10-Cthulhu Dawn

10-01-成長の証

 人生という試合で最も重要なのは、休憩時間の得点である。

 ナポレオン・ボナパルトの言葉だ。


 対して、やるときはやる、休むときは休む。という格言もある。

 こちらは誰が最初に言い出したのかはわからない。


 誰だって休憩時間は休みたいに決まっている。だってせっかくそれが許された時間なのだから。


 となれば、誰の耳にも優しい、詠み人知らずの後者のほうをよく耳にするのも当然で、先ほど宿屋で七々扇綾音ななおうぎあやねが咳払いのあと、人差し指を立てて披露しなければ、前者の格言を俺は知ることもなかったし、それがナポレオンの言葉だという知識を得ることもなかっただろう。


 シュウマツを撃破して、終末を退けて、週末をもたらしたのは昨晩のこと。

 今日くらいは休んでもいいのではないか。俺がそう思ってもなんら不思議ではないし、むしろ土日が大好きっ子の俺からしてみると、率先して休んでカウチポテトで気だるげに過ごしていそうなものである。


 不機嫌そうに昼間からグラスを傾ける女将に「今日くらいはゆっくりしていればいいのにさ……。ま、アンタらはアタシの言葉なんて聞かないだろうけど」なんて言われて漏らしそうになりながらもこうして外に出るのは、むしろ女将と同じ屋根の下にいることに恐怖を感じたからかもしれない。



 ともかく、とまり木の翡翠亭ひすいていメンバーは俺を含めて全員、たとえ別行動であろうとも、七々扇の……もとい、ナポレオンの言葉を採用したのだった。



──



 木々に囲まれた緑のなかで、みっつの木箱が乱暴な音を立てて落下した。


《2経験値を獲得》


 鈴原がそれらに駆け寄って開錠をはじめた。高木も彼女に続き、木箱の中身をうきうきとした顔で眺めている。


 ここは階段を降りた先──つまり地下だというのに、針葉樹と広葉樹の隙間から太陽が顔を覗かせていた。


「コボたろう、おつかれ」

「がうがう♪」


 槍をコボルトボックスに仕舞いながらご機嫌でこちらにやってきたコボたろうの頭を撫でてやると、コボたろうはくすぐったそうに目を細める。


 くそっ……! 世界一! かわいいよ!


「ぴぃぴぃっ」


 ぱたたと飛んできて俺の肩で翼を休めるのは、はねたろうだ。頬を俺にすり寄せ、僕も撫でてー! と主張してくる。

 ご希望どおり頭に手を伸ばすと、はねたろうはなおのこと俺に身体をこすりつけてくる。


「ぴぃぴぃ♪」


 くそっ……! こっちも世界一かわいいよ!


「わー、レアでたよー!」

「さっすが香菜! これベルトっしょ? 綾音のと同じやつじゃね?」


 俺たちはいま、サシャ雑木林にいる。


 メンバーは鈴原、高木、俺の三人と、コボたろうとはねたろうを合わせた五人。

 灯里、七々扇、アッシマーの三人はなんでもをするらしく、宿に残った。


 俺たち三人はストレージに収まりきらなかった金をリディアに預かってもらい、こうしてレベル上げにここまでやってきたというわけだ。


「よし。んじゃ、引き続き頼むわ」

「がうっ!」

「ぴぃっ!」


《コボたろうが

 【警戒LV2】【危険察知LV1】【歩行LV2】をセット》

《はねたろうが

 【警戒LV1】【索敵LV1】【飛行LV2】をセット》


 俺の指示でコボたろうはのしのしと、はねたろうはぱたぱたと周囲の警戒に戻った。


 ふたりの背を見送って、今度は開錠しているふたり──といっても高木は見ているだけだけど──に声を送る。


 わざわざサシャ雑木林まで出向いたのは、それだけが理由ではない。


「高木ー、鈴原ー。俺、先に採取に戻ってるわ」

「あいよー」

「わかったー」


 手を振るふたりを確認し、俺は足元の白く光る床──マンドレイクの採取ポイントに視線を落とした。


 俺たちはシュウマツで手持ちのポーションすべてを使い果たした。


 エシュメルデに出回っているポーションはシュウマツ前に住民に買い占められ、第二次シュウマツがやってくるからか、市場にふたたび出回ることもなく、エシュメルデにおいてポーションどころか薬湯やくとうや薬草、果てはライフハーブやエペ草に至るまでが高騰し、圧倒的な供給不足になっていた。


「よっ、ほっ」


 俺たちはいま大金を持っているから、たとえ値上がりしていても購入するというのが効率上の正解なのかもしれない。

 しかし、シュウマツにおいて死んだら終わりな街の住民たちを差し置いてポーションを買い漁るほどの図太さを俺たちは持っていなかった。


 ならば自分たちで集めるしかない。

 俺はマンドレイクを、高木と鈴原はライフハーブとエペ草を採取し、俺たちや、宿で特訓中らしい灯里たちのぶん、コボたろうたちのぶんまでポーションをつくってしまおう、ということになったのだ。


──────

《採取結果》

──────

17回

採取LV4→×1.4

植物採取LV1→1.1

26ポイント

──────

判定→E

マンドレイクを獲得

──────


「うっし、成功」


 かつてリディアと一緒にマンドレイクを集めにきた際はマンドレイク一枚は安定して成功、たまに二枚の採取に成功といった具合だった。


 レベルが上がっていろいろと有利になっているのに一枚の採取で俺が満足しているのは理由がある。


 二体同時召喚の疲労によるMPの消費および能力の低下が相当キツいため、無理なく採取をできる塩梅あんばいってやつを探りながら採取をしているのだ。


──────

《採取結果》

──────

14回

採取LV4→×1.4

植物採取LV1→1.1

21ポイント

──────

判定→E

マンドレイクを獲得

──────


 ずいぶん手を抜いて採取をしても、スキルのおかげで一枚ずつ獲得できる。

 ちょっと力を入れて二枚同時に手に入れるより、時間がかかってもこうして楽しながら一枚ずつ手に入れたほうがいい。


「よっしゃ、成功」

「ウチもなんとかー」


 高木はライフハーブ、鈴原はエペ草を一枚ずつ入手している。俺がマンドレイクを二枚ずつ集めるとふたりは不要に焦ってしまうだろうから、すこし気楽にやるくらいがちょうどよかった。


 それに──


「きいきいきいきいっ!」

「がうがうっ!」


 はねたろうとコボたろうの大きな声が聞こえてきた。


 ……これは、戦闘の合図。

 俺たち三人は即座に採取の手を中断して立ち上がる。


 そう、しゃかりきに採取をしてしまっては、いざ戦闘になったとき、十全に動けないのだ。


 はねたろうとコボたろうの声がした、木々に囲まれた通路の奥に視線を送りながら鈴原が弓を構える。


「はねたろうの声……。モンスター多いんじゃないー?」


 コボたろうとはねたろうには、モンスターの──オンラインゲームなんかだとモンスターを引き連れる姿から『トレイン』なんて呼ばれる、モンスターの視界にわざと入り、モンスターをこの場所に集める作業を頼んでいる。

 オンラインゲームだと、経験値のもととなるモンスターを独占することになるため迷惑行為とも言われているが、サシャ雑木林にはモンスター目当てというよりもマンドレイク採取目当ての冒険者が多い。

 それに祭の影響だろう、今日はこのダンジョンに俺たち以外の人影はなかった。


「そうかもね。ま、なんとかなるっしょ。力の円陣マイティーパワー!」


 高木の声で、俺たちの足下に黄色に光る魔法の輪っかが現れた。


「んじゃリーダー、指示よろしく」

「んあ……お、おうっ」

「あははー、無理しなくてもいいよー。藤間くんのペースでいいんだから」

「さ、さんきゅ」


 昨日──というか、現実の今日、澪に言われたこと。


『みんな、おにいにちゃんとリーダーになってほしいんだよ』


 俺がそれを口にする前に、高木と鈴原から「今日から前に出なくていーから。あんた危なっかしいし」と言われ、図らずも指示を出す役割をたまわった。泣きそう。


 鈴原はすでに矢をつがえているが、高木は武器すら取り出さず、あからさまに指示待ちの状態で棒立ちだ。

 ……やっぱり高木は、俺を育てようとしているのかもしれない。


 ──なら、ちゃんと応えなくちゃな。


 まだ敵の姿は見えないが、あらかじめ指示を出す。


「高木、ウッドボウ。優先順位はフォレストバット、コボルトの順」

「あいよ」

「はーい」


 俺が指示を出してはじめて高木はアイテムボックスから武器──ウッドボウのユニーク『☆グレートツリーズ・エイム』を取り出した。

 先ほどのアイテム分配で入手したものだ。


 ここはサシャ雑木林のなかで、俺たちが『泉の拠点』と呼んでいるスペースだ。泉はこのスペースの西側の三分の一ほどを占め、美しい水を湛えている。 

 木々の通路が多いダンジョンのなかでは一番広い部屋のようになっていて、続く通路はダンジョン入口の南と奥へ続く北のみ。


 広い場所は本来、少数で多数の敵を迎え撃つには向かないとされているが、採取スポットが豊富なこの場所はマンドレイクを集めるのに効率が良いため、手放したくなかった。


 ──なにより、負ける気なんてしなかった。


 約50メートル先の北の通路からコボたろうが全力で駆けてくる。はねたろうは背のモンスターを威嚇しながら、コボたろうを援護する余裕さえ見せて悠々と飛んできた。


 コボたろうとはねたろうがこのスペースに入り、モンスターがこの部屋になだれ込んでくると、敵の数が判明した。


「フォレストバット四体、コボルト四体、ジェリー二体だ。なかなか多いじゃねえか」


 ちょっと前なら戦慄したはずのモンスター数。

 でもいまは口角を上げる余裕すらあった。


 きっと矢を射るために前に出たふたりも、こう思っているだろう。


 ──ラッキー、と。


「コボたろう、はねたろう、左右に避けろ! ……射てっ」

「あらよっと」

「ふっ……!」


 高木のほうが一瞬早く矢を放った。……が、鈴原の弓『☆鳥落とし』から放たれた矢が瞬時に追い抜いた。

 青く輝いたそれは三矢さんしに分裂し、二体のフォレストバットを撃ち抜いて、地に落ちるを待つまでもなく緑の光に変えた。

 高木の矢はフォレストバットの翼を穿ち、フォレストバットはふらふらと落下してゆく。


「鈴原はアーチャーズトーチで、高木はハンマーでジェリーを。コボたろう、はねたろう、転身だっ!」

「ん。あいつら頼んだから。……あ」


 高木は余計なこと言っちゃった、とでも言うように俺から背を向けてモンスターへと駆けてゆく。


 わかってる、と心のなかで返し、高木の言う”あいつら”に視線を送る。


 横並びで整列するロウアーコボルト四体。それぞれの手には弓と矢。その角度から、標的は鈴原と俺だと確認する。


 俺はカッパーステッキを地面に突き立て、ロウアーコボルトの群れに向かって唱えた。


射速減退スローミサイル……!」 


 現れたのは緑色のもやつたのような形となって、ロウアーコボルト全員の頭上にまとわりついた。


 ロウアーコボルトが一斉に矢を放った。

 しかし俺たちは備えようともしない。


 射速減退スローミサイル

 シュウマツでレベルが上がったことと、ココナの店で【呪いLV3】を買ったこと、そしてクロースアーマーのユニーク『☆レイヴンブラック』を装備して【呪い】のレベルに補正がかかったことで習得した新しい呪い。


────────

射速減退スローミサイル

消費MP6→5 (☆レイヴンブラックにより消費軽減)

──

対象の射撃物、射撃魔法の速度を減退させる。

────────


 ……誰だコラ、地味とか言ったやつ。


 この呪いの凄いところは、射撃物でなく、射撃を行なうモンスターを対象にできる、というところだ。


 つまり、すでに放たれた矢が遅くなるのではなく、そのモンスターが放つ射撃すべての射速が遅くなるのだ。


 遅くなった矢は自然と飛距離も落ち、俺たちのもとまで至らず、途中で力なく落下した。


 この呪いがあれば、こちらが先制を取れさえすれば、ロウアーコボルトも、シュウマツで苦渋を飲まされた☆天泣のカカロも対処が随分と楽になる。


 そうしているあいだに、はねたろうがフォレストバットを、コボたろうが矢を放ったロウアーコボルト一体を討ち取った。


 残るはロウアーコボルト三体とマイナージェリー二体。


 マイナージェリーへと駆けてゆく高木の隣を一本のが追い抜き、金髪を、草木をだいだいに染めた。


 鈴原はシュウマツの報酬で弓を新調していた。

 木長弓きながゆみのユニーク『☆鳥落とりおとし』から、銅長弓どうながゆみのユニーク『☆散華さんげ』へと。

 これによる射撃威力の向上はもちろんだが、もうひとつ──


 赤い矢はジェリーに着弾すると爆発し、刺突に耐性のある半透明の身体を大きく吹き飛ばした。


 これも今回の報酬で鈴原が獲得したユニークえびら『☆アーチャーズ・トーチ』の効果だ。

 弓と箙は密接な関係にあり、その弓に対応する箙から矢を取り出さないと、どういうわけかうまくつがえることができないらしい。

 箙をいくつも持ち、潤沢じゅんたくな矢数を持って闘いに挑む、ということはできない。

 木長弓は木長弓の箙、銅長弓は銅長弓の箙に矢を補充し、そこから取り出さないといけない。


 しかしこのユニーク箙『☆アーチャーズ・トーチ』は、矢を一本しか収納できない代わりに、ここから取り出した矢は、ある程度のランクまでの弓ならばどの弓にも番えることができる。

 さらに、ここから取り出した矢は『アーチャーズ・トーチ射手のたいまつ』の名に相応しく、火属性をまとう。

 斬撃、刺突に耐性を持つジェリーにも大きなダメージを与えられるようになった。

 その証拠に、射撃を受けたジェリーは燃え盛る炎にのたうち、緑の身体を縮めている。 


 その隣のジェリーに高木が突っこんでいく。


「おらぁぁぁあアッ!」


 咆哮をあげながら下段に構えたハンマーをかち上げると、半透明の身体は軽々と吹き飛んでいった。

 高木はそのまま身体をしなやかにひるがえし、横に一回転しながらハンマーを担ぐように上段に構え、その隣──鈴原の矢を受けてうぞうぞと蠢くジェリーに振り下ろし、緑の光に変えた。


 次の矢をつがえた鈴原を「もういい」と手で制すると、念のためだろう、鈴原は残ったコボルトの群れに照準を合わせたまま「うんっ」と声だけで応えた。


 モンスターの残党はコボたろうの槍に、はねたろうの翼に、そして高木のハンマーによって次々と討ち取られていった。


《9経験値を獲得》

《レベルアップ可能》


 視界の端にそんなウィンドウが表示され、余裕があるとはわかっていたが、ほっと一息つく。


 ハイタッチを交わす鈴原と高木。

 はねたろうがぱたたと俺の肩に乗ってきて、俺はこちらへやってきたコボたろうと拳をぶつけあった。


「やったねー」

「やっべ、経験値うますぎ」


 いつも六人で闘っていたのに、召喚モンスターを除けば三人しかいないから、獲得する経験値がやけに多く感じる。

 灯里、アッシマー、俺の三人だったときはまだレベルも低くて、こんなにたくさんのモンスターを倒せなかったもんなぁ……。


「箱、開けるねー」

「悪ぃ、頼むわ」


 弓を背に担いだ鈴原が木箱へ駆け寄っていく。

 高木はそのあいだ、鈴原からえびらを受け取って矢の補充をする。

 コボたろうとはねたろうは周りの安全を確認し、警戒と索敵に戻っていった。


 俺は白く光る地面を探し、ふたたびマンドレイクを採取するために膝を落とす。


 以前、あれだけ苦戦したサシャ雑木林。

 いまとなっては、俺たちにとって効率の良い稼ぎ場所になっていた。

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