尽くそ──」

「勝つ。俺はいま、そのためにここにいるんだ」



 自分で驚いた。

 祁答院の言葉を打ち消すように口走った、己のセリフに。


 全員が驚いた顔をして俺を見る。


「国見さん、俺たちが戦場に向かったら、頼みがあるんすけど。あとアッシマー、時間はもうあんまりないけど、すこしいいか」

「うん、なんでも言って」

「は、はいですっ」


 勝てるか勝てないか、そんなことじゃない。

 どうやって勝つか──俺にはもう、それしかない。


 相手が未知でも、どれだけ強大でも、たとえドラゴンかなにかであったとしても──誓った信念だけは、なにがなんでも曲げない。



 いまの俺も、昔の俺も。



 そうだろ、藤間透。



 あの星降りの夜に、アッシマーの前でいまの俺とひとつになった、膝を抱えてうずくまっていた俺。



 その俺はいま、すでに俺の胸のなかで立ち上がっていて、にやりと不敵に笑ってみせた。

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