10-02-負けずぎらいからの挑戦状

 サシャ雑木林に入って一時間ほど経過した。


 マンドレイク、ライフハーブ、エペ草といったポーションに必要な素材はおよそ二十ずつ集まり、拭った汗で服の袖が汚れてきたころ、高木と鈴原の顔にも疲れが見えてきた。


 俺のとなりでひざまずき、手を伸ばしてエペ草の採取をする鈴原の額から汗が一雫こぼれ、緑に吸い込まれてゆく。


 同じように汗をかいているというのに、どうして俺からはじとっとした汗の匂い、鈴原からは甘い匂いがふわっと香るのだろうか。

 男女のシャワー施設に置いてあるシャンプー……というか、エペ草となにかを調合した粉末の成分が違うのだろうか? 不可解な男女格差の一端だということにしておきたい。そうじゃなかったら俺個人が臭いことになっちゃう。


──────

《採取結果》

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24回

採取LV1→×1.1

26ポイント

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判定→E

エペ草を獲得

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「ううん、もうちょっとだと思うんだけどなー……」


 出現した一枚のエペ草を自分の革袋に仕舞いながら、鈴原は眉尻を下げる。

 いわく、もうすこしでD判定なんだけどなー、ってことだろう。


「あんまり無理しないほうがいいぞ。無理して二枚を狙うよりも、無難に一枚を二回採取したほうが疲れねえから」

「あ、うん……。ウチのペースで、ってことだよねー?」

「そういうことだ」


 頷いて返すが、鈴原は両膝を地面につけたまま浮かない表情だ。


「今日は人数が少ないし、とくに鈴原の負担が大きいんだから、あんまり無理すんなよ」

「うん……。あ、ううん、そんなことないよー」


 気のない様子で返事をし、そのあと慌てて謙遜するように両手を振る。やはりだいぶ疲れているのだろう。

 俺がこのまま説得しても、鈴原は無理を続けるような気がする。

 どうすっかな……なんて考えたとき、すこし離れたところから高木がライフハーブをひらひらさせながらこちらへやってきた。


「そんなことなくないってば。香菜、あんたちょっと休憩しなよ」

「でもウチ、みんなのなかでいちばんへたくそなのにー……」

「香菜は誰よりもモンスター倒してくれるし、それにいましー子もいないんだから、開錠できるのは香菜だけじゃん。採取まで香菜が一番だったら、あたしらの顔が立たないって」

「亜沙美ー……」


 高木に頭を撫でられ、鈴原は高木の胸に顔をうずめてゆく。ねえなんで女子ってこんな簡単にゆりゆりしだすの?


 高木の説得が成功したのか、鈴原は泉のそばにある切り株に腰を下ろした。

 俺はといえば、相変わらず採取である。戦闘においては動かざること山の如しな俺の主戦場は採取だ。


 さてもう一回マンドレイクを、と膝をついたとき、俺と向かい合うようにひざまずきながら、高木が声をかけてきた。


「香菜ってさ」


 視線を草に落としたまま、高木は採取をはじめようとしない。

 採取をしているふりをして聞け、という示唆しさを無言のうちに含んでいるようだったから、俺はそれに従った。


「けっこー思いつめるほうなんだよね」

「……まぁ、それはわかる」


 草の上で形だけ手を動かす高木。俺も同じようにして相槌をうった。


「……ほら、なんだかんだアルカディアって疲れるじゃん。最初の頃さー。香菜、けっこーアルカディアを休んでたんだよね。……あと、その……直人とか慎也のこともあったし」


 あー……。なんか、海野と望月が好き勝手やってても、友達だからあんまり強く言えない、とかそういうやつだよな。


 俺にはそれがよくわからなかったし、いまでも理解に苦しむところだが、価値観なんて人それぞれだ。鈴原はきっと友達という関係を崩したくないと願って、それゆえに気疲れしてしまい、体調不良だなんだと言ってアルカディアに来ないことを選択したのだろう。


「それで、香菜……めっちゃ悩んでるんだよね。あのときアルカディアに来てたら、いま、もうちょっとみんなの役に立てたのかなー、ってさ」

「はぁぁ……? そんなこと気にしてんのかよ……」


 だから、休んだぶんを取り返そうと、ひたすらに頑張っているらしい。なるほど、鈴原は俺が思っていたよりもよっぽど”気にしい”なようだ。

 むしろ俺なんて毎日休まずアルカディアに来ていたけど、最初のころなんて、とくにいまの宿の世話になるまでは失敗したり殺されたり、ひどい目にしかあってねえ。


「なんかいまいち自分に自信がないってゆーの? アルカディアでもあんなに強いのに威張んないどころか自分のこと弱いって思ってるし、めっちゃ可愛いのに、自分の顔とか身体とかきらいって言うしさー」


 謙遜けんそんは日本人の美徳でありながら、同時に自信をも取り払ってしまう。そして度が過ぎると卑屈ひくつになる。

 俺は鈴原が卑屈だとは思わないし、高木の目だってそう言っていない。

 きっと高木は、鈴原にもっと胸を張って楽しく生きてほしい、と心から友人を案じているのだろう。


「俺は鈴原のそういうところ、きらいじゃないけどな」

「……ふーん?」


 高木は俺に顔を向け、顎で続きを促してくる。


「や、逆に言えば、いまの自分がきらいだ、自分のことが好きな自分になりたい。……ってことは、鈴原は自分に伸びしろを感じているってことだろ」

「……へぇ。あんたにしては珍しく前向きじゃん。リーダーの自覚出てきた?」

「そんなんじゃねえよ。ただ俺は、あいつが頑張ってる、って知ってるだけだ」


 頑張ってないやつよりも頑張っているやつのほうを応援したくなるのはあたりまえのことだ。鈴原は俺が心配になるくらい頑張っている。そういうやつこそ報われるべきだ、と俺は思う。


 草をいじるふりをしながら、また高木の「ふーん……」という気のなさそうな返事を耳に入れ、そろそろ本当に採取をしようかと木の根を睨みつけたとき、ふたたび高木が口を開いた。


「あたしも香菜も、シュウマツのイメージスフィア、最後まで見たんだけどさ。そこでやっぱり思ったみたいなんだよね。……実際、あたしも思ったし」


 なにをだよ、と顔を上げると、俺をまっすぐ見据える切れ長と目があった。


「あんた、人には『自分のペースでいいんだ』って言うくせに、そういうあんたは全然自分のペースじゃないじゃん。いっつも誰よりも頑張って、真っ先に傷ついて、ぼろぼろになっても立ちあがって……。そんなの、わけわかんないって。正直、あのときは立て藤木、って思ってたけど、映像を見たら、もう立たなきゃいいのに、って思った」


 高木は唇を引き結んで、俺を睨みつける。


「いっつもヘタレなくせに、肝心なトコだけカッコつけるし。……オトコって普通、逆じゃん……」

「はぁぁ……?」


 高木の偏った男性観はともかくとして、俺が気の抜けた声を出すと、高木は「いまのなし」と顔を逸らした。

 そのまま目を閉じて「ともかく!」と怒るような声で、


「香菜とあたしはシュウマツで知った。あんたの言うように、自分のペースでいいときもあるけど、やっぱりそれだけじゃダメだって。ここってときには自分を超えた自分にならないと、その……大切な人を守れない、って」


 顔を逸らしたまま、横目でちらりと俺を見る高木。

 この金髪ギャル、やはり外見とは裏腹に根は超がつくほど真面目なようである。


「……MVP」

「んあ?」

「次のシュウマツのMVP、香菜とあたしがもらうから。それまでに、あんたより強くなるから」


 高木はもういちど俺に顔を向け、挑戦的な視線を送ってくる。


「あたしさ、言っとくけどめっちゃ負けずぎらいだから。あんたとテストで同点だったのも納得いってないし」

「そりゃこっちの台詞だわ」


 俺がそう返すと、高木はようやく目を細めて「にししー」と笑ってみせ、まるでいま採取が終わったかのようにアイテムボックスからライフハーブを取り出して立ちあがる。


 俺もマンドレイクを取り出しながら高木に続いて腰を上げると、高木は俺に背を向けて「あ、あと、さ」とうってかわって弱々しい声をあげた。


「さ、さっきの。……あんたのことじゃないから」

「は? さっきの?」


 俺はそう返すが、高木はズシズシと草を踏みならしながら鈴原のもとへ向かってしまった。



──



 高木も鈴原の隣にある倒木に腰を下ろして休憩モードにはいった。

 そういえばコボたろうとはねたろうが帰ってこないな……なんて思ったとき、はねたろうがぱたぱたと俺のもとへ戻ってきた。


 静かなまま帰ってきた、ってことは、敵に追われているわけではないってことなんだが……。


「ぴぃっ!」


 はねたろうは俺のそばまで飛んできてからひと鳴きし、翼で肩をちょんちょんと叩いてくる。


「どうした? コボたろうは?」

「きゅいきゅい」


 ……どうやら、ついてこい、ということらしい。

 ちょっと行ってくる、と高木と鈴原にひと声かけようとしたとき、はねたろうはふたりにもついて来てほしいとでも言うように飛び回る。


「悪い。ふたりともいいか」

「よゆー」

「平気だよー」


 もしかしたらコボたろうになにかがあったのかもしれない。

 俺が駆け出したとき、高木も鈴原も早足になってくれていた。


 途中、モンスターに出くわすことはなかったが、木箱がひとつだけ落ちていた。

 モンスターが一体ならばその場で倒すようにコボたろうにもはねたろうにも言ってあったから、きっとその木箱だろう。

 鈴原も高木もそれには目もくれず、はねたろうを追いかけてゆく。


 そうして二分ほど走っただろうか、以前も来たことのある開けた場所に出た。

 何種類もの木々に囲まれた広い部屋。通路はいま来た道だけの行き止まりである。


 そこでコボたろうは槍を構えていて、俺たちに気づくと「がうっ」とひと鳴きしてその場にひざまずいた。その姿に思わずホッとする。


「ぴぃぴぃっ!」


 はねたろうがばさばさと翼を揺らして飛んでゆく。

 その先には──


「ぇ……なにこれ、前、こんなのあったっけ……?」

「な、ないよー。絶対なかった……」



 土を掘ってつくったような人工的な下り階段があって、地下からはまるで地獄から助けを呼ぶように紫の光が煙のようにたちのぼり、緑を毒々しく染めあげていた。

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